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22.犠牲は、時に夢を殺す


息が詰まる。

それでも、状況は見ないわけにいかない。


たね:俺 0山田 2

短冊:俺 2山田 0

かす:俺 0山田 5


――もう、見ただけで差が分かる。


「……大丈夫。まだ序盤、だし」


自分に言い聞かせる。

けど喉が渇く。

指先も、さっきより熱い。


“落ち着いてるつもり”が、だんだん苦しくなってくる。


なにより――向こうがどんどん進んでるのに、俺は止まってる。


その差が、いちばんキツい。


こっちだけ、地面がぬかるんでるみたいだ。

冗談みたいに差が開いていくのに、全然笑えない。


……いや、笑ってごまかせたら、まだマシかもな。


そして――山田の手番。


「では、ありがたく」


何のためらいもなく、藤の札を取っていく。

あまりにも自然な動き。流れるみたいにスムーズで――腹が立つほど綺麗だった。



俺の手番になった。


俺は手札の菖蒲に短冊を出す。


そのまま、めくり。


……〈菊のかす〉。


山田の口元が、ほんの一瞬だけ動いた。


――分かる。

あれは、"当たり”を引いた時の顔だ。


やっぱりな。

引いたのは、〈菊のかす〉。

そして、あいつは〈菊に盃〉を――もう持ってる。


……終わった。


不思議と驚きはなかった。

むしろ、「やっぱりそうだよな」って。

そう思いたかっただけかもしれない。


この勝負は、まだ終わってないはずなのに、どこか遠くの話みたいに思えてきて。

手のひらだけが、妙に熱い。


でも、それ以外は――どんどん冷えていく。


“終わり”が、目の前にある。


「……あぁ」


頭の中で、何かが崩れる音がした。


さっきまでの「いけるかも」って気持ち。

あのちょっとだけ青春っぽかった空気。

全部、嘘だったみたいに消えていく。


俺は、たぶん“負ける側”の人間なんだろう。

主役じゃない。

名前も残らない、脇役。


……なのに、どうして胸がざわざわしてんだよ。


勝負を捨てたわけじゃない。

でも、頭が回らない。


なんなんだよ。これ。


「……落ち着け」


誰に言ったのかも分からない声が漏れた。


山田が、こっちを見る。


その目は、もう分かってる。

“勝ちが決まった”ってことを。


静かに、〈菊に盃〉を――俺が引いた〈菊のかす〉の上に重ねる。


「芒に月、菊に盃で。『月見で一杯』5文。

これで、上がらせてもらいます」


それは、もう“答え合わせ”だった。


「……君は、初心者でしたもんね」


声は優しい。でも、どこか遠い。


「でも、“もうダメだ~”って顔されると、さすがに白けちゃいます」

――観客が、芝居に飽きたみたいな言い方だった。


そして、ふっと笑ってこう言った。


「……3戦勝負で、よかった」


本気で言ってるのは分かる。

でもそれは、優しさじゃない。



「……すみません」


唐突に、謝られた。

俺は反応できずに、ちょっとだけ顔を上げる。


「ボクは、貴方に期待しすぎてたんだと思います」


その目は、少しだけ疲れていた。

俺なんかに、期待なんかしなければ良かったのに。


「でも、3戦目です。形式上、最後までやらないといけません」


「……いや、もう――」


「流しでもいいですから」


ぴしゃりと、切るような言い方じゃなかった。

むしろ、やさしすぎて、傷に染みる声だった。


山田は優しい人だ。知ってた。

でも、その優しさが、今はなんだか……むなしい。


「……奇跡ってさ」


思わず、声に出していた。

喉が痛い。けど、もう戻せない。


「やっぱ、山田みたいに……信じた奴じゃねえと、来ねぇのかな」


ポツリと落とした言葉に、山田が一瞬だけ目を伏せた。

そして――静かに、けどどこか苦しそうに、笑う。


「願ったって、来ませんよ」


声は、どこか遠くを見ていた。


「願わなくても、奇跡は起きます」


「……?」


「自分が“絶対に勝つ”って意気込んで……大口叩いて。

まるで魔王を倒す勇者のつもりで挑んでも――コテンパンにされる時は、されるんです」


そこには、勝者の顔はなかった。

まるで、かつて“敗けた者”の記憶を、そのまま引きずっているみたいだった。


「……何か、あったのか」


思わず聞いていた。

口に出すつもりじゃなかったのに、勝手に漏れた。

山田は、少しだけ目を細めて――でも、優しく首を振る。


「ありました」

あっさり認めて、ふっと笑う。

言いながら、わざとらしいほど明るい口調になる。


「いやー、本当、無様で愚かで……自分が雑魚キャラだって実感しましたよ!」


軽く拳を握って見せる仕草。

けれど、その笑顔の奥にあるのは、冗談で誤魔化したいくらいの、深い自己嫌悪だった。


「……だから、話を聞いて欲しいなって、ずっと思ってたんです」


声のトーンが、ふっと落ち着いた。

嘘じゃない。だからこそ、痛々しい。


「でも、今の名取くんには……話すより、“君に奇跡がある”って信じていたいんです」


どこか遠くを見るような声で、山田は続けた。


「そっちのほうが、ボクが……ボクを、取り戻せる気がするんです」


……なんで、俺なんだよ。


気づいたら、そのまま口にしてた。


「……どうして、俺なんだ」


山田は、また笑った。

でも今度の笑いは、どこか不器用で、ちょっとだけ拗ねたような、でも不思議と温かい笑みだった。


「名取くんって、自分が“負けて当然”って思ってる側の人でしょ?ボクと同じです」


言葉の意味が、じわじわと胸に沁みてくる。

思わず俯きそうになった。


「でも、ボクは……それでも“勝つ”っていう気持ちを、心の根っこに植えたいんです」


真剣な声だった。

静かだけど、決意だけは確かに伝わってくる。


「何回負けても、絶対に勝てる人間に――なりたいって、思ってるところなんです」


……すごいな、って思った。


綺麗ごとじゃなくて、理想論でもなくて。

ちゃんと痛い思いをして、それでも前を向こうとしてる奴の言葉だった。


だから、自然と口からこぼれていた。


「山田は……すごいな」


山田は目を見開いたあと、恥ずかしそうに目を逸らして、ぽそっと言った。


「……そうやって言ってくれたの、君が初めてです」


ちょっと間があってから、気まずそうに目元を指でこすりながら、呟く。


「駄目、ならいいんですけど……」


「どうした?」


促すと、山田は少しだけ笑って言った。


「ボクの友達になってください」


その言い方は、まるでおまけのように軽かったけど――たぶん、彼なりの勇気の出し方だった。


「ついでに、三戦目は無様でもいいから、諦めないで札を打ってください。……後で、何でも奢るので」


俺は思わず吹き出しそうになったけど、なんとか飲み込んで、首を横に振った。


「それ、金目当てで友達になるやつ、出てくるだろ」


「えっ……そうなんですか?ええ~……今までこれで、いっぱい友達増やしたのに……やっぱ、そうですよね」


山田が本気で落ち込んだ顔をして、肩をがっくり落とす。


その姿がなんか可笑しくて――けど、ちゃんと向き合いたいと思った。


「……奢ってもらうのは、今回限りにする。ただし――俺が、ちゃんと三月戦やりきったって、山田が判断したときの“ご褒美”にしてくれ」


一瞬、空気が止まったみたいに静かになる。

そして山田が、ゆっくり、でもしっかりと頷いた。


「……約束ですよ、名取くん」


俺は小さく息を吸って、目の前の札を見つめ直す。


三月戦――最後まで、やりきる。

奇跡なんかじゃない。

これは、俺の意志だ。

※どうしても三月戦、書き足したくなりました。

この次の話と違和感あると思いますが、複数話此処に挟んでから修正予定です。※


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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