22.犠牲は、時に夢を殺す
息が詰まる。
それでも、状況は見ないわけにいかない。
たね:俺 0山田 2
短冊:俺 2山田 0
かす:俺 0山田 5
――もう、見ただけで差が分かる。
「……大丈夫。まだ序盤、だし」
自分に言い聞かせる。
けど喉が渇く。
指先も、さっきより熱い。
“落ち着いてるつもり”が、だんだん苦しくなってくる。
なにより――向こうがどんどん進んでるのに、俺は止まってる。
その差が、いちばんキツい。
こっちだけ、地面がぬかるんでるみたいだ。
冗談みたいに差が開いていくのに、全然笑えない。
……いや、笑ってごまかせたら、まだマシかもな。
そして――山田の手番。
「では、ありがたく」
何のためらいもなく、藤の札を取っていく。
あまりにも自然な動き。流れるみたいにスムーズで――腹が立つほど綺麗だった。
◇
俺の手番になった。
俺は手札の菖蒲に短冊を出す。
そのまま、めくり。
……〈菊のかす〉。
山田の口元が、ほんの一瞬だけ動いた。
――分かる。
あれは、"当たり”を引いた時の顔だ。
やっぱりな。
引いたのは、〈菊のかす〉。
そして、あいつは〈菊に盃〉を――もう持ってる。
……終わった。
不思議と驚きはなかった。
むしろ、「やっぱりそうだよな」って。
そう思いたかっただけかもしれない。
この勝負は、まだ終わってないはずなのに、どこか遠くの話みたいに思えてきて。
手のひらだけが、妙に熱い。
でも、それ以外は――どんどん冷えていく。
“終わり”が、目の前にある。
「……あぁ」
頭の中で、何かが崩れる音がした。
さっきまでの「いけるかも」って気持ち。
あのちょっとだけ青春っぽかった空気。
全部、嘘だったみたいに消えていく。
俺は、たぶん“負ける側”の人間なんだろう。
主役じゃない。
名前も残らない、脇役。
……なのに、どうして胸がざわざわしてんだよ。
勝負を捨てたわけじゃない。
でも、頭が回らない。
なんなんだよ。これ。
「……落ち着け」
誰に言ったのかも分からない声が漏れた。
山田が、こっちを見る。
その目は、もう分かってる。
“勝ちが決まった”ってことを。
静かに、〈菊に盃〉を――俺が引いた〈菊のかす〉の上に重ねる。
「芒に月、菊に盃で。『月見で一杯』5文。
これで、上がらせてもらいます」
それは、もう“答え合わせ”だった。
「……君は、初心者でしたもんね」
声は優しい。でも、どこか遠い。
「でも、“もうダメだ~”って顔されると、さすがに白けちゃいます」
――観客が、芝居に飽きたみたいな言い方だった。
そして、ふっと笑ってこう言った。
「……3戦勝負で、よかった」
本気で言ってるのは分かる。
でもそれは、優しさじゃない。
◇
「……すみません」
唐突に、謝られた。
俺は反応できずに、ちょっとだけ顔を上げる。
「ボクは、貴方に期待しすぎてたんだと思います」
その目は、少しだけ疲れていた。
俺なんかに、期待なんかしなければ良かったのに。
「でも、3戦目です。形式上、最後までやらないといけません」
「……いや、もう――」
「流しでもいいですから」
ぴしゃりと、切るような言い方じゃなかった。
むしろ、やさしすぎて、傷に染みる声だった。
山田は優しい人だ。知ってた。
でも、その優しさが、今はなんだか……むなしい。
「……奇跡ってさ」
思わず、声に出していた。
喉が痛い。けど、もう戻せない。
「やっぱ、山田みたいに……信じた奴じゃねえと、来ねぇのかな」
ポツリと落とした言葉に、山田が一瞬だけ目を伏せた。
そして――静かに、けどどこか苦しそうに、笑う。
「願ったって、来ませんよ」
声は、どこか遠くを見ていた。
「願わなくても、奇跡は起きます」
「……?」
「自分が“絶対に勝つ”って意気込んで……大口叩いて。
まるで魔王を倒す勇者のつもりで挑んでも――コテンパンにされる時は、されるんです」
そこには、勝者の顔はなかった。
まるで、かつて“敗けた者”の記憶を、そのまま引きずっているみたいだった。
「……何か、あったのか」
思わず聞いていた。
口に出すつもりじゃなかったのに、勝手に漏れた。
山田は、少しだけ目を細めて――でも、優しく首を振る。
「ありました」
あっさり認めて、ふっと笑う。
言いながら、わざとらしいほど明るい口調になる。
「いやー、本当、無様で愚かで……自分が雑魚キャラだって実感しましたよ!」
軽く拳を握って見せる仕草。
けれど、その笑顔の奥にあるのは、冗談で誤魔化したいくらいの、深い自己嫌悪だった。
「……だから、話を聞いて欲しいなって、ずっと思ってたんです」
声のトーンが、ふっと落ち着いた。
嘘じゃない。だからこそ、痛々しい。
「でも、今の名取くんには……話すより、“君に奇跡がある”って信じていたいんです」
どこか遠くを見るような声で、山田は続けた。
「そっちのほうが、ボクが……ボクを、取り戻せる気がするんです」
……なんで、俺なんだよ。
気づいたら、そのまま口にしてた。
「……どうして、俺なんだ」
山田は、また笑った。
でも今度の笑いは、どこか不器用で、ちょっとだけ拗ねたような、でも不思議と温かい笑みだった。
「名取くんって、自分が“負けて当然”って思ってる側の人でしょ?ボクと同じです」
言葉の意味が、じわじわと胸に沁みてくる。
思わず俯きそうになった。
「でも、ボクは……それでも“勝つ”っていう気持ちを、心の根っこに植えたいんです」
真剣な声だった。
静かだけど、決意だけは確かに伝わってくる。
「何回負けても、絶対に勝てる人間に――なりたいって、思ってるところなんです」
……すごいな、って思った。
綺麗ごとじゃなくて、理想論でもなくて。
ちゃんと痛い思いをして、それでも前を向こうとしてる奴の言葉だった。
だから、自然と口からこぼれていた。
「山田は……すごいな」
山田は目を見開いたあと、恥ずかしそうに目を逸らして、ぽそっと言った。
「……そうやって言ってくれたの、君が初めてです」
ちょっと間があってから、気まずそうに目元を指でこすりながら、呟く。
「駄目、ならいいんですけど……」
「どうした?」
促すと、山田は少しだけ笑って言った。
「ボクの友達になってください」
その言い方は、まるでおまけのように軽かったけど――たぶん、彼なりの勇気の出し方だった。
「ついでに、三戦目は無様でもいいから、諦めないで札を打ってください。……後で、何でも奢るので」
俺は思わず吹き出しそうになったけど、なんとか飲み込んで、首を横に振った。
「それ、金目当てで友達になるやつ、出てくるだろ」
「えっ……そうなんですか?ええ~……今までこれで、いっぱい友達増やしたのに……やっぱ、そうですよね」
山田が本気で落ち込んだ顔をして、肩をがっくり落とす。
その姿がなんか可笑しくて――けど、ちゃんと向き合いたいと思った。
「……奢ってもらうのは、今回限りにする。ただし――俺が、ちゃんと三月戦やりきったって、山田が判断したときの“ご褒美”にしてくれ」
一瞬、空気が止まったみたいに静かになる。
そして山田が、ゆっくり、でもしっかりと頷いた。
「……約束ですよ、名取くん」
俺は小さく息を吸って、目の前の札を見つめ直す。
三月戦――最後まで、やりきる。
奇跡なんかじゃない。
これは、俺の意志だ。
※どうしても三月戦、書き足したくなりました。
この次の話と違和感あると思いますが、複数話此処に挟んでから修正予定です。※
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