20.勝負かこいこいか
◇
場札
桜のかす、桜のかす、【牡丹】に蝶
山田の手札
萩のかす、【牡丹】のかす、桐のかす
「じゃ、ボクの番ですね」
山田の手が動いた。
迷いのない動きで、〈牡丹に蝶〉を取りにいく。
――カンッ。
札が卓に落ちた音が、空気を変えた。
さっきまでゆるかった雰囲気が、一瞬でピンと張る。
「まずは――猪鹿蝶。5文」
手元に揃った札をゆっくり並べながら、卯月はまっすぐこっちを見る。
「さて、“こいこい”か、“勝負”か……ですよね?」
静かだけど、はっきりと伝わる圧。
こっちの目を、試すように見つめてくる。
「うん。見てくれる相手がいるなら――ちゃんと見せなきゃ、失礼ですよね」
その言葉に、意志が宿ってた。
さっきまでとはまるで違う、真っ直ぐな目。
「勝負」
一言だけ。だけど、はっきりと。
そのまま、卯月の手が迷いなく動く。
〈萩に猪〉〈紅葉に鹿〉〈牡丹に蝶〉――三枚の札が、ぴたっと並んだ。
「猪鹿蝶、5文役」
淡々と、それでもどこか誇らしげに言いながら、
彼は札を丁寧に重ねていく。
「――紫藤 卯月、1月戦。これにて勝ち納め、です」
一枚一枚、まるでお辞儀するみたいに札を片付けていく。
その所作が、美しかった。
◇
俺も笑って返しながら、ゆっくり札を集める。
試合が終わったあとの、あの空気。
静かで、どこかあったかい。心地いい時間。
「……さっき、まだ行けそうな顔してたでしょ?」
「バレてた?」
「じゃあ、もし“こいこい”してたら?」
その一言に、手を止めた。
「……見てみたかったかもな。その先も」
札を指先でなぞる。
それから息を吐いて、少し笑う。
「でもさ。もしお前が、俺に遠慮して“手加減”してたんだって分かったら――
俺だけ、必死だったみたいで、なんか……恥ずかしいよな」
山田が少しだけ、驚いた顔をして。
そして、笑った。
「あはは。ボク、けっこう油断する方なんですけどね」
「自覚あるのかよ」
「でも、さすがに今回は……“次の次”くらいで負けるかもって、思ってましたよ」
「へぇ。なら、次やるしかないな」
「……え? えっ?」
「何、やらないの?」
「いやいやいや! これ、3戦やるって言ってましたけど!? まだ1戦目ですよ!?」
「あー、そうだったっけ?」
「忘れてたんですか!?」
自分の疲れにちょっと笑いながら、俺はごまかす。
「……いや、マジで疲れるなこれ。
楽しかったけど、頭ぐるぐるする」
「ですよね!? じゃあちょっと休憩――」
「……でもさ。このままにしておくと、寝れなくなるんだよな。
“続きやれ”って声が、ずっと脳内再生されんの。無限ループで」
「なら、次もやりましょうか」
山田はちょっと、嬉しそうだった。
……なんか、笑うしかなかった。
この続きが楽しみになるなんて、思ってなかったのにな。
◇
札が配られた瞬間――
空気が、ぴたりと静まり返った。
そんな緊張を、軽やかに切り裂いたのは、やっぱりあいつだった。
「じゃあ次は――裏向きで、正々堂々といきましょうか!」
まるで舞台に立つ役者みたいに、堂々と宣言する山田ライラック。
その声で、空気が一気に変わる。
「……芝居がかってるな。嫌いじゃないけど」
思わず苦笑して返す。
――三月戦、二月。
場札
萩のかす、【桜】に赤短冊、紅葉に鹿、【梅】のかす、桐のかす、【桜】のかす、【芒】に月、柳の短冊
俺の手札。
【梅】に鶯、牡丹のかす、菊のかす、藤の短冊、菖蒲の短冊、【桜】に幕、【芒】のかす、松のかす
……うん、ちょっと期待できそうな札だ。
思わず口元がゆるむ。
〈桜に幕〉、〈芒に月〉、〈菊に盃〉――これらが揃えば、"のみ”が見えてくる。
場に〈芒〉も〈桜〉も3枚出てるってことは……
残りの1枚は、山田が持ってる可能性は低い。
チラッと山田の方を見ると――
さっきまでの笑顔が、ふいに消えてた。
代わりに、真剣な顔で札を見つめてる。
あの顔、絶対なんかある。
たった1枚で、勝敗がひっくり返るかもしれない。
恐怖半分、面白さ半分
「じゃ、行くか」
「はい、始めます」
そして、そのまま山田の手が動く。
「〈芒に月〉、いただきますね」
あっという間に、場の〈芒〉と自分の〈芒〉を揃えてきた。
俺の“のみ”は、開始3秒で消滅。
「……もう夢が終わったんだけど」
「ふふ、勝負ってそういうものですよ?」
くやしいけど、正論すぎて返せない。
でも、少し悔しさを感じるこの感じ――嫌いじゃない。
その時、山田がふいに言った。
「こうして貴方とちゃんと勝負できて――ちょっと、うれしいです」
その目は、真っ直ぐだった。
「……だから、これからは手加減しませんから」
さらっと言って、ふっと胸を張る。
「……いやもう、こっちはずっと苦しいんだけどな」
思わず笑って返した。
山田が次の札をめくる。
〈紅葉のかす〉。
そのまま、〈紅葉に鹿〉と重ねてくる。
迷いがない動きに、こっちもつられて緊張感が増してくる。
山田の合わせ札:〈芒に月〉、〈芒に雁〉、〈紅葉に鹿〉、〈紅葉のかす〉。
……なにこの着実な進行。ジワジワ来てる。
「どうぞ」
促されて、俺の番になる。
桜に幕を出せば、〈桜に赤短冊〉が取れる。
普通なら“定石”。けど――迷う。
でも、ここで深く考えすぎても、良くない気がする。
「……いくか」
〈桜に幕〉を出して、〈桜に赤短冊〉を取る。
「……それ、欲しかったんですよね」
山田が、ほんのちょっとだけ悔しそうに笑った。
「そうだよなー。盗った」
「はい、盗られました。
〈芒に月〉を持ってると、〈桜〉が欲しくなるのが人情です」
淡々とした口ぶり。でも、なんかすごく分かる。
「赤短冊、本気で狙ってた?」
「さぁ、どうでしょう?」
とぼけた口調。でも、目だけは本気だった。
そのまま山田が札をめくる。
出たのは――〈柳〉。
しかも、傘をさした男の人が描いてある、あれ。
「これ……柳に、誰だっけ?」
なんとなく口にすると、すぐ返ってきた。




