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19.この奇跡は、遅効性。



……引く前から、なんとなく分かってた気がする。

でも、それでも、手は動いた。


めくった札は――

黒い枝に、小さな赤い短冊がぶら下がってる。

咲き始めたばかりの梅の花が、その奥に。


《梅に赤短冊》。

……見事に、ハズレ。


「……あー……うん、だな」


力の抜けた声が口からこぼれる。

分かってたんだよな。

やっぱり、ってなって……逆に笑えてきた。


数字だけ見れば、当然の結果だ。

けど、それでも――

どうしても、一枚にかけたくなった。


正確に言うと、

“かけずにいられなかった”。


だって、あれが綺麗すぎたから。

あの瞬間の《牡丹に蝶》は、

勝ち負けじゃない、“奇跡”だった。


「……うん、これが、現実ってやつ」


わざとらしくつぶやいてみる。


奇跡なんて信じてなかったくせに、

目の前で見せられたら――

期待するなってほうが無理だ。


指先に、まだ少しだけ熱が残ってる。

もう勝負は終わったはずなのに、

身体のどこかが「まだだ」って言ってるみたいで。


「……なーにが“これが現実”ですか」


隣から聞こえた、山田の声。

軽そうに聞こえるのに、なんだか優しくて。

ふわっと心に届いてきた。


「だって、現実で《牡丹に蝶》引いたのはボクですからね?

君は次を楽しみにしててください。確率、上がってますし!」


からかってるのに、妙に素の声。

こっちのペースがまた狂わされる。


「……次なんて、ないだろ」


小さく返すと、山田は少し驚いた顔をして、

すぐに、いたずらっぽく笑った。


その笑い方は、

「答えなんていらないでしょ?」って顔だった。


「これは、“遊び”ですよ。って言ったじゃないですか」


冗談か皮肉か……

正直、よく分からなかった。


場札

桜のかす、桜のかす、柳に小野道風、【牡丹】に蝶、【菊】のかす


山田の手札

萩のかす、【牡丹】のかす、【菊】の青短冊、桐のかす


「じゃ、ボクの番ですねー」


軽く言って、山田は指を動かした。

でも、目は本気だった。


そして――


「《菊に青短冊》で、《菊のかす》を取ります」


……え?


あまりにも自然すぎて、脳が一瞬止まった。


「……うあー、あれ? 《牡丹に蝶》は?」


思わず変な声が出る。


「なんですかその赤ちゃんみたいな声」


……やかましい。


「……そうじゃなくて、なんで《牡丹に蝶》取らなかったんだよ」


真顔で言うと、山田はちょっとだけ笑って――


「うん、欲しいですけど。あの札は“確定”なので」


「え? それってどういう……」


「勝てるんです。

でも、今は――まだ終わらせたくなかったんです」


その言い方があまりにも自然で、

言葉の意味が、すぐに飲み込めなかった。


「そんなこと……できるのか?」


「できますよ?」


あっさり言って、

さらっと続ける。


「もう少しだけ、この空気を楽しみたくて」


――そんな打ち方、あるんだな。




勝てる札を“あえて”取らないで、

もう一度、運に賭ける。


そんなの、俺には考えたこともなかった。


「……ライラック山田」


「はい」


「運、もう使い切ってる気がするんだが」


真面目に言ったつもりだったけど、

返ってきたのは、ふわっとした笑顔。


「ふふん、見ててくださいよ!」


その顔は、もう次の札を信じて疑ってなかった。

まるで、“奇跡”を引く未来しか見えてないみたいに。


……ああ。

こういう人が、“本当に引く”のかもしれない。


その目に映ってるのは、

自分の番が来るたびに訪れる“ドラマの予感”。


他人の勝負なのに、

見てるだけでドキドキしてしまう。


「じゃあ、いきますよー」


山田が札をめくる。


ぱた。


目に飛び込んできたのは――

赤と黒の、インパクトのある札。


ド派手なのに、なぜか目が離せない。


「……なあ、これ……なんの札?」


あまりにも強烈すぎて、つい聞いてしまった。






「柳のかすですねー。

“柳に雷”とか“鬼札”って呼ばれたりもしますよ」


「……これが、かす?」


思わず口に出た。

いや、この見た目で“かす”は、さすがに詐欺だろ。


「見た目に騙されないようにって、よく言うじゃないですか」


ニコニコしながら、山田は札を大事そうに自分の前へ置いた。

その動きがやけに丁寧で、ちょっと意外だった。


……まぁ、わかる気もする。

強い札じゃなくても、なんか目に残る札ってあるよな。


「……柳か」


ぽつりとつぶやくと、ふと誰かの名前が浮かぶ。


「なんか、あれっぽいな。雨柳 鬼雷」


「……あー……あの人? たしかに、雷って感じですよね」


「見た目は怖いけど、中身は子犬っぽいよなー」


「え? 知り合いなんですか?」


「たぶん、命の恩人」


「ええええ!?」


山田の口が、ぽかんと開いた。


「……そうなんですか……。

なんか怖そうって思ってたけど……もしかして、優しい系……?」


そう言いながら、チラッと俺の顔を見てきた。

目がちょっと泳いでるのが、なんか面白い。


「ま、それはそれとして――引くの、俺な?」


「……あっ、そうでした! どうぞどうぞ!」


「ちなみに、あいつに命の恩人な気がする」


「えっ、それ……そんな重大案件だったんですか……?」


山田の声が裏返ったまま、俺は札に目を戻す。


――赤と黒で塗られた、雷みたいな“柳のかす”。


一瞬だけ見つめてから、ふっと息をついて。


「ついでに、柳に小野道風ももらうわ」


傘をさしてる、雨の中の人影。

あれも“柳”だったんだよな。

雷みたいな札と並ぶと、なんか不思議と納得してしまう。


山田の合わせ札

光札:桐に鳳凰、柳に小野道風

たね:藤に不如帰、萩に猪、紅葉に鹿

短冊:菊の青短冊、紅葉の青短冊、藤の青短冊

かす:3枚



「さて……」


俺は、手元の札を見下ろした。


場札

桜のかす、桜のかす、牡丹に蝶、松のかす、【梅】に赤短冊


手札

【梅】に鶯、芒のかす、菊のかす、紅葉のかす、桐のかす



……狙える手は、ひとつしかない。


「……梅、行くか」


そっと《梅に鶯》と《梅の赤短冊》を重ねる。


札が重なる音が、コトンと静かに響いた。

今の気分には、ちょうどいいくらいの音だった。


――場札を見直す。


《松》がいる。

《桜》も、2枚ある。

短冊も、1枚ある。


さっき重ねた《梅の赤短冊》を足せば、3枚目。

……あと2枚で、短冊役成立。1文上がり。


「……意外と、悪くないかもな」


ぽつりとつぶやく。


他にも狙える役はある。

《松》《桜》の赤短冊が取れれば5文。

短冊1文と合わせて6文……倍付き圏内。


「じゃ、めくりですね。 狙いは?」


山田が聞いてくる。


「……菊に盃、かな」


わざと軽く言う。

けど、ちょっとだけ……心のどこかで祈ってる自分がいた。


そっと札を引いて、めくる。


……《松に赤短冊》。


――来た。


一瞬だけ、時間が止まった気がした。

心臓が、ドクンとひとつ重く鳴る。


……これ、流れ来てるかもしれない。


ふっと息をついて、札をもう一度見直す。


《梅に赤短冊》《松に赤短冊》。

あと≪桜の赤短冊≫が揃えば――出来役、赤短だ。

場には、《桜のかす》が2枚。


場に桜2枚あるなら、桜の赤短冊はかなり取りやすい。


あと1枚。

……いける。


まだわからない。でも――

戦える。


気を抜けば、すぐ相手に上がられる。

けど、ここはチャンスだ。


視線を上げると、山田がこっちを見ていた。

ニヤニヤしながらも、目はまっすぐだ。


「……ほんと、わかりやすいですね」


笑いながら、山田が言う。


「嬉しそうな顔してますよ、めっちゃ」


その顔で、《梅》《松》《桜》の札を順に見ていく。


「この並び、もう“赤短狙ってます”って言ってるようなもんですし」


指先が、桜の札の縁をなぞる。


「……続けたいですか?」


試されてるな、って思った。

けど――答えはもう、決まってた。


「当たり前だろ」


間髪入れずに返す。

山田が、にやっと笑った。


「じゃ、ボクも本気でいきますね」


ふたりの視線がぶつかる。

今の俺たちは、確かに“勝負してる”。


その感覚が、なんだかすごく……

気持ちよかった。

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