18.英雄の光に灼かれないのは、モブと客。
◇
場札
【萩】のかす、桜のかす、桜のかす、柳に小野道風
山田の手札
【萩】のかす、【萩】に猪、牡丹のかす、菊の青短冊、桐のかす
「じゃあ、次ボクの番ですね。……さすがに《萩に猪》は、取ります」
そう言って、山田は《萩のかす》に《萩に猪》を丁寧に重ねた。
――猪と鹿が揃った。
俺が潰したはずの蝶も手札交換によって、生きている。
ふと、その手元を見ると――
札が、びっくりするくらいキレイに並んでた。
山田の合わせ札
光札:桐に鳳凰
たね:藤に不如帰、萩に猪、紅葉に鹿
短冊:菊の青短冊、紅葉の青短冊、藤の短冊
かす:3枚
「……綺麗に札が揃っているな」
つい言葉が出た。
山田は少し胸を張って答える。
「はい。整えるの、好きなんです」
……って言った後、ちょっと恥ずかしそうに続ける。
「机の広さとかで置き方も変わるんですけど……畳でやる人は縦並び派が多いですね。
上から光・たね・短冊・かす、って並べるのが定番です」
さらっと話してるけど、どう見ても“ガチ勢”の喋り方だ。
「ボクは机の対戦ばっかりだったんで……左上に光、右上にたね、左下に短冊、右下にかす。
四隅に分けて置くって、決めてます。揃ってると、気持ちが整うから」
指先で空中に四角をなぞるようにしながら、そう言った。
「……あれ、整えないんですね?」
そう言われて、俺は肩をすくめる。
「あー、俺は……師匠が言ってた。
『札はぐちゃぐちゃの方がいいよー。相手、読みにくくなるからー』って」
思い出すのは、蝶谷夜白のあの飄々とした笑い顔。
ぐちゃっとした札の中から、急に光札とか出してくるもんだから……ほんと、ズルい。
でも、山田は絶句して、息をふぅっと吐いたあと、ぽつり。
「……それ、"花札の悪いとこ”から入ってません?」
「はは……まあ、そういうタイプだからなー?」
俺は笑って答える。
否定するつもりなんて、はなからなかった。
札の並べ方ひとつで、こんなにスタンスが違うのか。
改めて、俺は“違う場所から来たんだな”って、思った。
◇
「……じゃ、めくりますね」
山田が静かに札へと手を伸ばす。
その動きが、いつもより慎重だった。
指でそっと札の角をつまんで――
ひらり。
音もなく、札がめくられる。
……その手が、ぴたりと止まった。
「……?」
山田の顔を見ると、わかりやすく驚いた顔だった。
目が少しだけ揺れてる。
笑いそうで、笑いきれない顔。
握った手が、ほんのり震えてる。
「……あの」
かすれた声で、ぽつり。
「どうした?」
思わず声を抑えて返す。
山田は、めくった札を見せた。
「……もうちょっと、遊びたかったんですけどね」
その札は――《牡丹に蝶》。
ぴたりと、噛み合った。
狙ってた役、“猪鹿蝶”の、最後のピースだった。
「えっ……いや……こういうの、本当にあるんですよ!?」
声が裏返ってる。
言いながら、自分で笑いそうになってる。
「確率としては、そこまで低くないですけど……でも、やっぱり嬉しいです……!」
その笑顔が、まっすぐで、嘘のない顔だった。
見てるだけで、胸があったかくなるような、素直な喜び。
……なのに。
(……今、「こいこい」させて逆転する手、あるな)
思った。
この空気でこいこいさせて、後からごっそり勝つ。
冷静になれば、たぶんそれが最善手。
でも、見てたこの顔を、勝ち筋のために壊すのか?
その一瞬、心の中で天秤が傾いた。
……この笑顔は、"残したい”。
たぶん、そう思ってしまったんだ。
「……これボク、勝ちますね。うん、勝つ勝つ」
調子に乗り始めた。口角が上がってる。
残したくない、この笑顔。
「勝ちますから! 言いましたからね!」
「はいはい、二回言うなって。聞こえてるから」
思わずツッコむと、山田はにこっと笑った。
ほんと、表情に出やすい。
……でも、こういうやつだからこそ、ちゃんと“勝負”できるんだろうな。
名前も怪しいし、調子乗るし、面倒だけど――
でも楽しくて、ちょっとだけ憎めない。
俺の初めての“こいこい”の相手が、ライラック山田で良かった。
本気で、そう思った。
◇
場札
桜のかす、桜のかす、柳に小野道風、牡丹に蝶
山田の手札
芒のかす、菊のかす、紅葉のかす、桐のかす
「俺の番、か」
そう言って、場に出ている《牡丹に蝶》にそっと手を伸ばした。
……が、その瞬間。
「な、なにするんですかっ!? ボクの蝶ですよっ!?」
山田が、まるで守り神のごとく身を乗り出してくる。
その目は真剣……なのに、どこか楽しそうだった。
……ほんと、めちゃくちゃ楽しんでるな。
いや、俺もか。
ちょっと前まで重かった空気が、ふっと和らいだ気がした。
「おっと。バレたかー」
わざとらしくとぼけて、そっと手を引っ込める。
札は丁寧に、元の位置へ。
山田は、それをじっと見てた。
ほんの少しの間だけ、時間が止まったみたいだった。
「……あの」
「ん?」
「ここで“菊のかす”を打つのって、どうですか?」
声のトーンが変わった。
ふざけた感じじゃない。落ち着いてて、まっすぐ。
「なるほど……“菊に盃”が出たら、それと合わさって役になるってことか」
「そうです。運が良ければ、逆転も狙えます」
……ちゃんと読んでるんだな。
すごいな、お前。
こっちはもう、ほとんど勝ち目がない。
でも――
「……それ、"打ち当て”って言うんですよ」
ちょっと照れくさそうに、でもどこか誇らしげに言う。
「……奇跡って、そう何度も起きるものか?」
思わず、苦笑が漏れる。
確率も流れも、今は完全に山田のもの。
でも、少しだけ……本当にちょっとだけ、信じてみたかった。
「……ボクは、奇跡が起きた側の人間ですから」
山田がぽつりとつぶやく。
その声は、どこか胸の奥に引っかかるような静けさがあった。
「……でも、まだ足りないんですよ」
「……え?」
「もっと……見たいんです。
この先にある、"もうひとつの奇跡”を」
その言葉に込められた願いが、真っ直ぐすぎて――
ちょっとだけ、眩しく見えた。
俺は、そんなに強く信じられないから。
だからこそ、そのまっすぐさが、少し羨ましかった。
「……よく、敵にそんなこと言えるな」
「いいんです。楽しい方が勝ち、ですから」
……ほんと、こいつ花札好きだな。
そう思ったら、自然と肩の力が抜けた。
「――じゃあ、乗ってやるか」
軽く笑って言いながら、息を整える。
札の角を、そっとなぞる。
「ゼロじゃないなら、やる価値あるよな」
「ちなみに、確率は5.2%です。けっこうありますよ?」
「おお、意外と現実的」
そう言いつつも、指先は真剣だった。
一枚の札にすべてをかける。
勝つか、負けるか――じゃなくて。
そこに“遊び”があることを、ちゃんと信じたくなった。
……よし。
深く息を吸って――
そして、止める。
指先で、そっと札の角を持ち上げる。
ぴたり。
薄い紙の下から、微かな光が覗く。
――来い。
その瞬間、胸がぎゅっと鳴った。
めくれた札は――
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