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14.花札と言う戦場で、花を愛でる少年




俺の番だった。


場札

紅葉に鹿、【芒】のかす、牡丹のかす、桜のかす、桜のかす、藤のかす

手札

梅に鶯、【芒】に月、牡丹のかす、菖蒲のかす、【芒】のかす、菊のかす、紅葉のかす、桐のかす


手の中の札が、やけに重たい。

指先が、じっとりと汗ばんでいる。


(大丈夫、今回は……取るだけでいい)


手札には《芒に月》がある。

場にも《芒》のかすが出てる。


だから、ただそれを出せばいい。

ただ、それだけのはずなのに――なぜか、体が動かない。


──大丈夫。

今回は、ただ《芒に月》を出して、《芒のかす》を取るだけでいい。

簡単な正解が、目の前に置かれている。

……それが、逆に怖かった。


「間違えるなよ」と、どこかで誰かに言われてるような気がした。


山札に手を伸ばしかけて――ふと、背筋に氷のような感覚が走った。


(……おかしい)


「……山田、さっき……めくってなかったよな?」


自分の声が、自分のじゃないみたいに聞こえた。

乾いていて、どこか詰まっていた。


「えっ……あ、ああ! そ、そうでした……! すみません、喋りながら流しちゃって……!」


山田も慌ててる。


「……いや、俺も、気づいてたけど……めくらなくていいのかって、判断できなかった。

……次から、ちゃんと“めくりあり”でやろう。いいか?」


「はいっ……す、すみません……」

その声が、妙に縮こまっていた。


ひどく、胸が痛んだ。


(……俺のせいだ)


山田は悪くない。たぶん俺の言い方が、固すぎた。

声が冷たかった。視線も強すぎたかもしれない。

余裕なんて、ひとつもなかった。

自分の手元で精一杯で、相手の気持ちを考える余裕なんて――。


(……俺、何やってんだ)


花札のはずなのに、まるで戦場だ。

誰かを責めるつもりもなかったのに、

いつのまにか、誰かを傷つけてしまってる。



「では、」


その一言を皮切りに、山田は一呼吸、静かに間を取った。

息を吸って、吐いて、……ほんの少しだけ、指先に力を込めるように。


俺はそれを、じっと見ていた。


緊張で、手のひらがじわじわと熱を帯びていた。

札を打つ、あの音――

本来なら心地よいはずのその音が、今はもう怖くすらある。


身構える。

意識していなかったけど、肩に力が入っていた。


そして。


――たんっ


その音は、驚くほど――軽かった。

拍子抜けするくらい、静かで、優しかった。


紅葉に鹿の札の上に、彼は迷いなく、紅葉の青短冊を添えた。


その動きが――妙に、印象に残った。

何かを叩きつけるんじゃなくて、迎えるように。

駒じゃなくて、仲間に触れるみたいな……そんな手つきだった。


その音は、思ったよりも優しかった。

張り詰めたものを断ち切るような強さではなくて、何かを包むような。

重ねられたのは、紅葉に鹿の上の、青短冊。


「ふふっ……良い札が来てくれて、うれしいな」


札を並べる彼の手は、優しかった。

まるで、仲間を迎えるみたいに。

音もなく、静かに札を引く。


出たのは――萩。

小さく、嬉しそうに微笑んでいた。


――それだけで、少し肩の力が抜けた。


遊んでるんだ。

……これは、遊びなんだ。


場の空気が、少しだけやわらかくなる。


「……」


ふっと、笑った。


すごく嬉しそうに。

その笑顔が、あまりに素直すぎて、ちょっとこっちの警戒がゆるむ。


――緩んではいけないんだろうな。

蝶谷には、「花札は戦いだよ」って言われたし。


でも今の彼は、ただまっすぐに札と向き合ってるだけに見えた。

……それが、逆に少しだけこわかった。


「……これ、遊びでいいんだよな?」


問いかけると、山田はそっと目を細めて言った。


「……貴方は、花札が、怖い人ですか?」


「……怖い、人?」


「ボクはね、怖いけど、楽しみたくて、ギリギリでやってるんです。

遊びの中に、大事なものが詰まってるのが嫌で……でも、それでもやっぱり、

遊びでいたいんです、この札は」


その手が、少し震えていた。

伸びかけて、止まる。

その曖昧さが、逆にまっすぐだった。


「……精一杯、祈りとして、占いのように、楽しみたいんです」


彼の目は、まっすぐ俺を見ていた。

俺は――返す言葉を選んだ。


「あー……俺は、駄目なんだ」


「駄目?」


「覚えなきゃいけない。強くならなきゃいけない。……だから、まずは言われた通りにしか、動けない」


「……そっか。すみません、なんか……」


「謝るなよー。むしろ、そう言ってくれる人がいる方が安心するんだ。

だから、今のままでいてくれ。無理は、しなくていい」


「でも、貴方は……無理してるように見えます」


「するさ。だって、俺にはまだ何もないからな」


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