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12.ライラック山田、偽名を騙るモブなんてモブじゃない(ライラック山田戦)



「……うん、せっかくだし。軽く一戦、やってみるか?」


「し、仕方ありませんね! ボクは花札の精神を重んじる者として……受けて立ちます!」


言ってることはカッコいいけど、手がちょっと震えてる。

札を出す動きもぎこちない。かわいいやつだな。


「よし、札出してくれる?」


「はい!」


なぜかピクリと肩が跳ねたあと、急にスイッチが入ったみたいにキリッとした顔になる。

バッグから出てきたのは――やたら綺麗にそろえられた札。


背面は赤に金の縁。真ん中には……藤の家紋?


「……それ、手作り?」


何気なく聞いたつもりだったけど、反応が大きすぎた。


「はっ、ボクが既製品を使うとでも!? ……あっ、ち、違いますよ!? これ、ライラックですからね!?」


いやどう見ても藤だけど!

カバンのチャームも服の刺繍も全部藤! 突っ込んだら負けな気がしたから、あえて言わない。


「へえ、ライラックかぁ。立派だな」


冗談半分で褒めると、ちょっと誇らしげにうなずいた。


「そ、そ、そうでしょうとも……! まごうことなき、ライラックですから……っ」


皮肉も真に受けるタイプか。いや、これは手強い。

たぶん、育ちのいいお坊ちゃまだな。可愛いのか面倒なのか、たぶん両方。


「……名前、なんて言うんだ?」


ふと聞いてみると、少年は一瞬フリーズした。


「え、えっと……えーと……」


目が泳いで、しどろもどろになりながら、


「……ライラック……山田です……」


絶対ウソだろ!って思ったけど、笑わずに受け取っておいた。


「じゃあ、ライラック山田くん。よろしく」



「じゃ、まずは先攻・後攻を決めましょうか」


ライラック山田が、なぜか急に凛とした顔で言い出した。


「ん、じゃんけんだな。最初はグー――」


「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!?」


俺がグーを作る前に、食い気味の制止が入った。結構な声量だった。


「……どした?」


「親決めって……じゃんけんなんですか!?」


「え、違うの?」


「ち、違いますとも!! 札をめくって、“月”が早い方が親ですっ。それが、正式ルールなんです!」


なんかすごい必死だった。目も声も真剣そのもの。


「……そっか。俺、てっきり“適当でいいよ”って言われてたし……」


「だ、駄目ですよ!? “いい”のかも知れないですけど、“良くない”んです!」


理屈が破綻してるようでいて、妙に熱がこもっているあたり、こう……筋金入りだな、って思った。


「で、どうすんの?」


俺が素直に聞くと、彼はこくりと頷いて、急に“先生モード”みたいな顔になった。


「まずは、貴方が札を二山に分けてください」


「俺がやるんだ?」


「当然です。不正を防ぐために、“疑いようのない構造”が必要ですから」


「なるほど。“両方とも不正できるようにしておく”ことで、公平性を担保してるわけだな」


「違います! なんでそんな物騒な解釈になるんですか!」


ツッコミ早かったな。まあまあ、冗談だって。


俺は言われた通りに札を二つに分ける。わりと真面目に。


「これでいいか?」


「ありがとうございます」


彼はその中から一枚、静かに、指先でつまみ上げた。

その動きに、やたらと無駄がない。緊張も見え隠れしてるのに、なんか……丁寧すぎるくらい丁寧だった。


ゆっくりと札を“くる”。

動作はまるで舞のように、静かで、慎重。


「……なんか、それ、式典か何か?」


つい、ぽろっと言ってしまった。


「ち、違います! これは“儀礼”です!

札に宿る魂と、長い歴史に対する敬意ですから!」


言いながら、声がちょっと震えてた。

全力で突っぱねた割に、初々しさの方が勝ってしまってるのが、なんとも。


頬を赤くして、口元をきゅっと結んで――いや、真面目だな。


「いや、馬鹿にしてない。

丁寧で格好いいなって思っただけ」


そう返すと、彼はきょとんとして、ちょっとだけ目を泳がせた。


「……っ、そ、そうですか……?」


小さい声。

でも、その先の微かな笑みに、少しだけ誇らしさがにじんでた。


きっと、“丁寧に札を扱う”ってこと自体が、彼の誇りなんだろう。

それを笑われたくなかったんだろうな。

だったら、笑う必要なんてない。


「……い、いや、それほどでも……でも、ほら、もっと言っても、いいですよ?」

調子に乗ってるのか照れてるのか、もう分からないな。


「凄いと思っている。

ちゃんとしてて、品がある」


「~~っ……で、ですよね!? やっぱりボク、選ばれし……あっ、な、なんでもないです!」

――ああ、もう。笑うしかないじゃないか。


さっきまで、あんなにしょんぼりしてたのが嘘みたいに、彼は得意げに胸を張っていた。

何があったのかは、まあ、そのうち聞けたらいい。

今はただ、ちゃんと笑えてることが、いちばんだ。



「では――上から、好きなだけ取ってください」


「好きなだけ?」


「はい。ただ、一枚は残してくださいね。こう、ガバッと」


「……そんなルールあるのかよ」


(蝶谷の“適当でいいよー”はやっぱアレだったんだな)


「まあ、地方ルールですし。バラバラなんですよ」


……ごめん蝶谷、ちゃんと理屈あったわ。

俺は束の真ん中あたりを抜き取って、相手のほうを見る。


「取った」


「じゃ、“せーの”で見せ合いましょう!」


「せーの――」


ぱっ。


「菖蒲に短冊です!」


「……松?」


「短冊はまあ、どうでもいいです。菖蒲ですね!」


え、なんか即切り捨てられた。


「そっちは……松、ですね? 一月!」


勢いよく胸を張ってる。ちょっと微笑ましい。


「松って一月か。じゃあ……ライラック山田が先攻?」


「え……どう考えても先攻ですよ……!」


本気で戸惑ってて申し訳ない。


「悪い、俺も数週間前にいきなり詰め込まれてさ」


「……この物騒花札学苑で、よくそんな初心者を拾おうと思いましたね。

その師匠……」


ため息、そして同情の目。


「えーと……花札では“親”は月が早い人が取ります!

でも、ボクは先輩です!

なので! 今日はボクが――」


「後攻でいいよ、俺が」


「…………はい。……配ります」


さっきの勢いが嘘みたいにしぼんだ。

配る姿勢がめちゃくちゃしおれてる。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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