12.ライラック山田、偽名を騙るモブなんてモブじゃない(ライラック山田戦)
◇
「……うん、せっかくだし。軽く一戦、やってみるか?」
「し、仕方ありませんね! ボクは花札の精神を重んじる者として……受けて立ちます!」
言ってることはカッコいいけど、手がちょっと震えてる。
札を出す動きもぎこちない。かわいいやつだな。
「よし、札出してくれる?」
「はい!」
なぜかピクリと肩が跳ねたあと、急にスイッチが入ったみたいにキリッとした顔になる。
バッグから出てきたのは――やたら綺麗にそろえられた札。
背面は赤に金の縁。真ん中には……藤の家紋?
「……それ、手作り?」
何気なく聞いたつもりだったけど、反応が大きすぎた。
「はっ、ボクが既製品を使うとでも!? ……あっ、ち、違いますよ!? これ、ライラックですからね!?」
いやどう見ても藤だけど!
カバンのチャームも服の刺繍も全部藤! 突っ込んだら負けな気がしたから、あえて言わない。
「へえ、ライラックかぁ。立派だな」
冗談半分で褒めると、ちょっと誇らしげにうなずいた。
「そ、そ、そうでしょうとも……! まごうことなき、ライラックですから……っ」
皮肉も真に受けるタイプか。いや、これは手強い。
たぶん、育ちのいいお坊ちゃまだな。可愛いのか面倒なのか、たぶん両方。
「……名前、なんて言うんだ?」
ふと聞いてみると、少年は一瞬フリーズした。
「え、えっと……えーと……」
目が泳いで、しどろもどろになりながら、
「……ライラック……山田です……」
絶対ウソだろ!って思ったけど、笑わずに受け取っておいた。
「じゃあ、ライラック山田くん。よろしく」
◇
「じゃ、まずは先攻・後攻を決めましょうか」
ライラック山田が、なぜか急に凛とした顔で言い出した。
「ん、じゃんけんだな。最初はグー――」
「ちょ、ちょっと待ってくださいッ!?」
俺がグーを作る前に、食い気味の制止が入った。結構な声量だった。
「……どした?」
「親決めって……じゃんけんなんですか!?」
「え、違うの?」
「ち、違いますとも!! 札をめくって、“月”が早い方が親ですっ。それが、正式ルールなんです!」
なんかすごい必死だった。目も声も真剣そのもの。
「……そっか。俺、てっきり“適当でいいよ”って言われてたし……」
「だ、駄目ですよ!? “いい”のかも知れないですけど、“良くない”んです!」
理屈が破綻してるようでいて、妙に熱がこもっているあたり、こう……筋金入りだな、って思った。
「で、どうすんの?」
俺が素直に聞くと、彼はこくりと頷いて、急に“先生モード”みたいな顔になった。
「まずは、貴方が札を二山に分けてください」
「俺がやるんだ?」
「当然です。不正を防ぐために、“疑いようのない構造”が必要ですから」
「なるほど。“両方とも不正できるようにしておく”ことで、公平性を担保してるわけだな」
「違います! なんでそんな物騒な解釈になるんですか!」
ツッコミ早かったな。まあまあ、冗談だって。
俺は言われた通りに札を二つに分ける。わりと真面目に。
「これでいいか?」
「ありがとうございます」
彼はその中から一枚、静かに、指先でつまみ上げた。
その動きに、やたらと無駄がない。緊張も見え隠れしてるのに、なんか……丁寧すぎるくらい丁寧だった。
ゆっくりと札を“くる”。
動作はまるで舞のように、静かで、慎重。
「……なんか、それ、式典か何か?」
つい、ぽろっと言ってしまった。
「ち、違います! これは“儀礼”です!
札に宿る魂と、長い歴史に対する敬意ですから!」
言いながら、声がちょっと震えてた。
全力で突っぱねた割に、初々しさの方が勝ってしまってるのが、なんとも。
頬を赤くして、口元をきゅっと結んで――いや、真面目だな。
「いや、馬鹿にしてない。
丁寧で格好いいなって思っただけ」
そう返すと、彼はきょとんとして、ちょっとだけ目を泳がせた。
「……っ、そ、そうですか……?」
小さい声。
でも、その先の微かな笑みに、少しだけ誇らしさがにじんでた。
きっと、“丁寧に札を扱う”ってこと自体が、彼の誇りなんだろう。
それを笑われたくなかったんだろうな。
だったら、笑う必要なんてない。
「……い、いや、それほどでも……でも、ほら、もっと言っても、いいですよ?」
調子に乗ってるのか照れてるのか、もう分からないな。
「凄いと思っている。
ちゃんとしてて、品がある」
「~~っ……で、ですよね!? やっぱりボク、選ばれし……あっ、な、なんでもないです!」
――ああ、もう。笑うしかないじゃないか。
さっきまで、あんなにしょんぼりしてたのが嘘みたいに、彼は得意げに胸を張っていた。
何があったのかは、まあ、そのうち聞けたらいい。
今はただ、ちゃんと笑えてることが、いちばんだ。
◇
「では――上から、好きなだけ取ってください」
「好きなだけ?」
「はい。ただ、一枚は残してくださいね。こう、ガバッと」
「……そんなルールあるのかよ」
(蝶谷の“適当でいいよー”はやっぱアレだったんだな)
「まあ、地方ルールですし。バラバラなんですよ」
……ごめん蝶谷、ちゃんと理屈あったわ。
俺は束の真ん中あたりを抜き取って、相手のほうを見る。
「取った」
「じゃ、“せーの”で見せ合いましょう!」
「せーの――」
ぱっ。
「菖蒲に短冊です!」
「……松?」
「短冊はまあ、どうでもいいです。菖蒲ですね!」
え、なんか即切り捨てられた。
「そっちは……松、ですね? 一月!」
勢いよく胸を張ってる。ちょっと微笑ましい。
「松って一月か。じゃあ……ライラック山田が先攻?」
「え……どう考えても先攻ですよ……!」
本気で戸惑ってて申し訳ない。
「悪い、俺も数週間前にいきなり詰め込まれてさ」
「……この物騒花札学苑で、よくそんな初心者を拾おうと思いましたね。
その師匠……」
ため息、そして同情の目。
「えーと……花札では“親”は月が早い人が取ります!
でも、ボクは先輩です!
なので! 今日はボクが――」
「後攻でいいよ、俺が」
「…………はい。……配ります」
さっきの勢いが嘘みたいにしぼんだ。
配る姿勢がめちゃくちゃしおれてる。
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