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11.モブ仲間を発見しました。



静かな部屋。どこか遠くで、鳥の声。

この塔は、世界から切り離された空間みたいだ。

学苑自体、切り離されているんだろうが、それはまだ何も分からない。


目を向けると、小さなテーブルにパンが置かれていて――

その向かいに、蝶谷がいた。


長い髪を片手でまとめながら、クロワッサンをかじってる。

顔はぼんやりしてるのに、なんか絵になるのがずるい。


「おはよー。ちゃんと寝れた?」


「……気づいたら寝てた」


「ならよかった。今日も働いてもらうし」


蝶谷はパンをもう一口。

さりげない口調で、とんでもないことを言う。


「じゃ、食べ終わったらやろっか」


「……こいこい、か」


「うん。朝のこいこい。今日は三月戦ね」


その言葉に、胸の奥が少しだけふわっとした。

緊張とも、期待ともつかない感覚。

この奇妙な修行生活に、少しずつ馴染み始めてる自分がいた。


……こうして、美術塔での“朝練”が始まった。



何度か対局をこなして、気づけば昼になっていた。


塔の中は、相変わらず静かだった。

時間だけが、のろのろと進んでる気がする。


昼飯は――インスタントラーメン。

ポットからお湯を注いで、三分待って完成。


「やっぱ、元先生だけあるよねー。覚えるの早いじゃん?」


ラーメンをすすりながら、蝶谷が口を開く。

髪は結んだまま。

姿勢はくたっと崩してるくせに、言葉だけはきっちり刺してくる。


「いや……まだ、光札を追うのに必死でさ」


頭の中が札でいっぱい。

相手の狙いなんて、見る余裕ない。


「弱い奴との実践挟めば、仕上がるかな」


あっさり言って、スープをすすった。

軽い声。軽い笑い。だけど――中身だけが、重い。


“仕上がる”って、なんだよ。

俺、料理か何かか?


けど、蝶谷は楽しそうだった。

本当に、誰かを作ってる気分なんだと思う。

冷静で、ちょっと怖くて――でも、どこか嬉しそうな目で。


観察して、記録して、試して、調整して。


……俺って今、完全に実験動物ポジじゃないか?



ラーメンの空き容器を片づけ終わったタイミングで、蝶谷が手をぽんっと叩いた。


「じゃ、そろそろ――実戦こいこい、してみない?」


軽い口調だった。けど、内容は全然軽くない。


「……仇討ちか?」


「そうだよー」


その一言に、思わず喉が詰まった。


「……っ、俺は……何も奪いたくない……!」


言葉が先に飛び出してた。


巻き込まれるのは、まだいい。

でも、誰かを巻き込むのは――それだけは、嫌だった。


「本当に何も知らない場所で、何も知らない奴の“夢”を取り上げるなんて……俺にはできない」


「安心して。嘘だから。まだ」


蝶谷は悪びれずに言って、ラーメンの丼を積み上げてる。


「……心臓に悪いわ……」


思わず、深く溜め息が出た。こっちはずっと真面目に悩んでたんだけど。


「でもさ、名取くんだって、外に出たいんでしょ?」


「……まあ、出たくないってわけじゃないけど……」


「じゃあ決まり。

仇討ちじゃない花札にしようねー。

ただ花札を打つだけの、"社会見学"してきなよ~」


「……俺、本当に外に出て大丈夫なのか?」


記憶は曖昧。敵も味方も分からない。


「それなんだけど――」


蝶谷が指をぱちんと鳴らした、その瞬間。


どこからともなく、ふわっと猫が現れた。


透き通った青い目。ふわっふわのシルエット。

そのまま歩いてきて、俺の足元でくるんと座る。


「名取くんの監視兼ボディガード、"あおくん”で~す。

かわいくて強い、うちの副牌!」


「……いやいや、無理あるって。見た目どう見てもただの猫」


「見た目はね。でもちゃんと“副牌”だから。

いざというときは、キリッと動くよ?」


「副牌って……それ、生徒会の副会長みたいな?」


「まあ、そんな感じでいーや。

ちなみにここは牡丹シマ。俺は牡丹シマの主牌」


「主牌……って、ボス的なポジションか?」


「そうそう。

ねぇ、あお?」


にゃあ。


あおが小さく鳴いたかと思えば、ぴょんと俺の肩に乗ってきた。


ふわっふわで、あったかくて――やけに軽い。


なのに、なんか……不思議と安心した。

正体不明の猫なのに。むしろ安心させる罠か?ってくらい。


「じゃ、行っておいで。

"授業”だよ、名取くん」


蝶谷が立ち上がって、軽く伸びをする。

その背中を見て、俺もなんとなく立ち上がる。


不安が消えたわけじゃない。


でも、止まってたってしょうがない。


どうせやるなら――ちゃんとやる。

たとえ、相手が誰だとしても。


やることはひとつ。

札を出す。札を読む。――そして、奪わない。できるだけ。


「昼なら仇討ち禁止だから、そこら辺の子と“こいこい”してきてねー」


外に出ようとした瞬間、蝶谷が気楽~なテンションでそう言ってきた。


「でも、"主牌”に当たったら引き返すこと。

まだぶつかる時期じゃないからさー。

……まあ、オーラあるからすぐわかると思うけど……名取くん、鈍そうだし、どうかな~?」


うん、ちょっとずつ刺してくる言い回しやめような?


“主牌”ってのは、つまりこの学苑の各シマのボスキャラ。

たぶん、出会ったらゲームオーバーのやつ。


「あとさ、自分から目立たないようにね?」


蝶谷はニコニコしながら、しっかり釘だけは刺してくる。

それ、笑って言うことじゃなくない?


つまり──


・仇討ち禁止の昼間に

・主牌とは遭遇禁止で

・目立たず過ごせ?


「……注文多いなあ」


ぽつりとこぼしたら、


にゃあ。

肩の上で、あおが短く鳴いた。


その横顔を見ると、透き通った青い目がこちらをちらっと見返してきて――


「……行くか、相棒」


口に出してみたら、ちょっとだけ肩の力が抜けた気がした。

……なんだろうな。不思議だ。


そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、あおはぺろっと俺の耳を舐めてきて、


「っ、それは何の合図だ!?

やめろ、くすぐったいっ!」


軽く身をよじった瞬間、あおはひょいっと肩から飛び降りた。


そのまま、何事もなかったように校舎のほうへ、てくてく歩いていく。

迷いなんて一切ない足取り。すごいな、お前。


「……本当に案内できるのか、あお」


そう呟きながらも、なぜか俺の足は自然とあおのあとを追っていた。


記憶はまだおぼろげで、どこに何があるのかも分からない。

何が起きてもおかしくない場所で――でも、そんなに怖くなかった。


時々、あおが後ろを振り返って、ちゃんと俺がついてきてるか確認するみたいに立ち止まる。


「……蝶谷より、よっぽど優しいじゃん……」


思わず笑ってしまう。


あんなに人の神経を逆なでする天才が主牌で、

このふわふわが副牌って、本当にこの世界どうかしてる。


でも――今の俺には、この猫の背中が、ちゃんと道を示してくれているような気がした。



「……なあ、どんな人探せばいいんだろうな?」


ふと独り言が出た瞬間、あおが立ち止まった。


そして、見つけた。



校舎裏。

日陰にぽつんと座り込んだ少年がひとり。

膝を抱えて、少しだけため息を吐いていた。


綺麗な顔立ちに、白くて細い指。

お坊ちゃまみたいな制服の着こなし。

けれど、姿勢はどこか崩れていて、影が濃い。


陽の下に出られない花のようで――

まるで、箱入りのまま戦場に立たされた王子だった。



「はぁ~~~~~~~~~~~~……」


長すぎるため息。

どう見ても“話しかけてください”って空気を出してる。


けど――


「……ダメか?あれ」


あおが俺の袖を引く。完全に“近づくな”の合図。


でもさ、あそこまでわかりやすく落ち込んでるやつ、無視できるか?


「おーい、大丈夫かー?」


声をかけた瞬間――


「わ、わ、わっ……!」


少年がビクッと跳ねた。バッグ抱えて体を丸める。目は泳ぎ、顔は真っ赤。

やばい、完全にパニック。


……そのバッグのチャームが、目に入った。


「藤の花……?」


「ふ、ふ藤!? ち、ちがっ……! ラ、ライラックですっ!!」


即答。めっちゃ動揺してる。


「ライラック……か。俺、花詳しくないからな。綺麗だな、それ」


自然に出た言葉だった。

そしたら、彼の肩の力が少しだけ抜けた気がした。


――でも。


「だ、騙されませんよっ! 良い人アピールなんかにっ!」


突然、怒られた。


「……ごめん、ちょっと無神経だったな」


素直に謝ると、蝶谷はじっとこっちを見てくる。


ピリピリしてる。でも、放っておけないタイプだな、こいつ。


「にしてもさ、“こいこい”って、札多いし役も多いし、大変だよな……」


「……えっ、初心者、なんですか?」


「ああ。さっきまで“すすき”の札も読めなかった」


「……この学苑で花札知らないとか……人権、ないですよ……」


やけに真面目な顔で言うなよ。


「やっぱ皆そういうよなー。

俺、人権ないのかー……」


「……でも、貴方になら……勝てそうです……!」


急にテンションが上がった。


「い、いいでしょう! ……っ!」


なんかよくわからないけど、やる気になってる。


「ま、まさか仇討ちじゃないですよね……!?」


「昼は禁止って聞いたけど」


「で、ですよね!? えっ……今、やるんですか? こいこい……?」


「えっ」


「えっ」


……沈黙。


なぜか同時に目を逸らした。


笑いそうになるのをこらえて、俺は思った。


……面倒くさそうなやつだな。

でも、なんか放っとけない。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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