11.モブ仲間を発見しました。
◇
静かな部屋。どこか遠くで、鳥の声。
この塔は、世界から切り離された空間みたいだ。
学苑自体、切り離されているんだろうが、それはまだ何も分からない。
目を向けると、小さなテーブルにパンが置かれていて――
その向かいに、蝶谷がいた。
長い髪を片手でまとめながら、クロワッサンをかじってる。
顔はぼんやりしてるのに、なんか絵になるのがずるい。
「おはよー。ちゃんと寝れた?」
「……気づいたら寝てた」
「ならよかった。今日も働いてもらうし」
蝶谷はパンをもう一口。
さりげない口調で、とんでもないことを言う。
「じゃ、食べ終わったらやろっか」
「……こいこい、か」
「うん。朝のこいこい。今日は三月戦ね」
その言葉に、胸の奥が少しだけふわっとした。
緊張とも、期待ともつかない感覚。
この奇妙な修行生活に、少しずつ馴染み始めてる自分がいた。
……こうして、美術塔での“朝練”が始まった。
◇
何度か対局をこなして、気づけば昼になっていた。
塔の中は、相変わらず静かだった。
時間だけが、のろのろと進んでる気がする。
昼飯は――インスタントラーメン。
ポットからお湯を注いで、三分待って完成。
「やっぱ、元先生だけあるよねー。覚えるの早いじゃん?」
ラーメンをすすりながら、蝶谷が口を開く。
髪は結んだまま。
姿勢はくたっと崩してるくせに、言葉だけはきっちり刺してくる。
「いや……まだ、光札を追うのに必死でさ」
頭の中が札でいっぱい。
相手の狙いなんて、見る余裕ない。
「弱い奴との実践挟めば、仕上がるかな」
あっさり言って、スープをすすった。
軽い声。軽い笑い。だけど――中身だけが、重い。
“仕上がる”って、なんだよ。
俺、料理か何かか?
けど、蝶谷は楽しそうだった。
本当に、誰かを作ってる気分なんだと思う。
冷静で、ちょっと怖くて――でも、どこか嬉しそうな目で。
観察して、記録して、試して、調整して。
……俺って今、完全に実験動物ポジじゃないか?
◇
ラーメンの空き容器を片づけ終わったタイミングで、蝶谷が手をぽんっと叩いた。
「じゃ、そろそろ――実戦こいこい、してみない?」
軽い口調だった。けど、内容は全然軽くない。
「……仇討ちか?」
「そうだよー」
その一言に、思わず喉が詰まった。
「……っ、俺は……何も奪いたくない……!」
言葉が先に飛び出してた。
巻き込まれるのは、まだいい。
でも、誰かを巻き込むのは――それだけは、嫌だった。
「本当に何も知らない場所で、何も知らない奴の“夢”を取り上げるなんて……俺にはできない」
「安心して。嘘だから。まだ」
蝶谷は悪びれずに言って、ラーメンの丼を積み上げてる。
「……心臓に悪いわ……」
思わず、深く溜め息が出た。こっちはずっと真面目に悩んでたんだけど。
「でもさ、名取くんだって、外に出たいんでしょ?」
「……まあ、出たくないってわけじゃないけど……」
「じゃあ決まり。
仇討ちじゃない花札にしようねー。
ただ花札を打つだけの、"社会見学"してきなよ~」
「……俺、本当に外に出て大丈夫なのか?」
記憶は曖昧。敵も味方も分からない。
「それなんだけど――」
蝶谷が指をぱちんと鳴らした、その瞬間。
どこからともなく、ふわっと猫が現れた。
透き通った青い目。ふわっふわのシルエット。
そのまま歩いてきて、俺の足元でくるんと座る。
「名取くんの監視兼ボディガード、"あおくん”で~す。
かわいくて強い、うちの副牌!」
「……いやいや、無理あるって。見た目どう見てもただの猫」
「見た目はね。でもちゃんと“副牌”だから。
いざというときは、キリッと動くよ?」
「副牌って……それ、生徒会の副会長みたいな?」
「まあ、そんな感じでいーや。
ちなみにここは牡丹シマ。俺は牡丹シマの主牌」
「主牌……って、ボス的なポジションか?」
「そうそう。
ねぇ、あお?」
にゃあ。
あおが小さく鳴いたかと思えば、ぴょんと俺の肩に乗ってきた。
ふわっふわで、あったかくて――やけに軽い。
なのに、なんか……不思議と安心した。
正体不明の猫なのに。むしろ安心させる罠か?ってくらい。
「じゃ、行っておいで。
"授業”だよ、名取くん」
蝶谷が立ち上がって、軽く伸びをする。
その背中を見て、俺もなんとなく立ち上がる。
不安が消えたわけじゃない。
でも、止まってたってしょうがない。
どうせやるなら――ちゃんとやる。
たとえ、相手が誰だとしても。
やることはひとつ。
札を出す。札を読む。――そして、奪わない。できるだけ。
「昼なら仇討ち禁止だから、そこら辺の子と“こいこい”してきてねー」
外に出ようとした瞬間、蝶谷が気楽~なテンションでそう言ってきた。
「でも、"主牌”に当たったら引き返すこと。
まだぶつかる時期じゃないからさー。
……まあ、オーラあるからすぐわかると思うけど……名取くん、鈍そうだし、どうかな~?」
うん、ちょっとずつ刺してくる言い回しやめような?
“主牌”ってのは、つまりこの学苑の各シマのボスキャラ。
たぶん、出会ったらゲームオーバーのやつ。
「あとさ、自分から目立たないようにね?」
蝶谷はニコニコしながら、しっかり釘だけは刺してくる。
それ、笑って言うことじゃなくない?
つまり──
・仇討ち禁止の昼間に
・主牌とは遭遇禁止で
・目立たず過ごせ?
「……注文多いなあ」
ぽつりとこぼしたら、
にゃあ。
肩の上で、あおが短く鳴いた。
その横顔を見ると、透き通った青い目がこちらをちらっと見返してきて――
「……行くか、相棒」
口に出してみたら、ちょっとだけ肩の力が抜けた気がした。
……なんだろうな。不思議だ。
そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、あおはぺろっと俺の耳を舐めてきて、
「っ、それは何の合図だ!?
やめろ、くすぐったいっ!」
軽く身をよじった瞬間、あおはひょいっと肩から飛び降りた。
そのまま、何事もなかったように校舎のほうへ、てくてく歩いていく。
迷いなんて一切ない足取り。すごいな、お前。
「……本当に案内できるのか、あお」
そう呟きながらも、なぜか俺の足は自然とあおのあとを追っていた。
記憶はまだおぼろげで、どこに何があるのかも分からない。
何が起きてもおかしくない場所で――でも、そんなに怖くなかった。
時々、あおが後ろを振り返って、ちゃんと俺がついてきてるか確認するみたいに立ち止まる。
「……蝶谷より、よっぽど優しいじゃん……」
思わず笑ってしまう。
あんなに人の神経を逆なでする天才が主牌で、
このふわふわが副牌って、本当にこの世界どうかしてる。
でも――今の俺には、この猫の背中が、ちゃんと道を示してくれているような気がした。
◇
「……なあ、どんな人探せばいいんだろうな?」
ふと独り言が出た瞬間、あおが立ち止まった。
そして、見つけた。
校舎裏。
日陰にぽつんと座り込んだ少年がひとり。
膝を抱えて、少しだけため息を吐いていた。
綺麗な顔立ちに、白くて細い指。
お坊ちゃまみたいな制服の着こなし。
けれど、姿勢はどこか崩れていて、影が濃い。
陽の下に出られない花のようで――
まるで、箱入りのまま戦場に立たされた王子だった。
「はぁ~~~~~~~~~~~~……」
長すぎるため息。
どう見ても“話しかけてください”って空気を出してる。
けど――
「……ダメか?あれ」
あおが俺の袖を引く。完全に“近づくな”の合図。
でもさ、あそこまでわかりやすく落ち込んでるやつ、無視できるか?
「おーい、大丈夫かー?」
声をかけた瞬間――
「わ、わ、わっ……!」
少年がビクッと跳ねた。バッグ抱えて体を丸める。目は泳ぎ、顔は真っ赤。
やばい、完全にパニック。
……そのバッグのチャームが、目に入った。
「藤の花……?」
「ふ、ふ藤!? ち、ちがっ……! ラ、ライラックですっ!!」
即答。めっちゃ動揺してる。
「ライラック……か。俺、花詳しくないからな。綺麗だな、それ」
自然に出た言葉だった。
そしたら、彼の肩の力が少しだけ抜けた気がした。
――でも。
「だ、騙されませんよっ! 良い人アピールなんかにっ!」
突然、怒られた。
「……ごめん、ちょっと無神経だったな」
素直に謝ると、蝶谷はじっとこっちを見てくる。
ピリピリしてる。でも、放っておけないタイプだな、こいつ。
「にしてもさ、“こいこい”って、札多いし役も多いし、大変だよな……」
「……えっ、初心者、なんですか?」
「ああ。さっきまで“すすき”の札も読めなかった」
「……この学苑で花札知らないとか……人権、ないですよ……」
やけに真面目な顔で言うなよ。
「やっぱ皆そういうよなー。
俺、人権ないのかー……」
「……でも、貴方になら……勝てそうです……!」
急にテンションが上がった。
「い、いいでしょう! ……っ!」
なんかよくわからないけど、やる気になってる。
「ま、まさか仇討ちじゃないですよね……!?」
「昼は禁止って聞いたけど」
「で、ですよね!? えっ……今、やるんですか? こいこい……?」
「えっ」
「えっ」
……沈黙。
なぜか同時に目を逸らした。
笑いそうになるのをこらえて、俺は思った。
……面倒くさそうなやつだな。
でも、なんか放っとけない。
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