12.花札で壊れるのが先か、逃げて壊されるのが先か
◇
……苦しい。
呼吸が、うまくできない。
もう二度と、花札なんか触りたくない――
……そう思ってた。
なのに、手は、札を離してくれなかった。
あの感触が、指先に染みついてる。
思い出すたび、息が詰まるのに。
けど――それと同時に、ふと、考えてしまう。
……俺、ちゃんとやれてるのか?
この息苦しさの先に、何か見えてくるのか?
そんな疑問が心をかすめた、そのときだった。
◇
「さて、夕方だし、もう寝ようかなー」
「……なあ、毎回、寝るの早くないか?」
蝶谷はあくびしながら、窓際で背伸び。
夕焼けで赤く染まった腕が、やたら絵になってるのが腹立つ。
「だって仇討ちって、基本夜でしょ?
いま寝ちゃえば、挑戦されても受けなくて済む。
――つまり、平和。最高」
笑顔で戦略的サボりを宣言してくるあたり、ある意味すごい。
それ、制度の穴ついてないか……?
「……ってことは、ずっとここに泊まる気?」
「うん。だって名取くんは“幽閉中”だし?
俺はその監視役。なにかと大変なんだよー」
大変そうな顔、一ミリもしてないけどな。
「幽閉、ね……まるで悪役みたいな扱いだな」
「出たい?外の世界」
さらっと言われたその一言に、ちょっとだけ黙ってしまった。
「……まあ、少しは」
正直に言うと、外のこと、まだ分かんないことだらけだ。
ちょっと怖い。でも、ここに閉じこもってるのも違う気がして。
「そっか、分かったー」
蝶谷は、軽く頷いて笑った。
「じゃあ、"ちょっと考えとく”ってことで。
それまでは、名取くんの“仮の幽閉生徒生活”スタート~」
「……生徒生活って言うなら、せめて学校通わせてくれよ」
「はいはい、それじゃあ~……お泊まり会、開幕ー」
「いや、雑にまとめんな」
ため息まじりに突っ込むと、蝶谷はすでに寝袋の準備中。
……まったく。自由すぎる。
でも、そうだな。
今は――ちょっとだけ、呼吸ができる。
不思議と、空気が柔らかくて。
……少しだけ、目を閉じてみた。
◇
「……起きてる?」
寝袋越しに、蝶谷の声。
わざとらしいくらいの“起きてる前提”トーン。
「……起きてない」
適当に返してみたら、しばらくの沈黙――からの、
「そっか、起きてないんだ?じゃあ、何してもいいね~」
あ、これ絶対ロクなことにならないやつ。
次の瞬間、鼻をつままれた。
「っ……!おま、それ……!」
「ねえ、そろそろ飽きたからさ。
幽閉、解除してもいいかなーって思ってたんだよねー」
「……急だな。どうせ条件付きなんだろ?」
「うん。
一個だけ、"約束"してくれたらねー」
「……言い方が怖い」
軽口に聞こえるのに、なぜか胸がざわついた。
理由は分からない。思い出せない。
「怖い?ああ、記憶喪失だもんね。
約束、忘れちゃうの怖いよねー」
ふざけてるみたいな口ぶりなのに、どこか試してるようなニュアンスがあった。
「お前さ……よく言われないのか?
“意地悪”って」
「んー?言ってくれる人、減ったかなぁ。
俺に“意地悪”って言える子、けっこう度胸いるからさ」
布越しに、くすっと笑う声。
その下で、あおが気ままに足をのばしている。
不思議な光景。やたらと静かで、どこか落ち着く。
「……なあ」
「ん?」
「俺さ、花札……ちょっと、怖い」
自分でも、言うつもりじゃなかった。
けど、言葉が勝手に口からこぼれた。
静かな間があって――
「ふーん。じゃあ、なおさら続けよっか」
即答すぎて、ぞわっとした。
「……少しくらい、慰めてくれても良いと思ったんだけどな」
「モルモットなら撫でてあげるけどね~。
人間には――結果、出してもらわないと」
笑いながら言ってるくせに、冗談には聞こえなかった。
その“軽さ”が、逆に怖い。
「……で、その“結果”って、どう出せばいいんだよ」
俺がそう聞くと、蝶谷は当然のように答えた。
「仇討ち、だねー?」
「……つまり、人から何かを奪えってことだよな」
「うんうん。ここに入ってる時点で、みんな了承済みってわけ。
簡単な願いならね、入学のときに“前払い”で叶えられてる子も多いし」
「なるほど。じゃあ、"仇”ってのは……後払い組の願い、か」
「そうそう。願いの“規模”や"複雑さ"が大きいほど、"仇"が必要になるんだよねー。
たとえば『世界征服したい!』とか言い出すと、そりゃもう……
学苑全員分の仇、食べてもらわないと」
軽く笑いながら言っているが……冗談じゃない。
「……なあ、でもさ。
もう願いが叶った子は、さっさと退学して、平和に暮らせばいいんじゃないの?」
「それがねぇ――」
ここで蝶谷は、ふっと息をついた。
それまでの調子とは少し違っていて、俺も自然と黙る。
「この学苑って、財閥とか政治家とか、上級国民のご子息ご令嬢が集まる場所なんだよね。
“将来のためのコネづくり”の場でもあるってわけ」
「……うわ、そういうやつか」
「うん。招待制だしね。
兄弟でも簡単には入れない、選ばれた御曹司たちの楽園~……ってやつ?」
「……じゃあ、願いが叶っても、出られない子もいるのか」
「出たくても出られない子のほうが多いかな。
親が“壊れない限りは退学なんて認めない”ってタイプだったりして」
「……詰んでるな」
「うん。よくできた檻だよ。
皇族の子とかもいたりするしねー?」
あっけらかんとした口ぶりのくせに、内容がえぐすぎる。
こんなの、笑い話で済むわけがない。
けど、それがこの世界の“普通”らしい。
少しの沈黙のあと、俺はぽつりと尋ねた。
「なあ……ここって、どこなんだ?」
「ここは、"学苑”だよ。
――それ以外の、どこでもない」
蝶谷の声は、淡々としていた。
◇
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