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12.花札で壊れるのが先か、逃げて壊されるのが先か


……苦しい。

呼吸が、うまくできない。


もう二度と、花札なんか触りたくない――


……そう思ってた。

なのに、手は、札を離してくれなかった。


あの感触が、指先に染みついてる。

思い出すたび、息が詰まるのに。


けど――それと同時に、ふと、考えてしまう。


……俺、ちゃんとやれてるのか?

この息苦しさの先に、何か見えてくるのか?


そんな疑問が心をかすめた、そのときだった。



「さて、夕方だし、もう寝ようかなー」


「……なあ、毎回、寝るの早くないか?」


蝶谷はあくびしながら、窓際で背伸び。

夕焼けで赤く染まった腕が、やたら絵になってるのが腹立つ。


「だって仇討ちって、基本夜でしょ?

いま寝ちゃえば、挑戦されても受けなくて済む。

――つまり、平和。最高」


笑顔で戦略的サボりを宣言してくるあたり、ある意味すごい。

それ、制度の穴ついてないか……?


「……ってことは、ずっとここに泊まる気?」


「うん。だって名取くんは“幽閉中”だし?

俺はその監視役。なにかと大変なんだよー」


大変そうな顔、一ミリもしてないけどな。


「幽閉、ね……まるで悪役みたいな扱いだな」


「出たい?外の世界」


さらっと言われたその一言に、ちょっとだけ黙ってしまった。


「……まあ、少しは」


正直に言うと、外のこと、まだ分かんないことだらけだ。

ちょっと怖い。でも、ここに閉じこもってるのも違う気がして。


「そっか、分かったー」

蝶谷は、軽く頷いて笑った。


「じゃあ、"ちょっと考えとく”ってことで。

それまでは、名取くんの“仮の幽閉生徒生活”スタート~」


「……生徒生活って言うなら、せめて学校通わせてくれよ」


「はいはい、それじゃあ~……お泊まり会、開幕ー」


「いや、雑にまとめんな」


ため息まじりに突っ込むと、蝶谷はすでに寝袋の準備中。


……まったく。自由すぎる。


でも、そうだな。

今は――ちょっとだけ、呼吸ができる。


不思議と、空気が柔らかくて。

……少しだけ、目を閉じてみた。



「……起きてる?」


寝袋越しに、蝶谷の声。

わざとらしいくらいの“起きてる前提”トーン。


「……起きてない」


適当に返してみたら、しばらくの沈黙――からの、


「そっか、起きてないんだ?じゃあ、何してもいいね~」


あ、これ絶対ロクなことにならないやつ。


次の瞬間、鼻をつままれた。


「っ……!おま、それ……!」


「ねえ、そろそろ飽きたからさ。

幽閉、解除してもいいかなーって思ってたんだよねー」


「……急だな。どうせ条件付きなんだろ?」


「うん。

一個だけ、"約束"してくれたらねー」


「……言い方が怖い」


軽口に聞こえるのに、なぜか胸がざわついた。

理由は分からない。思い出せない。


「怖い?ああ、記憶喪失だもんね。

約束、忘れちゃうの怖いよねー」


ふざけてるみたいな口ぶりなのに、どこか試してるようなニュアンスがあった。


「お前さ……よく言われないのか?

“意地悪”って」


「んー?言ってくれる人、減ったかなぁ。

俺に“意地悪”って言える子、けっこう度胸いるからさ」


布越しに、くすっと笑う声。

その下で、あおが気ままに足をのばしている。


不思議な光景。やたらと静かで、どこか落ち着く。


「……なあ」


「ん?」


「俺さ、花札……ちょっと、怖い」


自分でも、言うつもりじゃなかった。

けど、言葉が勝手に口からこぼれた。


静かな間があって――


「ふーん。じゃあ、なおさら続けよっか」


即答すぎて、ぞわっとした。


「……少しくらい、慰めてくれても良いと思ったんだけどな」


「モルモットなら撫でてあげるけどね~。

人間には――結果、出してもらわないと」


笑いながら言ってるくせに、冗談には聞こえなかった。

その“軽さ”が、逆に怖い。


「……で、その“結果”って、どう出せばいいんだよ」


俺がそう聞くと、蝶谷は当然のように答えた。


「仇討ち、だねー?」


「……つまり、人から何かを奪えってことだよな」


「うんうん。ここに入ってる時点で、みんな了承済みってわけ。

簡単な願いならね、入学のときに“前払い”で叶えられてる子も多いし」


「なるほど。じゃあ、"仇”ってのは……後払い組の願い、か」


「そうそう。願いの“規模”や"複雑さ"が大きいほど、"仇"が必要になるんだよねー。

たとえば『世界征服したい!』とか言い出すと、そりゃもう……

学苑全員分の仇、食べてもらわないと」


軽く笑いながら言っているが……冗談じゃない。


「……なあ、でもさ。

もう願いが叶った子は、さっさと退学して、平和に暮らせばいいんじゃないの?」


「それがねぇ――」


ここで蝶谷は、ふっと息をついた。

それまでの調子とは少し違っていて、俺も自然と黙る。


「この学苑って、財閥とか政治家とか、上級国民のご子息ご令嬢が集まる場所なんだよね。

“将来のためのコネづくり”の場でもあるってわけ」


「……うわ、そういうやつか」


「うん。招待制だしね。

兄弟でも簡単には入れない、選ばれた御曹司たちの楽園~……ってやつ?」


「……じゃあ、願いが叶っても、出られない子もいるのか」


「出たくても出られない子のほうが多いかな。

親が“壊れない限りは退学なんて認めない”ってタイプだったりして」


「……詰んでるな」


「うん。よくできた檻だよ。

皇族の子とかもいたりするしねー?」


あっけらかんとした口ぶりのくせに、内容がえぐすぎる。

こんなの、笑い話で済むわけがない。


けど、それがこの世界の“普通”らしい。


少しの沈黙のあと、俺はぽつりと尋ねた。


「なあ……ここって、どこなんだ?」


「ここは、"学苑”だよ。

――それ以外の、どこでもない」


蝶谷の声は、淡々としていた。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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