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11.花札を打つのは、息が詰まる



「さて、と。じゃあ、数週間。

本気でやってみよっか、花札」


蝶谷がそう言って、黒い札を静かに広げた。

その動きは、無駄がなくて――でも、どこか演出じみていた。


「ここは戦場。

……いい札を一枚取られるたびに、指が一本折れると思ってね」


「……大げさすぎ」


「そ?じゃあ、“仇花”になった子の顔、見る?」


俺が返す前に、蝶谷はスマホをひょいっと持ち上げて、画面を向けた。


そこに映ってたのは――

目の焦点が合ってない男子生徒だった。


泣いてるわけじゃない。

怒ってるわけでもない。

ただ、もう“何も感じてない”顔。


その瞬間、背中がぞわっとした。


「……“次はお前だよ”って顔してるでしょ?」


蝶谷の声はやさしかった。

まるで天気でも話すみたいに、さらっとしてて。


でも――たぶん、それが一番怖かった。


喉が詰まる。

胸の奥に、冷たい水がじわじわ流れ込んでくる。

指先がひやっとする。息がしにくい。


あの時と同じだった。


自分が“主役”のつもりだったのに、

いきなり舞台の真ん中で転んで、

誰にも気づかれずに落ちていった、あの感じ。


誰かが、強くて綺麗で、まぶしい場所に立ってる。


――俺は、その光の外で、ただ沈んでいく。


そして、蝶谷はそんな俺を、

ちょっと面白そうに観察してる。



「名取くん、それ、違うよ」


「……え?札、取っただけだろ」


「うん。でも“取れる札を取った”だけ。

――“相手の手を崩す”って視点、どこ行った?」


蝶谷の指が、俺の札をぐっと押してくる。

その圧だけで、こっちの手がじんわり汗ばむのが分かった。


ただ正解をなぞってるだけじゃ、通用しない。

それを、体に叩き込まれてる感じだった。



「……なんで、勝てねぇんだよ、俺は」


「花札って、見た目より“読み合いゲー”なんだよね」


蝶谷はさらっと言うけど、その目は笑ってなかった。

なんか……俺の心の中だけ、ズームで見られてる感じ。


「名取くん、全部読まれてるよ。――びっくりするくらい」


笑いながら刺してくるの、性格悪くない?って思うけど――

悔しいくらいに、正しい。



「……なんで、そんなに俺を強くしたがるんだよ」


「えっ、そんな必死に見える?いやいや、まだ序の口」


言いながら、蝶谷は札をくるくる回して笑った。

その笑い声が、いちばん怖かった。


「でもさ、強くならないと……ほんとに、死ぬから」


その言い方が、あまりに軽くて、逆にゾッとした。


“欲しい札”は、取りにいかなきゃいけない。

でも、"取ったら負け”って状況もある。


選ぶ札一枚で、生きるか沈むかが決まる。


蝶谷は、それを“ゲーム”じゃなくて

“訓練”みたいに俺に叩き込んでくる。


戦術。読み。誘導。

冷静に。合理的に。相手の呼吸を読め。


……花札って、こんなに息詰まるもんなのか?


ほんの一瞬、「今ここで息止めたら楽かも」って思った。

それくらい、張りつめてた。



「……名取くん、最近ずっと手がこわばってるね」


蝶谷が、ぽつりと呟いた。


「っ、ああ……まあ。

癖、になったみたいだ」


札に触れてないときでも、手のひらが勝手にざらつきを探してしまう。


一週間。


気づけば、それくらいずっと、花札を打ち続けていた。


「ルールも、動きも、覚えたでしょ?」


「まあ、一応な。

見た目だけなら――もう“それっぽい”プレイヤーには、なれただろ?」


「でも、見た目だけじゃ勝てないよー?」


にこっと笑いながら、蝶谷は札をくるくる回して見せた。


「そりゃあ……分かってる」


分かってるんだ。ちゃんと。


“取られないように”しなきゃ。


札を取られたら、何か――自分の大事なものまで、奪われそうな気がして。


「名取くん、今日も顔が沈んでるよー?」


「そっちが沈めてきてんだろ……」


肩の力が抜けるような会話のはずなのに、どうしても笑えなかった。


手のひらが、じっと冷えている。


……怖い。


札を取られるのが、怖い。


間違えるのが、怖い。


――何より、自分が無力だって、また知らされるのが、いちばん怖かった。


そのとき。


頭の奥で、ふいに声が響いた。


――「先生」


「……え?」


口に出た自分の声に、自分で驚く。


誰かの声が聞こえた。確かに。


茶髪で、前髪が長くて、不器用そうな……そんなイメージが浮かぶ。

でも、名前は出てこない。

顔も思い出せない。

記憶喪失――そうだった。


なのに、その声だけが、やけに鮮明で。

胸の奥を、ズキッと刺してきた。


「名取くん?どしたの、急に黙って」


「……いや、なんでもない。ちょっと……妄想、だな」


蝶谷は首をかしげて、俺の顔を覗き込む。

――やめろよ。そんな顔で見るな。


記憶なんて戻ってなくても、分かるんだ。

また誰かを失うのかもしれないって。

舞台の真ん中で転んで、誰にも気づかれずに、ただ落ちていく。


……そんなの、もう嫌だ。


絶対に。


「強くならなきゃ」


思わず、口に出ていた。


「ん?なに?」


「……なんでもない」


札を打つ手が、また震えた。


ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。


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面白かったら★5つ、合わなかったら★1つでも大丈夫です。正直な感想をお聞かせください。


それからブックマークしてもらえたら、ものすごく嬉しいです。

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