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10.かすの逃げ道と、終末の明るい地獄


「“弱い子”って、よく言われるけどさ。

……“集まれば強い”って、ちょっと良くない?」


「それが――“かす”」


蝶谷は、手元の札をだらだらと流していく。

まるで水でも注ぐみたいに、気だるく。


短冊も、モチーフも、何も描かれていない。

見るからに地味で、手応えのない札たち。

まるで“ハズレ”の札の見本市みたいだ。


「“かす”は、全部で24枚。花札の、ちょうど半分を占めてる」


蝶谷はそう言いながら、その札たちの表面を、そっと撫でた。

まるで眠っている子どもの髪でもとかすみたいな、優しい手つきで。


「“かす”って、10枚集めて、たった1文。

ほんのちょっとの点数。だけど――それだけで、上がれるんだよ」


「……10枚も集めて、それだけ?

なんか、効率悪くないか?」


「そう思うでしょー? でもね、こいこいをやってみれば分かるよ」


蝶谷は片目を細めて、いたずらっぽく笑った。


「たとえばさ。2枚ずつ、コツコツ拾って。

そこにめくりで1枚引けたら――?」


「……3、4手番で上がれる……?」


俺がつぶやくと、蝶谷は満足げに頷いて、

お返しみたいに俺の猫耳をぽふっと撫でてきた。


「そう、最速の札なんだよー」


その目は笑っていたけど――どこか、俺の反応を試してるような光があった。


「かすだけ取って、さっさと上がっちゃえば。

相手がどんな“最強”を狙ってても関係ない。

場に出る前に、ぜんぶ無効にできちゃうからね」


「……それじゃ、毎回かすで上がればよくないか?」


「1文の上がりって、つまりは“紙の盾”みたいなもんでさ。

突然、酒なんか飲まれたら――詰むよ?」


「酒……飲まれる?」


蝶谷は意味ありげに口元だけ笑った。



「……なあ、蝶谷。

“飲まれる”って、どういう意味だ?」


俺がそう訊くと、蝶谷は、すぐに一枚の札を静かに差し出した。


真っ赤な盃に、"寿”の文字。

背景は、菊の花。


「この札が、話の本命だねー」


ぞくっとした。

綺麗だけど近づきがたい、ガラス細工みたいな響きがある。


「"菊に盃”。

これが、いろんな意味で――えげつないんだよ」


卓上に置かれたのは、黒い縁取りの札が三枚。


「まず前提として、強い“役”ってのは、大体3枚集めて5文になることが多いんだけど――

この3枚は、その常識を壊すんだ」


"壊す"という言葉に蕩けた表情をして、蝶谷は笑う。


彼がまず指差したのは、月が浮かぶ札。


「一枚目、芒に月。

月がぽっかり浮かんだ、血色の空。ね?美しいでしょ」


感覚がズレている、と思ったが、口にはできない。


「次に、桜に幕。

大輪の赤と桃色の桜。大弾幕の赤と紫と黒。

……ちょっと、歌舞伎っぽいよね」


最後に、さっきの“菊に盃”。


黄色い菊の中に、紅の盃。

札の真ん中に「寿」って字が、ぽつんと浮かんでる。


――妙に、不気味に綺麗だった。


「この“芒に月”と“菊に盃”で、"月見で一杯"。5文」


「……ん? 二枚でか?」


「うん。まだあるよ。

“桜に幕”と“菊に盃”で、"花見で一杯"。これも5文」


「……いやいや、また二枚で!?」


「で、これ全部揃うと――“のみ”って役。10文。倍付けが入れば20文」


蝶谷は淡々と話す。

でも、札を置くたびに、空気がじわじわと冷えていくような感覚がした。


「たった3枚で10文。

しかも、そのうちどの2枚でも、5文が成立する」


「いや。

…………。

……設定ミスか?」


「うん、バグってるよねー。

だから“最凶”って呼ばれてるの」


彼は微笑んだ。

毒入りの花束を差し出すような笑顔で。


「……でもさ、役の名前がさ、ゆるくない?

"月見で一杯"、"花見で一杯"って。なんか、ほのぼのしてそうな……」


「そうだね。

名前はお花見やお月見気分ー」


蝶谷の指が、そっと菊に盃を撫でる。

そして――「こん」と札を軽く弾いた。


その音は、やけに胸に響いた。


「3枚で、最短で、最速で、最大火力。

これが、"のみ”の恐ろしさ」


俺は無意識に、札に目を落とした。


……真っ赤な空、月、幕、盃。


何もかもが、"終わり”みたいな静けさをまとってる。


綺麗だ。でも、怖い。


「……綺麗な終末、って感じだよね」


蝶谷がぽつりと呟く。

それは、誰かのノートにだけ書いてあった秘密を、そっと見せてくれるような声だった。


「……こっわ……。

そういうの、怖いから冗談にしてくれ」


俺が返せたのは、それくらいだった。


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