表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/68

9.短冊で刺し違え、駆引きを願う


「じゃ、次は――短冊について」


蝶谷はさらりと言って、手元の札を広げた。


「いち、に、さん、し……っと。十枚。

花札は十二か月分あるから、二枚足りない。除外は――」


「桐とすすきか。あれ、また光札関連?」


「うん、名取くん気づいたね。えらい。

そういう“例外”は覚えておくと楽だよー」


「……なんか、法則あるようでないな……。

で、蝶谷はどうやって覚えたんだよ? このへん」


「んー。感覚的に、かな。

あいうえおの順を意識的に覚えることないよね。

そんな感じー?」


「それ、初心者には一番ムズい覚え方だぞ……!」


苦笑いを浮かべるしかない。

蝶谷はどこ吹く風で、静かに笑って札を並べ直す。


「短冊札っていうのはね、そのまんま。

"七夕の短冊”みたいな札だよ」

蝶谷が筆先で宙に文字を書くような仕草をしながら言う。


「七夕って役はないのか?」


「昔はね、あったみたい。

”赤短”と“赤い短冊”を合わせて、7枚で“七夕”っていう役」


「いや待ってくれ。

“赤短”と“赤い短冊”って……違うのか?

完全に同じだろ」


「あー、そっからだったねー。

赤い短冊を全部集めてみようか」


筆文字が書かれた3枚の短冊を出される。


「まず、文字が書いてある短冊。

これを、"赤短冊"や"あかたん"って呼んでいるよ。

1月の松、2月の梅、3月の桜にそれぞれくっついてる」


「なんか書いてあるな……これ、『あのよろし?』……って書いてんのか?」


「おしい。

"あかよろし”だね」


「え、"か”なのか、これ? 全然“か”に見えないけど」


「昔の“か”の字なんだよー。今の“可”の崩し文字」


「あかよろし、かー」


考えることを放棄した。


「ちなみに、桜は『みよしの』。

芳野の桜は綺麗って意味でいいよー」

「この3つが“赤短冊”、あかたん、なんだな?」


「そうそう。

たまに“裏菅原”とか“うらす”って言う人もいるけど、

だいたいこの3枚のことを指してると思っていいよー」


「……じゃあ、"表菅原”って言うのもあるのか?」


「あるけど、あれは“花合わせ”っていう別の遊びの用語だから――忘れていいよ?」


蝶谷はひらりと手を振った。


「とりあえず、この3枚が揃えば5文。

“強い役”って覚えておけば、得するかもー」


「文字が書いていない短冊4枚だよー」


蝶谷が並べた札を見て、俺は内心うなる。

見たことあるけど、ちゃんとは覚えてないやつばっかだ。


俺からすれば――

ブドウに赤い短冊、アヤメに赤い短冊、ナンテンに赤い短冊、柳に赤い短冊。

……そんな感じに見える。


(いや、ブドウとナンテンはさすがに違うってのは、わかってるんだけどな……)


突っ込まれる予感しかしないので、口には出さない。


「藤の短冊、菖蒲の短冊、萩の短冊、柳の短冊、だよー」


蝶谷が、さらっと訂正してくる。


「……この赤と黒のやつ、萩だったのか」


「うん、萩だよー。

それでね、文字が書いてないやつは、ただの“短冊”。

他にも色んな呼び方あるけど――今それ言うと、たぶん名取くんの脳がバグるから、内緒」


「……そういうの、多くないか?」


「詰め込み教育をしない主義だからねー。

まずは“萩の赤と黒、ちょっとオシャレ”って覚えれば合格だよー」

「そして、残った3枚。

紫っぽく見えるけど、実は“青短冊”。通称“あおたん”」


蝶谷が、手の中から3枚の札を滑らせるように出した。

牡丹、菊、紅葉――どれも落ち着いた紫の短冊が添えられている。


ぱっと見は地味め。でも、並べられると、妙に品がある。

紫じゃなくて“青”と呼ばれるのも、なんか納得できそうな静けさだ。


「青短冊も、3枚そろえば“青短冊”っていう役になるよ。

この札たち、花で言えば――牡丹、菊、紅葉のセット」


蝶谷の指先がさらさらと動いて、札が並ぶ。

紫の短冊たちは、静かな湖の水面みたいに光っていた。


「この3枚で五文。地味だけど、しっかり高得点」

「でもね――」


「でも?」


「“猪鹿蝶”って役、覚えてる?」


「さっきのだな。

牡丹に蝶、萩に猪、紅葉に鹿――あれ、待てよ」


「気づいた?」


「牡丹に蝶、牡丹に青短冊。紅葉に鹿、紅葉に青短冊……かぶってるな」


「そう。青短冊と“猪鹿蝶”は、2枚も花が同じ。

つまり――」


「狙いが、バッティングしやすい」


「正解。

“猪鹿蝶”狙いの相手と、“あおたん”狙いの自分。

どっちも牡丹や紅葉に手を伸ばす展開になりやすいんだよね」


「赤短冊も似たようなもんか。桜に幕は光札だし、松に鶴も光札だし」


「うん。短冊って、そういう“被り”が多い札。

だからこそ――」


蝶谷が、札のひとつを指で軽く弾いた。

トン、と乾いた音がテーブルに響く。


「今、場に何が落ちてるか。

相手が何を拾いたがってるか。

その流れを読んで――」


「……自分は何を捨てて、何を拾うかを決める、のか」


「そう。あるいは両方狙って、"両取り”で刺す。

短冊はね、地味に見えて、戦略の塊なんだー」


「……見た目だけじゃ、判断つかないんだな」


「そういうのが、美しいって思わない?」

見た目では男性か女性か判断が付かない猫耳メイドの麗人は、強く微笑む。

「“短冊”っていう役もあるんだよな?」


「あるよー」


蝶谷は、まるでおまけを出すみたいに、短冊の札を5枚並べた。


「短冊は5枚で1文。

6枚なら2文、7枚で3文……って感じで、どんどん点が増えてくの。

しかも、最大で10枚まであるよー」


「……たね札より多いんだな」


「うん。意外だよね?

赤や青の細い札。地味な“飾り”っぽく見えるけど――」


蝶谷は目を細めて、軽く笑った。


「ほんとは、読み合いがいちばん始まる場所。

“願い”が込められた札から、駆け引きが始まる」


たおやかな蠱惑的な瞳で、地を這う低い声で、ゆっくりと俺を射抜く。


「ほら、青秋学苑っぽいだろー?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ