9. ゲームのことを色々と教えてくれるって?ありがとう助かるよ!
「よぉ~し、フォーチュンファイター頑張るぞ!」
フォーチュンファイターへの転職クエストを終えた発喜は、これから本格的にFMOで冒険を始めることになる。なお、クエストは簡単なお使いクエストであるため省略した。
『しばらくはレベル上げかな?』
「うん、そうだね。でもせっかくなら目標が欲しいな」
FMOは決められたシナリオが無く、何をするにも自由だ。
次の街へ向かう。
何らかのクエストをクリアする。
貴重なレアアイテムを入手する。
自由度が高いからこそやれることは沢山あり、その中で何を選ぶかで遊び方は大分変わってくる。逆に何も選ばなかったりすると、何をやって良いか分からずちぐはぐなプレイになってしまうかもしれない。
「そ、それならオススメがあります!」
「え?」
突然背後から話しかけられたので振り返ると、そこには自分の身体よりも大きな杖を持ち、左半分が白、右半分が黒という白黒ローブを着た女の子が立っていた。
「あなたは?」
「は、はじめまして。ラ、ラスレイです」
「はじめまして。美少女JDの南城発喜だよ!」
挨拶は大事、という信条のもと快活に返事をしながら発喜はラスレイという名の少女を観察する。どことなく不安げな表情で、体中をせわしなく小刻みに動かし、真っすぐ立っていられないのか小刻みなステップを繰り返す。話し方もスムーズではなく、話が得意なようには見えない。
それなのにどうしてわざわざ発喜に声をかけてきたのだろうか。
「ラスレイちゃん、オススメがあるって言ってたけど、どうして私に教えてくれるの?」
「そ、それは、その、ひ、発喜様が私を助けてくれたからご恩を返したくて!」
「え?」
発喜が誰かを助けた。
しかもそれが『恩』だと感じるくらいのこととなると、思いつくのは一つしかない。
『美少女JD様が持ち帰ったエリクサーで助かった人が恩返しに来たでござる』
どのような恩返しにしようかと迷っていたら、丁度発喜が目標を立てようと考えていたので、アドバイスすることを恩返しの一つとしよう。そういうことなのだろうか。
「ふ~ん……そっか……」
「ひ、発喜様?ど、どうしました?」
「ううん、何でもない。それじゃあよろしくね!」
「い、いいの!?」
「うん。ただ申し訳ないけどオススメされたのが合わなかったらやらないよ」
「は、はい!も、もちろんです!」
発喜が自分の申し出を受け入れてくれたことに喜ぶラスレイ。だが同時に彼女の表情に暗い影が落ちたのを発喜は見逃さなかった。
「(リアルの双葉ちゃんがとっても暗くなったみたいな感じの子だなぁ)」
だが双葉がFMOでは姉御肌キャラを演じていることを考えると、ラスレイもリアルでは威勢の良い性格だったりするのだろうか。演じることそのものは面白そうだけれど、面倒なのでやっぱりリアルと全く同じにすれば良いのにと思う発喜であった。
「それでオススメって何かな?」
「フォ、フォーチュンファイター向けのクエストはラオンテールにほとんど無いので、別の街に行くべきです」
「そうなの?」
ラスレイを信じていない訳では無いが、念のため視聴者にも聞いてみた。
『せやな。ラオンテールのクエストはある程度レベルが上がってから受けられるものばかりで、特にフォーチュンファイターはその傾向が強いかな』
「へぇ~そうなんだ」
となるとフォーチュンファイターとして物語を楽しむのであれば、別の街に向かうという目標を立てるべきだろう。もちろんそれはクエスト重視でプレイする場合はという話であり、ガン無視しても全く構わない。
「ラスレイちゃん的にはどこに行くのがお勧めなの?」
「フ、フリズムです」
「フリズム?」
「は、はい。ラ、ラオンテールから南西にあるフリズム大渓谷の中にある街です」
「渓谷の中に街!?なにそれ面白そう!」
まだプレゼンを始めたばかりだというのに発喜は食いついた。ここからどうアピールすれば良いかと頭を悩ませていたのが無駄になってしまった。
『フリズムって何かあったっけ?』
『共通クエストしかない印象だけど』
『フォーチュンファイターならユバックかメリンズゴレイじゃないの?』
だが視聴者はフリズムが良いという案に懐疑的だ。
それもそのはず、視聴者が言う通りでフォーチュンファイター向けのクエストが多数ある街はユバックかメリンズゴレイであり、フリズムには職業に関係ない共通クエストしか存在しないからだ。
その視聴者の言葉はラスレイには聞こえていない。話をしている相手にも読み上げ音声が聞こえる設定に発喜がしていないからだ。だが偶然にもラスレイは視聴者の疑問に答えるかのように何故フリズムを推奨しているのかを説明した。
「じ、実はフリズムそのものはフォーチュンファイターには関係なくて、そこに行く途中にフォーチュンファイター向けの良い装備が入手できる場所があるんです。そ、そこに立ち寄ってから近くのフリズムでファストトラベルを解禁して、その後にフォーチュンファイター向けのクエストが多いユバックに移動するのが個人的なオススメです」
ファストトラベルとは一度行った街にワープで移動できる機能だ。広大なFMOの大地では、それが無ければ気軽に街移動も出来ない。一度街に訪れることでファストトラベルは解禁されるため、フリズムに用が無かったとしても登録しておくに越したことは無いのだ。
「へぇ~ラスレイちゃん、フォーチュンファイターに詳しいんだね」
「は、はい。じ、実は一度フォーチュンファイターでプレイした経験がありまして、その時はフリズム行きが良いだなんて知らなかったことなんですが、後で知って先にフリズムに行っておけば良かったなって後悔したので、発喜さんにオススメしたかったんです」
「なるほど。すっごい助かるよ。ありがとう!」
つまりは経験者からのアドバイスというわけだ。一から百まで効率プレイを指示されたら辟易するかもしれないが、こういうルートもあるから行ってみたらどうだ、くらいなら発喜は気にはならない。
ということで、発喜はラスレイのアドバイス通りにフリズムを目指すことに決めたようだ。
「それじゃあラスレイちゃん、案内してもらえる?」
「え?つ、ついて行っても良いのですか?」
「もちろんだよ!だってそうじゃないとフォーチュンファイター向けの装備が入手できる場所が分からないじゃん」
「は、はい!よ、喜んで!」
「(だからなんで元気な言葉とは裏腹に表情が暗いんだろう?)」
疑問は残るが、発喜の最初の旅路が決定した瞬間だった。
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「フ、フリズムに向かうには、草原を南西方向に進みます。す、すると『大運の森』と呼ばれる大森林が広がっていますので、それを突っ切るように抜けます。そ、それですぐにフリズム大渓谷の入り口に差し掛かりますので、それを西側へ向かうとフリズムの街に到着します」
「ふむふむ、大森林に大渓谷か。冒険っぽくて面白そう!」
発喜とラスレイの二人はラオンテールで道具の補充などの準備を済ませると、さっそくフリズムに向かって出発した。ラオンテールの門をくぐり草原を南西に向かうと、大型のリスのような魔物が襲って来た。
「ざ、雑魚はお任せください!」
初心者向けの魔物であり、転職した発喜には既に経験値的に美味しくない魔物だ。単に邪魔なだけなら私がと、ラスレイが杖を掲げた。
「ファ、ファイヤーボール」
サッカーボール大の炎の球が杖先に生まれ、それがリスに向かって真っすぐ飛んで行く。そして敵に激突すると激しい爆発音と共にリスを消滅させた。
「わぁ凄い凄い!」
魔法を初めて見た発喜のテンションはマックスだ。
「私も魔法職にすれば良かったかな」
「フォ、フォーチュンファイターも魔法が使えますよ」
「え、そうなの!?」
フォーチュンファイターの公式の説明の中には運を駆使して戦うという話ばかりが取り上げられていて、使える武器や魔法についてはほとんど書かれていなかった。ファイターという名前から戦士系かもと思っていたのだ。
「フォ、フォーチュンファイターは基本的に何でも出来ます。で、でもその代わりに確実に強いスキルや魔法は覚えられません」
「器用貧乏ってこと?」
「わ、悪く言うとそうかもしれませんが、運の効果で他とは違う効果が得られますので一概に弱いとは言えないと思います」
「そういえば運のステータス値の十倍が力に加算されるスキルとかもあるって書いてあったっけ。弱い技の威力を劇的に向上させる方法もあるってことかな?」
「そ、そうですね。フォ、フォーチュンファイターの基本戦略の一つです」
だとすると運の良し悪しが大分重要になってくる。
「ひ、発喜様はステータスの割り振りをどうしてますか?」
「今のところは満遍なくって感じかな。これからは運に半分、残りをバランス良くって思ってるけど」
「い、良いと思います」
FMOはレベルが上昇するとステータスポイントを貰えて、そのステータスポイントを力、技、魔力、速さ、運などに自分で割り振る仕組みである。スキルや魔法を覚えるにはステータス値とレベルを一定値まで上昇させなければならず、フォーチュンファイター用のスキルを覚えるにはもちろん運のステータス値を重視して上げる必要がある。覚えたスキルは運のステータス値が重要になるため上げたら上げただけ意味があるのは、ステータスの割り振りを考える上で分かりやすい部類だろう。
「ラスレイちゃんは魔力を中心にあげてるの?」
「は、はい。デュ、デュアルキャスターは完全な魔法職ですから」
ラスレイの職業、デュアルキャスターは回復補助魔法と攻撃魔法をどちらも使いこなせる万能型魔法使いである。しかし何でも使える分、覚えるために必要なステータス量やレベルが非常に高いという制限があり、初級魔法ですら覚えるのが大変という超晩成型だ。育てに育てまくれば攻守共にあらゆる魔法を使いこなせる最強魔法キャラになるのだが、そこに至るまでの時間があまりにも膨大であるため不人気職。
「ラスレイちゃんはどうしてデュアルキャスターを選んだの?」
魔法職ならばもっと使い勝手の良い職業が他にもある。それにも関わらず敢えて不人気職を選んだのは拘りがあるのだろうか。
「べ、便利だからじゃないでしょうか……」
「え?」
自分で選んだ職業なのに何故他人事なのだろうか。
そのことを発喜が突っ込もうとした時、ラスレイが大声をあげた。
「ひ、発喜様。そ、そろそろ例のポイントです!」
「あ、うん」
例のポイントとはフリズムに向かう前にラスレイから伝えられた要注意ポイントの一つ。
『大運の森』の手前でとある魔物が待ち受けていて、それが初心者が対峙するには厄介な相手なのだ。
『美少女JD様、やっぱりもう少し戦いに慣れてからの方が……』
視聴者も発喜がここでやられてしまうのではと不安を抱いている様子だ。
「大丈夫だって。ラスレイちゃんもいるしね」
だが発喜はどうしてか全く心配していなかった。
「ひ、発喜様の武器は短剣ですか?」
「うん、しばらくはね。でも後で他のに変える予定」
「わ、分かりました。そ、それでは私が敵の動きを止めますので、その後に攻撃してください」
「止めるってどうやって?」
「こ、こうやってです!」
ラスレイが数歩前に出ると、『キィー』という甲高い音と共に空から小さな鳥が滑空して来た。そして地面と水平に飛びながらラスレイに向かって突撃してくる。その鳥の嘴はキツツキのように長く尖っていて、正面から突き刺さったらかなり痛そうだ。ゲームの中なので痛みは感じないのだが。
「ラスレイちゃん危ない!」
だがラスレイは両手を横に広げ、まるで自分の身体を盾にして発喜を守るかのような行動に出た。
鳥の魔物『突撃鳥』は遠慮なくラスレイのお腹に向かって突撃する。
グサ。
そんな音がしなかったのはゲーム的な制限がかかっているのだろうか。ラスレイの腹部には『突撃鳥』が突き刺さってブラブラと上下に揺れていた。
「何やってるの!?」
「さ、さあ。い、今のうちに倒してください」
「えぇ!?」
なんとラスレイは自分の身体を囮にして相手の動きを封じ、その間に発喜に倒させようとしていたのだ。
突撃鳥は動きが早くなく直線的に突撃してくるだけなので、攻撃を避けるのは簡単だ。だが飛んでいるやや小さな鳥を避けながら攻撃するのは戦い慣れて無いと難しく、ステータス的に初心者が対応可能でありながら初心者向けでは無いと言われている。『大運の森』は初心者向けのダンジョンであるが、その手前に『突撃鳥』が出現するから不人気ダンジョンとなっていた。
ラスレイは魔法職ではあるが、初心者向けの突撃鳥の攻撃で大ダメージを受けるほどに柔らかくは無いため、壁となる戦法が可能であった。
「痛くないの?」
「ゲ、ゲームですから平気です」
「う~ん、でもこれってアリなのかな?」
「ア、アリですから早く倒しましょう」
「そうだね……」
なんとなくズルしているような釈然としない気持ちになったが、腹に敵が刺さったままのラスレイをこのままにはしておけない。仕方なく発喜は短剣を振るって突撃鳥を撃破した。レベルが上昇したが、どうにも素直に喜べない。
「やっぱりこのやり方は……」
「ひ、発喜様、お下がりください!」
戦い方を変えようと提言しようと思ったらまたしても『突撃鳥』が出現した。
今度は三体同時だ。
「な、何体来ても平気です!」
まさに文字通り肉壁となったラスレイの身体に『突撃鳥』が容赦なく突き刺さった。
「ラスレイちゃん!?」
「へ、平気です!」
だが傍から見ると平気には視えない。
右の太もも、胸、そして額に鳥が突き刺さっているからだ。
「おでこに刺さってるよ!?」
「ク、クリティカルくらいどうってことありません!」
「クリティカルなんだ……」
人間の弱点部位に攻撃を喰らうとクリティカル判定となり通常よりも大きなダメージを負ってしまう。だが初心者向けの魔物のクリティカル程度であればラスレイにはかすり傷も同じようなものだった。
仕方なく三匹の『突撃鳥』を短剣で斬り殺しながら発喜は思う。
「(今の笑顔が一番輝いてるんだけど、どういうことなの)」
どことなく暗い雰囲気を漂わせ続けるラスレイが、敵の攻撃を喰らった時だけ活き活きとしている姿を見て密かにドン引きする発喜であった。
見ず知らずの人に話しかけられて直ぐに丸々信じるのはダメ、ゼッタイ!
今回はゲーム内だけど、特にリアルでは注意!