4. 私の話を誰も信じてくれない?だったら自宅配信して証明するしかないでしょ!
「えい、とう!」
シンプルな短剣を二度、三度振るうと、発喜に飛び掛かろうとしていた白い綿毛は霧散して消滅する。そしてその場に小さな白い綿毛がドロップした。
「簡単簡単。もしかして私って戦闘の才能ある?」
否。
初心者向けの魔物であり誰でも簡単に倒せるようになっているのだ。
発喜が戦っているのは最初の街『ラオンテール』近くの草原。初心者向けの狩場であり、発喜以外の初心者も戦闘の練習をしているのが見て取れる。
「レベルは八か。職業に就くには後二つ。がんばろ」
この世界で職業に就くには、まずはノービスのままレベルを十に上げなければならない。職業に就いてあれこれする前に、まずは基本的な体の動かし方を練習しなさいという意味の設定だ。
レベル十に至るまでは普通に戦っていればそれほど時間がかからない。発喜もまた三十分足らずの時間でレベル八まで到達し、もう十分も狩っていれば十に到達するだろう。
「念のためポーション買ったけど、要らなかったかな?」
アイテムボックスからフラスコに入った青色のポーションを取り出し、それを使う場面が中々来ないなと思う。味が気になるので使ってみたいが、無駄に使うのは勿体ないと思ってダメージを負うのを待っていたのだ。
発喜は決してゲームについて疎い訳では無い。オンラインゲームはやるなと言われていたが、オフラインゲームはそれなりにプレイしていたし、ゲーム配信者の配信も見たことがある。
「もしかしてこのゲームもアイテムごり押し脳筋プレイで進められるのかな?」
回復スキルなど用意せず、大量の回復アイテムを準備してひたすら最強の攻撃を続けて驀進する。それだけで進めるゲームは案外多いものだ。このゲームでそれが通じるかどうかは分からないが、今のところはまだ敷居の高さを感じてはいない。己の身体を本当に動かして冒険するゲームというのは未知の感覚だが、ゲームのアシストが効いているのかそれともセンスがあるのか、発喜は楽しく快適にプレイしていた。
「あ、脳筋と言えば!」
発喜はあることを思い出した。
「危ない危ない。ゲームに夢中になって忘れるところだったよ。そろそろクレメンスさんの配信の時間だ」
毎回配信を楽しみにしている中堅ゲーム配信者クレメンス。その配信の時間が迫っていたのだ。本当はレベル十になったところで一旦止めて配信を視る予定だったのだが、まもりに遭遇して時間を費やしてしまったことで予定が狂ってしまった。
「ええと、ログアウトは……これか」
空中ディスプレイを操作すると、端の方にログアウトボタンが出現した。それをタップすることでログアウトして元の世界へと戻ることが出来る。
「待っててクレメンス」
ログアウトボタンがグレーアウトされていて戻れない、なんてことはなく発喜がそれをタップすると彼女の身体はフッと消え、その直後彼女が元居た部屋へと戻って来た。
「ふぅ。なんか不思議な気分だった」
まるで異世界に転移していたかのような感覚に脳が混乱しそうなところだが、このゲームはその調整もやってくれるとのこと。発喜は元の部屋に直ぐに感覚が馴染み、机に向かってパソコンをつけようとした。
しかしその途中で、自分が手に何かを持っていたことに気が付いた。
「あれ、何これ……ポーション!?」
それはつい先ほどまで自分が持っていた青い液体が入ったフラスコ。ポーションと瓜二つのものだった。
「な、なんでこれを持ってるの!?これってゲームの中のアイテムだよね!?」
動揺した発喜はポーションを手に部屋の中をいったりきたりする。そして足をもつれさせて倒れてしまいそうになる。
「きゃあ!」
とっさにポーションを持っていない方の手で受け身をとったが、その拍子に何かに腕をぶつけてしまったようだ。
「いったぁ~い……」
ぺろんと袖を捲ると、腕に打ち身のような小さな跡が出来ていた。その場所を中心に少しズキズキして発喜は涙目だ。
「あ、そうだ!ひらきのひらめき!」
痛みに顔を顰めていたのも束の間、発喜の視線は手に持っているポーションらしきものに向けられていた。
「これ飲めば治るかも!」
ここがゲームの中ならまだしも、ゲームの外に出たらいつの間にか手にしていた怪しい液体。それを飲もうなどと普通ならば考えないが、発喜は普通では無かった。
「いっただっきま~す」
まったく躊躇することなくそれを一気に口に含むと、発喜はそれを美味しそうに飲み干した。体にぶっかけるだけで効果を発揮するのに敢えて飲んだのは、単に飲みたかったから。
「ほんのり甘くてスポドリみたい。美味しい!」
問題は味ではない。
もしそれが本当にポーションなら、ある変化が起きているはずなのだ。
「……痛くない。それに跡が消えてるし、なんか体がとってもスッキリした気分!」
なんと発喜が手にしていたのは本当にポーションだった。
「でもどうしてポーションを持ってるんだろう?」
発喜は改めてログアウトした時のことを思い出した。
ポーションをアイテムボックスから取り出し、使う機会が中々無いなと思っていたらクレメンスの配信の事を思い出した。そしてポーションを手にしたまま慌ててログアウトしたら、ログアウト先でもポーションを持ったままだった。
「もしかして向こうで何かを持ったままログアウトしたらこっちに持って帰れるの?」
そんな馬鹿なとは思うが、実際にそうだったのだ。
発喜の脳内からクレメンスの存在は消滅していた。
「よし、試してみよう!」
発喜はFMOの世界へと再びログインした。
「あれ?街中だ?」
街の外でログアウトした場合、セーフティーゾーンや特殊なアイテムを使用しない場合は最寄りの訪れたことがある街へと戻されてしまう仕様だった。
「まぁいっか。とりあえずアイテムボックスからアイテムを取り出そう」
取り出したのは白い綿毛がドロップする小さな綿毛。それを左手で握りしめたまま、またログアウトボタンを押してみた。
一瞬の後、自室へと戻って来た発喜は左手を確認する。
「……ある」
なんとその手には小さな綿毛が握られていたでは無いか。
つまりこれで、ログアウトしていた時に手にしていたアイテムを現実世界に持って帰れるということが分かった。
「仕様?そんな訳ないよね」
いくら発喜とはいえ、これが異常なことであるとは分かっているようだ。
「流石にこれが普通だったらもっと話題になってるもんね」
ゲームの中のアイテムを現実に持って帰れる。
それが本当であればその話題をもっと目にして良いはずだ。ゲーム配信を色々と見ているのに、誰もそのことに触れないのはあまりにもおかしい。つまりこの現象は他にはない発喜特有な出来事である可能性がある。
「凄い凄い!超面白い!皆に自慢しようっと!」
発喜の辞書に秘匿などという単語は存在しない。面白いことがあったのならば、それを余すことなく公開して皆で楽しみたいというのが彼女の考え方だ。
「そうだ。FMOの配信で教えてあげよう!」
発喜は再度FMOにログインし、初心者用の配信カメラを探した。
だが街中をどれだけ探しても見つからない。
FMOは未だに新規ログインが多いため、それらの配信につきっきりなのだろう。
「じゃあレンタルだ!」
FMO内の配信機器は無償でレンタル可能だ。有償で機器を購入すると、スパチャなどの機能が解禁されるが、ただ普通に配信するだけならば無料の機器でも十分だ。
発喜は配信レンタルショップへと向かい、小さな配信カメラをレンタルした。
「設定は今までと同じで音声ランダムモードにして……開始!」
発喜が配信を開始した直後、視聴者の数が一気に増えて行く。初回配信を自動で視聴するモードにしている人が一定数いるからだ。
『お、可愛い子だ』
『美少女JDじゃん!』
『まもりちゃんはどうしたの?』
どうやら初心者配信と初回配信をチェックする層は被っているようだ。発喜のことを知っている人がかなりいる。とはいえ知らない人もいるのにその人達を無視するわけにもいかず、ひとまず発喜は簡単に自己紹介をすることにした。
「今日からゲーム内配信する美少女JDの南城発喜で~す!よろしくね!」
まさに天真爛漫という笑顔に心を掴まれた男性が多かった。とはいえ彼らはいずれ発喜の異常さに気付きドン引きし、ユニコーン化することは無かったりする。
『発喜ちゃんが配信とか怖すぎる』
最初の配信で個人情報をダダ漏らしにしたことから、いつ爆弾発言が出てくるのかとすでに戦々恐々としている人もいるらしい。
「怖がらなくても平気だって、楽しいことしか配信しないつもりだし」
『楽しいこと(個人情報)』
「私がどこの誰だって知ってた方が楽しいでしょ?」
『だからって自宅の住所を言おうとするとかクレイジーすぎんぜ』
「そうかな?なんなら遊びに来ても良いよ。一緒にFMOやろうよ」
『そういうこと平気で言うから心配なんだって!』
じゃあ今から行くから!というコメントをピックアップしなかったのは配信AIさんの配慮に違いない。
「心配するより楽しんでよ。ということで面白いの見つけたから皆に教えます!」
『面白いこと?』
「そうなの!それ見つけて思わず配信始めちゃった!」
『なんでだろう。凄い嫌な予感がするんだけど』
視聴者達がざわつく中、発喜はそれらを無視してアイテムボックスからある物を取り出した。
「じゃじゃーん。これ何だか分かる?」
『ポーション?』
「そう、さっきお店で買って来た普通のポーション」
ログインしてアイテムを確認したらポーションが無くなっていたので、配信機器をレンタルする前に補充して来たのだ。
『それがどうしたの?』
「実はさっき、これを左手で持っている状態でログアウトしたんだ。そうしたらどうなったと思う?」
『増えたとか』
『消えたとか?』
『違うアイテムに変わったとか?』
『バグでも起きたの?』
発喜は視聴者が考える時間を少しだけ設け、焦らしてから答えを告げた。
「正解は、リアルに持って帰れた、でした!」
果たして視聴者はどのような反応をするのだろうか。
単純に驚くのだろうか。
詳しいやり方を聞いて来るのだろうか。
そんなことは知っていると言われてしまうのか。
「あ、あれ、反応がなくなった。おーい!」
これまで発喜が発言すると直ぐに反応を返してくれたのに、全く反応が無い。いくら発喜が配信を始めたばかりとはいえ、初回ブーストで視聴者がそれなりにいるにも関わらず無反応というのは妙な話だ。
配信カメラが壊れたかなと思い、発喜が文字でコメント欄を確認しようかと考えたらようやく反応があった。
『嘘松乙』
「嘘じゃないし!」
どうやら発喜は目立ちたいがために嘘をついていると思われてしまったようだ。
『どうせつくならもう少しリアリティのある嘘つかなきゃ』
「だから嘘じゃないって!」
『リアルにアイテム持ち帰れるとかアニメ脳で草』
「本当なのに!」
『はいはい、つまんね』
「むー!」
誰も彼もが発喜の言葉を否定し、まともに取り合おうとはしない。それもそのはず、それだけあり得ない非現実的なことだからだ。
それを信じてもらうにはどうすれば良いか。
簡単である。
その場面も配信すれば良いのだ。
「それなら自宅配信して、私が持ち帰るところも見せるから!」
『は?マジで言ってるの?』
「だってそうでもしなきゃ信じないでしょ!」
『止めとけって、どうせフェイク動画作って誤魔化すつもりだろ』
「だから嘘じゃないし作らないから!いいよ、だったらポーション持ったまま部屋から外に出て街に出るから。それなら信じるでしょ!」
『そこまでやれたらな』
ここまで言っても誰も信じてくれる人は居なかった。それどころか、どうせフェイク動画を作って注目を浴びたいだけだろうとネガティブな印象を抱かせてしまっている。
この状況を打破するには、確かに発喜が言う通りにリアルでの配信が効果的に違いない。ゲームとリアルの両方で配信することで発喜のアバターが本当にリアルの姿そのままだということが伝わるし、街に出てリアルタイムの反応を見せることでフェイクっぽさは大分薄まるはずだ。
だが発喜がそれをするには大問題があった。
『そもそもリアルで配信やったことあるの?結構お金かかるよ?』
「え?そうなの?」
FMOの中では配信が無償で可能だが、リアルで配信するには機器を一式揃えなければならない。FMOを購入するためにバイト漬けだった発喜が、高価な配信機器を購入する金銭的余裕があるはずが無かった。
「ぐぬぬ……」
『お金が無いから証明できませんでしたって作戦だったのか』
「だ~か~ら~!本当なのに!こうなったら留年覚悟でまたバイトをしよっかな」
『マジでやめろって。この子なら本気でやりそうな気がする』
「単位よりも大事なことがある!」
『どう考えても単位の方が大事だろ!大学行け!』
このままでは発喜の留年が五月にして決定的になってしまう。しかもその理由が視聴者が自分の事を信じてくれないからという信じがたいものだ。発喜は一度こうと決めたら考えを中々変えないタイプであり、本当に留年よりもバイトを優先してしまうだろう。
そんな発喜の未来を変えたのは、一通の個チャだった。
FMOには個別チャットと呼ばれる機能があり、個人間でメッセージのやりとりが可能なのだ。発喜はデフォルト設定であり誰からもメッセージを受け取るようになっている。これまでの配信を見ていたずらチャットが送られてこなかったのは奇跡的だった。
「あれ、何だろうこの音?」
個チャが初めて来たため、自分にだけ聞こえたシステム音が何を意味するのか分からない。配信は放置でしばらく空中ディスプレイを操作して、それが個チャが来たことだと分かると、発喜は届いたメッセージを表示した。
「これは!」
そのメッセージは発喜の留年を止めるどころか、人生を大きく変えるものだった。
顔出し自宅配信からの街への外出による住所バレはダメ、ゼッタイ!