3. 幼馴染が不条理に叱ってくる?逃げるしかないでしょ!
「あ、こら、逃げるな!」
幼馴染に見つかった発喜は一目散に逃げだした。
まだ街の中の地理に全く詳しくないにも関わらず、目についた細い路地へと飛び込み全力で疾走する。
「待ちなさーい!」
「いやああああ!助けてええええ!」
「こらああああ!それじゃあこっちが悪者じゃない!」
勝手に他人の個人情報を暴露しようとしていた発喜が悪いのだが、まるで自分が被害者かのように叫びながら逃げることでまもりの方が悪者に見えてしまう。敢えてやっているのではなく、本気でそう思っているから尚更質が悪い。
「くっ、ちょこまかと!」
「どうして撒けないの!?」
実はこれまで何度もリアルで追いかけられたことがあり、発喜は必ず逃げ切っていた。だが今回は距離を離すどころかぐんぐん近づかれてしまう。
「うお、何だ!?」
「すいません!」
ふと横から出て来たNPCがまもりにだけ当たりそうになるが、まもりはそれを軽やかに躱して追い続ける。
「下の人危ない!」
上から植木鉢が落ちて来て、下にいる女の子に当たりそうになるところ、まもりは慌てて女の子を抱き抱えて避難させる。
「ありが……」
「お礼は不要よ!」
そしてそのまま発喜を追い始める。
「このくらい想定済みよ!ゲーム内ならなんとでもなるわ!」
まもりが発喜を追いかける時、まるで何者かの意志が働いているかのようにまもりに邪魔が入ってしまう。そのせいで普段は逃げ切られてしまっているのだが、今のまもりはいつもとは一味違う。邪魔が入ることを予想出来ているから、というのもあるが、それ以上にゲームを先に始めたことによるステータスの差という絶大な違いがあるのだから。
「絶対に逃がさない!」
「うそぉ!壁走ってる!?」
しかもスキルまで充実しているとなれば、発喜としても逃げ切るのは難しい。
「きゃ!」
「捕まえた!」
そして大通りに飛び出た所で、ついに発喜は捕まり羽交い絞めにされてしまった。
まもりの頭上に怪しげなランプが出現したが、ギリギリまだアウト判定はなされていない。ここでアウト判定されてしまったならば、先ほどの一撃と合わせてBANされてしまう可能性もありえる。
「いやああああ、助けてええええ!」
「だからそういう勘違いさせるようなこと言わないの!」
「勘違いじゃないもん!まもり絶対怒ってるもん!」
「当たり前でしょ!」
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!」
必死になって暴れて抵抗する発喜だが、まもりとの力の差は歴然で解放されない。何だ何だとギャラリーが集まってくるが、どちらの味方をすれば良いのか悩んでいる様子だ。
「暴れないの!どっちにしろ発喜の大学は特定したからもう逃げられないわよ!」
「え!?」
「さっき自分で暴露してたじゃない」
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!聞いてたの!?」
「当たり前じゃない!絶対にFMOをやると思って初心者配信を張ってたんだから!」
大学を知られてしまっては逃げる意味など無い。発喜は暴れるのをやめてがっくりと力を抜いた。この反応ならもう逃げないだろうと、まもりは彼女を開放する。
「うう、ストーカーに捕まっちゃった……」
「人聞きの悪いこと言わないで。誰のせいだと思ってるのよ」
「まもり?」
「あーなーたーのーせーいーでーしょー!」
「いだいいだい!やめれー!」
FMOは魔物に攻撃されて傷ついても痛みを感じない設定になっているのに何故頬を抓られて痛むのかと不思議に思う発喜。プレイヤー同士のちょっとした絡みの場合は痛みが無い方が不自然なので普通に痛むような設定になっているのだった。
「まったく変わってないんだから」
「まもりは変わっちゃったね」
「これはアバターだから違うのが普通なの!というか本名で呼ばないでよ!」
「え~別に良いじゃん」
「呼・ば・な・い・で!」
「いだいいだい!分かった!分かったから頬は抓らないで!」
両頬をお餅のように伸ばされながら抗議する発喜だが、これは彼女達にとっていつもの光景だ。高校を卒業してまだひと月ちょっとではあるが少し懐かしい気持ちを覚えるまもりだった。
「それにしても予想はしてたけれど本当に本名とリアルの見た目で始めちゃうなんて」
「だってそっちの方が楽なんだもん。まもりは…………ああ、そういうことかぁ」
「な、なによその眼は」
「べっつにぃ~」
発喜の視線は豊満なまもりの胸に釘付けだった。少しやりすぎではないかと思えるくらいのその胸の大きさはコンプレックスの裏返しだった。
「リアルがまな板だからってゲーム内で夢を叶えるなんて虚しくないの?」
「うるさああああい!べ、べべ、別にそういうのじゃないし!」
乳牛と呼べるほどにたゆんたゆんする胸を両腕で抱えて照れるまもりの様子からは、発喜の言葉が真実としか思えない。
『まもりちゃんはまな板。( ..)φメモメモ』
「え!?まだ配信続けてるの!?ダメ!切りなさい!」
基本的に配信で聞こえる音声は設定した人にしか聞こえないが、初心者配信の場合は別で話しかけて来た相手にも聞こえるような特殊設定になっている。ゆえにまもりにも配信のコメント音声が聞こえていた。
「え~別に良いじゃん。まもりがまな板なのは事実な訳だし」
「まな板じゃないから!ほんのちょっとだけ膨らんでるから!」
パニックになり深堀しなくても良い話を勝手に掘り進めて自爆するまもりであった。
「ああもう、配信AI。配信を止めなさい!」
『はーい。お疲れ様でーす!』
「あ、行っちゃった……もう、もっとお話ししたかったのに」
配信カメラは配信を拒否られたら最優先で配信を止めるようにプログラムされている。ゆえにまもりの指示によりカメラは配信を止めつつ彼女達の傍から離れて行ってしまった。
「このゲームも配信もやってはダメってあれほど言ったのに!」
「だって皆楽しそうにやってるんだもん。良いじゃん私がやったってさ」
「お願いだからネットリテラシーを学んでからにして……」
「まもりは気にしすぎなんだって。気にしなくてもへーきへーき」
「平気じゃないの!その証拠に私の恥ずかしい話が知られちゃったじゃない!」
「本当の姿を知って貰えて良かったじゃん」
「…………コロスヨ?」
「あっ……ごめんなさい」
まもりが本気で怒った時は表情が消えて殺意が駄々洩れになる。
これ以上は触れてはならないと判断した発喜は自分が悪くないと思っていても破滅から逃れるために素直に謝る術を身に着けていた。
「はぁ、こうならないために抑えてたのに、私に嘘ついて言ってたのとは違う大学を受験してたなんて」
「大学ではまもりに邪魔されず自由に生活したかったからね」
「まぁ予想通りだったけど、少しズレてたわ」
「え?」
「発喜が本当は名神大学に行くと予想して私も受験したの。学部が違っちゃったみたいだけどね」
「ナニソレ怖い」
どうやら発喜は高校の時に進学先についてまもりに嘘をついていたらしいが、まもりはそれを見破り発喜が本当に行く予定だった大学を突き止めた。そこまでして同じ大学に通おうとするなど、確かに発喜の言う通り怖い。
だがまもりにとって、それ以外の選択肢は無かったのだ。
「あんたを放置しておくと私の個人情報を垂れ流しにするから傍で管理するしかないのよ!」
ネットリテラシーが低い発喜は今回の配信で氏名や身体的特徴を暴露したように、それ以上の情報を公開してしまう可能性が非常に高い。それを防ぐために常に発喜の傍に居て監視し続けなければ人生が終わってしまうかもしれないという制限がまもりにはかけられていたのだ。
「だ~か~ら~、気にしすぎなんだって」
「あんたがそんなんだから私は別の大学に行けなかったのよ!」
しかも肝心の発喜はどれだけ注意しても考え方を変えてくれない。個人情報なんてフルオープンで問題無いと本気で思っている。ある意味、個人情報を人質に取られているようなものだ。
「別に行って良かったのに」
「はぁ……もう良いわ。あんたの学部も分かりそうだし、これからはいつも通り監視するから」
「え~」
「文句があるなら個人情報を守ってから言いなさい」
「だからそれは……あ、じゃあもうこれからはL〇NE送って来ない?大量にメッセージが来てうざかったの」
「だって卒業してからあんたが未読スルーしまくるからいけないのよ。逃げないなら送らないわ」
「良かったぁ。一日に百通くらい送られてきてちょっとしたホラーだったもん」
「そ、そんなに送ったかな……」
いきなり幼馴染が無視してきたので心配になって大量送信したというのは分からなくは無いが、一日に百通もメッセージを送るのは普通ではない。嫌がらせのつもりなのか過保護なのか個人情報が心配だったのかそれとも……
「ああ、そうそう。フレンド登録するわよ」
「え?」
「なんで驚いてるのよ。当然でしょ」
「いやぁ……ゲームくらい別行動で良くない?」
「さっき堂々と私の個人情報をばら撒いといて何言ってるのよ!」
「ちぇっ」
フレンド登録すると、相手が何処にいるのかが分かるようになる。発喜が何かやらかした場合に、すぐに飛んでこれるようにするためにまもりはフレンド登録を指示したのだった。
仕方なしとばかりにフレンド登録を終えると、まもりは何処となく嬉しそうにしている。その様子を見て発喜は少しほっとした気分だった。
「良かった」
「何が?」
「だってあまり怒ってないみたいだし」
「…………怒ってるわよ」
「大学を嘘ついちゃったのは私もちょっとやりすぎだったかなって思ってるの。ごめんね」
色々とうざい幼馴染ではあるが、高校まで仲良くしていたのに嘘をついて強引に別れようとしたことは、発喜の心のしこりとなっていたのだ。捕まってしまったこともあり、素直に謝ることにした。
「別にそれは怒ってないわよ」
「え?」
「さっきも言ってた通り、予想通りだったし、これまでも何度も逃げようとしたでしょ」
実は発喜は高校に進学する時も同じように進学先を誤魔化して逃げようとしていた。その時は受験前にバレてしまって逃げられなかったが、大学進学の時も同じことは容易に想像がついたし、発喜の性格や得意分野などを熟知していれば行きそうな大学など手に取るように分かった。
そういう理由もあり、またいつものことかと嘘を吐かれたことは特に気にしていなかった。
「じゃあやっぱり怒ってないの?」
先ほど怒っていたのは、勝手に個人情報を晒してしまったこと。
あるいはこのゲームや配信をやるなと言っていたのに始めてしまったことに対してだろう。
だとするとまもりはそれ以外で特に怒ってはいないのだろうか。
いや、『それは怒ってない』と言っていたので、何かしら怒っていたことはあったのかもしれない。
「怒ってるわよ。と~っても怒ってるわ」
「あ、ヤバい」
まもりの目のハイライトが消えた。
ゲームのアバターなのにどうしてそこまでリアルな反応が可能なのか気にはなったが、逃げなければと本能が警鐘を鳴らしているためそれどころではない。
「な、何を怒ってるの?」
「…………あんた、両親に何を吹き込んだのかしら」
「え?」
発喜は自分の両親の姿を思い描く。
子煩悩でダダ甘な父親と、優しいけれど時々笑顔のまま異様に怖くなる母親。
発喜にとって都合の良い、ではなく愛してくれる両親は兎角家とも仲が良い。いわゆる家族ぐるみで付き合いがある幼馴染というわけだ。
まもりは良く発喜の家に遊びに来て、発喜の両親からの信頼も厚かった。学校では発喜のことをよろしくね、と言われているところを発喜は何度も見て来た。
だがそれが発喜にとって非常に厄介だったのだ。
何故なら発喜がまもりから逃げようとしてもまもりは発喜の母親に相談して直ぐに見つけてしまう。家に待機して帰りを待ち続けたこともあった。発喜の母親がまもりの味方をしている以上、発喜はまもりから逃げ切ることがどうしても出来なかった。
ゆえに大学の進学先について嘘を吐いたとしても、まもりは発喜の両親から本当のことを聞き出してしまうかもしれない。それを危惧した彼女は一計を案じたのだ。
「あっ……」
彼女は今更ながらそのことを思い出し、どうしてまもりが怒っているのかを理解した。
「どうやらその様子だと、忘れているってわけじゃあ無さそうね」
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ怖いいいい!」
まもりが本気の怒りのオーラをその身に纏い、発喜は恐怖で震えあがってしまった。
だが自業自得なので仕方ない。
発喜が一体両親に何を伝えたのか。
「私はノーマルよ!一体なんて言ったの!?」
「…………最近、まもりが私を見る目が怖いって」
女同士だけれど身の危険を感じる。
その言葉を発喜の両親は信じ、まもりが特殊性癖の持ち主であると思ってしまった。
それゆえまもりが発喜の情報を仕入れに家に来た時も、歯切れ悪く情報提供を断られ、暗にもう来ないで欲しいと言われてしまったのだ。
『発喜は普通の女の子だから、まもりちゃんの気持ちは受け入れられないの。ごめんね』
そう悲しそうに告げる発喜母の言葉は今でもまもりの脳内に沁みついて離れない。
「ふん!」
「いだぁ!」
当時の怒りを思い出し、思わずまもりは頭突きをしてしまった。
ブー!ブー!ブー!
プレイヤー間での攻撃行為は禁止されています!
それが攻撃判定とされてしまい、まもりの周囲に大量の衛兵がやってきた。
「ちょっ!今のは違うの!悪いのはあっち!私は悪くない!」
「その人がいきなり頭突きして来たんです。助けてください」
「発喜いいいいいいいいいいいい!」
発喜がこれ幸いにと衛兵を煽ると、まもりは衛兵に連れてかれて去って行った。
「ふぅ。悪は滅びた」
ゲームにログインしていきなりの危機だったが発喜はどうにかそれを乗り越え、今度こそ本格的にゲームを開始するのであった。
幼馴染を蔑ろにするのはダメ、ゼッタイ! by 幼馴染スキー