19. 今度は山火事!? 頑張るから可愛く撮ってよね!
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
「嬢ちゃんすげぇな!感動したぜ!」
「一体どうやったんだ!?」
「えへへ、どもども」
大勢の人に囲まれ感謝や賞賛の言葉を浴び、発喜の顔はだらしなく歪んでいた。そしてその姿を隣で少し苦々し気な表情で見つめながら周囲の声に対応するまもりの姿があった。
「(これで発喜のことが多くの人に知られちゃった)」
ゲームの中からアイテムを持ち帰り、難病患者を次々と助ける女子大生がいる。
そう言われても現実感が湧かない人の方が殆どだろう。
何しろその救われる瞬間を誰も見ていないのだから。
だが今回は発喜が魔法を使って火事を鎮火する様子が撮られて拡散してしまった。動画という形の証拠が作られてしまった。
もちろんそれは質の悪い映像トリックだと思う人もいるだろう。それだけ信じられない光景なのだから仕方ない。
とはいえ難病患者を助けたという話よりかは遥かに信憑性が高い。
これから発喜が様々な意味で狙われるかと思うと気が重くなる。
そして問題はそれだけではない。
「(発喜は今回のことで美味しい思いをしたから、またやろうとするだろうな)」
褒められるのが大好きな発喜が、これでもかと褒められているのだ。まさに絶頂とも言える程の快感が襲っていて、何度もこの感覚を求めてしまうことは想像に難くない。
「(なんか偉い人から発喜の好きにさせてあげたいって、何故か一般人の私に連絡来たけど、こうなったら本当にそうした方が良いのかも)」
中途半端に知られているのではなく、誰もが知るほどの有名人になったら、世間の目線が自然とボディーガードの役割を果たしてくれるのではないかと思ったのだ。
「(どっちにしろ発喜は私が守る。それだけは変わらない)」
まもりがそう決意したその時。
「あれ、何だろう?」
発喜がスマホに連絡が来たことに気が付いた。この状況なら普通はスルーなのだが、発喜は唯一とある関係者からの電話だけはすぐに出るようにしていた。
「ごめんなさい。ちょっと……」
そう言って彼女が人ごみから離れて電話に出ると、品の良い男の人の声が聞こえてくる。
『こんにちは、更科です』
「こんにちは、総理」
電話の主は現役内閣総理大臣。
更科双葉の父だった。
流石の発喜も総理大臣からの電話を後回しにするという考えは無かった。
「またエリクサーのお話ですか?」
『いえ今日は違います。発喜さんが先ほど火事を消火する姿を拝見致しまして、多くの人々を救って頂いたこと感謝致します』
「まさかお礼を言うために電話してくれたんですか!? えへへ、照れるなぁ」
総理相手でもまったく謙遜しないところ、発喜のハートはオリハルコン並みに硬そうだ。
『お礼をお伝えしたいのはもちろんなのですが、実は恥を忍んで一つお願いがございまして……』
「お願い?」
先ほどまもりが考えたように、中途半端に有名になるのは発喜にとって最も危ない。
今ならまだ彼女を攫えるかもしれないと悪人達が行動を起こしてしまうからだ。
魔法を使って火事を消火した動画が拡散されたことで彼女の価値は非常に高まり、かといって全員が信じるにはまだ足りず、有名人になりかけているという絶妙なポジション。
今後も彼女は正体を隠さずに人助けをするだろう。
それならばと総理が一計を案じ、彼女に大きな仕事をお願いしたのである。
そして賞賛されたい発喜は、その仕事を満面の笑みで受け入れたのであった。
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「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!本当に移動してる!」
「凄いわね……」
猛烈に感動している発喜とまもり。
だがいつまでも感動している暇はない。
目の前では山が赤く燃え、その頂上に助けを待つ人々がいるのだから。
『山火事を鎮火してもらえないだろうか』
それが総理大臣からの依頼であり、発喜とまもりは急ぎ移動することになった。
それだけならまだ普通の話だろう。
問題は、発喜が駅前の火事を鎮火させてからまだ十五分と経っていないにも関わらず、二人が千キロ以上離れた山火事の現場に移動しているということだ。
その方法はFMOだった。
『FMOの運営に協力してもらい、今いる場所からFMOにログインし、現場でログアウト出来るようになりました』
「ええええええええ!? そんなことが出来るんですか!?」
『らしいですね。私も知った時は驚きましたよ』
それはつまりFMOを介した転移魔法のようなものではないか。
どうやらFMOには色々と秘密があるようだ。
更科総理はエリクサーの件でFMOの運営会社に接触し、様々な情報を入手した。
今回の転移もどきについてもそのうちの一つ。
それでも未だに発喜だけがアイテムをリアルに持ち帰っているのは、その点に関しては運営の秘密などではなく発喜が特別すぎるという話に違いない。
『FMOに一旦ログインし、消火に必要なアイテムを受け取り、それを手にログアウト。その後、山火事の消火を行ってもらうという流れでよろしく頼む』
指示の通りにログインした発喜達を待っていたのは双葉のアバター、メイガスだった。
「ほら、たっぷり用意したぜ。全部持って行きな!」
山火事を鎮火させるために必要と思われるアイテムや装備を姉と協力して超特急で用意し、ログインしてくるのを待っていてくれたのだ。
「ありがとう!これはまもりの分だね」
「何言ってるのよ。持ち帰るのは発喜にしか出来ないんだから。それと中では本名で呼ばないで」
「あ、そうだったね巨乳ちゃん」
「ぐっ……こいつ……」
非常事態ということと、怒ってはダメだと言い聞かされていることから、腹立たしい弄りに怒るに怒れないまもりであった。
そんなこんなでアイテムを受け取った発喜達がログアウトしたら、目の前が赤く燃える山だった、という流れである。
ただ山が燃えているだけでなく、登山客の一部が山頂に取り残されて救助を待っている。しかし大量の黒煙のせいで救助のヘリコプターが山頂に近づけない。このままでは登山客が全滅してしまうということで現場は大混乱に陥っていた。
「なんか凄い大騒ぎだね」
離れたところには大量のテレビ局クルーが居て、上空を飛びまくるヘリも救助隊のものだけではなく大半がテレビ局のものだ。
「あんた知らないの?朝からニュースで報道されまくってるわよ」
「……お泊りしてたから」
否。
お泊りしてようがしてなかろうが、ニュースなど見ないタイプだった。
一般常識が抜けているのはそれも理由の一つである。
「南城発喜様ですか?」
「うん」
二人が周囲の状況を確認していたら、消防服を着たナイスミドルな男性が話しかけて来た。
「私は現場責任者の工藤です。お話は伺っております。近づくのは危険ですので、ここからやって頂こうと思うのですがよろしいでしょうか?」
「いいよ」
彼は朝から山火事の消火にあたっていて、ネットでバズりかけている発喜の魔法の動画など知るはずがない。偉い人から強引に協力するよう言われ、内心では不満と不信で一杯のはずだ。だがそれを表に出さずに話しかけられるというのはかなりの精神力だろう。
「それじゃあ早速って言いたいけど、装備するから待っててね」
「はぁ……」
手にしたアイテム袋の中から発喜は強力な装備を取り出して体中にセットする。
もう一つの指輪に、イヤリング、そして短い杖。
いずれも器用さを上昇させ、魔法を扱いやすくする効果があるものだ。
発喜がそれらを取り出すと、袋をまもりに渡した。
まもりはその中から、最初に使うポーションを取り出し手に持った。
「発喜、こっちの準備は出来たよ」
「それじゃあ始め……やっぱり暑いね」
今度こそ開始だと思いきや、発喜は上着を脱ぎだした。山から熱せられた風が吹き下ろして来てかなり暑かったのだ。
「うわ、あんたそれでテレビに映る気?」
「イケてるでしょ」
「その表現がもうイケてないわよ」
シャツ一枚になった発喜だが、その胸元には平仮名で『うにぃ』と書かれていた。それなりの膨らみにより歪んでいることもあり、ひたすらにダサい。なお、どうでも良いことなのだが、良く見るとシャツの右下に小さなトゲトゲの絵が描かれているのだが、それは雲丹ではなく栗だったりする。
「よし、やるよ!」
上着を脱いで気合が入ったのか、あるいは杖を使って魔法を使うというシチュエーションが好きなのか、テンションを上げて発喜は短杖の先端を山の上に向けた。
その瞬間、まもりは複数のポーションを発喜にぶっかける。
それらは各種ステータスを一時的に激増させるレアアイテム。
まもりの魔法の威力や精度を向上させるためのものだ。
「うおおおお、来た来た来た来た!ウォーターレイン!」
発喜が魔法を使うと、みるみるうちに山の上に雨雲が生成される。
アイテムブーストのおかげか、広大な山を覆い尽くすほどの巨大な雨雲に成長した。
『ご覧ください!先ほど突如出現した謎の少女が空に向かって杖を掲げました!え!?』
『雨雲です!雨雲が突然出現しました!我々は夢でも見ているのでしょうか!』
『な、なんということでしょう!あの雨雲は、頂上を避けるように生成されています!』
パニックになるテレビ局の面々。
地上のカメラは少女と雨雲と火災現場のいずれを映せば良いか焦り、何が起きたのか分からず右往左往する。空を飛ぶヘリは急な雨に慌てて山から離れて行く。
そんな彼らの様子などどこ吹く風で、発喜は魔法の制御に集中していた。
装備品でのブースト。
アイテムでのブースト。
それらを使ってなお、広範囲の雨雲を操作するのは至難の業で、発喜は短杖を両手で必死に掴み魔法を発動し続ける。
「くっ……この程度の威力じゃダメなの……」
轟々と燃える火の勢いが多少弱まったものの、消える気配が全くない。
「な、なんということだ……」
現場責任者の工藤が、神の御業とも思える天候操作に唖然としている。ここしばらく、季節外れの乾燥注意報が出ていて、しばらくの間は雨が降らないと言われていたのだ。だが目の前で少女が雨を降らしている。あまりの異常事態に脳がついていかないが、呆けているのが彼の仕事というわけではない。
「もう少し火が弱まればヘリで救出出来るかもしれない!」
状況が変化したことで、どうすれば取り残された人々を救助できるかを考える。発喜が頂上だけ降らないようにしてくれていることから、黒煙が落ち着いている間にヘリで近づけないかと考えたのだ。
「やって……みる……!」
苦悶の表情を浮かべる発喜だが、これだけで助けられないと言うのなら、更に頑張るしかない。
「あの……くど……さん……!」
「何でしょうか!」
責任者の工藤に何かを伝えようとする発喜だが、魔法の制御に必死で言葉が出ない。
だが問題は無い。
ここには発喜のことなら何でも分かるまもりがいるのだから。
「私が代弁します!雨を強くすると地盤が緩くなって土砂崩れの可能性が高くなりそうですが大丈夫ですか!それと頂上以外に逃げ遅れた人は本当にいませんか!」
発喜はこれから雨を強くするつもりだが、そのせいで別の被害が起きないかを懸念していたのだ。
「土砂崩れについては仕方ありません。それに近隣に民家はございませんし、消防隊に十分に離れるよう指示をします。逃げ遅れに関しても確認済みです!」
「それじゃあその指示を早くやってください!」
「はい!」
発喜はかなり精神的に苦しそうだ。
長くは続けさせられない。
まもりは発喜の様子を慎重に確認しながら随時必要なポーションで回復させ、一時的なブーストも切れないように高価なポーションを振りかける。
「準備出来ました!」
「発喜!」
工藤の報告とまもりの合図をきっかけに、発喜はウォーターレインを豪雨モードにする。今回は真横に降らせるなんていう技巧は必要無いが、単に範囲が広くて大変だ。
「くっ……」
「発喜!」
徐々に雨脚が強くなるが、発喜が片膝を地面についてしまった。
慌ててまもりが彼女の肩を支えてあげる。
「何やってるのよ!褒められたいんでしょ!助けたいんでしょ!」
「うう……怒らないでよぅ……」
そう言いながらも発喜はまもりに支えられながらゆっくりと立ち上がる。
「(ほんと、まもりの叱咤はクるなぁ)」
発喜が彼女に怒られたくなくて逃げるのは、大切な幼馴染であるがゆえ心に深刻なダメージを負うからだ。自分が悪いことをしている気になってしまいガチ凹みしてしまう。
まもりもそのことを理解していた。
だからこそ、励ましの言葉に叱咤激励を選び、発喜の心を奮い立たせたのだ。
「助ける……絶対に助ける!」
表情は変わらず苦しそうだが、その眼に力強さが宿った。
助けたいからなのか、それともそこまでして褒められたいのか、あるいは失敗した時に怒られたくないからなのか。
どれが正しいのかは発喜にしか分からない。
あるいは発喜にも分かっていないのかもしれない。
「おおおおおおおお!降れええええええええ!」
一際大きく発喜が吼えると、まるでゲリラ豪雨かのような雨が降り出した。
『見てください!少女が叫ぶと、雨が豪雨に変わりました!』
『火の勢いがみるみるうちに弱まっていきます!』
『奇跡です!我々は今、奇跡を目の当たりにしています!』
アナウンサーが興奮しながら煽りまくり、カメラは山の様子と発喜の様子を交互に映し出す。発喜が気合を入れるたびに雨脚が強まり、山火事が治まって行く様子が全国に中継される。
「こんな……ことが……」
工藤は登山者を絶対に助けると誓いこの現場で指揮を執っていたが、火の勢いを止めることすら出来ずもう無理かもしれないと内心で思い始めていた。
しかし突然やってきた少女が絶望的な状況を一気にひっくり返してしまったでは無いか。
まさに奇跡、神の御業。
工藤は少女が神の使いか天使かと思った。
「(いや、違う。彼女は俺達と同じ人だ)」
神が、天使が、ここまで必死になるだろうか。
彼女の苦しむ表情は紛れもなく自分達と同じもの。
だからこそ尊く感じられた。
「ここまでで平気です!後は我々にお任せください!」
火はもうほぼ鎮火している。
一部燻っている場所はあるが、その程度は自分達でなんとかすべきだろう。
「わ……かり……ました……」
疲れ果てた少女に敬意の念を抱きながら、工藤は仲間と共に己の戦場へと向かうのであった。
そしてまもりに支えられ、工藤の背中をぼぉっと目で追った発喜は薄れゆく意識の中で思った。
「(こんなに大変だなんて思わなかった。絶対にめっちゃ褒められるだろうからなんて思ってやらなきゃ良かったよ……)」
その後悔も、起きてからの賞賛の嵐にすぐに忘れてしまうことになる。
災害現場に大量の報道ヘリが来るのはダメ、ゼッタイ!