18. 魔法を使えるようになったことは黙ってた方が良いって? あわわわ火事だ!水魔法で消さないと!
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!」
「わあああああああ!」
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!」
「わあああああああ!」
発喜と菜乃羽による尋常ではない叫び声が聞こえ、菜乃羽の両親が慌てて部屋までやってきた。
「何があった!?開けるぞ!」
咄嗟の事でも声掛けして少し待ってから開けるところ、娘のプライバシーにちゃんと配慮できる良い父親だ。
「菜乃羽!」
父親が力強く扉を開けると、中ではウォーターボールを抱えた発喜と万歳している菜乃羽がパニックになり走り回っていた。
「は?」
「は?」
その様子を見た両親は口をぽかんと開け、しばらくの間茫然とすることしか出来なかった。
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「そ、そうですか、現実でも魔法を使えるようになったのですか……」
「うん、ごくごく、そうなんです、ごくごく」
信じられない話なのだが、目の前で水球を生み出され、それに顔を突っ込んでゴクゴク飲まれたら信じざるを得ない。
四人はリビングに移動して何が起きたのかを話していた。
「魔法の水……飲んでも平気なのですか?」
「おいしいよ!」
見た目は綺麗でも雑菌が繁殖している可能性があるのが水だ。得体のしれないものを口にするだなど菜乃羽父には信じられず、まったく躊躇することなく飲んでいる発喜の様子に口が少し引き攣っていた。
「ねぇあなた」
「お、お父さん」
「ああ、分かっている」
楽しそうな発喜とは反対に、霧島一家は心配そうだ。その理由を父親が説明してくれた。
「南城さん、一つ良いかな?」
「何でしょうか?」
「魔法が使えることはここだけの秘密にしておきませんか?」
それは彼女を世の中の様々な悪意から守るためのものだった。裁判員として長年働いてきた菜乃羽父は、多くの悪意を目の前で見て来た。恩人がそれらのターゲットになるだなど、到底認められる話では無かったからだ。
「え、何でですか?」
だがフルオープン主義の発喜はもちろんそうしなければならない理由など理解できない。
「あなたの魔法の力を悪い人が狙うかもしれないからです。最悪、海外に連れてかれて戦争の道具として扱われる可能性も無くはありません」
有名人である発喜に手を出すことはリスキーではあるが、魔法を使えるというのはデメリットを補って余りある。強力な攻撃魔法で遠距離から敵を一掃し、回復魔法とポーションの合わせ技で味方を即座に快癒させ、防御魔法を突き詰めれば核ミサイルすら防ぐかもしれない。
世界を敵に回してでも欲しい逸材なのだ。
「あ~そういうことね」
珍しく発喜は情報を非公開にすることに理解の色を見せた。
だがそれは理解したのではなく、いつものことだと察したに過ぎなかった。
「あのですね、そんなアニメやドラマみたいなこと、起きるわけないじゃないですか」
恒例の台詞で菜乃羽父の提案をばっさりと切り捨てる。いつも通りの反応だ。
だが菜乃羽父は説得を諦めようとはしない。それだけ恩人を守りたいという気持ちが強いのである。
「南城さん。私は裁判員として長年多くの犯罪を捌いてきました。その中にはアニメやドラマみたいなこともありました。実際にこの目で見たのです。起こり得ることなのです」
自分の経験を元に説得すれば理解してくれるのではないか。
もしそれでも分からないのであれば、事例をいくつも紹介してリアリティを感じて貰おう。
それが菜乃羽父の戦略だった。
「…………」
例の台詞の後、これほどに冷静に説得を続けてくれた人は初めてだったため、発喜は目をパチクリさせて驚いている。そして反射的に笑い飛ばすのではなく、菜乃羽父の発言の意味を考え出した。
これはもしかしたら説得が成功するかもしれない。
そう期待を抱かせる反応ではあったが、発喜がそう簡単に屈する訳が無い。
「ひらきのひらめき!」
「え?」
突然の反応に菜乃羽父は驚くが、ただの子供っぽい口癖なのでスルーしてあげてください。
「菜乃羽ちゃんのお父さんって最高裁判所の長官なんですよね!」
「え、ええ」
「じゃあそれ、レア中のレアですよ」
「え?」
発喜はドヤ顔で説明を始める。
「私、良く馬鹿だ馬鹿だって言われるけど、これまでちゃんと勉強して来たんですよ」
そりゃあ大学に入学出来ているのだから、最低限の学力はあるということなのだろう。
全ては勉強する気の無い発喜に必死に教えたまもりのおかげであるが。
「だから知ってるんです。最高裁判所ってのは控訴とかじょ……じょ……なんとかってので、選び抜かれた事件だけを扱うところだって。だから日本の事件の中のごくごく僅かだけしか、菜乃羽ちゃんのお父さんは見たことがないんです!」
「ええええええええ!?」
超ドヤ顔で力説する発喜の様子に、菜乃羽父は茫然としてしまう。
この子、マジで言ってるのか、と。
まさか最高裁判所の長官は、最初から最高裁判所の長官だとでも思っているのだろうか。普通の裁判員としてどれほど下積みを積んできているのか想像すら出来ないのか。
やはり彼女は馬鹿だった。
「世の中にはフィクションとリアルを混同しちゃう変な人が少しはいますから。そういう超レアケースだけを見て勘違いしちゃったんですね」
ここに来て菜乃羽父はようやく悟った。
これを説得するのは骨が折れるな、と。
「いえそれは……」
「それに」
菜乃羽父がどうにかして発喜の様々な勘違いを修正して勉強してもらおうかと思ったら、被せるように先に発喜に発言されてしまう。
その発言を止められなかったことが、菜乃羽父の敗北の要因となってしまった。
「私の魔法で誰かを救えるなら、(そして私がたっぷり褒められるなら) 隠す必要無いですし」
「!?」
その言葉に菜乃羽父は頭をぶん殴られたかのような気分だった。
保身ばかり考えていた自分とは違い、発喜は他人の為に魔法を有効活用することを考えていた。
どちらが人として正しいかなど明らかだ。
思えば凶悪事件を裁く度に、どうして人間はこれほどまでに醜いのだろうと何度も考えさせられた。人間は他人を想いやれる存在であって欲しいと願っているのに、自分のことしか考えず他人を傷つけることをなんとも思わない極悪人だらけ。
自分が大切にしているものを守れるのであれば、他人を殺したって構わない。
そんな事件も何度も裁いてきた。
では今の自分はどうだろうか。
恩人を守りたいと思うばかりで、魔法が他人を幸せにする可能性を排除してはいなかったか。
「(娘の事件をドッキリだと思い、上告という単語すら知らないなんて、どれほど大馬鹿なのかと思っていたが、大馬鹿なのは私だったか)」
人としての格の違いを見せつけられた。
その衝撃は菜乃羽父の思考を大いに狂わせる。
「(いや、彼女はもしかしたら全てを知っていて敢えて愚かなフリをしているのかもしれない。悪人から狙われていると怯えてしまえば、助けられる方は自分を助けるために危険に晒してしまったと気に病むかもしれない。だが、道化を演じて悩みや恐怖といった感情を覆い隠し常に笑顔でいることで、困っている人が素直に手を伸ばしやすくなる。なんて……なんて崇高な精神なのだ)」
否、断じて否。
発喜は絶対にそんなことを考えず、本当に馬鹿で道化なだけである。
情報公開に伴う危険性を信じず、ただ褒められたいがゆえに情報をばら撒きまくる存在。
それが豪運によりたまたま良い方向に転がり続けているだけだった。
だが菜乃羽父は誤った確信をしてしまい、もう戻って来れない。これもまた豪運がもたらした結果なのだろうか。
「南城様は素晴らしい考えの持ち主ですね」
「はい!」
彼女が道化を演じていると信じ込んでしまっているため、全く謙遜することなく同意する発喜に違和感を覚えることもない。
素直に彼女の返事を受け入れ、今後のためにある質問をした。
「そういえば南城様は総理と面識があるとか?」
「はい!」
世間では噂に留まっている話ではあるが、別に発喜は隠している訳では無いため堂々と答えた。すると菜乃羽父はスマホを手にして席を立った。
「あなた?」
「連絡をしてくる」
「それは!」
「大丈夫、娘を救ってくれた者同士、恩人に恩を返そうという話をするだけだ。普通の事だろう?」
日本は三権分立で権力を分散している。
そのうちの二つ、行政のトップである総理大臣と、司法のトップである最高裁判所長官が話をするとなると、どんな疑いを持たれるか分かったものではない。それゆえ二人は最低限必要な時を除いて接触を極力排除していた。
だが恩人を守るために、禁忌を犯すと決めたのだ。
「南城様。先ほどはあんなことを申し上げてしまいましたが、魔法のことはご自由になさってください。それと娘とはこれからも仲良くしてくれると嬉しいです」
「もちろんです!」
「はは、ありがとうございます。私は仕事が出来ましたので席を外させて頂きますね」
もしかしたら今後、発喜は罪を犯しても強制的に無罪になるかもしれない。いや、流石にそれは無いか。そもそも罪になるようなことは豪運さんが許してくれ無さそうだ。
「じゃあとりあえず、ゲームの続きしよ!」
「は、はい!」
外で魔法を使えるようになった。
そうなると新しい魔法を覚えたり外で使ってみたりしたくなるものだが、そんなことは気にせず普通にナノハとゲームを楽しむ発喜であった。
ちなみに視聴者にドヤ顔で報告したが信じては貰えず『嘘松』と連呼され不貞腐れたが、視聴者がことの真実を知り度肝を抜かれるのはすぐのことである。
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「ああ~楽しかった」
お泊りを終え、発喜は住んでいる街へと戻って来た。父親とまもりの襲来が無くなったため、一泊で戻って来たのだ。
最寄り駅を出て雲丹像の前で伸びをしていたら、周囲が騒がしいことに気が付いた。
「サイレンが煩い。それに人が沢山集まってる。なんだろ」
騒ぎの中心は、駅近くにある雑居ビルだった。集まった人々は離れた所からそのビルの上階を見上げていた。
「火事?」
六階建てのビルの四階の窓からもくもくと黒煙が上がっているのが目についた。
「誰か!誰か助けてください!息子がまだ六階にいるんです!」
「お願い!娘を助けて!」
「うああああ!紗奈ああああ!」
最上階に子供向け英会話教室があり、そこに何人も取り残されているらしい。彼らの家族と思われる人達が助けを求めながら泣き崩れていた。
「消防車はまだなの?」
サイレンの音が近づいてきているが、まだその姿は見えない。ここに着いたとしても、放水までには準備が必要で時間がかかるだろう。
何らかの油にでも着火したのか窓から見えるくらいに火の勢いが強く、このままでは上の階まで燃えてしまうだろう。そうでなかったとしても、今頃子供達はものすごい恐怖に襲われているだろう。
「そうだ魔法!」
リアルでも魔法を使えるようになった自分ならばあの火を消せるのではないか。
そう思った発喜は躊躇せずに雑居ビルの近くへ向かって飛び出した。
「ウォーターボール!」
あらん限りの力をこめてウォーターボールを発動すると、ゲーム内で最初に発動した時よりも遥かに大きい、直径一メートルほどの巨大な水球を生み出せた。
「あ、あれ?なんで?」
理由は分からないがこれはチャンスだ。
両手を上に掲げるとウォーターボールはふよふよと四階まで上昇する。
「なんだあれは!?」
「水が浮いてる!?」
「嘘だろ!?」
野次馬達は、発喜の行動に驚きスマホで撮影を始める。そのことに気が付いたのか、発喜の両腕がピンと伸び綺麗なポーズを決めた。
「いっけええええ!」
ウォーターボールを勢い良く窓から飛び込ませると、物凄い音がして大量の水蒸気が出て来た。
しかし。
「ダメか……」
野次馬達から溜息が漏れ、子供達の両親は肩を落として項垂れる。
「それならアレをやるしかないね。でもマジックポイントが足りるかな。それに詳細な操作もまだ出来る気がしない……」
発喜が使おうとしているのは、覚えているもう一つの魔法。だがそちらはウォーターボールと違いマジックポイントの使用量が大きく、長時間は使えない。リアルでのマジックポイントがどうなっているのか検証していないため不明だが、ゲームと同じと考えると火事を消すには心もとない。
魔法の使用中にマジックポイントを回復させられれば良いのだが、使用者は魔法以外の行動が制限されるためアイテムの使用も出来ない。
「発喜!」
「げっ」
すると偶然居合わせたのか、まもりがやってきた。
これまでスルーしまくったこと。
発喜がまもりから逃げたこと。
発喜がいつの間にか魔法を使えるようになったこと。
そして危険な火事に立ち向かおうとしていること。
色々と思うところも怒りたいこともあるだろう。
それゆえ発喜もこんな時に見つかるなんてと嫌な顔をしてしまった。
だがそうではない。
彼女がここにいることこそが、豪運さんの大きな仕事だった。
「私に任せて、右ポケットだよね」
「……任せた!」
まもりは発喜の上着の右ポケットに手を突っ込んだ。そして中からくしゃくしゃになった麻袋を取り出す。
それはアイテム袋。
その中にポーションの類が沢山入っている。
発喜は自分でもいくつかポーションを持ち歩いていたのだ。
まもりはそのことを聞かされてもいないし、知らない。
「(発喜ならこうするよね)」
だが幼馴染として発喜の性格を事細かに知っているからこそ、それが右ポケットに無造作に入れてあることも、それを使ってこの状況を打破したがっていることもすぐに気がついたのだ。
発喜はまもりにフォローを任せ、もう一つの魔法を発動する。
「出来るかどうか分からないけど、やるしかない!ウォーターレイン!」
すると雑居ビルの上部に雨雲が生成され、雨が降り出した。
野次馬は『おお!』というざわめきと『それじゃダメだ!』という反応が半々か。
屋根があるビル火災を鎮火させるのに雨は効果が無い。
だがもちろんそんなことは発喜にだって分かっている。
「まもり、お願い!」
「うん!」
「ええええええええい!」
発喜が気合を入れると、雨雲が段々と下がって来た。
そして雑居ビル四階の位置にまで到達すると、九十度回転させて横に雨を降らせた。
「ええええええええ!?」
「そんな馬鹿な!」
「横に雨が降ってる!?」
雨雲が動くというだけでも驚愕なのに、まさかの物理法則を無視した横への雨に野次馬達は開いた口が塞がらない。
「(ぐっ……これすっごい大変……マジックポイントがどんどん減っちゃう!)」
せっかく雨を室内に入れたのに、このままでは消火する前に魔法が終わってしまう。
「はい、マジックポーション!」
それをフォローするのがまもりの役目だ。
ここはゲームではなくリアルであり、数値が目に見えない。
限られた数のマジックポーションを有効活用するには、発喜のマジックポイントが切れそうなギリギリを狙って使うべきだ。FMOを知り、発喜のことを深く知っているまもりだからこそ、絶妙なタイミングでそれが出来た。
「よ、よし、次は……あ、ひらきのひらめき!」
広げた手を縮めるようにしていたら、右の手にキラリと光る物が見えた。
それはFMOで発喜が装備していた『器用さの指輪』。
発喜は自分でも気づかない間に装備品を現実世界に持ち帰っていた。そしてそのおかげで器用さが上昇し、ウォーターレインの精密な操作が可能となっていた。
「これならいける。よおおおおし、いっけええええ!」
気合を籠めると、雨雲の色が禍々しく濃くなって行く。そして雨量が増え、やがて滝のような雨が降り出した。
もちろん真横に。
建物の中がどうなっているかは分からないが、大量の水が次々と流し込まれれば、どれだけ猛烈な炎だろうがひとたまりもないだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ、ど、どう?」
黒煙が消えてからも念のためしばらく豪雨を継続してから雨雲を消去する。
そしてしばらく待つが、窓からはもう黒煙が出て来ない。
「うおおおおおおお!」
「鎮火しちゃった!」
「意味分かんねええええ!」
狂喜乱舞する野次馬達に向け、発喜は右手を高らかにあげて空を指さす。そしてくるっとターンすると、盛大に自己紹介をした。
「魔法使い系美少女JD、南城発喜。よろしくね!」
盛大に褒められることを確信した発喜が、よくあるヒーロームーブで何もせずに去って行くなどありえないのであった。
野次馬は邪魔だからダメ、ゼッタイ!