17. 安心したら喉が渇いてきた? 魔法を使えば良いじゃん!
「ぴっかぴか!」
「あ、あはは」
発喜の新装備、幸運のベスト。
カジノの景品で交換した装備で、光っている間は防御力が二倍になる。幸運のベストの基礎防御力が低レベル帯の装備の中では高めなため、それが二倍になるとなれば中レベル帯でも十分に通用する。しかもその二倍はベスト以外の装備も含めての二倍であるというぶっ壊れ性能。ただし光る可能性は十秒ごとにチェックされ、運のステータス値の半分が発動確率となっていて高くは無い。
だがこと確率に関しては発喜にとって無いようなものだ。
発喜のベストは永遠に光り続けるチート防具となっていた。
そんなチート防具にも一つだけ大きな欠点がある。
『くそダサイ……』
「(さ、流石にあれは……)」
ポケットが裏表沢山ついていて、おじさんが着るようなデザインのベストだ。しかもそれが悪趣味に光っているとなれば美少女JDが装備するようなものではない。
「なんで!?格好良いじゃん!」
だが日頃からファッションに疎く、くしゃくしゃのスカートで外出するような発喜は感性が人とはズレていて、幼い子供のようにピカピカしているだけで満足するのであった。また、ポケットが沢山ついているのも便利そうで、ファッションよりも利便性という意味で満足してしまっている。
「これすっごい気に入った。ユバックに連れて来てくれてありがとうナノハちゃん!」
「あ、あはは、ど、どういたしまして」
装備の性能は知っていたが、見た目がここまでアレだとは知らなかったのだろう。
お礼を言われはしたが、紹介しなければ良かったかもと内心後悔するナノハであった。
「それにコレもとっても綺麗。ベストとも合うし、大人になった気分!」
そう言いながら発喜は右手を前に出す。その人差し指には黄金に輝く指輪が嵌められていた。尤も、ここでの『輝く』というのは美しさの比喩であり、趣味悪く実際に光っているわけではない。
「と、とってもお似合いです!」
『そっちは凄く良いと思う。器用さもめっちゃ上昇するしね』
本来はフォーチュンファイターではなく職人向けの賞品。名前はド直球の『器用さの指輪』。
器用さが大幅に上昇する装備であり、器用さが攻撃力に直結する上に魔法の制御力も上昇する発喜にとって滅茶苦茶有用な装備だ。
この時点で発喜は低レベルながら中レベル帯上位の戦力になっている。果たしてこの先どこまで進化するのだろうか。
「よぉ~し、それじゃあこれからこの装備の性能を試しに……」
「ご、ごめんなさい、ちょっと待ってください。お、お父さんから連絡があって」
同じ家にいるのだが、ゲーム中は部屋から消えてしまうためスマホに連絡しないと話が出来ない。それゆえナノハ父は彼女にメッセージを送って来た。
「あれ、私もお母さんからメッセージが来てる」
ここで発喜に届く主なメッセージについて紹介しよう。
まずはまもり。
幼馴染ということで普段からメッセージのやりとりをしているのだが、しばらくスルーしてたことで怒られるのではと思い未読スルー中。それでも諦めずに毎日百通近く送ってくるのは異常である。
次に発喜父。
娘のことを溺愛している父は、発喜が実家に住んでいたころから大量の愛のメッセージを送ってくる。うざいので完全スルー。父も見てくれないのが分かっていて送信している。
最後に発喜母。
父親からのメッセージが完全スルーなため、大事な連絡は全て母親が送ってくれる。それゆえ発喜は母親からのメッセージは必ず確認する。スルーしたら後が一番怖いから見るというのもある。
ということで、今回は母親からのメッセージであったため、ゲーム中ではあるが仕方なく確認することにした。
『お父さんに連絡してあげて』
「げ!」
まもりと父親がやってくることについて母親が何も言ってこなかったから、どうせ二人の暴走であって大事な話では無いのだろうと思っていた。だがここに来て母親から連絡が来てしまったため、無視するわけには行かなくなった。
『発喜が困るようなことは無いから安心して』
「…………何かあったのかな?」
基本的に母親は発喜の味方だ。暴走しがちな父親のストッパー役であり、その母親が父親に連絡しろと言うのであれば本当に問題が無いか、あるいは真面目な話があるのかもしれない。
「ごめーん、家族から連絡が来たので配信は一旦ここまでにするね」
『はーい。今日はもう終わりかな?』
「分かんない。話次第だけど、お父さんと話すると長くなるからなぁ。疲れちゃってもうインしないかも」
『もしかして美少女JD様のお父さんって愛が重くて暑っ苦しいタイプ?』
「うん、なんで知ってるの?」
これまで発喜はFMOで父親の話題を出したことは無かった。それなのに何故正確にその印象を把握しているのか。
『コメントに美少女JD様の父を名乗る暑っ苦しい有名人が一人いるから』
「配信AIさん。これまで通り、その人のコメントは絶対に取り上げないでね」
『この世の終わりみたいなコメントしてて草』
そう言われると少しだけ気になるけれど、ゲーム中に暑苦しい父親が乱入してくるだなど最悪だ。発喜は父親のことが嫌いでも苦手でも無く、むしろ甘やかしてくれるから大好きではあるが、それとこれとは話が別である。
「あ、あの、発喜様。も、もしかしてログアウトしてお父さんに連絡するんですか?」
「ナノハちゃんもお父さんとお話するの?だったら一緒にログアウトしよっか」
「い、いえ、私の話は終わったので……でもログアウトします」
「は~い」
気が進まないが、FMOは一旦ここで中断して二人はログアウトした。
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「菜乃羽ちゃんはこれからお父さんのところに行くの?」
「い、いえ、発喜様が電話するなら私の用事は特に無いです」
「どういうこと?」
「き、気にしないでください」
菜乃羽に届いた父親からのメッセージは意味が分からないものだった。
「(お父さんから発喜様が自宅に電話するように仕向けてくれってお願いされたけど、どうしてだろう?)」
菜乃羽が何かをするまでもなく目的は達せられたので、菜乃羽は特にやることがない。
「で、でもご家族とのお話聞かれたくないですよね。わ、私は外に出てます」
「いいよいいよ。菜乃羽ちゃんがこの部屋の主なんだから気にしないで。それにむしろ一緒に聞いてよ」
「ええ!?い、良いんですか!?」
「うん!」
プライベートな会話など普通は聞かせたくないものなのだが、基本的に発喜はフルオープンなのでそういうものかと菜乃羽は納得した。
「(発喜様のお父さん。どんな人なんだろう)」
そう菜乃羽が少しワクワクしていると、発喜はスマホを操作してどこかに電話をかける。
すると発喜は相手が出る前にスマホをすっと体から離れた場所に置いたでは無いか。
その直後。
『マーーーーーイスウゥイイイイイイイイトハ』
ブチ。
突然の爆音に、発喜は手を伸ばして容赦なく通話を切断した。
「ひ、発喜様、い、今のは!?」
「凄いでしょ。スピーカーモードオフでアレだよ」
「ええええ!?」
だとするとオンにするとどれほどの近所迷惑になるのだろうか。あまりの声量に菜乃羽はドン引きだ。
「き、切ってしまって良かったのでしょうか?」
「うん。いつもあんなんだから、時間空けて落ち着くの待つの。十回くらいは繰り返すかもしれないけどごめんね」
「は、はぁ……」
自分の父親が同じことをやってきたら普通に嫌だなと思う菜乃羽であった。
「さて、二回目……ってあれ、お母さんからだ」
覚悟を決めて電話をかけようと思ったら、先に母親からメッセージが来た。
「なになに。『もう大丈夫だから電話して』だって。お母さんがそこまで言うなんて、余程大事な用事があるのかな。だったらお母さんが電話してくれれば良いと思うのに。ねぇ、菜乃羽ちゃん」
「さ、さぁ、どうしてでしょうか?」
事情を知らない菜乃羽に聞いたところで分かる訳が無かった。
母親から電話しろと言われたのならばすぐにしないと危ないので怒られたくない発喜は再度父親に電話した。
『マーーーーイぐはぁ!』
「うっわ痛そう」
「い、今の音って!」
電話からまた爆音が聞こえてきそうだったのだが、その直後に物凄く鈍い音が響き沈黙した。相変わらずスピーカーモードにはしてないのに響くとか、相当にガチで物理的に黙らせたのだろう。
『あ・な・た?』
『うう、ごめんなさい、つい……』
『発喜が待ってるわよ』
『そ、そうだった!ひぇっ』
裏で茶番が聞こえ、もう音量は大丈夫かと思ったのでスピーカーモードに変更した。
『発喜、パパだよ』
「……うん、何の用?」
一瞬だけ『お父さん大好き』って言ったらどうなるか興味が湧いたが、母親に怒られそうだったので自重した。
『用って程の話じゃないんだが、発喜が勘違いしている様子だから教えておかなきゃって思ってることがあってな』
「勘違い?」
『そうだ。俺も母さんも、発喜のことを怒ってなんかいないぞ』
「え?」
『そりゃあ心配はしたが、むしろお前が多くの人を救ったことがとても誇らしい。たっぷり褒めてやりたいくらいだ』
どうしてか父親は、発喜が怒られると思って逃げていることを知り、そうではないとフォローしてきたのだった。
『だが発喜の所に無理矢理行こうとするのは俺が悪かった。ゆっくり待ってるから今度時間があったら帰って来なさい。美味しい物でも食べながらお前の武勇伝を聞かせてくれ』
「…………うん!」
怒られることは嫌でも、褒められることは大好きな発喜だ。
しかも大好きな両親から褒められるとなれば、喜んで帰るに違いない。
「(よ、良かった)」
菜乃羽もまた、恩人の発喜が両親と上手く行きそうでほっとした。いや、ほっとしたのはそれだけが理由ではない。
「(お、お父さんが何かしたんだよね。お、脅してなきゃ良いけど)」
直接説明されたわけではないが、自分の父親が最高裁判所長官として裁判官の発喜父に対して何かを指示したのだろうと菜乃羽は察していた。とはいえまだ中学生で世の中のことをそれほど理解していない菜乃羽は、上司から命令されるとか可哀想だな、くらいにしか思っていなかった。
実際は雲の上の存在から誠心誠意敬意を籠めて『お礼』と『お願い』をされたことで発喜父は冷や汗が止まらないくらいプレッシャーを受けていたりする。
そんな菜乃羽の内心をよそに、話はまだ続いていた。
『それと、まもりちゃんのことだが』
「…………」
『彼女にも絶対怒らないようにって強く言い聞かせたから、お前が良ければ会ってやってくれ』
「え?そんなことまでしてくれたの?」
『貴重な幼馴染なんだ、嫌いじゃないのに別れるだなんて悲しいだろ。ただ、いきなりお前と離れ離れになって寂しかったらしいから、その点だけは察してやれ』
「…………うん」
別に発喜はまもりの事が嫌いな訳では無く、怒られることが嫌なのと少しうざいだけだ。適度な距離感を保っていてくれれば最高の幼馴染だと思っている。仲直り出来るに越したことは無い。
『俺からは以上だ。大学は……いや、そういう話も帰って来てから聞かせて貰えるのを楽しみにしてるよ』
「(お父さんがこれだけで話を終わらせようとしてる!? 何がどうなってるの!?)」
一旦話し始めたら一時間以上も話そうとするうざい父親が、久しぶりの会話なのにこうもあっさりと話を終わらせようとするだなど信じられない。傍で母親が制裁の準備をしているとはいえ、どんな心境の変化なのかと驚く以外の反応を見せられなかった。
『それじゃあな。体に気を付けて』
「う、うん。お父さんもね」
それで電話は切れてしまった。父親の方から切ったのは初めてかもしれない。
「…………ヨシ!」
色々と気になることはあったが、懸念事項は解消された。これで気持ち良くお泊りを堪能することが出来る。
「よ、良かったですね」
「菜乃羽ちゃんのおかげだよ!」
「わ、私は何もしてないですよ?」
「なんとなく!」
察したわけではなく、ノリで言っただけだった。
もちろん大正解なのだが。
菜乃羽が泊まりに来るよう勧めなければ、菜乃羽父が発喜父に連絡して『お願い』することは無かったのだから。
「ふぅ~安心したら喉が渇いてきちゃった」
「わ、私何か飲み物持ってきますね!」
「ありがとう。こっちでも魔法で水でも出せたら良いんだけどね、ウォーターボール!って……びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!?」
「ひ、発喜様!?」
冗談で口にしただけなのに、発喜の目の前にサッカーボール大の水球が出現した。
近所迷惑になるほど大声で電話するのはダメ、ゼッタイ!