16. ギャンブルで勝ちまくったって? そんなの接待に決まってるじゃん!
「ウォーターボール!」
拳大ほどの水球が発喜の胸の前に生まれ、それを手で軽く押すとそこそこのスピードで前に向かって飛んで行く。そして崖にぶつかると、サッカーボールが壁にぶつかったような音がして弾けて消える。
「おお~魔法だ!」
ラスレイが使っていたファイアーボール程の破壊力は無い。だがそれでも自分が何も無いところから水を生み出して動かしたことに感激する。
『魔法良いなぁ。プレイしたくなっちゃう』
実際、自分の手で魔法を使えるということが羨ましくて、普段ゲームをやらない人がFMOを購入するなんて話は有名だ。そのこともあってか、FMOでは物理職よりも魔法職の方が圧倒的に人数が多かったりする。
「よぉ~し、次はウォーターレイン!」
覚えたもう一つの魔法も試してみる。
両手を広げて空に向け、なんとなくそれっぽいポーズをとりながら魔法を発動する。本当はポーズは不要でノリである。
「お、おお、おおおお!」
発喜の頭上に物凄いスピードで雨雲が生成され、雨が降り出した。
「凄い!私天気を操作してる!」
ポーズそのままに嬉々として雨の中を走り回る発喜の姿は、雨を喜ぶ幼女のようだった。長靴を履いていれば完璧だっただろう。
「ひ、発喜様。ウォ、ウォーターレインは範囲を変更できます。じ、自分が濡れないようにできますよ」
「そうなの!?」
試しに発喜は自分の前方だけ雨が降るようにと念じた。すると雨雲はゆっくりとだが前に移動する。
「難しいー!」
思った通りにスムーズに動かせず発喜は苦戦していた。
「き、器用さが上昇すれば簡単に出来るようになりますし、もっと細かい操作が出来るようになりますよ」
「細かい操作?」
「は、はい。あ、雨の範囲をぎゅっと凝縮させて豪雨にしたり、ま、真横に雨を降らせたりとかです」
「真横!?そんなことも出来るの!?」
「ま、魔法ですから」
その自由度の高さもまた、FMOの魔法が人気たる所以である。こんな使い方が出来るかな?と思ったら大抵は実現できるのだ。もちろん複雑な操作にはそれ相応のステータスが必要になるが。
「器用さなら弓の威力も上がるし、これからは運と器用さを中心にあげようかな」
『どうせ力はクリティカル分で補えるしええんじゃない?』
フォーチュンファイターは物理と魔法の両方に手を出すと中途半端な性能になりがちなのだが、ネームド武器のおかげでそれがフォローできている。問題は魔法がまだお遊び程度で戦闘ではあまり役に立たないこと。もう少し魔力のパラメータを上昇させれば、魔法系のスキルを覚えて新たな魔法も習得出来るようになるからそれまで待ちか。
「よ~し、練習しながらユバックへ行こう!」
遭遇した敵を全て倒してレベル上げをしながら移動した発喜達は、フリズム大渓谷を抜け、その先の街道を通り、今回は何事もなくユバックへと到着した。途中でレアドロップを入手しまくったが、もう事件でも何でもない。
「ここがユバックなんだ。カジノの街って感じがしないね。のどかな田舎町みたい」
建物が点々としていて、大通りと思われる場所ですらも密集はしていない。そこら中に畑があり、もう少し建物が少なければ農村と思われてもおかしくない雰囲気だ。
「お、表と裏のギャップがこの街の面白いところなんです」
「ギャップ?」
「は、はい。た、たとえばあそこの建物見えますか?」
「誰も住んで無さそうな木造一軒家のこと?」
見るからにボロボロで今にも朽ち果ててしまいそうなその建物は、街の中心部から少し離れた畑の中にポツンと建てられていて、人が住んでいる様子もなく、倉庫として使われているかどうかすら怪しいという雰囲気だった。
「あ、あの中にカジノへの入り口があるんです」
「え!? あそこに!?」
その話が本当だとすると確かにギャップが凄まじい。
「行ってみようよ!」
「ま、待ってください!い、入り口は他にもたくさんあります!」
「どういうこと?」
「い、入り口ごとに出来るギャンブルの種類が違うんです」
「へぇ~なんか面倒だね」
違うギャンブルをやりたい場合は一旦外に出ないとダメということになる。それは確かに面倒である。
「い、一旦外に出て頭を冷やすようにって意味があるらしいですよ?」
「あ~ダメだったら他のを、みたいなのを防ぐためなのか~」
『カッカしてても時間が経つと冷静になるって良くあるからそれを狙ってるんだろうね』
一つのギャンブルだけに拘る人には効果は無いが、あるギャンブルがダメだったら他のギャンブルで取り戻そう、と考える人にとっては一旦外に出て長閑な田舎の景色を堪能したり移動に時間をかけることで気持ちをリセットさせるというのは効果があるのかもしれない。
「クソ!絶対取り戻してやる!」
発喜達の目の前で、男がボロ屋から飛び出し、風景など全く気にせずに他のボロ屋へと走り飛び込んだ。
「…………」
「…………」
『…………』
全く冷静になる様子が見られず、先ほどまでの会話は何だったのかと気まずい沈黙に襲われる。
「…………効果あるのかな?」
「さ、さあ。あ、あくまでも噂ですから」
『ダメな奴は何してもダメってことだな』
ギャンブルに心底のめり込んでしまうような人間は、長閑な風景ごときは意味が無いと言うことなのだろう。
人間の業のようなものを見せつけられた発喜は、自分はあんな人間にはなりたくないと考えカジノに手を出すのを止めるのではないか。ナノハがそう思ってチラっと発喜を見ると……
「よぉ~し、頑張るぞ~!」
発喜は全く気にせずやる気満々だった。
『アレ見て動じないのすげぇな』
「だって私は自重出来るし」
元よりギャンブルにドハマリする自分の姿など想像出来なかった。発喜としてはギャンブルをする、ではなくゲームで遊ぶ、という感覚の方が強かったからだ。
だがそういう人物こそ沼にはまってしまうものだったりする。
「アップ!」
「残念、ダウンです」
「なんでよおおおおおおおおおお!」
カジノ場に発喜の慟哭が響き渡る。
彼女が適当に廃屋を選んで入ると、その中には地下への階段があった。
そこを降りて扉を開けると、派手なシャンデリアがあるものの、やや薄暗い大人向けのバーのような雰囲気の場所だった。
そこでのギャンブルの内容は『アップorダウン』
一から五十までのカードの中で最初に一枚が提示され、次の一枚が最初のカードよりも数値が上か下かを当てるゲームだ。
発喜は五回くらいまでは連続で成功するものの、ベットしたコインが大台に乗ろうかとする勝負で必ず失敗するのだ。
「もう一回!もう一回最初から!」
そして負けるたびにムキになって再戦を試みる。
すでに手持ちのレアドロップのほとんどを放出してコインに変えており、すっからかんになるのが近づいている。
「(ど、どうして発喜様が負けるの? う、運が良いのはアイテム運だけだったの?)」
『やべぇよ。やべぇよ。止めないと!』
悔しくて目が血走っている発喜に視聴者もナノハも冷静になるよう声をかけるが、まったく聞く耳を持たない。このままでは先ほどすれ違った男と同じ結末になってしまう。
「よ~し、今度こそ!アップ!」
これまでになく発喜は正解を続け、次に勝てば損失を全て取り戻せる。
だがもちろんギャンブルはそう上手くはいかないからギャンブルと呼ばれている。
「残念、ダウンよ」
「びゃあ゛ぁ゛゛ぁ!」
汚い叫びと共に白目を剥いて倒れそうになる発喜を、ナノハは慌てて抱き留めた。その瞬間、ナノハはディーラーの顔が僅かに笑ったのを見逃さなかった。
「(も、もしかしてイカサマ?)」
確率で考えると発喜の負け方はおかしくない。
とはいえ短期間の勝負ではもっと極端に負けたり勝ったりすることもあるものだ。発喜の負け方がどうにも綺麗すぎる。それに肝心なところでは必ず負けているような気がする。そこにディーラーの反応を加えることで、ナノハは発喜がイカサマで負けていると確信した。
「(ど、どうしよう。イ、イカサマじゃないかって指摘するべきなのかな。で、でも証拠は無いし。そ、それに勘違いだったら発喜様に迷惑をかけちゃう)」
ユバックのカジノでイカサマが行われているだなんて聞いたことが無い。
だが無いだけで実際は全てのプレイヤーがコントロールされていて気付かれてないだけの可能性もある。あるいは何らかのリアルラックが発動して特別なクエストが発生したかだ。
果たして自分はどう行動すれば良いのか。
いや、どうすれば発喜は喜んでくれるだろうか。
「(イ、イカサマを一緒に暴くっていうのは喜んでくれそう)」
何しろドッキリの主人公として悪と立ち向かうことを選んだのだ。今回は負けた悔しさも重なって大喜びでカジノとの戦いを楽しみそうだ。
「(で、でもそれだとアイテムが手に入るのかな)」
イカサマを暴き、その代償として何かを入手することは可能だろう。だがそれはクエスト報酬的なものであり、カジノの賞品はいざこざの間に何処かに運ばれたなどといって入手出来ない可能性がある。
「(ひ、発喜様は賞品よりもクエストの方が喜びそう。で、でも私は発喜様に賞品もプレゼントしたい。他の方法で喜んで貰う方法は無いかな)」
真っ向からコインを稼ぎ、賞品を入手する。
そして発喜も楽しんで満足してくれる。
その方法は一つしかない。
「(ひ、発喜様がイカサマ相手でも勝てば良いんだ)」
だがそのためには『アップorダウン』はダメだ。ディーラーがカードを操作するゲームはイカサマし放題。発喜が勝つには他のゲームを選ぶしかない。
都合よく発喜は気絶しかけている。
「ひ、発喜様。い、一旦お外に出ましょう」
ナノハは発喜を引き摺るようにして外に出た。
外の空気を吸った発喜は落ち着いたのか、すぐにやる気を取り戻した。
「よし、取り返してくる!」
そしてあろうことか、また『アップorダウン』のカジノ部屋へと行こうとするでは無いか。
「ま、待ってください。ほ、他のゲームで気分転換しませんか?」
「でも私、あのゲームで勝ちたいの」
「し、資金を他のゲームで稼いで、そして勝負しましょう」
「なるほど、あのゲームをラスボス扱いにするんだね!」
ボスを倒すために他のゲームを攻略して力をつける。
発喜がRPG脳であるがゆえに、説得を受け入れてくれた。
ホッとしたナノハは、発喜をあるカジノ場へと連れて行く。
「ルーレット?」
「は、はい。す、数字を当てるゲームです」
FMOのルーレットは色の概念が無い。
当てるのはルーレットの結果の数字であり、賭け方には単独の数字、二つセットの数字、三つセットの数字などセット掛けも可能である。もちろんセット内の数字の数が多ければ多い程当たりやすいため配当は低く、単独で当てるのが一番高い。
「(ルーレットもイカサマはあるけど、発喜様の豪運ならそれを越えるはず)」
ルーレットのプロは狙った数字を出せるという。それゆえルーレットではディーラーが球を投げてからそれが落ちるまでの間にベットするのが普通だ。だがFMOではディーラーが球を投げる前にベットしなければならないというルールだ。それが非常に怪しくて人気が無いギャンブルだ。
ルーレットは怪しいけど他のギャンブルは大丈夫。
そんなことを考えている時点で罠に嵌まっているようなものだが。
「よぉ~し、『36』に全賭け」
「え!?」
『え!?』
「え!?」
ナノハが、視聴者が、そしてディーラーまでもが驚愕する。
単独数字への賭けは変では無いが、それは他のところにも賭けてリスクを分散させてやるべきだ。一点賭けで単独の数字を選ぶなど、それこそ発喜の口癖であるアニメやドラマの世界のやり方だ。
「ひ、発喜様!?」
『無茶すぎんだろ!』
「大丈夫だよ。私『36』っていう数字大好きだからきっと当たる!」
「り、理由になって無い……」
そもそも発喜には運があるなし以前に、ギャンブルに向いていないのである。いや、ある意味この無謀さこそがギャンブルの真骨頂であり向いているとも言えるのだろうか。
「本当にそれでよろしいのですか?」
「うん!」
ディーラーが親切に聞いてくれるが、それでも発喜は全く変えようとしない。
「(い、いくら発喜様が豪運だとしてもこれは流石に……)」
『あ~あ、終わったな』
ナノハも視聴者も諦めムードの中、ディーラーは球をルーレット台に投げ入れた。
球が台の上部をぐるぐると回っている間、発喜は楽しそうにそれを目で追っている。
もう手持ちの素材もお金もすっからかんだ。ここで負けてそれでもまだ挑むとなると借金地獄に陥ってしまう。それを止められるだろうかとナノハも視聴者も悩み始める。
ディーラーは勝ちを確信しているのか、余裕の表情を崩さない。
三者三様の想いを抱く中、球はついに回転を弱めて数字のある場所へと落ち始める。
「え?」
最初に違和感に気付いたのはディーラーだった。
何故なら落ちるタイミングが想定とは全く違っていたからだ。『36』の正反対に落ちるような力加減で回したのに、何故か『36』付近に落ちるような位置で球が落ち始めたでは無いか。
これまで余裕だった表情が一気に崩れ緊張感に満ちる。
僅かな力の差で結果が変わるルーレット。
カードのすり替えは結果が確定するためどれほど豪運でも勝てないが、ルーレットは回っている間という不可侵の時間帯がある。発喜の豪運であれば、そこで何か予期せぬことが起きてもおかしくは無い。
力をミスったのか、それとも回転中に何かトラブルがあったのか。
球は点々と跳ね、やがて一つのマスに収まった。
「やったああああああああ!」
「ほ、ホントに当てちゃった」
『うっそだろ!?』
「…………」
大喜びする発喜、驚愕するナノハと視聴者、苦悶の表情を浮かべるディーラー。
場が混沌とする中、発喜は手に入れた大量のコインを手に何かを考えている。
「『36』に全賭け」
「え!?」
『え!?』
「え!?」
入手したコインを全て、再度同じ数字に単独一点賭けしたのだ。
あまりにも無謀な行為に誰もが驚愕する。
だが彼らはすぐに思い知ることになる。
発喜の豪運の破壊力を。
「いやぁ、勝った勝った楽しかった!」
もうこれ以上は賭けられません。
苦悶の表情を浮かべたディーラーがそう告げるまで発喜の暴虐の時間は続いた。
何度も何度も36に全賭けを続け、36が出続けたのだ。
途中で身体検査やステータスの確認をされたりルーレット台を入れ替えたりとしたが結果は変わらなかった。
「や、やっぱり発喜様の運は凄いですね!」
「何言ってるの、そんなわけないじゃん」
「え?」
『え?』
あれほどに大勝したというのにそれでも己の運を信じないのかと、今日何度目か分からない『え?』を漏らしてしまう。
「ルーレットで同じ数字を賭け続けて当たり続けるとかどう考えても変でしょ。多分、カジノの人が接待してくれたんだよ。前のゲームでたっぷり負けたから同情してくれたんじゃないかな」
「…………」
『…………』
カジノはそんな甘い場所ではない。
もしそうなら多くの人がここで稼ぎまくっているはずだ。
そう言いたいけれど、発喜がそう信じているのを否定して気分を悪くさせたく無い。
発喜ファーストな視聴者とナノハは言いたかったことをどうにか飲み込んだ。
「そ、それで発喜様はまた『アップorダウン』に向かうのでしょうか?」
「え? う~ん、もう満足したから良いかな」
「そ、そうですか!」
ルーレットで爆勝したコインを使ってリベンジだ、なんて言い出したらまた全部イカサマで毟られてしまう。そう不安だったがルーレットで勝利したことで満足したらしい。
今頃カジノ側は『アップorダウン』で発喜が来るのを今か今かと待ち望んでいるのだが、残念ながらどれだけ待っても怨敵がやってくることは無かった。
ギャンブルにのめり込みすぎるのはダメ、ゼッタイ!
セーブ&ロードありでカジノやりたい(それはギャンブルではない)