14. 幼馴染とお父さんがうちに来るって? 逃げるしかないでしょ!
「げ、八百件!?」
ベッドに寝転がりスマホでFMOの情報を確認していた発喜は、なんとなく幼馴染からのL〇NEを確認してそのあまりの量に驚いた。しつこいから通知を切って未読スルーにしていたのだが、まさかそこまで溜まっているとは思わなかった。
「流石にそろそろ返事した方が良いかな」
そう思い、恐る恐る最新のメッセージを確認すると、そこには驚愕のメッセージが書かれていた。
『今度あんたの父親と一緒にあんたの部屋に行くからね!』
「マジで!?」
発喜は最近起きたことについて家族に説明していなかった。
通知をガン無視していた幼馴染。
総理大臣と関わったことについて報告していない父親。
父親は基本的には甘々だが、特別な事件に巻き込まれた時に報告しないと激怒する。
つまりこのままでは発喜は二人に滅茶苦茶怒られる。
褒められるのは大好きだが怒られるのは大っ嫌いな発喜は焦ってしまう。
「ど、どど、どうしよう!」
いつ来るのかとメッセージを確認すると、どうやら来るのは明日の土曜日。発喜に予定がある場合でも家で待っているとまで書いてある。
「うう、お父さんは合鍵持ってるから逃げられない。外泊しようかな?でもお父さんは仕事があるから月曜までには帰るけど、まもりは何泊も居座って待ってそう」
つまりどうあがいても怒られることからは逃げられないということだ。
「そうだ。相談しよう!」
今の発喜には相談できる相手がいる。
「双葉ちゃんか、菜乃羽ちゃん。どっちにしようかな」
菜乃羽とはドッキリ事件の後に改めて自己紹介し、リアルの情報も教えて貰った。だが一緒にFMOを遊ぶ仲ではあるが、中学生に相談するのはどうなのだろうか。
「双葉ちゃんにはこれまで沢山お世話になってるから、今回は菜乃羽ちゃんにしようっと」
なんとこの女、中学生を選びやがった。
大学生のお姉さんとして、怒られたくないからどうしたら良いかと情けない相談を中学生にするなどプライドは無いのだろうか。
発喜はスマホを取り出すと菜乃羽にL〇NEを送る。
『菜乃羽ちゃん、今何してる?』
『FMOやってます!』
FMOをプレイしている間にスマホに通知が来るとゲーム内でも通知が来る設定に出来て、アプリによってはゲーム内から直接操作することが可能である。ゆえにFMOをプレイ中の菜乃羽は発喜に返事が出来た。
何故か送ってから一秒もかからなかったが。
明らかに異様なのだが、いつものことであり発喜は何も気にしない。
「じゃあログインして中でお話ししよっと」
単に話をするだけならログインする必要は無いのだが、どうせならついでに遊ぼうと思いFMOを起動した。
「相変わらずすっごい景色だね」
現在のログイン地点は大渓谷の街、フリズムに設定されている。
フリズムは渓谷の突き当たりにある巨大な街。
中心部を流れる巨大な川を挟んで谷底に街並みが広がっているのはもちろんのこと、なんと崖にも沢山の家が建っているのだ。百メートル近い崖にズラっと家が並ぶ様子は圧巻の一言で、リアルでは中々見られない光景だ。
そしてもう一つの観光スポットが突き当たりにある大聖堂。ガラス張りの巨大な聖堂は十階建て程の高さがあり、その中央は谷底に流れる川に繋がる大滝が貫いている。
「この街を探索するだけで何日かかるか分からないや」
「ど、どれだけかかっても案内します!」
「お、ナノハちゃん、こんー」
「こ、こんにちは!」
発喜がログインしたのを確認したのか、いつの間にか菜乃羽がすぐ近くまでやってきていた。
「おおー、衣装変えたんだ。超可愛いよ!」
「ほ、本当ですか!あ、ありがとうございます!」
どうやら脅されていなくても、彼女のおどおどした話し方は変わらないらしい。
「白黒魔法使いも可愛かったけど、踊り子姿もとっても似合ってるね!」
「え、えへへ。ひ、発喜様に褒めて貰えて嬉しいです」
菜乃羽はデュアルキャスターから転職した、訳ではない。
ラスレイは憎き男に指示されて作ったキャラクターであり、もう見たくも無い。
本当はFMOも辞めたいくらいなのだが、発喜から『ナノハちゃんと一緒に遊びたいな』と言われてしまったなら続ける以外の選択肢は無い。
ゆえにキャラクターを作り直したのだ。
名前もラスレイからナノハと、発喜を習って本名に変更した。顔も本来の自分に近い雰囲気に変更した。多少加工したのは女子故か。
職業は踊り子。
何故彼女は踊り子を選択したのか。
「でも露出が凄いね。恥ずかしくないの?」
「だ、大丈夫です!」
踊り子の装備の中には肌の露出が多いものがある。
今のナノハはビキニに薄手の羽衣をまとっているような格好だ。
性的な話はナノハの中でトラウマになっている。
だがもう二度と同じ間違いはしたくないと、耐性をつけたくて努力している。
実際、男性キャラから邪な目線で見られることは多々ある。
そのたびに高見沢のことを思い出して吐き気を催すことがある。
だがそれでも彼女はトラウマを乗り越えて成長するために我慢して踊り子を続けていた。
「そ、それで私に何か用でしたか?」
「うん。でも時間は大丈夫?遊んでたんだよね?」
「へ、平気です。た、ただ野良パーティーでレイドボスと戦ってただけです」
「ふ~ん、そっか」
そっか、ではない。
どう考えてもいきなり抜けたら大迷惑な奴だ。一応フォローしておくと、ナノハは知り合いがログインしたら即パーティーを抜けると宣言してレイドに参加している。とはいえあまりの高速の離脱にパーティーメンバーは茫然としているのだが。
なお、ナノハはキャラを作り直した後、母親に怒られるくらい猛烈にFMOをプレイして一気にレベルを上げていて、なんだかんだで忙しくてあまりプレイ時間を取れていない発喜よりもすでに強くなっていたりする。
「平気なら良いか。ちょっと相談があるの」
「そ、そそ、相談ですか!?」
憧れで恩人でもある発喜に頼りにしてもらえる。あまりの嬉しさにいつも以上にどもってしまった。
「うん、実はね……」
しょうもない相談内容に、それでもナノハは頷きながら真剣に耳を傾けた。
「そ、それなら、し、しばらくうちに泊まりに来ませんか?」
「え、良いの?」
「は、はい。い、一時凌ぎにしかならないと思いますが」
「ううん、それでも良いよ!じゃあお邪魔するね!」
外泊して逃げても、いずれは捕まり根本的な解決にはならない。だが時間は稼げるので、その間に解決策を思いついたらなと発喜は考えたのだ。
「あ、でも大学に行けなくなっちゃいますね」
ナノハの家は発喜の住処の三つ隣の県にある。そこから大学に通うのは不可能だろう。
「平気平気、大学なんて少しくらい休んでも単位取れるから」
「そ、そうなんですか?」
そんなわけがない。
しかも発喜は四月をバイトだらけにして講義を何度も休んでしまったため、これ以上休むと本当に留年しかねない。
それに月曜以降もナノハの家に厄介になるとしたら、ナノハは中学校に登校してしまうのだが大丈夫なのだろうか。
「それじゃあ今からナノハちゃんの家に行くね。一緒にゲームやろ!」
「は、はい!」
ナノハは家族に了解を取っていないにも関わらず、発喜のお泊りが決まってしまった。だがそれには理由があったのだった。
「遠慮なく召し上がってくださいね」
「ささ、どうぞどうぞ」
発喜の目の前にズラっと並んだのは白い湯気を立てて美味しそうな料理の数々。どう考えても食べきれないだろうと思えるくらいの量のおもてなしを受けているのは菜乃羽の実家。彼女の両親は発喜が来ると笑顔で向かえ入れ、誠心誠意敬意をこめてもてなした。
そこはとんでもなく高級そうなマンションの一室なのだが、もちろん発喜がその程度で気後れするわけがない。
「わぁい。いっただっきま~す!」
むしろ遠慮のえの字も無く、我慢できずに料理をかき込みはじめた。
「もぐもぐ……びゃあ゙ぁ゙゙ぁうまひぃ゙ぃぃ゙ぃ゙!」
リスのように頬をぷっくらと可愛く膨らませながら料理を味わう発喜は、何度も恒例の叫びをあげてしまう。それは決して大げさなものではなく、それらの料理はプロが作ったものだからだ。
なんと霧島家、急遽プロの料理人を自宅まで呼び寄せておもてなし料理を作らせたのだ。
発喜はそのことに気づかず、そしてここが超高級マンションであることの意味も考えようともしていなかった。
「ひ、発喜様。こ、これもおいしいですよ」
「ありがとう!もぐもぐ、びゃあ゙ぁ゙゙ぁ!」
霧島親子は殆ど料理に手を付けず、発喜が全力でそれらを味わうのをただただ見守っていた。その裏には彼女に対する深い想いが籠められていた。
「(本当はもっと礼を尽くして感謝を伝えたい。だがそれを彼女が願っていないのなら、我々はその意志を尊重しながら彼女をもてなすだけだ)」
やや小柄で細身で白髪が目立つ菜乃羽の父親。
恰幅が良くて目元がとても優し気な菜乃羽の母親。
彼らの想いは発喜には伝わっていないだろう。彼女はただ単に料理を堪能しているだけだから。
だがそれでも満足だった。
いや、その程度ではまだまだ礼を尽くし足りなかった。
「(娘を救ってくれたこと、感謝します)」
菜乃羽は自分が巻き込まれた事件について両親に全て告白した。話を聞いた両親は涙を流して娘を抱き締め、娘が苦しんでいることに気付かなかったことを謝った。
もちろん危険なことをしてしまった娘を注意はしたが、家族の絆はより一層深まったと言えよう。
両親は娘を救ってくれた発喜に礼を伝えようと思った。
『でも発喜様はドッキリだって思ってるから、楽しかった思い出のままにしてあげたいのです』
しかし娘からそう言われてしまえば、恩人に礼を伝えることなど出来なかった。そこで両親は『南城さんが我が家に遊びに来そうな機会があれば即決しなさい』と娘に告げておいた。発喜にとっては事件でも何でもないため、彼女の親が出向いてお礼を告げるのは不自然だ。だが発喜の方から遊びに来た時に、たっぷりともてなして暗に礼をするならば彼女に違和感をもたせないからだ。
その結果が、超豪華な晩餐だった。
「ふぅ、お腹いっぱい」
まだ半分以上も料理が残っているが、発喜はお腹をさすっている。
その顔は天にも昇るほどに幸せそうであり、霧島家はもてなしたかいがあったと喜んでいる。
料理が終わったら菜乃羽の部屋に行って一緒に遊ぶ、という流れを予定しているのだが、発喜が食べ過ぎてお腹が一杯すぎるため、お腹がこなれるまでしばらく両親と会話することになった。
その内容はお礼とは関係ないとりとめのないものばかりだった。
「ところで南城さんのお父上はどのようなご職業をなさってますか?」
「お父さん?裁判官ですよ」
最高裁判所や高等裁判所の裁判官のようなエリートではなく、地方勤務の下っ端だ。
それでも凄いのだが、家では娘にひたすら甘いだけの父親なので発喜にはその凄さがあまり分かっていない。
「ほう」
それまで穏やかに話をしていた菜乃羽父の目が細くなった。と思ったのも一瞬のことで、話題を変えて雑談へと戻る。
話を終えて発喜が菜乃羽の部屋に移動した後の事。
「少し電話する」
「お願いします」
菜乃羽父は母にそう告げると、仕事場である自室に籠り、ある所に電話をして指示を出すのであった。
発喜は菜乃羽の部屋に移動する途中、ふと気になったことがあり菜乃羽に質問した。
「そういえば菜乃羽ちゃんのお父さんって何のお仕事してる人なの?」
「さ、最高裁判所の長官です」
「へぇ~うちと似てるね」
「で、ですね!」
それが似ている以上の意味を持つことに発喜が気付くことは永遠に無いのかもしれない。
いくら家族でもノーアポで子供の住処に行くのはダメ、ゼッタイ!
漫画やドラマだと良くある表現ですが、本当にそんなことする人いるのでしょうか?