10. 運が良すぎるって?嘘だ!だって宝くじ買っても当たらないもん!
『大運の森』
そこはプレイヤーの運が試される森と言われている。
「こ、この森はレアドロップが設定されている魔物が沢山いるんです」
FMOでは魔物を倒すとアイテムをドロップするが、一部の魔物にはレアドロップが設定されている。レアドロップはいずれもドロップ率が数パーセント程度であるが、だからといって破格の価値があるアイテムを落とすわけでもない。多少貴重な物を落とすか、あるいは強い魔物の通常ドロップアイテムを落としてくれる、といった形が殆どだ。
「だ、だからこの森を抜ける時にどれだけレアドロップを入手したかで、リアルラックの高さが分かるって言われてるんです」
運のステータス値が高ければ高いほどレアドロップを入手する確率が高くなると言われているが、劇的に変わるほどではなくドロップしにくいことは変わらない。しかもここは初心者向けのダンジョンであるため、挑戦するプレイヤーのレベルは低く運に極振りしたとしてもたかが知れている。
そういうこともあり、どの職業であってもほぼ平等に運の良し悪しを確認できるということで、リアルラックを試してみようという小ネタがFMOの一部界隈で広がっていた。
「なるほど。でも私は無理かな。リアルラックは高い方じゃないもん」
「そ、そうなんですか?フォ、フォーチュンファイターをやるので運に自信があるのかと思ってました」
「むしろ運が無いから運が良くならないかなって思って」
「な、なるほど。そ、そういう考え方もありますか」
果たして本当に発喜の運は低いのか。
ここにまもりが居たら全力で突っ込むところだが、彼女を深く知る者がいない状況ではスルーされるのは仕方ないことだった。
『アイテムを持ち帰れるようになったのに運が悪い?』
一部の視聴者は真実に気付きかけているが、残念ながら大量のコメントに流されて消えてしまった。
「おっと、魔物かな?」
森の中の小径を歩いていたら、少し前方の茂みからガサガサと音がした。何かが出て来ることをわざわざ教えてくれるというのは、初心者向けの森だからなのか。
少し警戒しながら近づくと、飛び出して来たのはつぶらな瞳の狸だった。
「も、森たぬきですね。た、体当たりのダメージが大きいので気を付けてください」
「は~い」
今回は発喜のレベル的に程よい相手ということもあり、発喜が単独で戦う。
「ラックアップ!」
フォーチュンファイターになりたての発喜が使えるスキルは一つのみ。
運のパラメータを一時的に上昇させるラックアップ。ただしラックアップ自体のスキルレベルがまだ低いため上昇量は大したことが無い。気休め程度のものだ。
発喜は短剣を手に腰を落として森たぬきと向かい合う。戦い方など分からない現代人でも、自然に腰を落としてそれっぽい構えになるのだから不思議なものだ。
「来る!」
先制したのは森たぬきだ。つぶらな瞳で発喜をガン見しながら、ぐっと体を屈めてから飛び掛かって来た。
「遅いよ!」
発喜はそれを冷静に横に躱し、着地した森たぬきの背中にナイフを振り下ろした。
「おお、もしかしてクリティカル?」
森たぬきの弱点は背中だったらしく、キラキラ光る綺麗なクリティカルのエフェクトが発生した。
だがそれだけで倒せるほど甘くは無い。このゲームはレベルが低いプレイヤーがレベルが高い魔物を技量だけで倒せるなんてことはまずあり得ない。発喜の攻撃力ではクリティカルを出そうとも森たぬきの体力を削り切るなんてことは出来ず、何度か攻撃を当てる必要がある。
「このくらいなら余裕だよ!」
元より体を動かすのは好きなタイプ。森たぬきの動きは鈍重であり、慌てなければ躱すのは容易だ。
『森たぬきは攻撃力が高いけど動きが遅いタイプだから初心者がバトルの練習をするには良い相手だね』
視聴者的には大運の森へ移動するのは入り口に突撃鳥がいるからネガティブだったが、大運の森の魔物と戦うこと自体はポジティブらしい。
「やった、倒した!」
五度目の背中への攻撃を終えると、森たぬきはその体を光へと変えて消滅した。
「ひ、発喜様は躊躇せず攻撃出来るのですね」
森たぬきは魔物の中でも見た目が可愛らしい部類に入る。それゆえ攻撃を躊躇ってしまう人が結構いる。だが発喜は容赦なく短剣を振り下ろしていた。
「出来るよ。だってこれゲームでしょ?」
発喜はどれほどリアルっぽいゲームであっても、リアルとゲームの区別がしっかりと出来る人だった。
「そんなことより、森たぬきが何かドロップしたみたい」
森たぬきが居た所に何かが落ちている。それを発喜が拾って確認すると、『森たぬきの尻尾』であると分かった。
「い、いきなりレアドロップ!?」
『マジで!?』
「え?」
森たぬきがレアドロップを落とす可能性はおよそ一パーセントと言われている。いきなりそれを引き当てるというのは豪運と言わざるを得ない。
「ひ、発喜様は運が良いんですね!」
「そんなまさか、偶然だよ。むしろ一生分の運を使っちゃったかも」
謙遜ではなく、本人は運が悪いと思っているから本気で言っている。
「そ、そんなことはありませんよ。め、珍しいけど良くあることですから」
「ふ~ん、そういうものなんだ」
そうなのだ。一パーセントと言われるとあり得ないと思われがちだが、ネットゲームをやっていると一度で一パーセントを引き当てるなんて話は何処にでも転がっている。驚きはしても、理解できる範疇の出来事ではある。
だが、ラスレイや視聴者達が発喜の豪運に本当の意味で驚愕するのはこれからだ。
「あれ、また尻尾を落としたよ?」
「え!?」
『嘘だろ!?』
なんと発喜が魔物を倒すと、ほぼ間違いなくレアドロップを落とすのだ。一度、二度ならまだしも、十回も連続で落としたら流石に異常である。
「バ、バグってるのかな……?」
『ラスレイちゃんの考えに一票』
「むぅ、変なこと言わないでよ。バグってなんか無いもん!」
「で、でもアイテム持ち帰れますし」
『キャラ設定が何か変になってる可能性はあるな』
「う、運営に連絡した方が良いかも」
「えー、そこまでする話!?」
まるで自分が不正をしているかのように言われ、頬をぷくっと膨らませて抗議する発喜。これまで普通にプレイしていただけなので不満に思うのも当然だ。
『運営に連絡したら爆速で問題ないって回答が来て草』
「でしょ!」
『アイテム持ち帰りについてはだんまりなのに何でこっちは回答来るのさ』
そう、ゲーム内のアイテムを持ち帰れるなんて話になったら、当然ゲームの運営会社に連絡が行くはずだ。だが運営は公式見解を出さずに沈黙状態を続けている。それなのに発喜のキャラがバグってたり不正を行っているのではという問い合わせについては、まるで自動返信になっているかのようなスピードで否定の回答が来るのだ。
「というか、皆が勘違いしてるんじゃない?多分本当はこっちが普通のドロップなんだよ」
「そ、そんなことは……」
『ありえない……って言いたいけど、ここまでレアドロばかり出るとなぁ』
ついには正しい知識を持っているはずのラスレイや視聴者達が己を疑い出してしまう。
そんな周囲の反応をよそに発喜はどんどん魔物を狩り、レベルが上昇して行く。
「大分倒しやすくなってきたかな」
ステータスは運だけではなく力にも割り振っているため、攻撃力が上昇して来たのだ。森たぬきであれば背後へのクリティカル三発で撃破出来るようになった。
「あ、『森たぬきのへそ』だって。こっちがレアドロップなんじゃない?」
『そっちがノーマルドロップなんだよなぁ。多分……』
通常ドロップとレアドロップのドロップ数が逆転するという不可思議な現象を起こしながら発喜は森の奥へと進んで行く。
「ま、待ってください。そ、そこを右に行って下さい」
「右?道無いよ?」
「よ、良く見てください。け、獣道があります」
「ああ、この草が倒れてるところだね。こんなの見つからないよ~」
見つかりにくいからこそ、見つけた人には報酬が待っている。この森以外にも様々なところに隠れた道が用意されていて、その先には強力なアイテムが眠っている。それを目当てにダンジョンを細部まで探索するプレイをしている人はかなり多い。
獣道をしばらく進むと、そこには小さな祭壇があった。
祭壇の中央にはこれぞ宝箱、といった感じの金色に輝く宝箱が置かれていた。
「ア、アレが大運の森の隠しアイテムです」
「ラスレイちゃんが案内してくれたおかげだよ、ありがとう!」
「い、いえ……」
発喜はラスレイにお礼を言うと、ゆっくりと祭壇に向けて歩いて行く。
『ここのレアアイテムって何だっけ?』
『それは美少女JD様が宝箱開けるまで待とうぜ』
『開ける前に分かったら興ざめだもんな』
ネタバレしてもそのコメントはAIがピックアップしないようにしてくれるかもしれないが、念のためにと書き込まない人が多い。炎上から始まった発喜の配信だが、いつの間にか良い人達の集まりとなりつつある。これも発喜の豪運によるものか、あるいは……
「自分の手で宝箱を開ける経験が出来るだけでも、このゲームを始めて良かった気がする」
『超分かる』
『めっちゃワクワクするもんな!』
VRでない通常のゲームでも、宝箱を開ける瞬間というのはワクワクする人が多い。それなのに自分の手で開けられるとなれば、それはもう最高の快感だろう。この快感が止められず、世界中の宝箱を求めて冒険するプレイヤーが後を絶たないくらいだ。
「それじゃあ発喜がひらきまーす!」
両手でゆっくりと宝箱の蓋を開ける。
そして手を入れて、中に入っている物を取り出した。
「小さな弓?」
それは発喜の身長の半分も無い程の短弓だった。
「弓かぁ。持ち運び大変そうだし矢の準備とか面倒そうなんだよね」
だが残念ながら発喜は弓に対してポジティブな印象を持っていなかった。様々な武器の中で弓だけは使うつもりが無かったのだ。
「でもこのくらいのサイズなら持ち運びは大変じゃないのかな?」
せっかく入手したアイテムなので、売り払うのは勿体ない。一応使ってみようかなと使い方を考えていたら、ラスレイがやってきた。
「な、な、なんですかそれ!?」
「え?」
何故かラスレイは発喜が手にした弓を見て驚いていた。
『あれ?ここのアイテムって幸運の短槍じゃなかったっけ?』
本来この宝箱で入手できる武器とは違うものだったからだ。
「や、槍じゃないんですか!?」
「槍なんて入ってないよ?」
改めて宝箱の中を確認しても中身は空だった。
「中身が決まってないとかじゃないの?」
「こ、ここで槍以外を入手したなんて話は聞いたことがないです……」
そう言いながらラスレイはチラっと配信カメラを確認した。ラスレイが知らないだけの可能性があり、その場合は視聴者が補足してくれると思ったからだ。
『攻略サイト調べてみたけど、やっぱりそこは槍しか出ないらしいよ』
どうやらラスレイの知識は正しかったようだ。だとすると何故発喜は違うアイテムを入手したのだろうか。
「そ、それってどんな弓なのですか?」
「ええとね、メルシアスの弓、だって」
「ネ、ネームド!?!?!?!?」
FMOの武器は汎用的な名前がつけられている。この場所で本来入手可能な装備も『幸運の短槍』という名前であり、宝箱は一時間経てばリセットされるため何人も入手できる。
一方でネームドと呼ばれる装備はFMOの中で一つしか存在しない。当然ながらその価値はとてつもなく高く、普通はもっと高レベルのダンジョンや高難易度のクエストで入手出来るものだ。
それが初心者向けの誰でも入れるダンジョンの宝箱から見つかった。
あまりにも異常なことであり、ラスレイは眼を白黒させている。
『ネームドとか嘘でしょ!?』
『そんなことある!?』
『やっぱり不正してるんじゃないのか!?』
視聴者の騒ぎようはこれまた酷く、何人もが運営に再度通報するものの、返答は問題なしの一点張り。それでも異常さを認められず口汚いコメントを書き込んでしまう何人かがBANされてしまう事態にまで発展していた。
「二十パーセントの確率でクリティカルが発生して、器用さだけでなくて運が高くても命中率が上昇する。威力は力と器用さと運の合計値で産出される、だって」
「つ、強すぎる……」
FMOは基本的に敵の弱点に攻撃をヒットさせなければクリティカルにならないが、確率とはいえそれを無視してクリティカルが発生すること。
二つのパラメータで命中率の補正がかかることで、他の装備で補正をしなくても高確率で命中させられるようになること。
力と器用さと運の三つの合計値が攻撃力となるため、レベルアップ後に上昇させるステータスをそれら三つに分散させても攻撃力が増加すること。
序盤で入手可能な武器としては破格の性能だった。流石ネームドと言ったところだろうか。
「普段はアイテムボックスに入れておけば良いから弓も矢も持ち運びは楽なんだ。じゃあ使ってみようかな」
周囲の驚愕の反応など全く気にせず、発喜は入手した武器の使い方について考えるのであった。
「ひ、発喜様。ほ、本当にこれまで運が悪かったの?」
「そうだよ。宝くじ買ったことあるけど当たらなかったもん」
「そ、そうなんですか?」
「うん。と言ってもお母さんに預けて私は買ったの忘れてたから後でお母さんから聞いた話なんだけどね」
「え?」
『それって……』
「(そういえばあの頃からご飯が豪華になった気がするけど気のせいだよね)」
もちろん気のせいなどではない。豪運の持ち主である発喜が宝くじを購入して当たらないなどありえない。発喜の両親はそのことを本人に隠していた。それは大金をせしめようという目論見ではなく、発喜が堕落して人生不真面目に生きるのを防ぐためだった。
リアルラックの化身、美少女JDの南城発喜。
彼女がゲームとリアルを破壊する日は近い。
子供のお金を親が使い込むのはダメ、ゼッタイ!