狙い通り婚約破棄してもらえたのに、イケオジ騎士団長の愛が重すぎる
ひげもじゃ騎士が、実はイケオジ騎士団長だったという展開が好きなすべての人に贈る短編←書きたかった
光属性の魔力を持っているという理由で王太子の婚約者に決まったその日、没落伯爵家の長女であるミリアは思い出した。
――自分が三年後に断罪され、辺境に追放されてしまう脇役令嬢ミリア・シアノリアであることを。
それは、ミリアがこの世界ではない場所ではまりにハマっていた乙女ゲームのシナリオの一部だ。
ミリアは今まで漠然と貴族令嬢としての生活になじめずにいた理由を理解した。
「婚約破棄されれば、脇役であるミリア・シアノリアは平民落ちして辺境に追放になる。つまり、この窮屈な貴族社会から抜け出すチャンス!?」
ミリアは、絶望するどころか手を打って喜んだ。
彼女は淑女としての刺繍やダンスよりも、乗馬や猟をこよなく愛していた。
子どもの頃は、騎士になりたいのだと父と母に剣をねだって困らせたものだ。
そんなわけで、王太子の婚約者になることで辺境に追放してもらえるのは、彼女にとって願ってもないことだった。
「目指せスローライフ!!」
辺境に追放されたあと、楽しく充実した日々を送るためにさっそくその日からミリアは密かに準備を始めたのだった。
***
――そして三年後。
本来であれば、結婚の日取りを公表するはずの夜会で、シナリオ通りその事件は起こった。
「私は、そのようなことをしてはおりません!」
辺境に追放されたのなら、知り合いの商会長とともに立ち上げた店を運営する手はずはすでに整っている。偽りの身分も名も、すでに手に入れている。
(あと少し……。あと少しで自由になれる!! やったぁ!!)
つまり、ハンカチを手に己の不幸を悲しんでいる今現在のミリアの姿は完全にお芝居なのである。
本来であれば結婚の日取りを公示するはずの夜会で王太子に告発されたミリア。
その罪状はミリアよりも強い属性の魔力が発現した男爵令嬢への嫌がらせだ。
その罪はすべてねつ造されたものだった。
そして、今まで訓練に訓練を重ねたミリアは、その男爵令嬢よりもよほど強い光属性の魔力を持つ。
嫌がらせをしなかったミリアだが、広がる噂をこれ幸いとばかりに否定することもなく過ごしてきた。
(ここまでシナリオ通り……。さあ、そろそろあの台詞が聞けるわ!)
そんな彼女の脳裏に、一人のイケオジの姿が浮かぶ。
彼は彼女の師匠であると同時にこの国の……。
(道で拾った満身創痍のひげもじゃの騎士が予想外に大物だったことと、協力を願った商人が次々と富を増やしてきて王国どころか大陸全土を牛耳る大商会の主になってしまったのは予定外だったけれど……)
***
そう、それはここではない世界の記憶を取り戻したミリアが剣の師匠を探すために男装して屋敷を抜け出した三年前のことだ。
剣の指南所に向かう途中、一人のひげもじゃの騎士が呆然とした様子で空を眺めていた。
その右手には痛々しく包帯が巻かれている。
どうしてもその騎士が気になってしまい、ミリアはそばに近づいた。
「……」
騎士は気力を失っているようだった。
本来であれば強い光を宿しているであろう金色の瞳も今はどこかうつろだ。
「何か用か?」
「あの……」
それでも、少年に見えるだろうミリアに、その騎士は小さく微笑んだ、ように見えた。
(ひげもじゃなせいで表情がよくわからないけれど、悪い人ではなさそうね)
「その腕、少し拝見しても?」
「……君はいったい?」
「通りすがりの騎士になりたいだけの少年です」
「……少年? ああ、何か訳ありなのか」
意外なことに騎士は見ず知らずの他人に傷を見せるのを拒否しなかった。
(こんなにすぐに人を信じて、よくここまで騎士として無事生きて来れたわね、この人)
騎士のことを心の中で心配しながらミリアは包帯を解いていった。
「これは、騎士生命の危機だね」
「……残念ながら、この傷を治せるものが戦いで大けがを負ってしまってね。彼がいないせいで治癒師が足りないんだ。……死にそうなものを差し置いて治療を受けることは出来ない。これで俺も引退だな」
「損な性格」
「……良く言われる」
怪我を負ってから時間が経てば立つほど治癒魔法の効き目は低くなる。王都で治療は受けたようだが、きっとこのままでは最前線で剣を振るえるまでは回復しないだろう。
「取引をしてほしい。もし傷を治せたなら、そのことは口外しないと剣に誓ってくれる?」
「……ああ、この剣に誓おう」
「……そして剣が握れるようになったら、僕に剣を教えてほしい」
「…………君はいったい。いや、約束しよう」
「取引成立」
ミリアは、治癒魔法を使った。
途中あまりに光が強いものだから、慌てたひげもじゃの騎士が木陰にミリアを連れ込んだ。
(あら、記憶を取り戻したせいかしら。思ったよりも治癒魔法の力が強いわ!?)
自分に指導できる程度に治れば良いと思っていた騎士の傷は驚いたことに完治したようだ。
「あの……ご内密に」
「ああ、剣に誓ったからな。しかしこれだけの光属性、王族が放ってはおかないぞ」
「うっ」
もちろんすでに王太子の婚約者になっていることは、口にできない。
「感謝する。君に生涯この剣を捧げよう」
細められた金色の瞳には光が戻っていた。
けれど、ミリアは気が気ではない。
(初対面の正体不明の少年に、一生に一度の剣を捧げる誓いをするなんて、本当にこの人大丈夫!?)
けれど助けてしまったからにはしかたない。
こうしてミリアとその騎士の数奇な運命は繋がってしまったのだった。
――そして翌日。
「……待たせたな」
騎士はなぜか正装で現れた。
王都では戦いに勝利した騎士を叙勲するためのパーティーが開かれていた。
だから彼もそれに参加していたのだろう。
完全にヒゲを剃った彼は、黒髪に金の瞳をした美丈夫で、どの角度から見ても完璧なイケオジだ。
そして先ほどまで壇上から王太子の婚約者として、やっぱりメインヒーローの師匠はゲーム中最高のイケオジだな、と鑑賞していた人物でもある。
「っ、騎士団長ベリアス・ロワトフェルド卿!?」
「ああ、君のベリアスだ」
「はっ!? 騎士団長があんな簡単に剣を捧げるなんて!」
「君だから捧げた」
「意味分からないです!!」
ミリアはようやく思い出した。
メインヒーローの師匠になる先代騎士団長ベリアス・ロワトフェルド卿は戦いで利き腕を不自由にしたのだ。
前線を引退した彼は、才能光る少年を見いだし、二年間鍛え上げる。
(シナリオを大きく変えてしまった!?)
こうしてミリアは、現役を引退しなかった騎士団長に少年の姿に変装して屋敷を抜け出しては特訓を受けることになったのだった。
***
「ミリア・シアノリア! 罪のない令嬢、しかも王家が欲する強い光属性の魔力を持った乙女を貶めた罪。貴様には辺境への追放を命ずる。何か申し開きはあるか!?」
その言葉に、しゃがみ込んであのときのことに思いをはせていたミリアは我に返って密かに拳を握った。
(ありません~!!)
「王太子殿下の仰せのまま……」
思わず緩んでしまいそうになる口元をハンカチで押し隠して、その沙汰を受けようとしたときに激しい音を立てて会場の扉が破壊された。
会場の視線がミリアと王太子からそちらへ向かう。
(隣国との国境がきな臭いからと視察に行っていたのではなかったの!?)
これまで手に入れた勲章をジャラジャラと胸につけ、滅多に見ることのない正装で現れたのは、この国の守護神とも呼ばれる騎士団長ベリアス・ロワトフェルドだった。
いつでも礼儀正しいはずの彼は、金色の瞳を不穏に輝かせて王族に対する礼もせずに大股歩きで会場を通り抜けると、しゃがみ込んだミリアのそばに膝をつく。
「あのっ、ロワトフェルド卿。これは、その」
「ロワトフェルド卿? ずいぶんと他人行儀ですね? いつも通り師匠またはベリアスと」
「えっ……あの!? 名前で呼んだことありましたか!?」
断罪をなかったことにされれば、今までの苦労は水の泡になってしまう。
それに乙女ゲームの中にこんな展開はなかった。
(彼を助けてしまったせいでシナリオが変わってしまったの?)
本来であれば、彼は一年前に弟子として育成していたメインヒーローを助けて戦場で命を散らしている師匠キャラのはずなのだ。
(でも、そうはならなかった。現役の騎士団長として手柄を立て続けて、今では守護神と呼ばれている)
メインヒーローの活躍の場はすべて彼の手柄になってしまった。
――それにしてもミリアの耳元でささやいてくる言葉は、あまりに渋くてあまりに甘い。
「一度目は二度と剣を握れぬと諦めていたあの日の治癒魔法、そして命を救われた一年前。恩を今こそお返ししましょう」
「えっ、あの、その、何のことでしょう」
「自分の功績をひけらかさないのはあなたの美徳ですが、この場にはそぐわない。それとバレないはずがないのにバレていないと思っているあなたは可愛らしかった」
「な、なな!?」
「さあ、立ち上がれ」
「はっ!!」
ミリアは差し出された手を訓練のときの条件反射で取ってしまった。
(うだつの上がらなそうなおじさん騎士に剣の教えを請うたら、その人がまさかの騎士団長でヒゲを剃ったら超絶イケオジだなんて思います!?)
その事実を知ってからも、剣を捧げたからと言われれば鍛錬を断れなかったミリアは、出自を偽って剣を習い続けた。
そして男装して粗末な衣服に身を包んでいた彼女は、正体がバレているとは夢にも思っていなかった。
「あのとき戦場に現れたあなたは、美しい金色の髪が輝いて、まるで女神のようだった」
「……女神は完全にないと思います」
乙女ゲームのシナリオを思い出し、恩師を助けようと必死だったミリアは、治癒師として軍に紛れ込み致命傷と思われたベリアスの怪我を今までの特訓を全て生かして全力で治した。
だが、その時は性別は偽っていなかったものの、粗末な服に身を包んでいたはずだ。
それに戦場に紛れ込んでいたせいで、どう考えてもひっつめただけの金髪はくすんでいただろう。
(それに偽名を使っていたし、印象を変える魔法だってかけていた)
けれどそれも騎士団長であるベリアスには、バレバレだったわけだ。
「騎士団長の職はすでに辞した。あなたは辺境に追放されるようですのでちょうどいいですね? さあ、辺境伯である私の妻になってください」
「え、辺境伯夫人!?」
「わが辺境伯領では、女性も乗馬しますし、狩りもします。そして女騎士だっている……。あなたに苦労はさせません。社交は最低限、三食昼寝付きです」
「……それは」
もしかしてその生活、最高ではないか、とミリアは思ってしまった。
王族の象徴とも言われる光属性の王族がここ三代産まれず、衰退の道をたどっている王家は、大国との関係が強い辺境伯に頭が上がらない。
王家に忠義を尽くす騎士団長の職を降りれば、ベリアスに文句を言える者などこの王国にはほぼいない。
「あなたをすべてから守ります。だから一緒に行きましょう。実はあなたの愛馬もすでに用意してあるのですよ? それにあなたの体格に合わせた剣も、弓も」
「なんて魅力的な……」
「その顔は肯定で良いかな? さあ、行こうか」
「えっ、行くとは言ってな……。ひゃんっ!?」
次の瞬間、ベリアスのたくましい腕に軽々と抱き上げられていた。今までにないほど顔が近づけば、ベリアスはやはりミリア好みのイケオジだ。
「実は一目惚れだったんだ。一生に一度の剣を捧げる誓いも捧げただろう?」
「今さらそれ言うのズルくないですか!?」
――こうしてミリアは、半ば攫われるように王都をあとにした。
このあと辺境伯夫人ミリア・ロワトフェルドについては表だっては辺境伯ととても仲睦まじかったことだけが後世に伝えられている。
大陸有数の商人や王家や隣国を巻き込んだその紆余曲折の人生はともかく。
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