第六話『ココロロック』
夜も深まって、今日はナゾ子が寝泊まりする事になったのじゃがそういえば、叛逆龍事変で龍化した狸を倒した後、例の狸男から赤い手袋を貰ったのを、ふと思い出した。
奴が読心出来る理由が、この赤い手袋に隠されているらしい。ただし、いきなり全てを読めるようになる訳ではなく、完全に使えるようになるのに訓練がいるというとの事。
……すっかり安心して寝ているようだし、試しに右手にでもはめてみるかの。
急に辺り一面が真っ黒くなる。その空間にいるのは私とナゾ子だけで、二人に照明が当たった状態だ。
私の立ち位置から向かって間に狐のお面と、とても身長の低い桜の木がある。何の事か分からぬ。
「面白い物持ってますね? 蓮さん」
「白龍様」
「細かい事は後です。これが狸の持つ、ココロロック・グローブ。相手の心を見抜くと言われる神聖な道具です」
「ふむ……。具体的には何をすれば良いのじゃ?」
指差すは先ほどのお面と桜の木。どうやらこれが記憶の切っ掛けらしく、実際に触って確かめても良いとの事。
実際にまずは狐のお面から触れてみる。一見何の変哲も無いが、それとなく裏側に回す。すると一枚の写真が貼ってあった。
十歳程と思われる女の子三人だ。全員魔女の格好をしており、それぞれの服装が赤、緑の子が茶髪で毛先もそれに合った赤と緑、一人は完全な金髪で青い服装となっていた。ナゾ子とこの金髪の子が概ね容姿が合致しているが、何故銀髪では無いのじゃろう。
次に身長の低い桜の木を観察してみる。不思議な景色じゃが、そっと触れてみても変化は無い。
「……きっと、この写真がナゾ子の幼少期なのじゃな。苦労したのかもしれん」
「ですね……。ところで、何か動きを起こしてみませんか? ココロロック・グローブは何かをする事で変わる場合もあります」
「なるほど! まずはこのお面をナゾ子の顔に付けてみるのじゃ!」
「え」
とりあえず付けてみる。
……何も変わらない。まあ、そういう場合もある!
「違います違います。貴方以外とアホですね。桜の木にお面をかぶせてみてください」
「アホで悪かったのう。分かったよ」
すると狐のお面で、目の部分が光り出す。今度は映像が浮かぶ。屈強な筋肉をした邪の雰囲気を纏う大男と、正面で対峙する天使の羽を肩から広げる、先ほどの金髪の少女であった。大きな細長い剣を持っておる。
邪の雰囲気と神々しい光が何度もぶつかり、一面の奇妙な建物は壊れて往く。
少女が大男にトドメを刺した所で、映像は途切れた。そして、私も元のいた私の部屋に気付けば戻っている。
ナゾ子は寝ながら泣いているようなしゃっくりを繰り返している。
「ごめんよ……の……父を……してしまって……」
「ううむむむ。それは壮絶じゃのう。一緒に寝てあげるとしよう」
⭐︎⭐︎⭐︎
翌朝になった。私が先に目覚め、スマートフォンに連絡が入っていないか確認だけして、色々済ませる。時刻は五時二十一分、テレポートを使って学園建物の門に出る。どんよりした曇り空で、湿り気の強い匂いがする。
と、ふと向こう側には翡翠少年の姿が。しかし、既に若い男女の集団の中におり、あっちはあっちで友達を作っているようじゃった。たくましい子だ。
良さげな雰囲気で話しかけるのもアレじゃな。授業までに友達探してもしておこうと思うが、当てが無い。
そういえば、白龍様のパンフレットには動物の耳がある人間は存在しないので生やさないように、と注意書きがあったが、試しに生やしてみたら視線も集まるだろうか、とよこしまな事を考える。少ししてそれに気づいては、頭の中で振り払った。
途方に暮れて再び自室へ。起き上がって髪の毛ボサボサの、疲れ切って寝ぼけているナゾ子が歯磨きをしておる、
「おはようなのじゃ。昨日はうなされておったので、心配だった」
「そうなんだよ、昔の夢を見てな。心配かけたな」
「うむ。わしはまだ入学したばかりなので時間はあるが、お主は授業じゃろう? 朝食作っておくので、その辺で深呼吸でもするがよい」
「あんがと! 助かるぜ」
魔法ですぐに魔女の服に着替え、テレポートのアプリでどこかへ。
今日の料理は茄子と椎茸を使った味噌汁と、胡瓜を輪切りした塩漬けした物にしよう。
……フルアクセル・リングに「調理が上手くなる」の機能があったな。使ってみようかの。
自分の物入れから取り出し、画面を操作して起動!
「フルアクセル・リングヲ起動シマシタ。No.④、セットカンリョウ」
「本当に上手くなるのかのう……ほお! いつもより味が整っておる!」
本当に効果があるようじゃ。やや見た目が奇天烈じゃが、悪くは無い。
誰かの気配がする、胡瓜を切りながら振り向くと、清々しい表情のナゾ子がすぐに隣にやってきて作ってる料理を覗き込んでくる。
「うまそう! わたしの実家もこういう料理だった!」
「うむうむ。喜んでくれて何より」
察するに、この世界の実家じゃろう。ナゾ子の記憶で見るあれこそ「異世界」と呼ばれる、幻想世界じゃった。
勿論言うと嫌がられる可能性があるので黙っておくが皆、苦難を乗り越えて生きているのじゃな。
何故幻想世界を知っているのかと言うと、白龍様との仕事でその幻想世界に行き、新たな闇の者を討伐しにあるからで、龍化した狸に比べては強くなかったが、ナゾ子の記憶の映像を見る限り手練れの対戦者。
あの砂漠化した国の過去を知れたのは意外じゃった。
「ご馳走様ー! 逆雪ちゃんありがとな! じゃあ、授業行ってくる!」
「お気をつけてなのじゃ」
さて、私はどうしようかの。思ったより暇になった。
「ん、電話じゃ。もしもし、逆雪と申す」
「茜音です。自分の時間がないので急で申し訳ないのですが、学園の屋上グラウンドに来てもらっていいでしょうか?」
「うむ。暇だからよきぞ」
「はい。来てから説明します」
なんじゃろうか。とりあえずスマートフォンを取り出し、屋上グラウンドの欄を探す。
ええっと、これじゃな。ぽちっとな。
広い。天井は空が見える透明の硝子で張り巡らされており、開放感がある。しかもとても高い。一面には観客席まで用意されており、まさに競技をするに相応しい構成である。
「ぉぉおい! こちらです、逆雪さん!」
やや慣れてきたのか、あやつも大胆に手を振って合図してくる。すぐに駆け寄って、すぐに目に入ったのは一つの細長い剣が地面に刺さってあった。実に見覚えがある。
「この剣、知ってますか? って、あなたの世界的に無かったですよね。変な事ききました」
「うぬ、知っておるぞ。確か……いや、詳しくは言えないが、異世界の剣じゃ」
「へえ! もうそこまで勉強してるとは! 感心しました。というのも、学園でこの剣を保護しようと思ったのですが、主人を待っているのか、全ての人間を拒絶してですね」
試しに触ってみる。拒絶の気配は感じない、引っこ抜いてみようか。
思ったよりもすぐに、すっかり抜けてしまった。
「え!」
「……わしで良かったのか?」
喋る方の武器では無いな。もしかしたら、この剣の本当の主人と思われるナゾ子まで、連れて行けという事かもしれぬ。
「えっと、お預けします! 自分は学園に連絡しますんで!」
早急にスマートフォンを取り出しては、忙しそうに会話をし始めた。
にしても、この剣はとても強い妖力を感じ取れる。これなら、あの強い闇の者を討伐出来るのも頷ける。
ここで一つ疑問があるが、何故学園に突如現れたのじゃろう。気になるが、ナゾ子が帰ってきてからの方が早いじゃろう。
「……急に空が晴れたな。嫌な予感がする」
茜音が電話をやめ、天を差す。指の方向にはまたしても、強い気配のする暗黒龍が赤い目でグラウンドを覗き込んでいた。
周辺の人間が大騒ぎで騒ぎ出し、あちらこちらへ逃げ出す。
龍の咆哮で天井の硝子が粉々に割れ、わしは咄嗟に結界を張って自分と逃げ遅れた人々を守る。
「またしてもか! この世界はどうなっておるのじゃ」