第四話『 』
夜明けの陽が昇る朝、私は断崖の海辺に立ち最後になるかもしれない故郷の世界を静かに嗜む。
身包みもすっかり向こうの世界と思われる格好にして、どこか故郷と似た文化も感じたので、勉強するのはさほど苦でも無かった。
折角仲良くなった人達と別れるのは惜しいものがあるが、きっと遅かれ早かれこうなる運命なのだろう。と自分に言い聞かせる。
そろそろ約束の時間も近い、友人達が目覚めぬ内に約束の場所へと向かおう。
南友内村の付近やや外れた森林の中、茜音さんと翡翠少年と、あの時の魔女の姉妹二人、見知らぬ男女数名が既にいた。
どうやら私が一番最後に来たようで、来たのを確認するなり話題を切り出す。
「皆さん早めの到着、ありがとうございます。逆雪さんもかなりお勉強されたようですね」
「それが私の使命じゃからな」
「良い心がけです。では、誰か来ない内に早めに世界を移動しましょう。お話はそれからで」
見知らぬ数名に指示を送っては、大きなバッグからよく分からない機械を取り出す。たちまち、空間に大きな扉が突然現れ、手慣れた手つきで二人がかりで開く。
開かれた先には、現代日本と呼ばれるらしい景色が広がっている。勉強した限りでは、薄い桃色の花びらが舞う季節は春に咲く桜と呼ばれている、のじゃな。
出来れば引き返したいが……思い切って飛び込むしかない! 頑張れ私!
「さあ、皆さんで空白の扉を越えましょう!」
翡翠少年と共に緊張した面持ちで通り抜ける。あちらの世界の学生達はこの扉に見慣れているのか、見向きもせずあちこちに横行。
通り抜けた途端なんとも言えない清々しさもあったが、その人々の中で佇む一人の、日本刀を腰に携えたやや青い黒髪の男の子が目に入った。
「こちらが日本内部にある『最龍寺学園』です。行きましょう」
「そ、そのう。ちょっとその辺見てきていいかのう」
「観光したいのですか? 手続きがあるので後ほど」
「うむ……分かった」
この地域の学園は、数々の高い建物が幾つも連なりそれ自体が街ほどの大きさをしている。と白龍様のパンフレットにも書いてあったが、まさに建築物は大きく、見上げても頂上が見えないものばっかりであった。
道中、美味しそうな食べ物を売っている屋台や、マネキンという人間を模した形の物体に服を着せて見せているブティックのお店など、見知らぬ景色が沢山広がっていた。
「こちらがモノレールと呼ばれる、長距離の坂を移動するための乗り物です。そちらの世界では、馬車のようなものでしょうか? とりあえず乗りましょうか」
「すごい! 僕初めて見ました! ね、逆雪さん」
「そうじゃな。少年はこういうの好きそうである」
乗ってからというものモノレールが震えだし、徐々に高度を上げつつ私達ごと動き出す。便利なものじゃ。
先ほど歩いてきた道がもう既に低い場所に感じる。まるで頑天の山から見下ろす、私の住んでいた村のよう。
景色に夢中になっている内に、やがて学園の最も標高の高い位置に着く、目の前にはやはり頂上の見えない大きな、黒い塗装が多い無機質な建物と、見合ったとんでもなく大きな扉。
「形式上、扉は存在しますが、こちらの学園では試験的に学校敷地の範囲内で『テレポーション』の実験を行っております。貴方達にも学園専用のスマートフォン、通称ドラフォンを支給しますね。どうぞ」
「うむ。感謝する」
「ありがとうございます!」
どうやら、一人一台のような制約はないらしい。ともかくは試しに電源を入れる。中のアプリに「Dragon teleport」と書かれたアプリがあり、それを指で押す。
行き先の指定をしてくださいと書かれておる。どれどれ。
1-A組、1-B組、1-C組……。化学実験室、職員室、グラウンド、などなど。沢山あるのう。
「世界転移スタッフの皆さんは各自解散で、ありがとうございました。翡翠さんと逆雪さんは私と共に職員室へ。ではお先に」
細かくて薄い四角のチリを残して姿を消してしまった。本当に瞬間移動したのだろうか?
「僕も!」
同じく翡翠少年も姿を消す。現代日本は凄いのじゃ。
だが迷っている暇はない。私も思い切ってアプリに行き先の指定を押す。気づけば、机が多く並んでいる部屋にいて、学生服ではない見なりで多くの大人の人間が何やら目にクマを作らせ、作業している。
茜音さんがやや奥の位置で手を上げて振ってこちらに合図、すぐに駆け寄って、次の説明を待つ。
「最初は迷いますよね! では、こちらの書類にサインと、必要なアプリをドラフォンに落としますね……他、学園のパンフレットと、貴方達は現代日本の存在ではないので、専用の説明書も数冊、他に質問はありますか?」
「はい! 僕や逆雪さんの部屋は、どんな感じでしょうか!」
「あら、忘れていましたね。この後案内します。逆雪さんも」
「うむ」
茜音さんはドラフォンをいじって、私達の元に行き先を追加、私の元には「逆雪 蓮の寮」と書いてある。後ほど押してみよう。
その他幾らか話し合い、気づけば三十分経っていた。茜音さんは次の仕事があると言ってどこかへテレポート、翡翠少年は自室に行くと言って楽しそうに移動した。
かくいう私は、先ほどの男の子が気になるので先ほど空白の扉を通った場所付近を調べ、近くへテレポート。
やっぱり、先ほどの子の姿はなく、相変わらず良い匂いがしていた。空模様も夕暮れかなり過ぎ、帰宅ラッシュと呼ばれる現象で、人の気配もやや減っているのだ。
少しだけ散策したら、私も寮の部屋を視察するとしようか。
と、矢先に茶髪の男性と他数名が話しかけてくる。
「よ! 綺麗な髪のネーチャン! 俺達と飯でも行かね?」
「わしは用事があるでの、お断りさせて頂く」
「……変なやつ! ま、可愛いからそんな事言うなや」
「でも」
腕を強引に組まれる。咄嗟の反射で男を背負い投げし、地べたに叩きのめす。
見ていた周囲の観衆からは喜びの歓声が湧き上がった。それほどでもないのじゃ。
つるんでいた他の男は怯んでおる、睨みつけるとすぐにでも逃げ散らかし、私は両手の平の汚れを何度か合わせて払う。
「ってーな! 覚えてろ!」
割と臆病なんじゃな。そういう時期なのだろう。腕を組んで考えていると、後ろから誰か若々しい男の子の声がした。先ほど大衆の中で一人佇んでいた、あの時の男の子であった。
「凄いですね。えっと」
「あ! わしはお主を探しておったのじゃ! 寂しそうにしていたからの」
「なに! いや、見ていたんですか」
「雰囲気的にもうじき寒いじゃろう。わしの服貸してやるから、これでお主もおうち帰り!」
「ありがとうございます! 俺は、穂村 京斗と言います」
「良い名じゃ。わしは逆雪 蓮である。また会おうぞ」
「はい!」
そういえばこの国ではレンラクサキを交換する文化があったな。ついでに交換しておこう。
「これでよし!」
「えっと、また会いましょう! 蓮さん」
お互い手を振って良い感じに別れる。
そろそろ自室に行こうと思った直後、今度は大きな地鳴りがした。あそこだ! という誰かの声と指差す先、黒い煙が上がっていた。
逃げる人々を掻き分け私がそこに向かうと、大きな龍のような、でも筋肉質な男性にも見える謎の化け物が暴れていたのじゃ。