第三話『新たなる始まり』
あれから一週間、なぜ狸が龍になったかの解析は難航を示し、私が龍化した本人を消し去ってしまった為、いよいよ『叛逆龍事変』は迷宮入りとなりそうであった。考えてはしまうが無駄だと思うので、そろそろ忘れようと、白雪なんでも事務所で炎ちゃんの淹れたお茶を、客間の隣の部屋、自分の寝室で嗜んでいたのじゃ。
すると今日の一人かな、来客があったと炎ちゃんから報告を受ける。
玄関まで行って開けてみると、翡翠少年と隣は、全身真っ黒い服に包まれた、目元が見えない黒い眼鏡をした、私よりやや身長の高い金髪の女性がいた。翡翠少年は色んな人間と知り合いのようじゃな。関心関心。
「要件はなんじゃろうか」
「貴方が、優秀な妖怪さん、ですかね」
「失礼な! 私は狐じゃ! そんなものと一緒にするでない」
「……そうですか。では、この辺で怪しい魔女は見ましたか?」
「うむ。最初は歪みあったが、今はその翡翠少年と仲良くしていると、定期的に手紙を貰っている」
「それがですね。我々の手違いでこちらの世界にこちらに送り込んでしまってですね、真に迷惑をかけた事を、お詫びします」
なんの話じゃ? 確かに魔法を使う魔女など奇天烈極まりないが、つまるところもう一つ世界があると、申したいのじゃろう。今更驚く話でもない。
「で、お詫びに来ただけじゃないじゃろう。包み隠さずに言うてみ」
「話が早くて助かります。翡翠さんと貴方、逆雪さんの優秀さをみて検討したところ別の世界にあるニホンという国の『最龍侍魔法学園』に学生として、招待したいと、学園の各関係者の検討により、申し出をしたいと。もちろん断っても構いません。どうしますか?」
「断る」
「分かりました。では、そういう方向で……」
「待ってよ! 逆雪さんにも来てほしい! 理由が、あるんです」
聴こうじゃないか。この少年に言うのも癪だがしょうもない理由だとしたら、紛れもなく断るじゃろう。
「逆雪さんがよく知っている、叛逆龍事変の原因が、そっちにあるらしいんだ。あと、姉妹の魔女さん達の故郷もそっちにあるって。僕はどうせ故郷は無いから、彼女らだけでも故郷に連れて帰りたい」
「……勝手にせい。今となっては、事変にも興味はありもせぬ」
「そう、ですか。分かりました」
いずれ十年も経てば何もかも忘れる。それが掟なのじゃ。
ま、あの事変は忘れない内に小説にでも書き起こして、十年後読み返そう。
交渉決裂という事で事務所に戻ろうとした時、脳内に白龍様から通信が入る。
「帰って良いのですか? ねえねえ」
「当たり前です。この世界の天命も終わってないですし」
「天命、ね。ここで帰ったら天命は閉ざされますよ」
「何を言っておる」
つい素の口調が。怒られても頭が上がらない事をやってしまった。
ともかく怒っている様子はないので慎重に間を取りつつ、次の言葉を待つ。
しかし白龍様は口を開けない。ずっと考え込んでいる。
「分かりました。今から貴方の元に行きます。適当に交渉を伸ばしてください」
「ええ、無茶苦茶な。待って、いないなってしもうた……」
適当に金髪の女性に言い訳して、明日まで検討しておくと言っておいた。白龍様はいつも何考えてるか分からん。
翡翠少年も、なぜかややほっとしている様子であった。
二人が見えなくなるまで見届けた後、すぐに事務所に戻って白龍様との連絡を試みる。
「なんですか? 今龍になって飛んでます! 集中してるから後にしてください」
「うるさいわ! いつも滅茶苦茶言いおって!」
「素の蓮ちゃん可愛い! 好き! あちがう、ともかく会って話します。いいですね!」
「は、はい」
⭐︎⭐︎⭐︎
数時間後、天高くから降りてきた白龍様が大胆に玄関前に着地。炎ちゃんにしては久々の白龍様に大興奮して瞳を輝かせている。この子にとっても憧れの存在だ。
早速客間に案内し、炎ちゃんにお茶と菓子を沢山出すように指示。そして早速本題へ。
「あの女性は、違う世界と言っておったようじゃが、この世界の天命と関係あるのですか?」
「そうなんですーよー! 叛逆龍事変は神様界隈でも問題視されていて、そこで向こうのゲンダイニホンの優秀な方々と競技しあった結果、翡翠くんと蓮ちゃん! あなたがたに調査してもらいます」
「勝手に決定するな! 全く」
「……立場はお分かりで?」
「はいっすいませんっ行きますっはいっ」
こんな低い声の白龍様は初めてじゃ。怖いのじゃ。しかしニホンはどんな地域なんじゃろう。逆に私が変人扱いされるのだろう。
後、狸男と炎ちゃんの世話も気になるところ。
「心配ありませんよ! 他の適当な神に世話させます」
こいつら勝手に心を読むな。もはやさほど突っ込むべきでもあるまい。
「こことは違う地域か世界? なんですよね。何を準備すればいいでしょうか」
「うん。それもこの「すーつけーす」に沢山入れておいたから、説明書と共に頑張って」
「分かりました。はあ」
世界を渡るのは初めてではないが、地域が変わるのは怒りのようなものが溜まる。説明書だけ目を通して、今日は早めに寝るとしよう。
やがて満足そうな笑顔で白龍様は「そろそろ帰る!」と申した。炎ちゃんを呼んで見送る。龍の姿になって飛んで、すぐにでも見えなくなってしまった。
「ねえねえ逆雪さま! 白龍様すごかったね」
「そうじゃな……」
なんか凄いと思えないんじゃが、そういう事にしよう。
そそくさと自室に戻る。炎ちゃんや狸男への手紙を書きつつ、すーつけーすに入っていた分厚い説明書にも目を通す。
ふむふむ。なるほど。こういう文化で服装は、ちょっと恥ずかしい格好じゃな。趣向的には魔女の格好と近い気がする。個人的に下着が見えそうな服装はお断りしたい所じゃが、致し方あるまい。
「これがすまーと、ふぉん? 妙な四角い鉄の塊じゃな。定期的に充電しないと使えない? 不便すぎるな」
早速すまーとふぉんが振動する。ちょっとこそばゆい。相手は最龍寺学園と書いておる。
ここをすらいど? すらいどってなんじゃ……。矢印があるから、これをなぞるのか。
「もしもし。先ほどお話しした、茜音という者です。なおこの通信は、白龍様の協力で成り立っております」
「分からん」
「……ですよね。明後日に出発する事が決定致しましたので、報告しますね」
「そうか。有難う。準備が忙しいので、えっと、どうやって会話を終わらせるんじゃ」
「自分から切りますね。使い方、覚えないとですね。ふふ」
ちょっとバカにされた気分。悔しいので今日は一晩漬けで勉強しよう。