第十七話『バス停とビル渓谷の狐 1』
炎天下の海辺、巨人を傷害を加えられた事件から一晩越して、翌日の昼頃にホームズちゃんに呼ばれた私は、最龍侍学園地下にある雷鳴駅に来た。
私が前回乗った二十四号付近で待ち合わせしようと約束していたが、当の本人はまだいない。それどころか先にライゲキラムちゃんが来ては、勝手にベラベラと雑談をし始める。
「君もかなり有名人だよ! 凄いじゃん!」
「おう。少し照れるのう」
「それと、私のスマホにもうすぐ来るって言ってたから、もう少し待ってね」
半ば強引に手渡されたオレンジジュースを受け取り、またしても魔女なのじゃが九歳くらいの金髪の女の子が、箒に跨って舞い降りた。綺麗に着地すると、乱れた髪型を軽く整えている。
「蓮おねーちゃん、こっそり見てた。凄い謎解き」
「いやいや、わしの力ではない」
実情を言うと、狸男から貰った手袋を使い情報に直接繋がり白龍様が更に補助するという、おんぶに抱っこ状態でしかない。さらに言えば、流された男の子を助けたのも私では無いという。自分の腕に巻き付いたフルアクセル・リングをチラ見して考えるだけ考える。
「で、お話ってなんじゃ? お菓子なら買ってやるからの」
「ちがう。私とラムと蓮おねーちゃんで、探偵事務所立てよう!」
「…………ん?」
反応に困った。明らかに自分が解決したと思われている。このままでは探偵を名乗ったザル謎解きが展開される可能性があるので、上手く断らねば。
「いやいやいや。わし忙しいし白龍様の使命もあるし、えっと、とにかく今は出来ないから、また今度でいいじゃろうか」
「今がいい」
きっと鋭い子なので、手で口元を隠しつつラムちゃんにヒソヒソ話しかける。どうすると。
が、いいんじゃない? と適当な返しをされてしまっていよいよ八方塞がり。
仕方あるまい。キッパリ事実を話してガッカリして貰う。
「……が……というわけなのじゃ」
「全部繋げたのは蓮おねーちゃんだよ。それを見込んで言ってる」
「はう! 鋭い返しをされてしもうた。一本取られた」
「じゃ、決まりだね。事務所の部屋自体はライトニング・トレインの内部に増設しておくから、それの名前考えといてね」
「うむ」
事務所と言うと、この世界に来る前に営んでいた白雪なんでも事務所を思い出す。元はと言えば白龍様が命名したものじゃが、それを模範するのも悪くはない。と、炎ちゃんは無事なんだろうか。忙しすぎて忘れていた。もしや。
『その心配はありません。貴方と同じこの世界のどこかで暮らしています』
それなら良いんじゃが。
後に、割と乗り気なラムちゃんが学園内部にも探偵事務所の部屋を確保すると言い出し、ホームズちゃんと共にどこかへ。一人取り残された私はライトニング・トレイン24(トゥエンティー フォー)号に乗り込み、列車内部の自室の片付けをしようと思い立つ。
片付けている内に思い出したのじゃが、まだ白龍様が存命していた頃に書かれた私宛ての手紙を、まだ読んでいなかった事を思い出してふと手に取ってみる。
未だに認められぬ点があるものの、あの時の反省を踏まえれば、封を開かずにはいられない。
白龍様にしてはさほど書かれていないどころか、一言だけであった。力がさほど残っていなかったのであろう、字も震えていた。
『いつも、ありがとう。
白龍』
恐らく直接の関係を持つ家族でもない。でも、私とよく似ている気がした。だから、今まで育ててくれたのじゃ。
思い出に感慨深くなりながら、手紙が劣化しにくいよう封にゆっくり戻し、再び片付けや掃除をおこなう。
⭐︎⭐︎⭐︎
場所は代わって、最龍侍学園からやや離れた地域と地域の間。
炎天下のコンクリートが遠くで揺れる山脈の森林の中、ラクゲキラムの目を掻い潜って一人バスに乗り込んだ幼い魔女の少女、シャーロック・ホームズはスマートフォン片手にある場所へ向かっていた。隣の席に付近の住民であろう、老婆が停車中に座り「幼いのに一人でえらいねぇ」と魔女の大きなツバの帽子越しに優しく撫でる。
子供扱いされる事に慣れてしまったので、特に反応も無く、小さく返事した。
「どこへ向かうんだい?」
「ビル渓谷」
「……やめとき。怖い妖がいるって噂だよ」
「それは自分の目でたしかめる」
「ううん。まあ、そこまで言うなら、でもお父さんやお母さんは?」
「この世界にはいない」
「世界? あんたも妖みたいな事言うね」
不気味がった老婆はすぐに次のバス停での停車ボタンを押し、さっさと荷物をまとめ降りて行った。
ホームズにとっては考えるほどでもなく、軽く受け流してからビル渓谷への到着を待つ。時折、ライゲキラムから電話が入るが、走行中のバス内部というのもあって度々切る。めんどくさくなったので、最終的には電源を落とした。
次第に前方方向から切りたった大きな岩肌が露出した大きな崖と、岩に埋め込まれるような形でビルの数々が見え隠れしている。
なんでも、かつて最龍侍学園のある地域を超す大都市開発が過去に行われていた場所で、諸事情により開発中止となった。今はゴーストタウンと化して、更に言えばお化けの噂も絶えない。
既に何度か出入りした事のあるホームズはそこそこ慣れた様子で、箒に跨って辺りを低空浮遊しながら移動する。ふと停止しては、体格に見合わない大きな肩下げのバッグからスマートフォンを取り出す。検索で出したブログ『ビル渓谷、妖艶な狐女の噂!』というタイトルが大々的に書かれているもので、いわゆる世間的に言うオカルトな内容が長々と、写真画像を交え解説されていた。なお、部分部分で嘘か本当かは定かではないとする。
再びスマートフォンをバッグの中へ片付け、幽霊のようにふらふら彷徨いていると、ふと崖に埋め込まれた窓ガラスの中、人影が通り過ぎるのをホームズは見た。すぐさま近寄るも既に誰もいなかったが、飲み口がまだ濡れている透明のコップと、生クリームが付着しているフォークと白い小皿がテーブルの上に置かれていた。
美味しそうに思ったのか、無意識に人差し指を咥えてちょっとよだれが出ているのに気づかず、帰ったらケーキを食べたいなと考え始めた様子。
ふと我に返り、汚れた指と口元をハンカチで丁寧に拭き下の階層付近、入り口のある場所まで降下して、インターホンを押す。
遠くから女性のような声「……はーい」と、ホームズの耳に入る。気分が踊っているのか、小刻みに爪先立ちを繰り返している。
「やっと会える。狐の美人おねえさん」
この時、脳裏には最龍侍学園に在学している逆雪 蓮の姿も浮かべていたが、これから会う狐の美人おねえさんはお姉さんと呼ばれているだけあって、人間の年齢で言えば20歳過ぎだろう。
何かしてから出てきたのか、やや間が空いて自動ドアが開く。白衣をまとった九尾の金銀の髪の毛や尻尾をした、お姉さんがやや眠そうなぼんやりした雰囲気で、目を光らせているホームズを見る。腰を屈めて笑顔になった。
「あら、可愛いお客さんねー。迷子なのかな?」
「美人の狐おねえさんがいると聞いて、きましたっ!」




