第十話『No.ABSOLUTE ZERO』
サブタイトルの読み方『ナンバー アブソリュート ゼロ』
早朝に起きてから走り込みをする生活を初めて、何日が経ったじゃろうか。私の身もそれなりに引き締まってきて、急で買った大きめのジャージもそれなりに大きくなってしまった。服屋が開店したら買いに行こう。近頃は龍化した人間が暴走する事件も起こらず、比較的平穏な日々であった。良き良き。
今日も河川敷付近にある細道、高層ビルの数々を背景に走っていると、今日は穂村くんと遭遇して並走している。
「よくここを走っているが、お主がいるのは珍しいんじゃの」
「そうですね。運動中に聞くのもあれかもしれないんですが、あの、好きな人とかいるんですか?」
「ここではない世界の、山に住む男かのう」
「へえ! じゃあ学園で噂の、異世界から来た部類のお方なんですね」
そろそろ朝日の位置も高くなってきて、周囲も明るく気温もそこそこ上がっている。私はいつもこのタイミングで一回走り込みの休憩をするのじゃ。ベンチに座りつつ、持ってきた水筒片手に水分補給。穂村くんは座らず水分を摂った。
「結構走りましたね! お疲れ様です」
「うむ。それでの、その男は顔が意外とかっこいいのじゃ! 戦いも強い」
「いつかお手合わせしたいです!」
「そうじゃろう、そうじゃろう」
ついでに塩分の入った飴も口に入れる。それを分けると、喜んで受け取ってくれたのである。
「それと、ふと思い出したんじゃが、チャンプフロンティアって、どんな感じなんじゃ?」
「ああ、俺がいつも出てるやつですね。まあ、人の命を奪うのは勿論禁忌なんですが、対戦が激化しすぎて皆さん容赦がないです」
「恐ろしい……」
とはいえ、何となくではあるが、そこで頂点を勝ち取る事こそ、白龍様の言っていた命の一つな気もした。今となっては確認を取るのも叶わぬ。
茜音さんも忙しいのか連絡もほぼ無く、遊びに行くとしてもナゾ子と食事や買い物するか、稀に翡翠少年と何かするくらいか。
「時間だ! じゃあそろそろ授業の時間が迫ってるので、お暇します! では」
「わかった! お互い頑張ろう」
と、一端の別れをしようとした矢先。川が大きな水飛沫を上げた。それが収まると、見た感じ水色の頭が龍で、体がやや細身の女体を彷彿とさせる大きな怪物が、朝日に向かって立っていた。
「あれが、龍侍さんが言ってた龍化の化け物……!」
「お主、知っているのじゃな?」
「うん。この日本で起きている、謎の現象なんです」
龍の視線がこちらへ。宝石のように輝いた大きな目は、もはや芸術のようなもの。
特に会話を交わす訳でもなく、突然こちらへ大きな口から青白い光線を放ってくる! 私も穂村くんも間一髪で避け、私は川に近い方、もう一方は河川敷の歩道を位置取る。
間髪入れず龍は殴りかかってくる。その巨大な拳に怯んで脚が動かない。
目の前に抜刀した穂村が立つ。刃の部分で拳を受け止めている。流石に学園最強レベルの男、怪物といえど力が拮抗している様子だった。
「今の内に!!」
「おう!」
惜しんでいる余裕はなさそうじゃ。気まぐれでフルアクセル・リングを持っておいて正解じゃのう。
「フルアクセル・リングヲ起動シマシタ。No.②、セットカンリョウ」
No.②は力が上がるアプリ。
すぐにでも怪物の横に走り、足の裏で蹴って奴の姿勢を崩す。崩れたところでもう一度、今度は足の甲で蹴って突き飛ばす。
しかし妙じゃな。一切言語というものを聞き取れない。感じ取れるのはうめき声のみ。まるで自我の無いようじゃ。
大きな大きな雄叫びを上げてから、再びこちらへ向かってくる。
「No.①、セットカンリョウ」
流石に二度目は無い。No.①は脚が速くなるのである。
背後に回り込んでは爆破のお札を投げ込み、張り付いた三枚は起爆した。前回同様、龍化した存在は痛覚が無いのかと思う程、頑丈じゃ。
攻撃を受けたにも関わらず、今度は穂村の方へ爪を立てて攻撃を仕掛ける。何度も爪と刃が交わる閃光のような鋭い音を立てた。
龍が攻撃を先制し、払いのけられやや遠い電柱に背中を打ちつけて、落下してしばらく動かない。
「くっ、じゃがわしは負けない……ん? No.⑧を押しても反応が無い。どういう事じゃ! まずい!!」
怪物は口を開け、青白い雰囲気を溜め始める。避ける事は出来たが偶然だろうか、私の背後に穂紫が倒れている。やむを得ない!
白龍様に教えてもらった、結界術を使って壁を作る。もう、これしか。
速い移動で光線は飛んでくる。結界とぶつかる。まだ受け切れてはいるが、結界が壊れれば諸共焼かれてしまう。
「狐、さん!」
「……うわ!! あの時の姉妹の魔女、妹の方か!!! こんな時に、というか逮捕されたんじゃ、無いのか!」
「ううん、名前あるよ。私はロテア。色々あって出してもらえたの」
ロテアも両手を前に出し、結界の手助けをしてくれる。そんな事があっても助けてくれるのは、本当は立派な子じゃろう。
どうにか光線が終わり、私はロテアに穂村少年を安全な場所へ移すように促すが、優しい笑顔で首を横に振った。
「大丈夫、だよ。そのリング見てみて」
「なんじゃ」
No.①の上に見慣れない項目があった。
これは『No.ABSOLUTE ZERO』だと? 私の記憶が正しければ、絶対零度という意味合いだ。
「押して! 時間ないよ!」
「うむ!」
「No.⓪、セットカンリョウ」
自然と私は片腕を上げ、手の平を天へと向ける。頭上に冷気が溜まり、大玉のように範囲がどんどん大きくなった。
「いけえええええ!!」
冷気の塊を怪物へ投げ込む。既に怪物の足元も氷が張り付いて、動けない状態だった。
完全に全身凍りついては、爆発四散して跡形も無くなってしまった。
ダイヤモンドダストという現象が起き、散らばった氷の粒は周囲を照らす。
向こうの世界の冬頃も、頑天の山は雪が積もっていたな。
「ありがと、狐さん」
「お礼を言うのはわしじゃ。それより突き飛ばされた穂村を助けよう」
「任せて! 回復はお手のもの!」
二人で駆け寄って、治療を行う。狸男の時のように透明の優しい雰囲気が穂村を包む。
すぐにでも起きあがり、そのまま電柱を背に疲れた様子で片足曲げて座っている。
「ありがとうございます。どなたか分からない魔女さんと、逆雪さん」
「いいよ! 君が王者の、へえ」
「ははは、有名人じゃな!」
困惑する穂村と二人で笑っていた、のどかな空間。
浮遊しているダイヤモンドダストは、風に乗って天高くどこかへ。




