隣の席の箱入り娘に純度100%の羞恥プレイを強要されています
教室の片隅。授業中に睡魔と戦いながら黒板の文字を写している時のことだった。
「……矢原は、・・・な女の子ってどう思う?」
「ん?」
抑制のない落ち着いた話し声。
眠気を押し殺し、顔を向けると無表情の女の子が愛くるしいジト目でこちらを見つめていた。
「ごめん、西園寺さん。ぼーっとしてた」
再度、聞き返すと前より少し大きな声で。
「……矢原は、えっちな女の子ってどう思う?」
「……」
その瞬間、眠気が吹き飛び、脳が完全に覚醒した。
女の子が授業中に大声で聞くようなことじゃないとか、付き合ってるわけでもない隣の男子になぜ聞くだとか、そんな疑問は矢原の中では生まれなかった。
ただ、聞かれたこっちとしては、……また来たか。
という諦めにも似た感想だった。
「西園寺さん、今じゃないとだめ?」
「……ダメ。今じゃないと」
「――わかった。時間は取らせないから、少し考えさせて」
「……うん」
この質問に答えない、という選択肢はない。
なぜなら、性知識ゼロの箱入り娘から繰り出される、純度100%の真剣な質問であるからだ。
肉親や女友達に聞いても誰も教えてくれず、隣の席の矢原にまで来たこの質問。
ここで疑問を解消してあげないと、探究心の鬼となった西園寺さんなら、きっと知らないおじさんにも聞いてしまうだろう。
――そんなことになったらロリ巨乳ジト目の西園寺さんはトラブルに巻き込まれ、知らないおじさんに無知シチュエーションを楽しまれてしまう。
僕は、唇を噛み締めた。
それだけは、避けるんだ!!
クラスの日常になりつつある、性知識ゼロの西園寺と矢原の羞恥プレイが始まった。
私立美浜高等学園の生徒は、5人に1人は富裕層の子供と言われている。
といっても、学費が高いとかそういうわけではなく、単に富裕層が多い立地にこの学園が設立されているからだ。
富裕層が多いこの学園だが、一般の生徒とクラスは同じであり、上下関係も一切ない。家にプールがあったり、車で通学している生徒がいたりと少しの違いはあるが、生徒同士の仲は良好だ。
一般生徒と富裕層の生徒に大きな違いはない、と思っていたが2年生に進級した春、問題が発生した。
クラス替えも無事済ませ、隣の席のジト目がとってもプリティな西園寺アリスさんと初めての交流をしていた時、僕は戦慄した。
「……矢原は赤ちゃんの作り方知ってる?……お母さん知らなくて、学校の人に聞きなさいって」
「ごめん、ツッコミどころが多すぎて何から言えばいいんだろ。いや突っ込めばいいのか、あれ?」
少しだけ表情を固くした彼女に、いつもの癖で若干セクハラめいたことを言ってしまう。
初めての友達との雑談にしてはあまりにも重たい。
冗談のような質問だが、彼女の表情から本気であることが分かる。
進級早々の羞恥プレイを回避するため、西園寺さんの質問は一旦保留にしてもらい、担任の先生に相談する。
どうやら西園寺さんには性知識が一切ないらしい。
富裕層の生徒で、ご両親の「世界の不純なものからアリスを守る」という教育方針の元、すくすく子育てを行った。
そして、今となって娘可愛さに高校生まで何も教えなかったことを反省しており、学校側へ「性教育をしてください」と要望が来ていること。
箱入り娘ってほんとに実在したんだな。
っていうか高校生まで隠し通すとか、どんな生活を送ってたんだ?
矢原の場合、性知識を真剣に学んだ、ということ覚えはない。ガキの頃、少し年上の先輩が面白おかしく話していたのを聞いたり、父親の秘蔵のコレクションをこっそり盗み見たぐらいだ。日常にあるエロいものから、いつの間にか知っていた知識である。
しかし、西園寺さんは性知識がない。
現実味がないほどのご家族の徹底した情報制御に唖然とするも、お金持ちならできるのか、と漠然とした感想を抱く。
まあ、僕には関係ないし。
学校側も忙しいのに大変だなと若干の同情を抱きつつも心にもない言葉を送る。
「なるほど。じゃあ後は先生にお任せしますね」
「……悪いが、先生は教えることはできないんだ」
「え? どうしてですか?」
先生は慌てて顔をそむけた。
「……理由は、言えない。……西園寺は隣の席のお前に聞いたんだろ? ならお前が教えろ」
「!?」
言うが早いか、先生は何かを隠すよう、足早に立ち去った。
そんな無茶苦茶な!
突如として襲いかかった、重大な役目に頭が真っ白になる。
クラスメートに子供の作り方を教える。それも女子生徒に。
考えれば、考えるほど意味の分からない難題に頭を抱える。
落ち着け、僕が教える必要はない。
クラスの女子にお願いすればいいんだ。
単純な解決策に気づき、頬が緩む。
新学期早々に、西園寺さんの性教育をクラスの女子に頼むという、異常なシチュエーション。考えるだけで心が削られるも、問題解決のため重い足取りで向かった。
「……ごめんね。きっと私じゃ上手に教えることはできないと思う。 西園寺さんは矢原くんに聞いたんだよね。なら、西園寺さんは矢原くんから聞きたいんじゃないのかな?」
――おかしいだろうがよ、おい!
心の底から叫んだ。
全滅だった。
羞恥心と格闘しながら約二十分。西園寺さんの家族事情も踏まえ、クラスの女子にお願いして回った。
答えは、すべて拒否。
クラスの女子たちは、謝罪と「矢原が教えろ」というアドバイスを告げ、そそくさと立ち去った。
一人くらいは教えてくれても、と薄情なクラスの女子たちにイラつき愚痴る。
――まったく。相手が男なら僕が教え……
ふとよぎった言葉に、とてつもない違和感を感じる。
まてよ。
男同士、高校生にもなって性知識を教え合う。
……あー、想像するだけで、キツイところがある。
結構、難しいかもな。
逆の立場で考えると、無理なお願いをしていることに気づく。
クラスの女子たちに申し訳なさを覚えるも、示し合わせたかのような似た回答にふと違和感を感じた。
戻ってきた自分の席で頭を抱えていると、ふいに制服の袖を引っ張られる。
顔を向けると、少しだけつまらなそうな顔をした西園寺さんと目が合う。
重くて肩が凝るのだろう。彼女は、小柄な体型には不釣り合いな乳房を自身の机に乗せ、ぽつりと呟いた。
「……矢原、赤ちゃん」
「…………ほしいの?」
「……違う。作り方おしえて」
自身の頭を思いっきり机にぶつけた。
出来心から箱入り娘にセクハラをしてしまった。
でもしょうがないじゃないか、
――あんな美少女に子供を求められるような発言をされたら。
いつか彼女が出来たら言わせよう。そう心に決める。
「……大丈夫?」
頭をぶつけた痛みに身をよじらせる。
机に乗せられた胸に視線を下げないよう、西園寺さんと目を合わせる。
「大丈夫。答える前にちょっといいかな。西園寺さん、ご家族の方や友達に同じ質問は?」
「……した。お母さん知らない。……友達忙しい」
「なるほど」
母親が知らないとか、ファンタジーかな。
いや、もしかしたら西園寺ファミリーに限りコウノトリが運んでくるのか、とバカなイメージを想像する。
まあ、ご家族が教えてないのは、今まで濁してた罪悪感から。
友達の方は、恥ずかしさや気まずさから教えられないんだろうな。
「あー、ならスマホで調べたりした?」
僕が性知識を教える、なんて事にならないよう別の解決策を答える。
彼女はジト目を少しだけ輝かせ、上着のポケットからスマホを出すと、自身のたわわな胸の上に置き、頬杖をつく。
そしてスマホを持つことなく、人差し指で操作を始めた。
なぜそこに置く!!
胸の大きい子は、そこに置くのが当たり前なのか!?
当たり前だが、身長150センチにも満たない彼女に、高校生向けの学習机の高さは合っていない。そんな彼女がイスに座ると不釣り合いに大きな胸が机に乗り、より強調される。そこを彼女は楽をするため……なのか第二のテーブルとして有効活用している。
そんな卑しいテーブルを見ないよう顔をそむけていると、落胆した声が聞こえた。
「……調べても、出てこない」
そんな、バカな。
スマホの使い方すら分からないのかと思い、手のひらを西園寺さんに向ける。
「ちょっと貸して」
「……ん」
そう言って、こちらを向き、胸を突き出す彼女。
数秒が過ぎ、なかなかスマホを渡してくれない。
戸惑いを感じていると。
「……早く」
先程より少し前に突き出される胸。
それと同時に理解した。
ぼ、僕が取れと?
僕は西園寺さんのことを全く、理解していなかった。
ただ、性知識がない箱入り娘と思っていたが、それは大変な誤りだ。
胸の上に置かれたスマホを、少し喋っただけのクラスメイトに取らせる。
普通の女の子なら考えられない状況だが、彼女にとっては何も恥ずかしくない、当たり前のこと。
異性に大切な所は触らせない、などの考えがないのか?
いや、流石にそのぐらいは知ってるか。過保護なご両親が教えてないのは考えられない。
突き出していた手が震える。
西園寺さんに誠実でありたい。が、卑猥な双極に手を伸ばしたい気持ちを抑えることはできなかった。
触るわけではないから、と自分に言い聞かせ、罪悪感と少しの期待を胸にスマホに向かって手を伸ばす。
スマホに指先が触れるその瞬間、ふと教室が異様な静寂に包まれていることに気がついた。昼休みであるにも関わらず、物音一つしない。
ぞわりと背中に悪寒を感じ、首を回すと多くの生徒と目が合った。
「……ッ!」
めっちゃ見られてる。
矢原は慌てて手を引っ込めた。
ほとんどの男子は、「おい、嘘だろ」と驚愕の表情で目を見開きまじまじと見つめている。一方女子は頬を赤くして、見てはいけないものを見るかのようにチラチラとこちらに視線を向けてくる。
他の生徒から注目を浴びながら、無知な彼女にセクハラを行おうとした。
進級初日、このクラスでの友好関係などが全て終わったことを悟り、体から力が抜ける。
これからは、女子からは無視されるのかな、なんて想像していると。
「……矢原」
めんどくさそうな声を聞き、現実に戻される。
視線を向けると再度、胸を突き出す西園寺さん。
「ごめん、……手渡しでお願い」
初めからそう言ってればよかった、なんて考えながら言葉を紡ぐ。
「……わかった」
特に表情を変えず、彼女は育ち過ぎた胸の上に乗っているスマホを手に取ると矢原に渡した。
白いスマホにはプラスチックの耳のようなものがついており、ケースにデフォルメ化したウサギの絵がプリントされていた。
画面を見ると検索バーに彼女が検索したのだろう、
――赤ちゃん作る
と文字が入っている。
ストレート過ぎる検索文章に苦笑いしつつも、操作を続ける。
検索結果には複数のページが表示されており、ページを一つ開いてみる。
するとオレンジ色の画面が表示され、真ん中に、「アクセスするには、保護者に相談してください」と文字が。
教えたいのか、教えたくないのかどっちだよ!
どうやら、センシティブ表現を見せないためか、ご家族がアクセス制限を行っているようだ。高校生にもなってスマホにフィルターをかけてるあたり、先生の言ってたご両親の過保護の話は本当みたいだな。
スマホから性知識を学ぶことは難しそうだと思い、ため息をつく。
「このスマホからだと、検索できないみたい」
「……どうして?」
「多分、西園寺さんのご家族がアクセス制限をかけてると思う」
「……残念」
ほんの少しだけ悲しそうな表情をした彼女にスマホを手渡すと、上着のポケットに入れた。
「スマホのアクセス制限、ご家族に再設定してもらうとか、できないの?」
「……ダメ。スマホに気をつけなさいって」
西園寺さんが舌っ足らずな言葉で話す。
詐欺にあったり、不審者と関わりを持たないよう、警戒しているんだろうな。
まあ、性知識についてブロックしているあたり、ご家族のそういうことを教えたくない意思が感じられる。てか、学校に教えるよう言ってるなら設定解除しとけよ、と若干のイラつきを覚える。
――その後、保健の教科書で調べることをおすすめしたが、どうやら既に読んでいたみたいだ。しかし、変な単語ばっかりで、何をしているのか具体的によく分からなかったらしい。
まあ、文章だけじゃ理解しずらいよな。動画を見れば一発だけど。
なんて、彼女には到底見せることができない教材を想像していると。
「……忘れてた。矢原、答える。赤ちゃん作り方知ってる?」
「っ!」
再度来た、この質問。
当たり前だが、答えはイエスだ。子供が作られる過程を知らない男子高校生なんて存在しない。むしろ作る過程を夢見る生徒でいっぱいだ。毎日毎日作る工程を考える日々だ。
でも、……言えない。
「……し、知らないなー」
別に意地悪しているわけじゃない。彼女にイエスなんて答えた暁には子供の作り方を聞かれるだろう。そしたら始まる無知な女の子へ性教育。好きな人には最高なシチュエーションだろうが、僕には荷が重すぎる。教えた性知識にムズムズしちゃう西園寺さんなんて見てられない。きっと明日の朝刊には僕のフルネームが載ってることだろう。
「……わかった」
引きつった笑顔から嘘を言ったことがバレたのだろうか、彼女はプイッと顔を反らした。
そして再びスマホをいじり始めた。胸の上で。
気になって仕方がない。
スマホにはアクセス制限がかかっているはず。だが、彼女は一心不乱に胸の上に乗るそれを執拗にタップしている。
制限の解除に挑戦しているのかと思い、身体を傾け胸の上を覗く。
……どうやら『しゃべったー』を使ってるようだ。色々な人と繋がりを持つことが出来るアプリで、矢原もたまに利用している。
投稿された文章に絶句した。
――女子?生。赤ちゃん作り教える方募集。
「う、裏垢女子か!!」
胸の上のスマホを叩くようにして奪い取り、投稿をすぐさま削除する。
あっぶねえ、何考えてんだこいつ。
見知らぬ誰かに赤ちゃんの作り方を教えてもらう。
常軌を逸した行動に唖然とするも、よくよく考えれば理解できる。
周りの人が教えてくれないなら、他の人に聞けばいい。
彼女からしたら、至極当然のことである。
――だが、子供の作り方を知っている人であれば、まごうことなきパパ募集の投稿である。
没収したスマホをちらりと見ると、既に複数人のパパからのお便りが来ていた。性欲モンスターの行動力に驚愕である。
彼女が見れないよう、メッセージの削除、アカウントブロックを勝手に行う。
気分は自分以外の男の連絡先を消す彼氏である。
スマホをパクられた西園寺さんはジト目を少し開き、胸の付け根を撫でる。
「……いたい」
スマホを取る時、力が入りすぎてしまった。
女の子の胸を叩いたという事実に焦り、すぐさま謝罪する。
「ご、ごめん。でも西園寺さん、赤ちゃんの作り方は知らない人に聞くのは絶対にやっちゃダメだよ。……えっと、危ないから」
彼女は矢原の言葉にピクリと体を震わせた。
スマホを渡そうとするも、手を出さない。
「……矢原、赤ちゃんの作り方知ってる。知ってるのに教えない。どうして?」
顔を急いで逸らす。
やばい、バレてる。
色々と無警戒なくせに、察しはいいのか。
額から溢れる汗を雑に拭き、冴えない頭をフル回転させるも何も考えが思いつかない。
「あー、えーっと……」
しばらくして、言い訳を答えようと西園寺さんに顔を向ける。
「え?」
明らかにいつもと違う様子に時間が止まる。
彼女は声を押し殺し、静かに泣いていた。
拳をギュッと握りしめ、瞳から溢れる涙を拭く。
「……アリスばっかりのけ者。誰も教えない」
「っ、違う。教えてあげれないのは、えーっと……」
理解が追いついていなかった。
きっと彼女は、誰も教えてくれないことに苦痛を感じていた。それも泣くほどに。
真剣な質問はいつもはぐらかされ、自分以外は知っているという疎外感。
自分で調べても、情報はブロックされ出てこないし、見ず知らずの人に聞こうとするも危ないからやめろと否定される。
泣かせる気なんて一切なかった。
のけ者にするなんて考えてもなかった。
だが、彼女にそう感じさせてしまった。
「……もういい!! 知らない人に聞くから。危ないとか、そんなの知らない」
泣きながら叫ぶと、彼女はスマホを引ったくるように奪う。
止めなければと思った。だけど危険性を教えられない。
スマホを取り上げることもできず、ただ立ち尽くす。
泣く経験が殆どないのだろう、顔も隠さず下手くそに泣いていた。スマホに落ちる涙を制服の袖で拭きながら、一心不乱に文字を書く。
そんな彼女を見てなんとかしてあげたいと思った。回りの人たちは君をのけ者にしているわけじゃないと言いたかった。だけど、言葉にしたところで彼女が耳を傾けることはないだろう。教えてくれないから。きっと口先だけだと思うから。
だから、誰かが教えるしかない。羞恥心とか捨てて彼女に行動を見せるしかない。このまま放っておいたら、きっと危険な目に遭う。
「西園寺さん、僕が教えるよ」
羞恥心なんてかなぐり捨てて、彼女の味方であることを伝える。
「……え?」
西園寺さんは、僕を頼った。拒絶される恐怖を堪え、初めて出会った僕に聞いた。
勇気を振り絞って行動した彼女に返す返答が拒否ではだめだ。
誠意ある行動を示すしかない。
顔を上げた彼女は、驚いた表情を浮かべていた。何を言われたか理解できていないのか、もう一度答えを求めている。
顔から火が出るほど恥ずかしくて、逃げ出したくてしょうがない。だけど彼女のために言葉を繰り返す。
「僕が、赤ちゃんの作り方を西園寺さんに教えるよ」
瞳を見つめ言葉を送ると、涙を拭いスマホをポケットに入れる。
泣き止んだ西園寺さんは少しだけ頬を赤くして、上目遣いでこちらを見る。太ももに両手を挟み、落ち着かない様子である。
「……ありがと。なら教えて。……最初から最後まで」
内股をもじもじさせ興奮が抑えられない彼女に今から性知識を教える。
え?なにこれ。めっちゃキツくね。
一瞬冷静になるも、下がる道はもうない。
とりあえず先延ばしにするため、言葉を返す。
「明日でもいい?」
「……ダメ。今じゃないと」
その日から西園寺さんは、赤ちゃんを作れるようになった。
初めて執筆いたしました。
拙い文章ですが、お読みいただきありがとうございます。
もしよろしければ評価をお願い致します。
やる気が出ます。