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心幽

作者: コタツ

プロローグ

あの人は、綺麗な心。

少し古傷が残ってはいるが、血が出ている傷は1つも無い綺麗なハート型。

大切に育てられた証拠。

あの女の子は、傷だらけ。

でも、少しずつ、治っていってる。


これは、私たち3人だけに見える、秘密の光景。


休み時間開始を告げるチャイムがなった。


一章 出会い


私は今、話を聞いている。

出来れば聞きたくない話。

だが、聞いてしまった以上、もうどうしようもできない。

私は恨みがましい目で目の前の友人、静穂(しずほ)を見る。全ては2時間前から始まった。


2時間前、私はいつも通り授業を受けていた。

隣には小学校の時からの親友、七葉(なつは) 静穂(しずほ)が座っている。

静穂は長めのくせ毛をひとつにまとめていて、制服を着崩すことなく着ている。

横に流した前髪を紫の小花のヘアピンで止めているのがチャームポイントになっている、綺麗な子だ。

相変わらず真面目に授業受けてるなあ。

にしても、暇だなぁー。

その時、ポンっとなにか飛んできて手にあたる。

静穂がこちらを見ているので、静穂がなげたのだろう。

いつ書いてたんだろ。

とりあえず紙を開く。

『今日の帰り、人が居なくなるまで教室にいて欲しい。話がある。』

と書いてあった。

急にどうしたよ。

つい、心の中で突っ込んでしまう。

静穂にしては珍しいことだ。

要件はいつも口で言うし、授業中は先生の目を気にして紙を投げるどころか、私語すらしない。

なにか大切な用件なのだろうか。

私はすぐに上の裏に了解の意を書き込み、先生が見ていないうちに静穂に紙を投げる。

よっ、と。

紙が少し手前で落ちてヒヤッとしたが、静穂が上手くキャッチしてくれた。


ちなみに、静穂とは小学校からの友達で、中学2年生の今も仲良くしている。

大人しく真面目で、目立つことが苦手で少し変わっている子ではあるが、根はいい子である。

そんな彼女とこの私、御魂(みたま) 三葉(みつば)には秘密がある。


それは、人の心が見えるのだ。


心は、その人の性格や状態を表している。

まぁ、これだけ言っても意味わからんわな。

私は、心の中で誰かに説明をし始めた。

例えば、私の前の席の斉藤くん。

彼の胸の辺りには、形が少し歪な球体が浮かんでいる。

一部の表面はトゲトゲしていて、一部はふわふわしていて、一部は黒色と少しの赤色が滲んでいる。

これから読み取れることは『トゲトゲ』からは思春期特有の親などに当たるあれで、『ふわふわ』からは彼の優しさが、『黒色』からは彼が少し疲れていることがわかる。

『赤色』からはその人が傷ついたことが分かる。

にしてもトゲトゲ多いなぁ。

お母さんが大変そうだ。

そんな具合に私達は人の心が見える。

『心』は色んな種類があり、ハート型だったり、球体だったり、モヤのようになっていて形が定まらなかったり色々ある。

だが、一つだけ共通のものがあるとすれば、それはどんな心にも、『ムラ』がある事だ。

さっきの斉藤くんのように、トゲトゲの部分もあればふわふわの部分があるように、心の形は一定では無い。

だが、そんな一定では無い心でも、傷ひとつない、綺麗な曲面を持つ心は見たことがない。

綺麗な曲面を持つということは、一切傷つかずに生きてきたことになるからだ。

人は傷ついて成長すると言っても過言では無い。

私はそう考えている。

そんな多種多様な心が私達には見える。

ただ、静穂とは少し違うところもある。

静穂は、心にさわることが出来る。らしい。

といっても、しずほは胸に浮かぶ心を直接触れるわけではない。

少しの間、10秒かそこら、『心の形を変えられる。』

形を球体からハート型にしたり、トゲトゲをふわふわにしたりできる。

このことを静穂は心に『触れる』、と言う。

ただし、効果は10秒程。

しかも、1度形を変えた心は、二度と変えられない。

無理に変えようもすると、その人の心が見えなくなるそうだ。

そんな静穂からの呼び出しとはなんだろうか。

静穂の心を見ればいいと思うかもしれないが、静穂の心は、私には見えない。

残念だが、見えないならば仕方ない。

静穂も私の心は見えないらしい。

おそらく、この力を持っている人同士は見えないのだろう。


ということで放課後、私は誰もいない教室で静穂と向き合っている。

なにか、深刻なことの相談だろうか。

それとも力のことだろうか。

静穂からの話は、そのどれでもなかった。


「色々急に言うから、戸惑うと思うけれど、簡潔に言うわね。……もう、私に関わらないで。」


……え?

どういうことか飲み込めず、一瞬頭が真っ白になる。

「え?どういうこと…?」

「言葉の通りよ。」

「なん…っ」

「もう一緒にいたくないから。」

私が聞くより早く、静穂の方が早く答えていた。

「私はずっと嫌いだった。あなたの自信が、あなたの正しさが。ずっと、生きづらかった。」

自信?キライ?ただしさ?生きづらい?そんなの、

「自信も、正しさも。そんなもの、私にはないよ。」

「無自覚なだけよ。三葉にはどれもあるわ。」

だからって、なんで今?

小学校1、2年生くらいからの付き合いだから、もう何年も一緒にいる。

なのに、なんで今更関わるなって言うの?

そもそも、自信に正しさがキライ?

意味が分からない。

「というか、今まで何度も離れようとしたのに、離れてくれなかったのは三葉よ?」

今まで?

今まで静穂が私から何度も離れようとしていた?

どういうこと?

何もかもが突然で訳が分からない。

話が読めず、私は軽く苛立ちを覚える。

「……じゃあ、なんで今更、そんなことを言うの?」

「なんで…か。わかんない。」

自分から言っといてわからないとはなんだ。

ここで私はブチッといってしまった。

「はぁ!?意味わかんない!

なんなの?

言いたいことは考えてから喧嘩売りなよ!」

「はァァ!?うるさいわね!

わかったわよ、私が言いたいことはね!あんたがずっーと自分のことばっかりでぜんっぜんこっちのこと考えてくれないってことよ!」

「あぁん!?なぁにが考えてくれない、だよ!

静穂だって私のこと考えて動いたことなんてないでしょうよ!」

「はァァ!?誰のために私が大して興味のないアイドルだの俳優だのの話に黙って相槌打って聞いてやってると思ってんのよ!?」

「嫌なら嫌って言えばいいじゃんかばぁぁーか!」

「なんですってぇぇぇ!」

「ばぁぁーかばぁぁーか!」

そのまましばらく言い合いをしていと私も静穂も疲れてきた。

「はぁ、はぁ。」

静穂ってこんなギャーギャーいう子だったっけ?

もう静穂が何を言いたかったのか分からなくなってきた。

私が何も言わずにいると、静穂も何も言わず、薄暗い教室に風が入ってきた。

なんの音もせず、教室が静かに凍りついたようだった。


そんな静寂を破りさる者がいた。


「あれー?なんか、お取り込み中?」

その声は、突然、聞こえてきた。

ばっ、と、私と静穂が振り返ると、そこには一人の少女がいた。

私と静穂はその少女から、目が離せずにいる。

少女は、胸まで伸ばした髪を下ろしていて、ニコニコと軽薄そうな笑みを浮かべ、楽しげで、どこか影のある雰囲気を持っていた。

さらに、少女は堂々としていて、存在感も強く感じられ、どこか浮世離れしているように見えた。

だが、2人の目を引いたのはそこではない。

彼女の『心』だ。

彼女の心は、心にしては大きい球体。

そして、その心は、でこぼこした場所も、色が違うところもなければ、傷ひとつない。

そんな『ムラ』の無い心は、私も静穂も見たことがなかった。

だが、二人は、彼女の一言にさらに驚かされる。

「あれ?二人とも、心が見えるの?あたしと一緒だねぇ。」

私は言葉の意味がしばらく理解できなかった。

心を見ることができる人間が自分たち以外にいる可能性は考えたことがあった。

だが、その力を持つ人間の心が見ることはできないと思っていた。

しかし、私も静穂も少女の心を見ることが出来た。

そして、少女の心は完璧な球体。

様々な情報が一気に脳に伝達され、処理に時間がかかる。

再び話し出したのはやはり、少女であった。

「そんなにあたしの心が不思議かな。

それともあたしが心を見ることが出来ること?

……ふんふん、全部…か。

まぁ、それは一旦置いといて、自己紹介でもしようか?

それともさっきの不毛な喧嘩もどきの続きをする?

静穂ちゃんに、三葉ちゃん。」

『不毛な喧嘩もどき』という言葉には、どこか有無を言わさない強さがあった。

「なんで、名前…。あなた、ここの学校の子?」

少女は制服を着ていないので、うちの学校の生徒かどうか分からない。

「そうだよ。

正確には、明日からだけど。

私、転校生だから。

今日は学校の下見に来たの。」

「じゃあ、なんで名前、知ってるの?」

「なんでって、そりゃあ、心を読んだからね。」

心を、読む?

「あっ!もうこんな時間!!あたし用事あるんだ。帰らなきゃ。………またね。」

そう言って少女はパタパタと教室を後にした。

私と静穂は呆気に取られた顔をして、お互いの顔を見つめていた。やがて、

「ふっ…あっははは!静穂、なんて顔してんの!馬鹿みたいなかおしてるよ。アッハハハハ!」

「三葉こそ、なんて顔してんのよ!あはははは!!」

さっきまでのシリアスな雰囲気はどこへやら、笑いが止まらない。

静穂があんなほうけた顔をしているのは珍しい。あ〜面白い。

「さっきの子、誰だったんだろう?

名前、聞きそびれちゃった。」

「なんで私たちの名前知ってたのかしら。

確か、転校生って、言ってたわよね。

知っているはずないのに。」

「心を読む、ってやつだとおもうけど……。

静穂みたいに、『見る』以外のこともできるんじゃないかな?」

「だとしたら、便利ね。」

そこらから、少し気まずい空気が流れる。

そりゃあ、さっきまで揉めていたのだから、当たり前と言えば当たり前だが、さっきの少女がいささか強烈過ぎたのだと思う。

先に口を開いたのは、静穂だった。

「………ごめんね、三葉。

ちょっといいすぎた。

でも、私があんたといるのが面倒くさくなってきてるのは事実だから、そこんとこよろしく。」

あ、面倒臭いとは思ってるんだ……。

ちょっとショック。

「ちょっと待って、このためだけに呼び出したの?」

「うん。」

なんだよ、真面目な話かと思ってたのに。

いや、最初の方は割と真面目な空気だったか。

こうして『喧嘩もどき』は、無事終わった。

「じゃあ、遅くなってしまったし、帰りましょうか。」

結局、あの少女が何者か分からなかったが、二人は後日知ることになる。

2章

「この度二年三組に転校してきました、二ツ(ふたつがみ) 乙十葉(おとは)です!

好きな色は水色、趣味はお絵描き!

特技は、その人の好きな色を当てること!よろしくね!」

そんな嵐のような自己紹介をしていたのは、昨日の少女だった。

黒板の前に立ち、堂々と話している姿も、心の形も昨日と何ら変わりない。

唯一違うのは制服を着ていることくらいだ。

「二ツ神さんは、親さんの仕事の関係で転校してきました。皆さん、仲良くしてくださいね。

二ツ神さん、席は……佐々木くんの隣の席です。

分からないことがあったら、班長の御霊さんに聞いてください。」

「はーい!」

どうやら同じ班になったようだ。

私が班長をしている班は、女子が私に静穂、今入った乙十葉。

男子は、佐々木くんと斉藤くんの二人で、計五人。

乙十葉が入る前までは四人班で、ほかの班より一人少なかったから転校生の乙十葉が入ったのだろう。

「では、ホームルームを始めます。」

そのままホームルームが始まり、チャイムが鳴り、休み時間に入った。

「ねぇ、二ツ神さん、好きな色を当てられるって本当?

私の好きな色、当ててみてよ。」

どうやら特技として紹介していた『好きな色当て』が皆の興味をひいたらしく、乙十葉の机には人が群がっている。

「いいよー。えーと、叶華(かのか)ちゃん、だよね?

叶華ちゃんの好きな色は、………へー、意外。茶色だね?」

茶色?

笹野(ささの) 叶華(かのか)さんはクラスの女子の中心人物で、彼女の心は真っ黒のトゲトゲである(形もトゲトゲな人は珍しい。)要は腹黒で嫉妬深い人だ。

の持ち物はだいたい水色やピンクなどの可愛らしいカラーでまとめられている。

そんな子の好きな色が地味な茶色なのだろうか。

いや、キャラ作りのためにパステルカラーを選んでるのか?

「正解!すごーい、なんでわかったの!?」

「というか、叶華、茶色好きなの?以外〜。」

「エヘヘ〜。実はナチュラルな色合い好きなんだよねー。」

叶華たちは喋りながら乙十葉の席を去っていった。

正直、叶華の反応からは乙十葉の言ったことが正しかったのか判断できない。

だが、一瞬叶華が『チッ』って言ってそうな顔してた気がする。

「ねぇ、乙十葉……さん。」

「乙十葉でいいよぉ。

で、なぁに、三葉ちゃん。」

ニコニコと軽薄そうな笑みを浮かべたまま乙十葉は私に視線を向けた。

「さっきの色当てといい昨日のことといい、あんたには何が見えているの?」

乙十葉と出会った時からの疑問だった。

心を『読む』とは、一体何なのか。

乙十葉はニコニコとこちらを見つめている。

「知りたい?」

そう言った乙十葉の目は笑っていないように見えた気がする。

気づくと、静穂も聞き耳を立てていた。

「知りたい。」

「分かった。」

意外とあっさりオーケーされて少し拍子抜けした。

やはり笑っていないように見えたのは気のせいかもしれない。

「静穂ちゃんも聞きたいよね?

じゃあ、今日の昼休みに……どっか人が少なそうなところで教えてあげよう。」

芝居がかったような口調で乙十葉は約束してくれた。

「人が少なそうなところ……図書館とか?」

「司書の先生がいらっしゃるでしょう。

それに、本を借りに来る人も一定数いるし。」

人が少ない場所と言われると案外難しい。

「この学校、屋上は開いてないの?

前の学校は人がいなくってガラガラだったけど。」

乙十葉は屋上が気になるらしい。

だが…

「解放されてはいるけど、人が多いんだよね。

うちの学校はお弁当だから、屋上で大人数で食べる人が多いんだよ。」

「へぇ〜。」

乙十葉はかなり驚いた顔をしている。

前の学校では余程人がいなかったのだろうか。

「それなら、少し遠いけれど、音楽室はどう?

あそこなら人が少ないし、いたとしても音で話し声なんて聞こえないでしょう。

それに、古い方に行けばまず間違いなく人はいないはずよ。」

「いいね!じゃあ、お昼休みにそこで話すね。」

静穂のあんに決まったところで1時間目の開始を示す鐘がなった。


お昼休み

私達は乙十葉を連れ、音楽室に向かっていた。

「ここの学校は大きいね。学校の中で道にまよっちゃいそうだもん。」

乙十葉は呑気に歩いているが、時々周囲を見回して物珍しそうにしている。

確かにここの学校は大きく、生徒数の多さを誇る。

だが、人が多く広い割に校舎はボロい。

廊下はギシギシいう。

これから行く音楽室も古い。


「それにしても、乙十葉さんは随分と人気だったわね。」

静穂は仲が良い人以外には『さん』をつける。

確かに、乙十葉の人気は凄まじかった。

正確には、その特技である『色当て』だが。

「あ〜。多分明日には皆飽きてるよ。

誰の心を見ても、そこまで興味のある人はいなさそうだったし。」

何気なく乙十葉が言ったところで音楽室に着いた。

中には誰もいない。

「じゃあ、本題に入りましょうか。

乙十葉さん、あなたには、何が見えているの?」


「君たちとおんなじ心だよ。

見えているものは大体一緒。」

「どういうこと?」

「んー、そうだね。

例えば、さっきの叶華ちゃん。

君たちには、どう見えた?」

「真っ黒でトゲトゲした心が見えたよ。」

「私もよ。」

「だよね。

あたしにもそう見えた。」

あのどす黒さは怖かった。

ニコニコしている乙十葉からは、真意が読み取れない。

「でも、あたしには、もうひとつ、見えていたものがあるんだよ。」

もうひとつ…?

「そう、もうひとつ。」

心を読んだように乙十葉が繰り返す。

「あたしには、文字も見える。

欠片みたいなものだけど。」

もじ…?欠片…?

「何が書いてあるの?」

「感情…かな?

私にも何が表されているのかわかんないんだ。

でも、悲しい、とか、苦しい、とか、悲しい『理由』、苦しい、『理由』が書いてある。

だから私は心を『読む』って言ったの。」

『読む』の意味は分かった。

だが、どこかパッとしない。

脳がついてきていないのだ。

そして、分からないことはもうふたつ。

「どうして私たちの心が見えたの?」

分からないことの1つだ。

「それに関してはあたしもわかんないんだよねぇー。

そもそも、あたしは私以外の心が見える人間にあったことないから、この力がある者同士の心が見えないこと自体、今知ったようなもんだし。」

その割には私たちと会った時さして驚いているようには見えなかったよ…。

「それに、君たちの方があたしからすると特殊だよ?

珍しいであろう力を持つ人間が二人も一緒にいたなんて。」

確かにどんな確率だよと言いたいくらいには珍しいであろうことは私達も承知している。

「じゃあ、これは一旦保留にして、もうひとつ。

なんであなたの心はそんなに綺麗なの?」

乙十葉は少し考える素振りを見せたが、すぐに口を開いた。

「あたしの心は、あたしには見えないんだよ。

だから、それもわかんない。」

わかんないだらけではないか。

私達が落胆したのが乙十葉にも伝わったのか、口を尖らせてもう一度口を開いた。

「そんな顔されても、わかんないものはわかんないよ。

じゃあ、君たちは見える?

自分の心。」

確かに見えない…。

見えないけど、乙十葉なら見えているんじゃないかと思ったし……。

さっき、なんか考えてたし…。

私が心の中で言い訳をしていると、乙十葉がしてやったりとニヨニヨしている。

ニヤニヤじゃない、ニヨニヨだ。

ニヤニヤと言うほど悪そうじゃないし、ニコニコと言うほど明るくもない。

だがらニヨニヨ、だ。

「ねぇ、乙十葉さん、私達の心、どう見える?」

「確かに気になる!」

人の心は見えても、自分の心が見えたことはなかったのでこれには興味がある。

「……ひーみつ。」

「なんで!?」

乙十葉の性格上、軽く教えてくれるかと思った。

「んー、見えないなら、見えない理由があるんじゃないかなって。」

理由?

乙十葉は続ける。

「あたしに君達の心が見えて、君達にはお互いの心が見えない。

このことについての考察になるんだけど、なにか理由があるんじゃないかって思ったの。」

理由、ねぇ。

見えるとなにか不都合なことがあるのだろうか。

その『不都合』は、誰にとってのものなのか。

「ちなみに、そう考えた理由は?」

「んー?…………何となく。」

「「ぅおい!」」

静穂とハモった。

この子は直感だけで生きているのだろうか。

「そんな心から呆れなくてもいいじゃん。」

乙十葉は私達の心が見えるので、どれくらい呆れているかもわかるらしい。

「まぁいいや。

それより、こっちの質問も聞いて欲しいんだけど、いい?」

「質問?いいけど。」

質問なんてしなくても、乙十葉なら全て分かりそうだが。

「え〜と、まず一つ目。昨日の喧嘩、大丈夫だった?」

いきなり踏み込んだことを聞いてきたな。

乙十葉は突然来て突然帰って行ったから、気になっていたのかもしれない。

「あれは、普通に仲直りしたよ。」

それより、私たちの喧嘩を気にしていたことの方が意外だ。

「ふーん。なら、いいや。

んで、もうひとつが、質問…と言うより忠告、いや、やっぱ質問…?

まぁいいや。………同じクラスの、木立(こだち) 紀恵(きえ)さん。」

紀恵は大人しい子で、クラスの隅でみんなを見守っているような子だ。

よく本を読んでいる。

その子がどうしたというのだろうか。


「彼女、近いうちに自殺しそう。」


「「は?」」


いや、は?え?はぁ?

「で、なんか自殺する理由に心当たりなぁい?」

乙十葉はニコニコしながら、とんでもないことを言ってる。

だが、乙十葉の言う『心当たり』のことは、ないと言ったら嘘になる。

全く呑み込めないが、とりあえず伝えてみることにしよう。

「紀恵は、先月、友達を亡くしたんだ。」

一瞬、乙十葉目がスっと細くなったが、またニコニコしながら口を開く。

「詳しく教えて。」

「えーと、亡くなったのは……誰だっけ?」

「三葉、あんたねぇ…。」

静穂が呆れている。

だ、だって、特段親しかった訳では無いし、別のクラスの子だったし、事故死だったから、大して大事になった訳でもない。

事故なんて学校ではさほど珍しくもない。

「はぁ。亡くなったのは、隣のクラスのポイン・センチアリーさん。

確か、アメリカ人だったはずよ。

センチアリーさんは先月、下校の途中に交差点に飛び出して車に跳ねられたそうで、なぜ飛び出したのか分からないらしいわ。」

私はさっき名前が出てこなかったことからもわかるが、ポインを詳しく知らない。

正確には、『ポイン』についてよく知らない。

ただ、そのポインが紀恵がとても仲が良かったことは知っている。

私のクラスでは、紀恵とポインはセットで認知されていた。ポインは『紀恵と一緒にいる、紀恵と仲が良い人』くらいのほわっとした認識だ。

「紀恵ちゃんの心って、今とポインちゃんが亡くなる前で変わったこと、ある?」

「…紀恵さんの心は、センチアリーさんが亡くなってから、少し黒ずんだように見えるわ。でも、大切な人を亡くした人の心としては、普通じゃないかしら?」

人の心は、大切な人を亡くした時、主に二通り、またはその2つの変化を見せる。

ひとつは紀恵のように黒ずむ。

これは、『1人にしないって約束したのに!』『なぜ私をおいていってしまったの?』『あの時こうしていれば。』『死なないで欲しかった。』などの、怒り、やるせなさ、後悔、願望。

これらのどちらかと言うと負の感情によるものだと、私は考えている。

もうひとつは、心が『欠ける』。

この心の人は、どこか虚ろで、感情の起伏が少ない。

故人がいなくなってしまったという喪失感がそうさせるのだと思う。

紀恵の心は前者に当てはまるため、静穂の言う通り、『普通』だ。


「二人とも、次の日に自殺する人の心、見たことある?」


その言葉は、どこか重くのしかかってきた。

その言葉は、私の心臓を、チクリとさした。

「自殺、は、無いかな。」

「私もよ。」

自殺"は“見たことがない。

「自殺”は“ねぇ。

まぁ、いいや。じゃあ、教えてあげる。

そういう人の心はね、割と普通なんだよ。

………いや、やっぱり普通では無いかも。

そういう人の心は、本当は苦しくても、、辛くても、心に出ないの。

『大丈夫』って、自分に嘘をついて、自分を騙すから。

自分の心を騙すから。

自分を騙して、同じように周りも騙す。

だから、気づけない。」

騙すから、気づけない…。

よくテレビなどで見る、『あの子が死んでしまうなんて、夢にも思っていませんでした。だって、亡くなる前日にも、そんな素振りはなかったんですから。』的な感じだろうか。

一見いつもどうりに見えても、内心はわからない。

心が見えても、その人が考えていることがわかる訳では無い。

だが、乙十葉は違う。

乙十葉は心を読める。

「でも、心は騙せても、頭ではわかってるんだ。

騙されてるって。本当は『大丈夫』なんかじゃあないんだって。

だから、ちゃんと考えられる。

そういう人は、辛い、苦しい、逃げたい、自分なんて、生きていてもしょうがない。

もう生きる理由がない。

死んだ方が楽。

そんなことを考えてる人が多い。

まあ、極限状態の人間は、心を読んでも、かなり断片的なことしか読み取れないことが多いから、一概には言えないけど。

逆に、頭の方を騙して、心では泣いているって人もいる。

『心』を騙す人と、『頭』を騙す人がいるよ。

……紀恵ちゃんは、心を騙しちゃってるんだ。

だから、近いうちに自殺しちゃうんじゃないかって、思ったの。」

乙十葉の言い分は分かった。

確かに、そう言われれば特に反論もできない。

何より、乙十葉の瞳は真剣で、ニコニコしているのが嘘のようだった。

だが、乙十葉が今まで何を見てきたのか。

どうすればそんなことを考えるようになるのか。

そんな、乙十葉に対する疑問の方が出てきた気がする。

乙十葉の瞳は、何を考えているのか、真剣だが、笑っているように見えた。

「なんで私達に教えてくれたの?」

『心が見えるから』という答えが帰ってくるだろうと思った。

自分がそんな分かりきったことをなぜわざわざ聞いてしまったのか、私にもわからない。

だが、乙十葉から返ってきた言葉は、予想とは違っていた。

「教えた理由なんて、特にないよ。

ただの気まぐれ。

ま、あくまでも自殺する『かも』だから。

2人が後悔しないなら、私としてはどうだっていい。

ただ、君達が紀恵ちゃんを思いとどまらせたいなら、手伝う気はあるよ。」

乙十葉は雑談の延長のように言った。

あまりにも軽く予想外のことを言われ、軽く混乱する。

「乙十葉さん、あなた……」

静穂も私も動揺を隠せていないのを見て、乙十葉は小さく「あっ」

と漏らしてまた、ニコニコした笑顔を作った。

「ごめんごめん、忘れて。

私も人が死ぬのは見たくないから。

言い方が悪かったね。」

乙十葉は、取ってつけたような言葉で取り繕って、それ以上の追求を嫌うように歩き出した。

「そろそろ授業始まるでしょ。

教室に戻ろうよ。

後、今日の放課後にでも、紀恵ちゃんに話を聞きに行こうと思うんだけど、一緒に行く?」

もちろん答えは決まっている。

「「行く(わ)!」」


授業が終り、ホームルームも終わった放課後。

私たちは図書室にいた。

目的の紀恵との接触はでがきなかったのだ。

紀恵は私達三人が気がつく頃にはもう既に教室にいなかったからだ。

どうしようかと話し合った結果、紀恵はよく図書室に行っていたため、もしかしたら居るかもしれないと考えた。

だが…

「紀恵ちゃん、いないねぇー。」

「うん、いないね。

無駄足だったかなぁ。」

紀恵はもう帰ってしまったのかもしれない。

うーんと三人で唸っていると、近くに人が来た。

「本をお探しですか?」

声をかけてきたのは図書委員と思しき生徒だった。

長く、まっすぐでサラサラの髪をした彼女は、大きいがどこかスッキリとした瞳に、スっと通った綺麗な鼻筋を持った美少女だった。

彼女の心は大きな球体で、心が広いことを思わせる。

だが、球体の表面からは絶え間なく血が出続け、色々なところが欠けている。

突然のことに私が反応できずにいると、乙十葉が応えた。

「人を探してるんだ。

木立 紀恵っていう子を探してるんだけど、知らない?」

乙十葉はお得意のニコニコ顔で問いかける。

「あぁ、木立さんなら、さっき本を借りて帰られましたよ。」

どうやら紀恵は帰ってしまったらしい。

「木立さんになにか御用ですか?」

「うん、ちょっと聞きたいことがあって。

君、えーと…」

どうやら名前を呼ぼうとしたが、名前を知らないことに気づいたらしい。

「私は四片(よひら) 紫織(しおり)です。

二年二組で、図書委員です。」

「紫織ちゃん。紫織ちゃんね。

紀恵ちゃんについて聞きたいんだけど、時間とか大丈夫?」

今は放課後なので、乙十葉が時間の心配をするのも頷ける。

「大丈夫です。」

紫織が承諾する。

紫織は紀恵のことがわかっていそうなので、最近のことも私達以上に知っているかもしれない。

「紀恵ちゃん、最近なんか変わったことなぁい?」

紫織は少し顔を強ばらせた。

「……お友達の、外国の方が亡くなった事についですか?

そのことに関しては、私から言えることはありません。」

今度は乙十葉の代わりに静穂が問う。

「どうして?」

「その辺のことは、木立さんや、亡くなった方のプライバシーに関すると思ったので…。

………………………あと、私もよく知らないんです。

木立さんとも、図書委員の業務以外で話したことはないので。」

どうやらポインや紀恵については何も知らないらしい。

これで特に図書室にいる理由もなくなってしまった。

だが、紀恵のことは関係なく、気になることはあった。

紫織についてだ。

紫織はずっと無表情だし、相変わらず心の血は流れ続けている。

紫織のことは、名前を聞いて思い出したことがあった。

隣りのクラス……つまり、二年二組に、『綺麗な死神』というあだ名を持つ生徒がいると聞いたことがある。

その生徒は、綺麗な顔だが、表情がない上に、周りの人間がよく死ぬと言う噂が存在する。

この生徒の名前が、紫織だったはずだ。

綺麗な顔を妬んだ誰かがつけたあだ名だと思っていたが、紫織の心は人を亡くした心によく似ていた。

周りで大切な人が死んでしまったのは確かなのかもしれない。

「紫織さん、引き止めてごめんね。

私たちはもう帰るわ。」

「いえ、特に何もしていませんから。」

そう言って紫織と別れたあと、三人で帰路に着いた。


乙十葉の家は、意外にも私と静穂の家と近かった。

だから一緒に帰ることにした。

「なんか、特に収穫はなかったね。」

「うん。でも、私は紀恵のことよりも紫織の方が気になったよ。

血だらけだったし、『綺麗な死神』も、あながち嘘じゃなさそうだし。」

「なぁに?その、『綺麗な死神』って。」

私は乙十葉に二年二組の噂を話した。

「なーるほど。

確かに、血だらけだったし、欠けてたね。

にしても、『綺麗な死神』とは、よく言ったもんだねぇ。

あの子の美貌にほぼ完璧な無表情、さらにいわく付きともなれば、周りが噂するのもわかるんだけどねぇ。」

乙十葉はどこか同情したように言った。

「にしても、紀恵に関してはほんっとに進展なかったねぇ。」

「乙十葉さん、あとどれくらい猶予があるの?」

「ん〜、遅くとも来週中じゃないかな。」

来週…。

来週までに、何とかしなければならない。

「最悪、私が触れてもいいかしら?」

「触れる?」

「あぁ、こっちも説明してなかったね。」

静穂の力についても『綺麗な死神』同様に説明した。

「え!すごっ。

そんな力があるの?

それってつまり、その人の感情とか、考え方の基盤が変わるってことだよね。」

「うん。」

性格が変わることもあるらしいので間違ってはいない。

「じゃあ、それを最終手段にして、各々紀恵ちゃんについての情報収集しようか。」

「「りょうかい!」」

「じゃあ、あたしの家こっちだから。

またね。」

そう言い残し、乙十葉は曲がり角の先に姿を消した。

「元気な人ね。」

「ほんと。

まだ初めて会ってから三日も経ってないのに。」

「人との距離感を感じさせないわよね…。」

静穂は若干呆れているようだ。

「でも、紀恵の事とかを教えてくれた時は、すごく真剣な顔してたよね。」

「……顔と言うより、“目”が真剣だったわよね。」

「だね。

………じゃあ、また明日。」

「ん。」

話しているうちに家に着いたのだ。


それから数日間、私達三人で紀恵について情報をあつめていた。

今日はその情報を整理するためにまた音楽室に集まったのだった。

「なにか収穫はあった?」

「じゃあ、私からいくわね。

私が得られた情報は2つ。

1つ目は、紀恵さんのスケジュール。

スケジュールと言っても、休み時間の過ごし方だけれど。

紀恵さんは、授業の間の休み時間は主に本を読んでいて、特に人と接している様子はなかったわ。

お昼休みは、屋上でご飯を食べた後は基本図書室にこもっているわね。

ポインさんが亡くなってから変わったことは、休み時間に紀恵さん一人でいる事と、お昼ご飯を屋上で食べるようになった事かしら。

2つ目は、最近小テストの点数が落ちている事ね。

ほとんどがケアレスミスだから、注意力が散漫になっているとも言えると思うわ。

私が得られた情報は以上よ。」

「じゃあ、次は私。

私がわかったことは、紀恵の”お母さん"から見た紀恵の様子と……」

「「ちょっと待った!!」」

何故か2人からツッコミが入った。

特におかしなことは言ってないと思うけど。

「なんであんたは紀恵さんのお母さんから見た紀恵さんの様子なんて知ってんのよ!?」

「なんでって、そりゃあ、聞いてきたからね。」

「はぁ!?あんた、何言ってんの?」

何言ってんのはこっちのセリフだ。

何言ってんのはこっちのセリフだと言いたげな顔をしている私を見てか、乙十葉が、

「三葉ちゃんのそのぶっ飛んだとこ、嫌いじゃないよ…………ブフォ!」

と言って大爆笑している。

だ、だって、紀恵のことをいちばんよく知っているのはやっぱり家族だろうと思ったんだもん!

「はぁー。まあ、いいわ。続けて。」

「えーと、それと、もうひとつが、紫織から教えてもらったんだけど、最近は図書室に行ったあとか前に屋上に行くんだって。

で、お母さんから見た紀恵の様子は、やっぱりポインが亡くなってから、すごく落ち込んでたんだって。」

「『落ち込んでた』ってことは、最近は違うの?」

さすが乙十葉、察しがいい。

「うん。最近は何かを吹っ切れたようにスッキリした顔をしてるんだって。

でも、落ち込まなくなった代わりに、ぼーっとしてる見たい。」

「どうやって紀恵ママに話を聞いたのか気になるけど、とりあえず、あたしの方の収穫も話すね。

2人の言ったことと重なる部分があるから、そこは端折るね。

あたしがわかったことは、紀恵ちゃんとポインちゃんの関係。

紀恵ちゃんにそれっぽく聞いたら教えてくれたんだ。

紀恵ちゃんね、昔、いじめられてたんだって。

それで、ある日、教室から動けなくなっちゃったんだ。

1回家に帰ったら、もう学校に行けなくなるかもしれないって、思ったんだって。」

なんで、『もう学校に行けなくなるかもしれない』って、思ったんだろう。

いじめられていたなら、学校なんて行けなくなった方がいいのに。

紀恵がいじめられていた事に驚くより先に、そう思った。

乙十葉は話を続けた。

「それで、教室にぽつんとたってた紀恵ちゃんに声をかけたのが、ポインちゃんだったんだって。

ポインちゃんは、昔からクラスの人気者で、当時は隣のクラスだったみたい。

ポインちゃんは、紀恵ちゃんに聞いたんだって。

『どうして泣いているの?』って。

そこで初めて泣いてることに気づいた紀恵ちゃんは、もっと泣いちゃった。

幼い紀恵ちゃんには、綺麗な金の髪を持ったポインちゃんは、すごく神々しく見えたみたい。

紀恵ちゃんは、泣きながら、いじめの辛さを吐き出した。

それは、聞いていて気持ちのいいものではなかったと思う。

でも、ポインちゃんは静かに聞いてくれたんだって。

次の日からは、ポインちゃんが紀恵ちゃんを誘って、一緒に登校したり、休み時間に遊んだりして、二人で行動してたんだって。

そうしているうちに、いじめは無くなったみたい。

だから、紀恵ちゃんにとって、ポインちゃんは恩人だったんだって。

たった一人の、心の支えだって言ってた。

この時の紀恵ちゃんの心は、『どうして?』、『なんで』って言ってた。

もっと長い文もあったけど、読めなかった。」

そこで乙十葉の話は終わりだった。

紀恵にとってのポインの死は、心の支えを失うと同等だったのか。

私は、紀恵が自殺する可能性があるとわかっていたはずなのに、ここに来てやっと、現実味を帯びた気がした。

「それで全部?」

静穂が聞くと、静かに乙十葉が頷いた。

「じゃあ、一旦整理しましょう。

まず、紀恵さんはいじめから救ってもらった恩人とも言える人を亡くした。

この直後は、すごく落ち込んだ………。

でも、最近は、何かを吹っ切れたようで、よく屋上へ行く。

………何か吹っ切れたと言われているのに、なぜ小テストの点数は落ちているのかしら?」

「『吹っ切れた』ってことは、何かを決めたってことかな?

でも、やっぱり迷いが生じて、注意力が散漫になってるとか。」

「でも、決めるって何を……?」

紀恵は何を考えているのか、分からない。

プルルルルルプルルルルル

スマホの着信音がなった。

「あっ、私だ。」

私はすぐに制服のポケットからスマホを出して耳に当てる。

本来、スマホなんてものは学校に持ってきてはいけないが、うちの学校はガッバガバなので生徒はほぼ全員スマホを所持している。

正確には、スマホを持ってくる人が多すぎて、学校側が諦めたのだが。

「もしもし?紫織?どうしたの?…………………うん、わかった。……………………ありがとう、ごめん、切るね。」

私は要件を聞くなりすぐにスマホを切った。

かなり失礼な切り方だったが、今ばかりは許して欲しい。

「どうしたの?」

2人が少し不安そうに聞いてくる。


「紀恵が、死んじゃう。」


思ったより少し、かすれた声が出た。

「紀恵が、紀恵が……」

「待って、落ち着いて。

………どうしたの?

どうして紀恵さんが死んでしまうと思ったの?」

優しくゆっくりとした口調で静穂が宥めるように聞いてくれた。

「紫織が、今日、紀恵が本を借りていかなかったって。

いつもは、絶対に借りていくのに。

それで、司書の先生に、『もう図書室には、来ないと思います』って、言ったんだって。

だから、紀恵が、紀恵が……!」

「待って、でも、お昼休みはもう終わり。」

その言葉に重ねるように、予鈴の鐘がなった。

「でも、紀恵が、紀恵が……。」

「電話がかかってきたのはついさっき。

その時間に図書室を出ても、授業までに屋上には行けないよ。

だから、大丈夫。」

「何を根拠にそんなことが言えるの!」

「紀恵ちゃん、最近よく屋上に行ってたんだよね?

多分、下見だったんだと思う。」

「なんでわざわざ学校で死ぬと思ったの?」

「だって、紀恵ちゃんは、優しいでしょ。

家で死んだら、家族が見つけちゃうよ?」

乙十葉は『何を』見つけるのかは言わなかったが、私と静穂には、それが何か、嫌でもわかった。

「だから、紀恵ちゃんは、今日の放課後、屋上に行けば会えるよ。

だから、今は教室に戻ろう?」

乙十葉の子供に言い聞かせるような口調に従い、私は教室に戻った。


3章

私は教室に戻り、ホームルームも終え、今は三人で屋上にいる。

私が校庭を見渡せる位置にいて、静穂が屋上の入口に背を向けるようにたち、その向かいに乙十葉がいた。

まだ紀恵は来ていない。

もっと遅く、確実に人が居ない時間帯に来るだろうと乙十葉は予測していた。

だが、私の気は休まらず、紀恵が別の場所で死んでしまうのではないかと気が気でない。

そんな中、ヒソヒソと静穂と乙十葉が話していた。

「三葉ちゃん、なんであんなに動揺してるの?

紀恵ちゃんが自殺しそうって言った時は、こんなに動揺してなかったよね?」

「……三葉は、昔、目の前で人を亡くしたみたいだから、多分そのトラウマじゃないかしら。

人の死に直面しているようなものだから、そのせいじゃないかしら。」

「何それっ!初めて聞いたよ!?」

「誰にも言ってないもの。」

「へ〜。まぁ、そりゃあそうか。

そんなに言いふらすことでもないし、三葉ちゃんも言いふらされたくはないだろうしね。

……………そんなこと、あたしに言ってもいいの?」

どこか探るような口調で乙十葉は静穂に問う。

「あなたが本気で探ろうと思えば、簡単にわかることでょう。」

「確かに、わかるっちゃあわかるけど。

…………にしても、三葉ちゃんも、目の前で友達を亡くしたんだ。

……君と同じだね。」

私には、最後の言葉が誰に向けられた言葉なのか分からなかった。

「ねぇ、紀恵ちゃん。」

ばっと、私と静穂は乙十葉の向いている方、つまり屋上の入口付近を振り返る。


そこには、戸惑いと動揺を隠しきれていない紀恵がいた。


「…………どうして……ここに……。」

強い風で飛んでいってしまいそうなくらい小さく、消え入りそうな声だった。

私は、まだ生きているという事実に安心していた。

だが、紀恵が死にに来たことは分かりきっていた。

まだ安心してはいけない。

そう自分に言い聞かせ、安心で吹き飛びそうだった緊張感を持つ。

「君を死なせないためだよ。

紀恵ちゃん。」

「……………なんで………?」

「何が、なんで、なの?

紀恵さん。」

「だって、私、言ってない……。」

何をだろうか。

「私、ポインが、私を庇って死んだなんて、言ってない。

……………いえなかった………。」


庇って……。

数年前の、自分の記憶と繋がる。


あの時も、庇ってもらった。


私が道路に飛び出してしまったから。

あの子は死んでしまった。

飛び出した時、強い風が吹いていた。


小さい車だった。

でも、小学生になったばかりの私には、その車は随分と大きく見えた。

呆然と車を見つめていたが、後ろから強い力で押された。

あの子の手で。

当時の私よりは大きいけど、やはりまだ小さい、子供の手。

そんな幼い手で、守ってもらった。

あの子は、二日程入院して、死んでしまった。

誰も私を責めなかった。

でも、心のどこかでは、責めて欲しかった。

守ってもらったのに、私だけ生きていたから。

あの子の名前は、なんだっただろうか。

いつの間にか、思い出せなくなっていた。

覚えているのは、事故の光景と、『あの子の心』だけ。

優しいけど、変わった子だった。

くせ毛をひとつにして、いつもヘアピンをつけていた。

あの子の心は、ハート型。

ところどころ血が出ていたが、ほとんど治りかけだった。

あとは全部、ふわふわで、とても綺麗なピンク色だった。


「辛いよね。」

何故か、私の口から言葉が零れていた。

「だって、守ってもらったのに、自分だけ生きてるんだもん。

申し訳ないって、思うよね。

でも、大丈夫だよ。」

私の言葉を聞くと、堰を切ったように紀恵が叫び始めた。

「何が、何が大丈夫よ!?

ポインは、死んじゃったの!

こんな私を守るためだけに!

あの子は、あの子は、もっと、もっと幸せになるべきだった!

いじめられてた私を助けてくれた!

私が辛い時も、ずっと、そばにいてくれた!

私なんかが今生きていても、意味が無いでしょ!?」

意味、か。

生きる意味。

「大丈夫。

意味なんて気にしないで。

だって、ポインは、紀恵の幸せを願ってるから。」

「なんで……?」

乙十葉が、

「だって、ポインちゃんは、紀恵ちゃんを守ったんだよ?

命懸けで。

そんな子が、紀恵ちゃんの不幸せを願うわけないでしょ?」

乙十葉が続きを言ってくれた。

「そもそも、『生きる意味』なんて、所詮後付けなんだから、気にせず楽に生きればいいよ。

ポインちゃんも、きっとそう言っているから。」

この時、紀恵の心が、少し、形を変えた。

だが、私も乙十葉も、気にせず言葉を紡いだ。

「誰にも責めて貰えないと、辛いよね。

自分だけ、幸せにはなれないって、思うよね。

でも、ポインは、誰よりも紀恵の幸せを願ってたよ。」

ここで、紀恵の瞳が潤み、瞬く間に涙がこぼれ出した。

「紀恵ちゃんは、死ぬ必要なんてないよ。

守ってもらったんだから、その分生きなくちゃ。

それに、辛いなら、あたし達も、話くらい聞くからさ。」

乙十葉が言い終わる頃には、大声で、誰にもいえなかった事を叫んでいた。

「ポイン、ねぇ、なんで…?

なんで………なんで、私なんかを庇ったの?!

あなたには、夢があったでしょ?

行きたい高校も、やりたい仕事も、やりたい事、沢山あったでしょ!?

なのに、私を庇って死んじゃうなんて、バカみたいじゃん!

親も、認めてくれてたでしょ!?

あなたを応援してくれてたでしょ!?

なのに、なのに……私は………。

私は、あなたの命を、夢を、何もかも奪った。

だから…いえなかった。

私を庇ってくれたこと、誰にも………。」

紀恵は、優しいのだろう。

だから、自分のせいで死んでしまったと思ってしまった。

ポインの死因は、車に轢かれたことによる怪我。

車の運転手は、居眠り運転をしていたと聞いた。

つまり、私の時と違って、悪いのは運転手だ。

だから、紀恵が自分を責める必要なんて、これっぽっちもない。

「じゃあ、帰ろうか。」

紀恵が落ち着いた頃に、乙十葉が言った。

「私は…生きていて、いいの?」

かすれた、力のない弱々しい声。

「生きるのに、理由は必要?」

乙十葉の優しい声に続け、私も言う。

そんなの、

「そんなの、いらないに決まってるでしょ?」

紀恵は、一瞬、何を言われたのかわかっていなさそうな顔だったが、ゆっくりと、カタツムリのような速度で優しげな微笑みに変わった。


「うん。」


返事をした紀恵の声はしっかりしていて、声もかすれていなかった。


それから、紀恵は、一人でもう一度考えたいと言って、一人で帰って行った。

その心には、もう黒ずんだ場所はなかった。


4章

「ねぇ、乙十葉。」

「なぁに?」

「……静穂は、どこ?」

紀恵が帰ってから気づいたが、静穂がいなくなっていた。

ずっと動いていないと思っていたのに、いつの間にか移動したらしい。

「………」

「ねぇ!

静穂は!?」

「三葉ちゃん、もう、気づいてるでしょ?」

やめて。

「……何に……?」

やめて。

「君を守って死んだのは、」

やめて。


「静穂ちゃんだよ。」


「そんな訳ない!!」

静穂は、いた。

紫識とも、紀恵ともちゃんと話していた。

昔から、ずっと一緒にいた。

だから、そんなわけ……。

「三葉ちゃんだって、気づいてたでしょ?

初めて会った時から、君の心には静穂ちゃんの死が、ずっと心にあった。

君は、頭を騙してたんだよ。」


頭の中に、風が吹いた。

記憶の風が。

あの事故の記憶を、風が運んだ。

私を守ったのは、長めのくせ毛をひとつにまとめて、前髪に小花のヘアピンをつけた、綺麗で、どこまでも優しい笑顔のあの子。

轢かれるその瞬間まで、優しい瞳を向け続けた、君。

私を守ってくれた、あの子の姿が、脳裏にはっきりとうつる。

それは、紛れもなく、静穂だった。


「しず、ほ。

なんで……?

さっきまで、いたのに……。」

ポロポロと、涙があふれる。

乙十葉は、静かに私を見つめている。

「なんで、静穂は、いなかったの?」

私が見ていた静穂が、どこにもいなかったとしたら、それは、それには、私の心はきっと耐えられない。

私は縋るような目で乙十葉を見る。

「いたよ。

君の心に、ずっと居た。」

じゃあ、なんで。

「何で今更、消えちゃったの……?」

「静穂ちゃんは、時間がなかったんじゃないかな。

あたしが初めて君たちに会った時、静穂ちゃんは、消えるつもりだったんだと思う。

元々『人の心を見る』っていう、不思議な力を持ってたから、死んでも君の前に姿を現せたんだよ。

でも、さすがに力が持たなくなったんだと思う。

でも、静穂ちゃんの死は、君のせいじゃない。

だから大丈夫だから。」

乙十葉は私を気遣いながらも、淡々と推測を語る。

その言葉一つ一つが、どうしても心の傷に沁みて、とても痛い。

きっと今、私の心は血だらけだろう。

頭の片隅で、そう思った。

乙十葉の心を見る。

自然と、私の目が乙十葉の心に目が向いたのだ。

相変わらず綺麗な球体の乙十葉の心が、何故か憎にくしいと思った。

私はこんなにも傷ついているのに、乙十葉は全く傷ついていない。

今までも、傷ついたことなどなかっただろう乙十葉の心。

それがどうしようもなく羨ましかった。

「なんで、乙十葉は、そんなに淡々とているの?」

「え?」

乙十葉の戸惑いが滲む声が聞こえたが、気にとめなかった。

「なんで、そんなに冷たいの?

傷ついたことがないから?

傷ついた人の気持ちなんて、あんたには分からないでしょ?

だって、そんなに綺麗な心、見たことないもん。

傷ついたことも無いくせに、大丈夫だなんて言わないで!」

完全に八つ当たりだ。

私の中にかすかに残る冷静さは、これが八つ当たり以外の何物でもないことがわかっていた。

だが、止められなかった。

「……………あたしは……。」

乙十葉がつぶやくと同時に、私はヒュッと息を飲んだ。

乙十葉の心が、急激に変化したから。

今まで傷ひとつなかった心に、大きな傷が、いくつも出てきた。

周りに張っていた膜が取れたように、内側から傷がでてきたように見えた。


乙十葉の心は、これまで見てきた心の中でも、1番傷だらけで、真っ赤な血が流れ続けていた。


「あたしだって、傷ついてるよ……。」

乙十葉は、私の反応を見て、自分の心の変化に気づいたのか、酷くぎこちない笑みを浮かべた。

こんな時でも、乙十葉は、笑うのか。

自分の傷を隠すために。

「あ…。」

私が何もいえずにいるうちに、乙十葉は屋上から去っていった。

私はその後しばらく、魂が抜けたように動けなかった。


謝らなければ。


そう思ったのは、日が随分と傾き始めてからだった。

私はゆっくりと足を動かす。

とにかく、今は帰らないといけない。

私は乙十葉の連絡先を知らないから、学校でしか会えない。

だから、とにかく明日、謝らなければいけない。

乙十葉は、今までどんな気持ちで笑っていたのだろう。

どんな気持ちで、私の言葉を受け取っただろうか。

分からない。

乙十葉は、紀恵と似ている。

乙十葉も自分の心を騙していたんだろう。

辛くないから、大丈夫だから。

そうやって自分の心を騙し続けていたからこそ、紀恵を説得できたのだと、今ならわかる。


次の日、乙十葉は学校に来なかった。

家からは体調不良と連絡が来たそうだが、本当かどうかはかなり怪しい。

余談だが、この日、屋上が封鎖された。

どこかの学校で、屋上からの飛び降り自殺があったからだそうだ。

乙十葉と話すには、ピッタリだと思っていたのに。


さらに次の日。

乙十葉はいるかな……?

昨日は乙十葉が登校しなかったことで頭がいっぱいだったからあまり気にならなかったが、静穂がいないことがとてもこたえる。

いつも、静穂と一緒に登校して、一緒にお昼ご飯を食べていたのに。

静穂が以内だけで、この世の何もかもが霞んで灰色に見える。

「あー、いた!

三葉ちゃぁーん。」

乙十葉の声がした。

「乙十葉っ!」

どうやら今日は来ていたらしい。

言いたいことが沢山あるのだ。

その大半を謝罪が占めているが。

「どしたのー?

怖い顔して。

まぁ、いいや。

それより、今日のお昼休み、いつもの音楽室でっ!」

乙十葉はニコニコ笑顔で軽ーく告げて回れ右をした。

え?

いや……は?

……………………………

「…………いや、ちょっと待てやゴラァ!」

それだけ言って去ろうとする乙十葉を何とか引き止める。

さんざん心配したのになんじゃその態度はァァー!

というか、一瞬でどっか行こうとしたよね!?

何気にちょっとショックだったよ!

「なぁにー?」

こいつ、ケロッとしやがって。

乙十葉が傷を隠していると知っても、いや、知ったからこそ余計にイラッとする。

わざわざ隠さなくても、もうわかっているのに。

「いや、あんた、昨日来なかったから、やったぱり気にしてんのかと思って心配してたんだよ。」

「あー、昨日は、本当に体調が悪くて……。」

「嘘はいらないよ。」

乙十葉のことだし、私に気を使っているのだとすぐにわかった。

乙十葉は私の目を見て一瞬驚いたような顔をしたが、すぐ、

「バレたか。」

と言って軽く笑った。

「でも、君のせいじゃないのはホント。

昨日休んでたのは、また別件だよ。」

もう少し詳しいことが聞きたかったが、乙十葉の困ったような微笑みを見ると、何も聞けなかった。

「そう……。」

「「………………」」

私も乙十葉も、気まずくなってきて何も言えなくなってしまった。

「じ、じゃあ、お昼休みに。」

「うん…。」

これからどうなるのだろうか。

今のでは、乙十葉ときちんと仲直りしたとは言えない気がした。

それに、乙十葉の傷についても聞かなければならない。

やることが沢山あってたいへんだ。

それなのに、それなのに私の隣に君はいない。

静穂はずっと、私を守っていたのかもしれない。

だって、静穂がいた時は、こんなにも心細かったことは無い。

何も言わずに静穂は消えてしまったけど、静穂はどう思っていたのだろうか。

私を庇ったことを、後悔していないだろうか。

私は、できるのだろうか。

何が出来ればいいのかは分からないが、やらないといけない。

まずは乙十葉との仲直りから。

少しずつ、気長にやるとしよう。

私には、それしかできない。


休み時間の終わりを告げるチャイムがなった。

こんにちは、(こんばんわかもしれませんが)コタツです。

今回は初めて本格的(?)な小説を書いてみました!

一応かなり短い童話を投稿ことはありましたが、ちゃんとした(といったらおかしいですが)小説らしい小説を投稿するのは初めてです。

色々と間違いや文章など、至らぬところが多いと思いますが、温かい目で読んでいただきたいです。

最後に、ここまで読んで頂きありがとうございます。

またお会いできる日を楽しみにしています。

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