賢い患者
私が言う賢い患者とは、以下のような方を指していない。
インターネットの発達した現在では、病気に関する情報もすぐに手に入る。
患者は、それらの情報をもとに、入院中・通院中に医師と話をする。
例えば、先生はそう言われますが、ネットを見ると違う意見もあるようです。
ご存じないのですか?
医師の鼻を明かしたような態度だ。
自分の方が、知識があるとでも思っているのだろうか?
だが、そんなに知識があると思っているなら、
試しに何処ぞの医学部を受験してみてはどうだろう?
素人が、ネットで齧った程度の知識は、当然医師は知っているだろう。
だが、疾病は、個人個人で異なる作用・副作用を起こすことがある。
それを、勘案しながら医師は診断し、処方薬を決める。
もし、医師が 「素人のあなたに任せてもいいが、自分の選択に責任は持てるのか?」と問うたら、患者本人は決断するだろうか?
何せ、掛け金は自分の命なのだから。
また、中には金儲けのために、指定の期間入院させて、
良くなってきているのに、まだ治療を続けている とか
医は仁術なのだから、患者を助けるのは、医師の義務だというものもいる。
だが、冷静に考えてみてほしい、医師は仙人ではない。
霞を食べて生きているのではない。
自分だけでなく家族も養っていかなくてはいけない。
やはり、先立つものは金だ。
実際、大きな病院ほど、金はかかる。
特に、大学の附属病院は新たな治験を行い、新しい治療方法の開発を続けている。
これは、将来の医療の向上のためだが、すぐに利益には結びつかない。
しかし、これを怠れば、将来治せる患者も助けることができなる。
ある意味、因果な職業である。
なにより、相手が意思を持った人間だからである。
患者に説明し、納得してもらうことも必要だ
下手な営業職より大変だ。
しかも、患者は、自分より年長の者が多い。
若い間は、病院の世話になることが少ないが、
年を重ねるにつれて、あっちこっちにガタがくる。
こうして、病院にやってくるのだろう。
患者の最初の感想は、若い医師だ。 こいつで大丈夫か?
が多いのではないだろうか?
それまでの社会生活では、自分の部下か、下手をすると
子供の年齢ぐらいの医師が、目の前に座っているのだから当然だ。
医師の説明も、専門用語が多いので戸惑っている。
宇宙人が、何か言ってやがる と感じだ。
そして、疾病の名がわかると、早速検索サイトで調べてみる。
その結果が、最初の例になるわけだ。
だが、よく考えてほしい。
飛行機に乗るとき、パイロットの腕を査定してから乗る乗客はいないだろう。
新幹線に乗るとき、運転手を面接する乗客もいないだろう。
皆、その道のプロフェッショナルなのだから、任せるのが当たり前だ。
医師もそうだ。
若くても、頼りがなさそうでも、彼らはプロフェッショナルである。
勿論大きな病院では、もっと経験のある医師がおり、しっかりサポートしているわけだ。だが、患者にはそこが見えていない。
目の前の医師しか見ていないからだ。
私が考える賢い患者とは、
医師の話を真摯に聞き、この医師に任せると決めたら、その指示を守り、
なるべく早く治療を終わらせ、社会に復帰していく患者だ。
勝手に薬をやめたりすれば、どんな副作用が起こるかは、医師は知っている。
外来だから、医師にはわかるまいとか、自分はもう大丈夫などとか
調子もいいとかは自己判断しないことだ。
訳もなく、治療が続くわけではなく、ちゃんと理由があるのだから。
途中でやめたために、それ以降薬が効かなくなることもある。
素人判断は、やめた方がいい。
何しろ、掛け金はあなた本人の命なのだから。
さらに言えば、人という文字は、二人の人間が支えあっている
象形文字が起源らしい。人は、一人では生きられない。
誰かに支えてもらっているから生きていけるのだ。
もし、万一医師が信頼できなければ、他の病院に行けばいいことだ。
自分が信頼できる医師が見つかるまで、探すのは個人の自由だから。
ただ、疾病は待ってはくれない。2か月たったら、死んでいることもあるのだから。
賢い患者は、医師の時間を無駄にしない。
彼らはとてつもなく忙しい。
そして、患者が無駄話をするのもやめた方がいい。
その時間で、他のだれかを救えるかもしれないからだ。
他のだれかが、いずれ自分に回ってくるかもしれない訳だから