愚者と少女の意思
「フール様は『タロット』に厄災をもたらしかけた危険な存在———邪神や悪神として言い伝えられています」
「厄災をもたらしかけたって……俺、別にそんなことしちゃいないんだけどな」
「え? そうなんですか?」
目を丸くしながら、こちらを見てくるリリネ。
まぁ、言い伝えられていたことを信じていたんだから、俺からの返答に驚くのは当たり前だろう。
「そ、それじゃ、倒された怨念から貴方の血肉や魂から怪物……魔物が生まれたっていうのは」
「いや、それ自体も嘘だから。そもそも倒されていたら、俺はここにいないから」
「アルカナ様は神ですから、時間をかければ復活するくらいはできるんじゃ」
「出来ねぇよ。俺たちも命は一つだよ」
まぁ、不老ではあるんだけどね。
にしても、とんでもない言い伝えを残してくれたもんだな、アイツ等。
よし、会った時に一発ぶん殴ることを決めておこう。
そうでもしないと気が済まない。
「そもそも、あの魔物は俺が生み出した奴じゃなくて、他の『アルカナ』が生み出した奴だぞ」
「えぇ!?」
そんなに驚くことだろうか?
いや、まぁ、今まで魔物は俺の怨念によって、血肉や魂から生まれたとされていたんだから、それを信じてた奴からすれば、驚くことだろうな。
「そ、それじゃ、私が『0』の印を見せても、魔物が止まらなかったのは……」
「俺が生み出した奴じゃねぇからだよ」
「そ、そんな……」
今まで信じてきた伝説が嘘で塗り固められていたのだと知ってか、項垂れる様に俯いてしまう。
俺はそんなリリネを横目に、カップに入っているミルクを少し飲む。
「むしろ、魔物どもの本能に、『0』の印を持つ奴がいたら、優先的に殺せ的なこともプログラムされてるかもな」
「ぷ、ぷろ……?」
「あぁ……。つまりはそう植え付けられてるってことだよ」
「そんな……。どうして」
「今の俺がアイツ等にとっては厄介で、邪魔な様に。俺の印を授かった奴が厄介で、邪魔だからだろ」
「それだけの理由で……?」
「それだけの理由で、理不尽なことをする奴らになっちまったんだよ。アイツ等は」
ふと脳裏に過ぎるのは、『タロット』を生み出す前のアルカナの仲間たち。
あの頃はそんなことはなかったのに……。
昔を振り返りながらも、俺は頭を振って追い出し、残りのミルクを飲み干して、残った木のカップを焚火へと投げ入れて、くべる。
「なってしまった、とは一体……」
「さて、今の俺の状況は分かった。次の質問だ」
つい口が滑って言ってしまったことを、リリネは聞き逃さなかった様だ。
話を逸らすために、俺は次の質問へと移る。
「今のこの世界がどうなっているのか知りたい。それを聞くが、構わないか?」
「あ、ハイ。構いません」
聞く前に遮られたためか、なし崩し的に頷くしかない様に首を縦に振ったリリネ。
「そうだな。俺以外のアルカナたちがどうしているか、知っているか?」
「ハイ、それはもちろん……。それぞれのアルカナ様たちは『神の楽園』と呼ばれる巨大都市をそれぞれ築いて、そこの神であり、王である、という意味で『神王』と名乗って、君臨されています」
「エデン……ねぇ。アイツ等がそんな洒落しゃれたもんを築いているとはなぁ」
まったく想像がつかない。
というより、神であり、王であると言う意味で『神王』って何?
同じアルカナとして、恥ずかしいったら、ありゃしねぇよ。
しかも、それぞれって言うんだから、あの脳筋な『力』も、突撃馬鹿な『戦車』も神王として君臨しているってことだろ?
……想像してみようとしたが、あの二人が王として君臨している姿がまったく想像できない。
むしろ、笑い出しそうになってしまい、堪えるので精一杯である。
そんな俺を見て、小首を傾げるリリネ。
「あの、どうかしましたか? フール様」
「いや、何でもない。少し考え事をしていたら、笑えてきてな……」
「は、はぁ……?」
ダメだ、あの二人のことを考えるのは一旦やめよう。
一度深呼吸をしてから、落ち着きを取り戻し、再びリリネへと視線を向ける。
「じゃあ、次だ。その巨大都市以外にも、人が住む場所は存在するのか?」
「ハイ、もちろんです。村や町が色んなところに存在します。私も狼種獣人の村出身で……そこから逃げ出してきたので」
「まぁ、だろうな」
人としての営みをする中で、最低限必要なことをする場所があって、当たり前だろう。
いくら、俺たち『アルカナ』の力が万能に近いとはいえ、何でもできるわけではない。
それこそ、生産職の様な人たちが必要になる。
そこらへんは人々に町や村を作らせ、補っているのだろう。
「一応聞くけど、お前の村では、狩りか何かで得たものを、その巨大都市に納めていたりするか?」
「え? まぁ、そうですね。私達、獣人族は基本的に狩りを得意としてまして、それで捕まえた動物などの肉を奉納しています。私達の村は『Ⅰのアルカナ』様のところに納めてました。まぁ、私自身が獲った肉は汚らわしいと言うことで、自分で食べていましたけど」
「Ⅰ、か。なら、この近くに『魔術師』の奴の『神の楽園』っつうのが近くにあると言うことだな」
なら、まず様子を見るなら、『魔術師』のとこか?
久々にあったら、なんて言ってくるだろうか。
罵詈雑言? それとも知らないフリ? もしくは口も利かず、攻撃での挨拶の可能性もありうるが……まぁ、どうにでもなるから、大丈夫か。
となると、『神の楽園』とやらには、恐らくだが……。
「なぁ、『神の楽園』には、どんな奴が住んでいるんだ?」
「『神の楽園』にですか? あそこには、アルカナ様たちによって、選ばれた者たちが住まう都市となっています。強者や才能ある者……そういった天才たちが集いような場所です。それも『神の楽園エデン』に住む人たちはアルカナ様たちによって、特別な力が授けられていると言われています。村や町では、そんな人たちを『アルカナの遣い』なんて呼んでたりします。ついでに言いますと、『Ⅰ』のアルカナ様のところでしたら、『Ⅰ』の印を持つ者たちが集っています。『Ⅱ』であれば、『Ⅱ』の人達が」
「ふ~ん……」
『アルカナの遣い』なんて、至高の存在みたいな言い方してくれるな。
アイツ等、聞こえはよくしているつもりだが、やっていることは眷属化だろう。
確かに俺たちが力を授けることで、強大な力を得た人を生み出すことができる。
別に眷属化が悪いこと、というわけではないが、アイツ等がこの管理世界で、それを作る意味がわからない。
眷属を作る理由は一体何か?
単に自分たちが至高の存在であると証明するためにだろうか?
もしくは天使の様なものでも作っている?
または至高の存在なのだから、眷属はいて当然と思っているから?
どれもこれもあり得そうな話だが、一番あり得そうなのは、俺に対する対抗策。
アイツ等だって、俺の印を持つ奴が生まれてきているのは知っているハズだ。
俺がその存在に気付いて、こっちの世界に戻ってくる可能性があると考えて。
だからこそ、その印を持つ者たちと合流される前に人々に迫害させるような口実を作ったり、人の深いところ―――本能や魂と言ったものに、迫害することが、淘汰することが当たり前なのだと刻み込んだりして、排除しようとしたのだろう。
まぁ、それでも間に合わないだろうと考えたアイツ等は俺が現れるその日まで眷属を作り続けた。
俺が現れた時、そいつ等を使って、俺を消し去るために……。
「……ハァ。考えててなんだが、なんか悲しくなってきたな。一番あり得そうだから余計に」
「ふ、フール様? 急にため息をつかれて、どうしたんですか?」
「いや、元仲間共の俺に対する扱いに少し悲しくなってただけだ」
まぁ、俺も殴ってやる、なんて考えてたりしてたが、向こうはもっと酷い。
もし、俺の仮説が正しかった場合、次会った時は一発殴るじゃなくて、タコ殴りにしよう。
泣いても、絶対やめてやらねぇ。
心に固くそう決意した。
「あの、それでフール様。質問は以上でしょうか?」
「ん? そうだな。ある程度は知ることが出来たし、十分かな。もう夜も遅いし、さっさと寝るとしようぜ」
そう言って、俺はあの時倒したヘルハウンドの毛皮を取り出そうとした時だ。
「あの、それじゃ、次は私からいいですか?」
「ん? なんだ?」
大体予想つくけど、一応聞いておこうと思う。
リリネは片膝をつき、首をたれる。
「才能がある、とは胸を張って言えませんが、これでも狩りをしていたので、それなりに腕に自信はあります。だから、お願いします。どうか、私を貴方の遣いにしてください」
だろうと思ったよ。
あの話の流れから、そうなるのは自然だと思う。
それにコイツは村から逃げ出してきた、と言っていた。
帰る場所だってない。
だからこそ、コイツは冷静を装っているが、内心は必死で俺に縋りつこうとしているのだろう。
まぁ、出会ったからには見捨てる、なんて気分が悪くなる様なことはする気はない。
だが……それでも。
「それがお前の意思なのか?」
「ハイ、私の意思です。私の意思で、貴方に仕えたいんです。だから、どうか、私を」
「その場しのぎの発言だったりしねぇか? 最初は村を飛び出した時のことを考えてたけど、俺から真実を聞かされて、その考えは全てダメになった。なら、この後はどうすればいいのか? 生きていけばいいのか? この人に縋りつくことしかないと考えた結果なんじゃねぇの?」
「ッ! た、確かにそうです。だけど、生きていくにはそうしないと……!」
「お前は『自由』に生きてみたかったんじゃねぇのか?」
「あ……」
俺に言われて、ハッ! としたリリネの目は泳ぎ始める。
最初は復讐、なんて考えたりもしていたんだろうけど、死ぬ間際に思ったことが、その復讐への考えも塗り潰しているだろう。
まぁ、可能性の話だけど。
リリネは少しの間、迷った様に目を泳がせてから、まっすぐと俺を見てくる。
「確かに私は『自由』に生きてみたいです。今まで村で、この印を持っているだけで忌み嫌われ、親にも捨てられ、碌に出歩くことも許されず、辛い生活を送ってきました。だから、逃げ出して、自由を得ようとしました」
「なら、俺についてきたら、お前の自由なんざねぇよ。俺のやりたいことに付き合うことになるんだからな」
「だけど、このまま逃げ出せても、結局はいつかは見つかり、同じ生活が待っていると思うんです。なら、私の本当の『自由』を手に入れるには、フール様。貴方についていくことが一番の『自由』を手に入れられるんじゃないかと思うんです」
「……」
「それに貴方の遣いとして、ついていくかどうかは私の意思の『自由』なんじゃないですか? その『自由』は拒否するんですか?」
「……ハァ」
まさか、そう言われるとはな。
こういうの、論破って言うんだっけ?
確かにそれもリリネの『自由』だな。
俺は軽く笑い、笑みを浮かべながらリリネを見る。
「お前の『自由』は確かに聞いたぜ。俺はあまり眷属……いや、ここじゃ遣いか。まぁ、それを作る気はなかったんだが、気に入ったよ。よくよく思えば、案内役も必要だったしな。だから、いいぜ。認めるよ、お前を」
「フール様……!」
「それに才能があるとは言えない、なんて悲観する必要はねぇよ。俺の印を持っていると言うことはこの世界の『管理』に疑問を持ち、『自由』を望んだから、だけじゃない。それはお前に色々な『才能の可能性』がある、ということだからだ」
「え……?」
「俺が持つ『愚者』のアルカナには『自由』の他に『可能性』なんてもんがあるからな」
俺は手を開き、リリネの前に差し出すと、四枚のカードが出現する。
そのカードにはそれぞれ小アルカナである『ソード』『コイン』『カップ』『ワンド』が描かれている。
「じゃあ、始めるか。眷属化を」
俺はニヤッと笑みを浮かべながら、そういった。