愚者と狼少女
―――暇だ。
どれくらい、この何もない空間に閉じ籠っただろうか。
太陽も月も、昼も夜も来ない世界なので、時間がわからないのも当たり前なのだが。
俺———フール・ゼロ———は自身が寝転んでいたベッドから起き上がると、指を鳴らす。
その瞬間、後ろにあったベッドは消滅。
後、残っているのは真っ暗な空間の中に俺という人が一人だけ。
「う~ん、自分から閉じ籠っておいてなんだが、一人だけの生活は飽きてきたな」
アイツ等がやろうとしている世界に比べれば、こっちの方がまだ自由だと思い、引き籠ったわけなのだが、ダメだな。
この何もない空間———『虚無空間』———について、まずしたことは睡眠だ。
眠る時は『タロット』を生み出す際にそれなりに力を使い、睡眠もとれてなかったので、結構な時間眠れるだろうな~、なんて考えてはいたのだが、いざ眠ってから起きるまでは一瞬だった。
一体どれほど眠っていたかは知らないが、感覚からして、そんなに眠っていないのは確かなハズだ。
そして、起きてからは体を動かしてみたり、遊具などを生み出してみたりもしたが、一人でやるには虚しすぎて、すぐにやめたわけだが。
その後も色々と創造し、やってみたわけだが、気が乗らず、最終的にベッドだけが残り、好きな時に眠り、ボーッとするだけの日々を過ごしていたわけだ。
「……まぁ、でも、そろそろ何か行動を起こすか。眠りから覚めた時に感じ取ったこの気配、気になるしな」
そう、虚無空間に閉じ籠り、最初の眠りから目覚めた時に俺の力に似た気配を感じ取ったことがあった。
最初は気のせいだろうと思っていたが、日に日に増えていく気配に、気のせいではないと言うことを理解する。
俺の力に似た気配の正体は恐らく、アイツ等が話していた人々を管理するための『祝印』とやらのものだろう。
俺自身、そんなものはくだらないと言って、アイツ等を笑ってから、『タロット』を去ったわけだから、俺の『祝印』なんて生まれるハズがないんだけど……考えられることはただ一つ。
―――あの世界に疑問を持ち、『自由』を望む者が生まれていると言うこと。
『タロット』を生み出す際に、少なからず俺自身も創造の際に力を貸した。
その際に『タロット』には、俺の情報と力が残り、世界の在り方に疑問を持った者に俺の力が与えられたのだろう。
まぁ、いずれはそうなるだろうと思っていた。
俺が居ても居なくても、世界の在り方に疑問を持ち始める者はその内生まれてきただろう。
さて、そこから問題なのはアイツ等が俺の印を持つ者たちが生まれたことにどう思うかだ。
俺自身『自由』を司る『アルカナ』だから、俺の印を持った者はどういうことか、アイツ等は理解しているハズだ。
管理から外れた存在は自分たちが管理する世界にとっては邪魔でしかないハズ。
「……大体予想がついてきたな」
迫害をさせるか、何なら処分するくらいのことはしそうだな。
とは言え、あの世界との関係を断った以上、俺には関係ない……と、言いたいところだが。
「少し様子を見に行ってみるのもありかもしれねぇな」
特にやりたいことがあるわけではないし、様子を見に行くくらいなら、アイツ等もぶつくさと何か言ってくることはないだろう。
それに俺が何をしようと、俺の自由だしな。
そうと決まれば、早速転移するか。
俺は転移するための魔法陣を展開し、どこに出るか、と考えていた時だ。
―――あぁ……でも、一度でいいから、『自由』に生きてみたかった。
魔法陣の先……いや、俺との繋がりを持って聞こえてきた声。
俺はその声に反応し、考えるよりも先に体が動き、魔法陣へと手を伸ばしていた。
「なら、生きればいいじゃねぇか。お前が思い描く様に、好きなようによ」
伸ばした手は毛に覆われた何か……獣らしきものの首を掴む。
俺はそのまま前へと歩き出し、魔法陣を潜る。
魔法陣を潜った先にいたのは『悪魔』の奴が生み出したであろう魔物と『戦車』が生み出した人種、蒼い毛並みを持つ獣人族の少女がいたのだ。
☆
そして、現在。
助けた獣人族狼種の少女、リリネと共に焚火を囲んでいた。
元々飛び出した時間帯が夕暮れ時。
そして、彼女は傷だらけだし、『愚者』の印を持つ者であるため、見捨てるわけにも行かず、結果、治療と情報収集ということで今の状況に至る。
まぁ、傷もそこまで深くはないから、焚火を用意するのと魔物が寄ってこない様に結界を張り巡らせるのを先にさせてもらったけど。
「そんじゃ、安全も確保できたことだし、まずは傷を見ねぇとな」
「あ、ハイ。お、お願いします。アルカナ様」
アルカナ様……ね。
何処か畏まった物言い。
それに俺に対する視線……恐怖が入り混じっているな。
どういうことなのかはわからないが……大方、アイツ等があることないこと言いふらして、俺を悪者にでも仕立て上げたんだろうな。
いや、まぁ、アイツ等を笑いながら出ていったんだから、向こうからすれば悪者かもしれないが。
とりあえず、俺は彼女の傍へと移動し、そっと手を向ける。
その行動だけでも、ビクッ! と震えるのだから、少し悲しい。
まぁ、そんなことは置いといて、魔法陣を展開。
リリネの体を淡い光が包むと同時に傷がみるみるうちに消えていき、最終的には噛み跡など元からなかったかの様になくなる。
まぁ、ついでに元からあったであろう『痣』や『打撲痕』、『火傷』などなどの様々な傷も治しておいたけど。
彼女自身は自分の傷が癒えたことを確認し、それと同時に古傷が消えていることにも気付いてか、驚いた様な表情を浮かべて、こちらを見てくる。
「その……古傷もなくなっているのですが、もしかして」
「ん? あぁ。ついでにな。とは言っても、俺の場合は傷が全てなくなる様考えただけだ。だから、お前の古傷が消えたのは偶然でしかねぇよ」
「考えて、魔力を流すだけで古傷まで治せるなんて……! 普通、回復魔法を使ったとしても、治療はできても、傷跡が残ることだってあるのに、それを簡単に……。流石、アルカナ様です」
またアルカナ様……ね。
一応、名前を教えたハズなんだけどな。
俺は少しため息をついてから、リリネへと視線を向ける。
「あのよ、そのアルカナ様っていうのやめねぇか? 一応、俺は名前を名乗ったんだ。そっちで呼んでくれた方がいいんだけど」
「あ、すみません。せっかく、名前を教えていただいたと言うのに、アルカナ様とばかり……それではフール様とお呼びした方がいいでしょうか? それとも、ゼロ様?」
「好きな方で呼んでくれて構わねぇけど、その様付けもやめてくれね? 俺、そう呼ばれるの苦手なんだけど」
「いえ、そういうわけにはいきません。貴方は私の持つ『0』のら……印を授けてくれた御方です。それなら、敬意を持って接するのは当たり前のことです」
「……印、ね」
別に俺から与えたつもりじゃないんだけどな。
そんなことを思うが、口にすることなく、薪を火の中へと放り込む。
まぁ、敬意を示すとは言っているものの、彼女から感じ取れるのは畏れだ。
敬意を示す様な態度をとることによって、俺の機嫌を損ねない様にしているっていう感じだな。
そこらへんの話をまずは聞き出してみるとするか。
その前に恐怖心を取り除く必要があるか。
俺への恐怖は恐らく、アイツ等が根も葉もない話をでっち上げたことにあるかもしれないからな。
その話を聞き出すためには、まずは俺への恐怖心をなくすことが必要だ。
俺は薪を二本手に取ると、リリネの方へと向ける。
まずは驚かせてみることから初めて、こちらへの感情を関心へと変えてみることからだ。
「リリネ、手品を見せてやるよ」
「テジナ……? テジナ、とは何でしょうか?」
マジかよ。この世界に手品ってないのかよ。
まぁ、確かに『魔術師』によって、魔法がある世界になっているんだから、手品なんて流行らないだろうし、やることもないだろうけど。
まぁ、今からやるのも俺の『能力』を使ったやつだから、手品もクソもないんだけど。
「まぁ、とりあえず。まずはこの薪をよく見てろ。コップに変えてやるから」
「え? この細い枝をですか? もしかして、錬金術で……? いえ、ですが、そうだとしても、無理ですよね? この枝ではコップになるほどの太さでも、大きさでもありません。錬金術ではとても」
「誰が錬金術って言ったよ。手品だって言ってんだろ」
まぁ、手品でもないんだけど。
そう思いながら、二本の薪を見て『能力』を使用開始。
力が二本の細い枝へと流れ込み、それは形を変え始める。
二本の細い枝はみるみる形を変え始め、元の質量などを無視するかの様にコップへと形を変え始める。
そうして出来上がっていく二つの木製のコップを、リリネは驚愕し、すぐに興味津々という様に目を輝かせながら食い入る様に見てくる。
「あの枝が、本当にコップに変わり始めてる!? 一体どうして……。これがフール様の言うテジナ? まさか、錬金術を超える様な何か特別な技術? 元の質量を無視して、行使できるなんて」
色々と考察を開始しているところ悪いが、特別な技術も何もない。
そうこうしている内にコップは完成、俺が指を鳴らすと、コップの中に湯気が立っているミルクが出現。
その光景も目の当たりにし、次は目を白黒させ始める。
「こ、これは一体どういう……。フール様が指を鳴らしただけで、温かいミルクが」
「まぁ、こんなもんか。ほら」
理解が追いついてないだろうリリネにすっとミルクの入ったコップを一つ差し出す。
リリネは脳の処理が追いついていないためか、渡されたコップを無意識で受け取り、一口飲む。
ミルクを飲んだリリネはホッ、と一息ついて、リラックスした表情を浮かべた後に、何かに気付いたかの様にハッとし、立ち上がり始める。
「あ、あぁ……! わ、私、フール様からいただいたものを礼も言わずに……そ、そのお許しを!」
土下座しそうな勢いで深々と下げられる頭に俺はため息を吐く。
「別に気にしてねぇから、顔上げろよ。俺、そういうの嫌なんだって」
「で、ですが……」
「そういう畏まった口調もやめてくんねぇか?」
「いえ、そういうわけには」
「……あぁ、わかった。じゃあ、丁寧語……年上に接する様な感じでいいから」
「……わかりました。フール様がそういうのなら、そうしますね」
それでも、様付けは抜けないんだな。
意外と頑固者だな、この子。
そんなことを思いながら、お互いミルクをちびちびと飲み始め、二、三分は経っただろうか。
彼女からの恐怖心が和らいだのを能力で確認し、口を開く。
「そんじゃ、まぁ、幾つか質問させてもらうけど、大丈夫か?」
「ハイ、大丈夫です。私に答えられるものだけになりますが」
「それでも結構だよ。それじゃ、まずは『タロット』で、俺のことはどう言い伝えられているのか、教えてもらってもいいか?」
俺のその一言にリリネはコクリと頷いた。