プロローグ
一応、管理される世界に叛逆して、自由を手に入れる的な話のつもりで書いていきます。
プロローグはヒロイン視点で、展開されます。
「ハァ……! ハァ……!」
何故、私はこんなことになっているんだろう。
私は今、木々が生い茂る森の中を獣人族の、最速を誇る狼種としての足を生かして、駆け抜け、後ろから追ってくる存在から逃げていた。
一体どれくらい走っただろうか。
息をするのも苦しく、足が千切れそうなほど痛い。
やっとの思いで、あの場所から逃げ出せたのに……どうして。
「うあっ!?」
土の中から飛び出していた木の根に足を取られてしまい、走った疲れから受け身を取ることができず、前のめりに転んでしまう。
「うぅ……」
早く立たなきゃ、逃げなきゃ……!
頭ではそう理解できていても、限界を迎えていた体はいうことを聞かず、立ち上がろうとしても体は震え、四つん這いになろうとしても、すぐに倒れてしまう。
「グルル……!」
「ッ!」
後ろから聞こえてきた声に反応し、振り返る。
そこにいたのは口から炎をチラつかせる狼の様な、犬の様な姿をした怪物———ヘルハウンド———が迫ってきていた。
周りにはヘルハウンドの子分であろう黒い毛並みをした犬の様な怪物———ブラックドック———が数匹で、私を取り囲んでいた。
私は自身に迫る危機で、心臓の動悸が早くなるのを感じながらも、何とか仰向けになり、襟首を掴んで、下へと動かし、胸元の肌が露わとなる様にする。
そこにあったのは『0』と書かれた『祝印』。
『祝印』———この世界『タロット』を生み出したとされる神をも超えた存在と言われる『アルカナ』によって、10歳になる時に与えられる『祝福の印』。それを略して『祝印』
Ⅰ~ⅩⅩⅡまでの『祝印』が存在し、その数字の通り、21人のアルカナによって与えられるもの。
それぞれ何かしらの適正を表しており、その刻まれた『祝印』によって、自分の今後が決められる。
Ⅰを刻まれたのなら、魔法に長けた存在に。Ⅱを刻まれたのなら、学者などに。
こういった感じに分けられ、この先の運命を『アルカナ』によって与えられる印。
だが、10歳を迎えた私に刻まれたのは、本来なら存在するハズのない『0』の『祝印』。
『0』の『祝印』———否、『烙印』と呼ばれるこの数字。この印を持つ者は世界に破滅と厄災をもたらしたと言われる『アルカナ』から与えられた恐ろしき印。
何故、私にその印が刻まれたのかはわからない。
ただ、疑問に思うことがあった。
子供の頃から何故、『祝印』で自分のこれからを決定づけられるのだろうか、と。
自分でやりたいことをしたいとは思わないのだろうか、と。
周りの人達を見て、ずっと不思議に思っていた。
この世界を崩壊させようとした者から与えられた印だからこそ、この世界の在り方に疑問を持ってしまったんだと思う。
そして『0』の『烙印』を持つ者は伝説によって、この世界を崩壊させようとした『アルカナ』の者の遣いという理由で『忌み子』や『化け物』と呼ばれ、蔑まれ、迫害され、虐められてきた。
私を産んだ優しい両親ですらも、私に『0』が刻まれたと知った途端、迫害に加担して。
だからこそ、私は嫌で数年、村の人達を観察して、隙を見て村から何とか逃げ出してきたのに、村から出た瞬間、怪物と遭遇し、今に至ってしまった。
でも、私には怪物に対する秘策はある。
それこそがこの『烙印』と呼ばれる『0』の印。
伝説によれば、本来『アルカナ』の人達は全てで22人存在しており、その内の一人———私の持つ『0』のアルカナの人———が、この世界に厄災をもたらそうとした。
それに気付いた最強の『アルカナ』の人が、他のアルカナを率いて、その『0』のアルカナの人を葬り去ったと言う。
葬り去る前に、その『0』のアルカナの人は叫んだ。
『許すものか! 貴様らが創造したこの世界を! 貴様ら同胞を! 例え、我が身が朽ちたとしても、我が魂は! 意思は死なぬ! どれだけ時間をかけてでも、貴様らの生み出したこの世界! 貴様ら同胞を! 殺してみせる! 殺してや……る……!』
と、呪いめいた言葉を残して死んだと言う。
だが、その憎しみによって、その血肉から、魂から、怪物が生まれ、アルカナの者たちが生み出した人々を滅ぼそうとしている。
だからこそ、この『0』の印はきっと、怪物にとって意味のある物に違いない。
もしかしたら、従えることだってできるかもしれない。
もし、従えることができるのなら、そうやって戦力を集めて、あの村に復讐だって……!
「待って! 怪物たち! この印を見なさい! コレが何か、貴方達にはわかるでしょ!?」
私は貴方達の同胞だと、仲間だと、証明する様に見せる。
貴方と同じ『0』によって、生み出された者だと。
「私は貴方達と同じ存在よ! だからこそ、私の話を聞いてほ「ガァ!」……え?」
言葉を遮る様に聞こえてきた獣の様な声。
それと同時に感じるのは右肩から流れ込んでくる鋭い痛みと液体の様なものが流れ出る感覚。
ヘルハウンドに嚙みつかれていることに気付くのに、そう時間はかからなかった。
「あ、ああああああぁぁぁぁ……!」
殴られることには慣れていた。刃物で傷つけられることは慣れていた。魔法の実験体にされることも慣れていた。
ある程度の痛みは耐えれる自信はあった。
それでも、この痛みは……初めてで、噛みつかれていると言う事実と食われると言う恐怖から声にならない声が出てきてしまう。
「な、なんで……! 貴方は私と同じ『0』の」
『グルルルル……』
周りのブラックドックたちが自身たちのリーダーが私に噛みついたのを確認してか、距離を詰めてくる。
「ひっ……! ど、どうして! わ、私は貴方達と同じ存在の」
そこまで言った瞬間、右肩の血肉が、骨がメキメキ! と悲鳴をあげ始める。
ヘルハウンドが食い千切ろうとしているのを理解すると同時に感じ取れる痛みに私の頭はいっぱいいっぱいとなってしまう。
「あ、あぁ……! 嫌、やめて! 食べないで! 死にたくない! まだ死にたくない! 私はただ、村での扱いが、暮らしが嫌で、やりたいことがあって! やっとの思いで逃げ出してきたのに……! あああああ!」
どれだけ言葉を紡ごうと、ヘルハウンドは聞く耳を持たず、むしろ逃げられない私で遊ぶかの様にゆっくりと噛む力を強めて行っている。
まるで、どれだけ耐えられるのか、試すかの様に。
私は振り解こうと無事な左手を動かそうとして。
「ガウッ!」
動かす前に聞こえてきた一つの鳴き声と左手から感じる痛み。
見てみるとブラックドックの一匹が私の左手に噛みついていたのだ。
涎を垂らし、ヘルハウンドが私を殺すのを待ってられないと言わんばかりに。
その一匹を皮切りに、他のブラックドックも近づいてくる。
「あぁ……! あああぁぁぁぁ……!」
嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か……誰か助けて。
死にたくないよ……誰か。
「あああああああああ!」
私の願いを無視するかの様に他のブラックドックたちが足を、腕を、体へと噛みついてくる。
痛い痛い痛い痛い!
ヘルハウンドは部下たちが他に噛みついてを確認してか、私の肩から口を外すと、こちらを見てくる。
ゆっくりと大きく口を開く。
痛いハズなのに、不思議と死が近づいているのだとわかると、考える余裕ができてきたのを感じた。
あぁ……私、ここで死ぬんだ。
こんなことになるくらいなら……村から逃げ出さなければよかった。
まだ、あそこにいた方が生きていけるチャンスはあったかもしれないのに。
あぁ……でも、一度でいいから、『自由』に生きてみたかった。
「ガァッ!」
私はゆっくりと目を閉じて、死を覚悟した時だ。
―――なら、生きればいいじゃねぇか。お前が思い描く様に、好きなようによ。
男の人の……声?
それもこの感じ、頭に直接語り掛けてきてる?
「ガッ……!?」
いきなり聞こえてきたヘルハウンドの短い悲鳴に反応し、ゆっくりと目を開くと、私とヘルハウンドの間に魔法陣が展開されており、その中から一本の腕が伸びてきていて、私を喰い殺さそうとしてきていたヘルハウンドの首を掴んで止めていた。
私自身、何が起きているのか理解できず、目を白黒させていると、周りのブラックドックたちが私から口を離し、離れているのがわかる。
もしかして、いきなり現れた魔法陣に驚いて?
「ガッ……! ガアァ……!」
ヘルハウンドは首を掴む腕から逃れようと藻掻いている様だけど、逃げ出せないでいる。
むしろ、ヘルハウンドの首を掴む腕が力を入れ始めているのか、メキメキ! とヘルハウンドの首から嫌な音が聞こえてくる。
私自身は今、目の前で起きていることに未だに思考が追いつかず、理解できないでいる。
ただわかることはある。
もしかして……私は助かったの?
「まぁ、そうなるだろうな。お前は運がいいな。どこに出ようか悩んでた俺に、お前の願いが道を示してくれたんだからよ」
どこに出ようか、悩んでいた?
一体、この人は何を言ってるの?
魔法陣の中から聞こえてくる声に首を傾げていると、ゆっくりとその中から腕以外の姿が露わとなる。
世界『タロット』では滅多に見ることのない綺麗な黒髪。血の様な、それでいてルビーを思わせる様な真紅の瞳。そして、見たことのないフードが付いた上着を着た青年が姿を現したのだ。
青年は魔法陣の中から抜け出すと、手の中で暴れるヘルハウンドを軽々と持ち上げ、笑みを浮かべてみせる。
「ヘルハウンド、ねぇ。結局アイツ等、完全で完璧な世界だとか言いながら、魔物を生み出してるじゃねぇか。大方『世界』の野郎が『悪魔』の奴にでも、命令したんだろうが」
一体、この人は何を言っているんだろうか?
ワールドとか、デビルとか、言っているけど、一体どういうこと?
「まぁ、それは後で調べりゃわかるか。今はお前たちが先だな」
ヘルハウンドの首からボキッ! という音が聞こえてくる。
軽い口調で喋りながら、軽々とヘルハウンドの首を折った……!?
ヘルハウンドの首を折れるのは鬼族や龍族と言った力自慢か、岩をも片手で砕けるほどの腕力を持つ人くらいのハズだ。
つまり、彼にはそれほどの力があるっていうこと……?
青年は絶命したヘルハウンドを投げ捨て、ブラックドックへと視線を向ける。
視線を向けられたブラックドックたちはリーダーであるヘルハウンドを殺されたからか、自分たちでは勝てない相手だと悟って、その場から逃げる様に走り去っていく。
「助かった……本当に助かったんだ」
助かったことによる安堵からか、目から涙が溢れ出し、零れ落ちる。
あ、そうだ、お礼を言わなきゃ。
私はすぐに涙を拭い、何とか立ち上がると、胸元にある印を見られない様に腕で隠す様にして、青年へとお辞儀する。
「あの、助けてくださり、ありがとうございました!」
「別に礼を言われるほどの事はしてねぇよ。ここに道を開いて、邪魔な奴がいたからぶちのめした。その結果、お前を助ける形になっただけなんだからよ」
「いえ、それでもです。結果として、私は助かったんですから。あ、私はリリネって言います。よかったら、お名前を聞かせてもらえませんか?」
青年は私から名前を聞かれて、少し考える素振りを見せてから、『まぁ、いいか』と呟いて、名を名乗る。
「俺の名前はフール。フール・ゼロ。知っているかどうかはわからないが、嘗てナンバー『0』、もしくは『愚者』と呼ばれた者だよ」
「え……?」
その一言に私は驚きを隠せないでいた。
だって、つまり、この人があの伝説の……アルカナの『0』?
ここから私と―――私達『0』、『愚者』の印を持つ者たちの主、フール様の世界を巡る物語が幕を開けた。