求人と旦那様の心配事
お城で働きたいという話をして数日、お仕事から帰ってきたクリストファー様は、一枚のチラシを持っていた。
「出てたぞ、求人。」
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スタッフ大募集!
シャボンの良い香りに包まれる、素敵なお仕事です!
初心者でもカンタン踏むだけ、揉むだけ、お洗濯!あなたもお城でお洗濯チームの一員になりませんか?
仕事内容:洗濯係
資格:男女ともに健康な方 ※未経験者OK
給与:時給950〜1050エンケ
勤務時間:10:00〜16:00
休日:シフト制(週休2日)
制服貸与、ボリューム満点、食堂利用可!
沢山のご応募、お待ちしております!!!
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「わぁ、本当に求人広告だ……。」
異世界とは思えない、見たことある感満載の求人広告になんだか苦笑してしまう。……そういえば、ここは漫画の世界なんだし、何でもアリなのかもね?
「求人広告だもの、当たり前だろ?……で、どうする?本当に働きに行くのか?……応募するなら紹介状を書いてやるが……。我が家で働いてた元・使用人って事にして。」
「やる!やります!……だって洗濯係って、きっと王族とかの物も洗いますよ!王族付きのメイドさんなんかと話せるかも知れませんし、これは理想の職場です!」
私が興奮気味にそう言うと、クリストファー様は顔を顰めた。
「あのな……。洗濯係は辛いと思うぞ?水は冷たいし手も荒れる。嫌だろ……そんなの。……本当に本気なのか?」
「本当に本気です。……ほら、見て下さいよ、クリストファー様。ここに、初心者でもカンタンって書いてあります!きっと、なんとかなりますよ。」
明るくそう言ってみたが、クリストファー様は渋い顔のまんまだ。
結婚して数日だが、クリストファー様について分かった事がある。……クリストファー様はなんと言うか……エルフのような美麗な見た目だが、中身は……ガキ大将なのである。
ガキ大将……つまり、あれだ。
ドラえもんに出てくるジャイアン。
すごーーーく綺麗なジャイアン……。
そうと分かれば、転がすのは割と簡単なのである。
つまりは、下手に出ておけば良いのだ!
「お願いします。……どうか紹介状を書いていただけませんか、カッシーニ伯爵……。」
クリストファー様が座るソファーの足元に座って、哀れっぽく見あげる。……イメージは……暇を出されて困りはてる可哀想な使用人……。
ガキ大将なら、これはほおってはおけないですよね?
「……な、なんだよ、それ。」
「暇を出された哀れな使用人風でお願いしてみました。」
「……。」
あと一押し???
「ねえ、伯爵様……だめ???」
上目遣いのままクリストファー様の膝に手を置いて小首を傾げる。次のイメージは、前世で実家にいた猫が「チュールちょうだい」ってアピールしてくる時の、可愛すぎるおねだりポーズだ。
そんなポリアンナ史上最大級の、あざと可愛いおねだりアピールをしてみたが、クリストファー様は無表情になると、立ち上がってしまった。
あ、あれ……?
やっぱり、私レベルじゃ……ダメ?
可愛くて可哀想で、おもわず助けてあげたくなったり……しなかったんですか……ね?
「おい、ポリー……。立て。」
「は、はい?」
「……ポリーは色々とけしからんので、今から罰を与える。……俺が紹介状を書いている間、お前はそこで空気椅子をしていろ。」
「えっ?!な、なんでっ?!」
「鍛えるんだよ!働きに行きたいんだろ?……いいから、黙ってやれ!!!」
?!?!
ど、どうして???
無事、紹介状は書いて貰えそうだけど、次の日、太腿が酷い筋肉痛になりそうなんですけど?!
◇
「名前だが、さすがにポリアンナはまずいと思うんだ。……顔は知らなくても、名鑑にはお前の名前がレイチェルの義理の妹として載っているし……。だからポリーにしておいた。」
「ありがとうございます。」
親しい人はみんなポリアンナでなくポリーって呼ぶし、下手な偽名と違って、呼ばれて「誰それ?」なんてなってバレたりしないから良さそうだ。
あとは、これを求人広告の部署に送って……!
「あと……結婚指輪はしてけよ。」
「ええっ?何でですか?……高価な物だし、洗濯しに行くんですよ?そうしたら、なくしたり、汚れたりするかもです。せっかくピカピカしてるのに傷になるのも嫌です!……それに、クリストファー様だって、お仕事に行く時は指輪してないじゃないですか。」
「俺は……そういう部署なんだよ!!!……受付はさぁ、見た目がウリで接待がメインの部署なんだぞ?綺麗ドコロに奥さんがいたら、なんか興醒めだろ?」
……受付……どんな部署なの?!
公設キャバクラ……いや、ホストクラブ?!
「な、なんか、モテそうですね……。」
「当たり前だ。俺だぞ?……あー……でも、心配するな。受付が担当するのは国内外の要人がメインなんだ。だから、ぶっちゃけオッサンしか来ない。……つまり指輪なんかしてなくても、浮気なんかしないから、安心しろ。」
ニカッと笑ってそう言いますが……。
それはそれで不安な気がしますよ、クリストファー様……?
「あの、でも私、浮気なんてしませんよ?……そもそもが、そんなに美人でもないし、モテるとは思えませんから。」
「……あのさ、ポリー。お前は美人がモテると思ってるのか?」
「え……?」
「やっぱり俺、ポリーを仕事にやるの不安になってきたわ。……こっち来い。」
クリストファー様に手招きされて側に行くと、何故か抱き寄せられた。
「なんですか……?」
「なんとなく?……夫婦だし。スキンシップは必要だろ?」
まあ、そうなのかも知れない。
なので私もクリストファー様の背中に手を回してみた。
--なんか……落ち着く気がする。
お姉様が処刑されて、お母様とお義父様は遠い領地に行ってしまった。……私が頑張って作ってきた、仲良し家族は消えてしまい、もう誰も私を抱きしめてくれないと思っていた……。
でも、私には……クリストファー様がいる。
成り行きで結婚したけど、目標は同じだ。
確か前世で聞いた話によると、夫婦は同じ方向を見て進めるのが良い関係になれるって聞いた事がある。
ならば存外、私たちは良い夫婦なのかも知れない……!
「ポリー……良く聞け。城の風紀は乱れてる。城勤めの貴族どもが、使用人に声をかけて遊ぶのは、良くある事なんだ。そんな場合、声をかけられるのは……いかにも遊んでそうで割り切って楽しめそうなタイプか、ポリーみたいな、しっかりしてない騙しやすそうなタイプの二つに分けられる。」
「……え???……私、しっかりしてますけど……?」
だって転生者だし。
なんとなくだけど、前世も記憶ありますから、とてもしっかりした18歳だと思うのですが?!
だけどクリストファー様はじっとりとした目で私を睨む。
「していない!お前は絶対にしっかりしていない!……だいたい……しっかり者はそんなヘラヘラしてない!」
「ヘラヘラなんかしていません!」
「してる。……お前、目が合ったり都合が悪くなると、とりあえずヘラッと笑うだろ?……そーゆーのだよ!!!」
「ええっ?……ブスッとしてるより良くないですか?愛想良くしとけば、そんな美人じゃない私だって、感じ良く見えるかなって思うのですが?」
前世の記憶にある限り、普段から愛想は良くして、困った時は曖昧に笑って誤魔化すのが、人に好かれたり、カドを立てないですむ、大人の処世術だよね???
「だからさ、そういうんだよ!……お前、なんで今まで社交の場に出ないで済んだか知ってるのか?」
「えっと、出たくないですって、お義父様にお願いしたからです。」
「ああ、それもある。……だけどな、出したくなかったんだよ、クロノス伯爵も夫人も、レイチェルも!」
……え。
「お前はさ、そうやって何かとヘラヘラしてるだろ?嫌な事があっても、ハッキリ嫌とも言わないで……。普通、貴族のご令嬢はもっとツンと澄ましてるもんなんだ。町娘だって、もっとシャンとしてて隙は見せない。嫌な事はキッパリと拒絶する。笑顔は見せるが、そういう隙だらけのヘラッとした顔は、よっぽど親しい者にしか見せないのが普通なんだよ!……クロノス伯爵は嘆いていたんだ。お前のエスコートを依頼するたびに、そのお相手が勘違いしてお前に求婚してきてかなわないって……!」
「え?ええっ?!……私がエスコートしてもらったのって、お義父さまのご親戚の方とか、古いご友人とかの、おじさまばかりですよ?!」
「だから始末が悪いんだろ?!……『あの子は俺に気があると思うんだ。妻に話を付けるから、妾として迎え入れてやりたい……。』なんて、オヤジ達を何人も勘違いさせて言わせてたら、クロノス伯爵だってお前を外に出したくなくなる……。伯爵はお前を大切にしてたし、ちゃんとした家に嫁に出す気だったから、なおさらだ。……レイチェルも心配してたんだぞ?!『ポリー、嫌な事はハッキリ嫌と言いなさい?』って注意しても、『お姉様、大人ってのは嫌な事も、笑ってスルーするもんなんですよ!』とか言ってドヤって、やめないしって……!」
……。
え。えーっと……?
あ、あれ???……も、もしかして……笑って誤魔化すのって、ダメな感じだったの?
そういえば……海外だと、日本的な曖昧な態度はあまり良くないと聞いた事があったかも……!
……。
見上げると、すぐ間近にクリストファー様の真剣な顔があった。
--うわっ。ハグしてるから当たり前だけど近っ!!!なんか……今更ながら、なんかすごく恥ずかしくなってきちゃった……。
思わず、ヘラリと笑ってしまい、ハッとする。
「だからさ……、その顔だよ!……さっきも、やたらと媚び媚びでお願いしてきたり、ポリーはいちいちあざといんだよ!!!……いいか、前にも言ったように、俺は嫉妬深い。仕事するにしても、結婚指輪は絶対にしていけ!そして誘われたら『私には、めちゃくちゃカッコいい旦那さんがいて、ベタ惚れなんでゴメナサイ。』って、本当の事を言って断るんだ。……いいな。」
「は、はい。」
「めちゃくちゃカッコいい旦那さん」ってさぁ……。
クリストファー様のジャイアン節が、なんだか可笑しくて、思わず笑みが溢れた。
「だから、そうやって曖昧な笑みを浮かべんなって言ってるんだよ、俺はっ!!!……マジで、それ……勘違いされるんだからな?!」
そして、私の頬をギリギリっと抓る。
「い、いたい、痛いですっ!!!……そもそも、クリストファー様は旦那様なんだし、勘違いも何もないじゃないですか?!可愛くおねだりしたり、気の抜けた笑い方しても構わないでしょう?!」
「お前な……!そうやって、旦那になら誰にだって媚を売るのか?!」
「いたたたた……。抓るのやめてくださいよぉ!……『旦那になら誰だって』って、何ですか?!色々とおかしいですよ。私の旦那様はクリストファー様だけです。クリストファー様に好かれたいって……それもダメなんですか???」
「あっ……!」
私がそう言うとクリストファー様は慌て手を離し、気まずそうな顔になり、プイッと横を向いてしまった。
私の旦那様は……なんだかちょっと……可愛い人かも知れない……。
でも……。
愛想笑いが勘違いさせるからダメって……?
もはや条件反射やってるコレって……気をつけて、出さないとかって出来るものなのかなぁ???
私は一抹の不安を覚えたけれど、口には出さなかった。
だって、クリストファー様に「やっぱり働きに出るのダメ!」って言われたら困ってしまうしね。