大好きな人とする苦労
「さっきも言ったが、俺はレイチェルがそんなに金品に執着するタイプだったとは思えないんだ。確かに質素ではなかったし、美人なだけあって装うのは好きだったが……。本当に処刑される程の金額を、王子に貢がせただろうか……?」
クリストファー様に言われ、お姉様の事を思い出す。
ものすごい美人だったお姉様は、クリストファー様という婚約者がありながらも、様々な殿方からプレゼントなどが送られて来る事がよくあった。
中には高価な物もあるようだったけど、それらは決してお姉様が「ねだって」贈られたものではなかったし、あまり嬉しそうにはしていなかった。
そして、失礼になってしまうからと言って、売ったりメイドに下げ渡す事も出来ず、大半はクローゼットに押し込めて、そのままにしてたっけ……。
あ!
押収された物の中に沢山あった見たことのないアクセサリーは、そういう物もあったのかも……。
「そう……ですね。お姉様は自分のスタイルにこだわりがありましたから、趣味でないアクセサリーなんかは喜びませんでした。……お菓子やお花の方が素直に喜んでいた気がします。」
「そうなんだ。……俺は婚約者だったから何度かそういったものを贈ったが、レイチェルが好きな物を選び、俺が支払うシステムだった。……なら、王子に高価な物を買わせていたんじゃないかとも思えるが、レイチェルが気に入るかどうかは値段じゃなかった。自分に似合うか否かで……気にいるものは、そんなに多くなかったんだ。」
そうだ……。
お姉様は、そういうタイプだった。
私の、このドレスを仕立てくれた時も、とにかく拘りまくって……。高い安いや生地の良し悪しより、肌や髪の色が映える色味か、体のラインを綺麗に見せるか?という事にとても煩かった……。
「そうなると、やっぱりお姉様は王子様に貢がれたりしていないんじゃないでしょうか。……本当は、王子様が別の事でお金を横領して、罪をお姉様に擦り付けた……?」
「うん、俺もそれは思った。アルフレッド殿下は処刑を免れているしな。……とはいえ、修道院とは名ばかりで、牢獄みたいな所に幽閉されてしまったし、王位継承権も剥奪されてる……社会的には抹殺なんだよな……。」
「……でも、殺されてないじゃん!!!」
思わずカッとなって、私は怒鳴った。
「横領がバレて、処刑されたくなかったんですよ、きっと!!!それでお姉様に罪を擦りつけて!……だって生きてさえいれば、何かチャンスがあるかも知れないじゃないですか?!だ、だから……!!!それで……!!!……なんて人なのっ……!!!」
「お、おい!ポリー、落ちつけ!……いいか?とりあえず今のは仮定の話だ。……王子がレイチェルに罪を擦り付けたと決まった訳じゃないんだ。……それに、証拠がなければ、どうにもならない。……ほら、深呼吸だ、ポリアンナ。」
クリストファー様はそう言うと、そっと私の背中を撫でてくれた。……少しだけ気持ちが落ち着いてゆく。
「証拠……。でも、どうやって?……私はお姉様が王子様を騙してお金を横領させたって事しか聞かされていません。……せめてもう少し、横領の詳しい内容が分からないと……。」
「……うん。だから、俺はこれからそれを調べようと思ってる。俺は、王宮で働いてるしな。まあ、そういう部署ではないのだけれど……。とにかく、色々と調べてくるから、こうして一緒に考えて欲しい。こうして話すと頭も整理できるし、励みになると思うんだ。1人だと頑張り続けるのも限界があるから……。」
「はい……!……ところで、クリストファー様って、伯爵様なのに、王宮で働いてらっしゃったんですね?」
爵位のある人が王宮で働いてるって、珍しいのでは?
普通は、爵位を継ぐまでとか、次男三男なんかが働きに出ているイメージなんだけど……?
「まあな。……受付だけど。」
えっ、受付……?
「……門番なんですか?」
「違う!……受付だ!……要人なんかが王宮に来た時にお迎えしたり、お待ちいただく場所にご案内したり、アポイントを確認したり……まあ、そんな仕事だ。顔が良きゃ採用してもらえる。俺は顔だけはイイからな!……しかも給金が良い、なかなか美味しい職場なんだ。」
「へええ……。そうなんですね……。」
……そんなお仕事があるんだ……。
あれか、前世で言うところの受付嬢の男バージョン……?
まあね、この世界だとご令嬢方は働かないのが普通だから、綺麗ドコロが男性になるのは仕方ないのかも?いくら美人でも、王宮に来る要人の受付に町娘を置くわけにもいかないのだろうし……。
「ああ、そう言えば俺は、結婚したのにポリーにあまり自分の話をしていなかったな……。えっとな、カッシーニ家は、数年前までものすごく貧乏だったんだ。派手好きの父が死んで俺の代になって、だいぶ切り詰めて今はずいぶん持ち直したけど……。金に困ってた頃に働きに出されて、今も続けているんだ。金はあるに越した事ないからな。」
「そ、そうなんですか???」
お姉様の婚約者だったし、いつも身綺麗にしてて……クリストファー様には貧乏なイメージがまるでないんだけど?お屋敷だって、やや小さめだけど、綺麗に手入れされてるし……。
「昔の話だ。今はそうでもない。」
それって、クリストファー様が、立て直したから?
数年で?……すごい、よね?
「父は、馬鹿で金にダラシない男だったんだ。借金しなかったのだけが救いだよ。……俺とレイチェルを婚約させたのも、裕福なクロノス家からの持参金や支援が目的だ。レイチェルの母は、実の兄の頼みを断れなかったんだろう。伯爵は反対したそうだが、我儘で押しの強い父に、『どうせ女では後継ぎに出来ないのだから』と言われ、結局は押し切られたらしい……。」
「あ、あの。クリストファー様のお母様は?」
「俺の母は、俺を産んですぐに死んだよ。レイチェルも早くに母を亡くしたし、それもあって俺たちは気が合ったんだ。……まあ、レイチェルを可愛がって育てたクロノス伯爵と、そうでもなかった俺の父は雲泥の差だがな。」
そうだったんだ……。
かなり苦労されてたんだな……クリストファー様って……。
「だから、カッシーニ家を完全に立て直せたら、レイチェルとの婚約は解消しようと思っていたんだ。本当は俺の代になった時に、そうしようとしたんだが、レイチェルが『保険にまだ婚約しときましょう?立て直せなかったら困るじゃない?』って言ってくれて……。まあ、レイチェルは無駄に美人だったから、虫除けに俺と婚約してたってのもあるのだろうけど……。あ!虫除けと言えば、忘れてたな!」
クリストファー様はそう言っと、思い立った様にベッドから飛び降りて、サイドテールの引き出しを漁り始めた。
どうやらクリストファー様は整理整頓が苦手みたいだ。引き出しにはゴチャゴチャと物が詰め込まれており、目的の物が見つからないのか、ガサゴソとガラクタを出し入れしている。
--何でお菓子の空き箱が寝室にあるのかな?
寝ながら食べた?……ま、まさかね?
それにしても、何を探してるんだろ?
「……???」
「あった!……やっと見つけた!……昨日買って、ここに閉まったのに、ずいぶん奥の方に入り込んでいた。……ほら、ポリー……結婚指輪だ。」
ポイっと指輪ケースを私に投げてよこす。
クリストファー様って、見た目はエルフみたいで透明感のある綺麗さなのに、何ていうか……雑だよね。
「ありがとうございます。」
「よし、付けてみろ。サイズはクロノス夫人から聞いているから合ってると思う。」
私は自分でケースを開け、自分で指輪を自分の指に嵌めた。……サイズはピッタリ。だけど……なんだろ、ロマンチックは欠片もない。
まあね、お互い愛のない結婚だもの、仕方ないけどさ。
「ピッタリだな!……なかなか似合うぞ、ポリー!」
クリストファー様はそう言うと私の手を取って、嬉しそうに笑いながら、自分の手を見せてきた。
スラリとした細い指には私の薬指にあるものと同じデザインの指輪が嵌められている。
「あれ?!……いつの間に?」
「ああ、ポリーが指輪を嵌めているときに、俺の分も出てきたから嵌めたんだ。……なかなか良い指輪だろ?奮発したんだ!……これで名実ともにポリーは俺のモンだよな……。いい虫除けになる!」
???
「クリストファー様の虫除けですか?」
やっぱり受付嬢?って花形っぽいし、男性でもナンパとかされちゃうのかな……?
クリストファー様って、ほんと美人さんだもんね……。
「はあっ?!……ポリーのだよ!」
「ええっ……?私?!……私に虫なんて集りませんよ?本当の虫なら寄ってくるかもですが……。そもそも、外で働いている訳でもありませんし……。」
そこまで言って、私はハッとなった。
「クリストファー様!……私もお城で働きます!どこか、どこかで求人出てませんか?!」
「は?……働くって……?!……ポリーがか?」
「はい!……私、殆ど社交の場に出てなかったので、誰も私の顔を知らないし、町娘のフリをして、お城のお掃除係や下働きのメイドとして雇ってもらえないかなって思ったんです!……一人よりも二人の方が、色々な情報が集められそうじゃないですか?!」
……私はただのご令嬢じゃない。前世の記憶がある転生者だ。働く事に抵抗はないし、お掃除係とかなら、出来ると思うんだよね?
もしかしたら、王族付きのメイドさんと知り合いになれるかも知れない!……何か噂話を聞けるかも……!
「いや……でもな……。」
「でもじゃありません。さっきクリストファー様は使用人を信用していないと、ご自分でおっしゃってたじゃないですが。……きっと王宮のメイドや使用人たちもそうです。悪気なく立ち聞きして、悪気なく噂してます……!」
「でも、妻を働かせるなんて……。クロノス伯爵にも、ポリーに苦労などさせないと誓ったし……。」
クリストファー様はそう言うと渋い顔で首を横に振る。
「クリストファー様、私たちは結婚したんです。もう夫婦なんですよ。夫婦とは、楽しい時や良い時だけでなく、苦しい時や辛い時も一緒に進んでいくのだと、お母様はおっしゃってました。……だから、お母様は大変だと分かっていても、お義父様に付いて領地に行くんです!……大好きな人とする苦労は苦労じゃありませんから……!」
お母様はお義父様を支え進んで行くと覚悟を決めた。
再婚だけど、今やお母様はお義父様を愛しているのだと思う。……あの時、私はしみじみと感じたのだ。
お父様が亡くなって、泣いてばかりいたお母様。
なのにいつしか、お義父様と穏やかに笑う様になっていた。お義父様もいつも優しい眼差しをお母様に注いでいて……。
仲良し家族になっても、お姉様を救う事は出来なかった。
だけど。
家族が仲良く過ごせた事で、お母様は病まなかったし、お義父様は家族をほったらかしにはしなかった。だからきっと、二人の心は……少なからず救えたんだよね?
どうかお母様……お義父様とお幸せに……!
私がそんな事を考えていると、クリストファー様が驚いた顔で私を見つめていた。
???
「……え。ポリー???……お前……。……俺が大好きなのか?」
「へ……?」
「今、大好きな人とする苦労は苦労じゃないと言ったろ?……まあ、気持ちは分かる。俺は非常に顔が良いからな。」
「えっと……???」
言った……言ったけど、それはお母様とお義父様の事で……。
「まあ、良い。大好きな俺の為に苦労をしたいって言うなら、させてやろう!……城で求人があるか聞いてくる。一緒に頑張ろうな!」
クリストファー様はそう言うと、機嫌良さげに笑った。
--なんか違うけど、ま……いっか……。
そう思って曖昧な笑みを浮かべると、クリストファー様は急にスンッと真顔になってしまい、深ーーーい溜息を漏らした。
……んんん???