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そして、はじめての夜

私を抱き上げて寝室まで運んだクリストファー様は、私を雑にベッドに放り投げると、自分の首元にあるタイを緩めた。


--え。ちょっと……?

色々と処理が追いつかないんですけど……?


「ちょ、ちょっと待ってください!!!私にも、心の準備ってものがありましてですね……!それに、クリストファー様の妻として、これからお世話になる使用人さん達にも、まずはご挨拶をしたいですし……!」


迎え出てくれたのに、使用人さん達にご挨拶もなく寝室に直行ってのは如何なものかと……!


「挨拶など必要ない。我が家の使用人は心得てる奴ばかりだからな。……しかし、ポリー。俺の妻になった自覚があるなら、なぜ『待て』などと言うのだ?……務めを果たすべきだろう。この期に及んで心の準備が出来ていないなど、怠慢だな?」


「え……。」


「結婚に同意したのだから、当たり前だろう?……俺はこの家の当主として、世継ぎが必要だから、お前と結婚してやったのだぞ?」


--そ、それは……。

ごもっとも……なのですが……。


なのですが……。


……。


なんだが鼻の奥がツンとする。


--泣いたら、またガキ臭いとかって言われちゃうかな。


何だかそれは少し悔しい気がして、私は奥歯を噛み締めた。


「わ、わかりました。……よ、よろしくお願いします……。」


覚悟を決めて、ベッドにバサっと倒れてギュッと目を閉じた。色気とかないかもだけど……知らないよ、これが限界です。


ギシリとベッドが軋むと、私のすぐ側でハァーっと大きな溜息が聞こえた。


「……馬鹿者、冗談だ。いちいち泣くな。ほんとガキだな。」


「へ……?」


目を開けると、クリストファー様が私の腕にある黒いリボン……喪章に手を伸ばし、辛そうな顔でそれを撫でていた。


「……今は何より、レイチェルの事が先だ。俺たちの結婚については、それを解決してから改めて考えるとしよう。な?……俺は基本、我が家の者でも使用人を信用していないんだ。悪気があるとは思っていないが、ふとしたきっかけで何か話を漏らすかも知れないからな。だから余計な話は聞かれたくない。……なら二人きりでレイチェルの事について話すには、さっさと寝室に籠ってしまうのが一番だろ?だから連れてきたんだ……。」


「そ、そうだったんですね……。」


ホッと息を吐くと、デコピンがバチンと額に入った。


「い、痛ったーーー!!!な、なにするんですか、いきなり!」


「いや、なんとなく……?あからさまにホッとされると、イラッとくる。まぁ、いい。……俺は……好物は最後まで取っておくタイプだしな。」


???


えーっと……?


なぜいきなり好物をいつ食べるかの話が始まったのかな???


あ!自己紹介的な???


クリストファー様とは一応は夫婦になったし、お姉様の事で協力しようと言う話にはなったけど、確かに、お互いの事はよく知らないものね……。


「私は、好物は最初に食べるタイプですね!」


「……ほう。」


「なぜならですね……ます最初に、お皿の中から一番好きなものを食べます。次にまたお皿の中で一番好きなものを食べて、また次……そうして食べていくとですね、最後まで好きなものを食べた事になるんです!……なんかお得だと思いませんか?……ちなみに、わたしが一番好きな食べ物はイチゴなんですよ?」


「……。なるほど、色々な考え方があるんだな。……お前はイチゴが好きなのか。ならば、食事に出すように言っておこう。……しかし……。何でいきなり食い物の話になるんだ???……お前、もう腹がへってるのか?さっきご馳走を食ってきたばかりだよな?しかも、嫁いで来るなり好物を要求とか……すごい食い意地だな?」


クリストファー様はそう言うと、クククッと笑始めた。


「は……?え?」


……最初に食べ物の話を始めたのって、クリストファー様の方だよね???私、お腹空いてないし!!!自己紹介しただけだし!!!……な、なんで笑われてるの、かな???


「レイチェルの言ってた通りだ。……ポリーは……本当に……面白い……。レイチェルはよくお前の話をしていたんだ……。……俺はそれを聞いて……。……。なあ、少し肩をかせ。」


クリストファー様はそう言うと私の隣に寝転び、肩に顔を埋めた。


「えっ?……あ、あの?!」


「いちいち騒ぐな!……妻なら肩ぐらいかせ。……俺にだって、レイチェルを偲ぶ権利がある!……異性としての愛ではないが、俺だって……レイチェルを愛していた……。ガキの頃から……ずっと一緒で……。あいつは……俺の……大切な……妹分で……っ……。」


生暖かいものでドレスの肩が濡れていく。


……。


私は黙って、銀糸の様に美しいサラサラの頭を抱き寄せた。







「あまりにもポリーに胸が無くてビックリした。」


暫く私の肩に顔を埋めていたクリストファー様は、顔をあげると真顔で私にそう言った。


「え……。」


「ほら普通、頭を抱かれたら胸が当たるだろ?……お前にはそれがなかった。つまり……驚くほどにお前には胸がない。大丈夫か、それ???えっと……女で合ってるよな???」


「は、はいっ……???」


--もしや喧嘩、売ってます?


いやね、確かにあまり大きい方ではありませんが、あんまりな言い方では……?!

さすがにデリカシーがなさすぎるんじゃありませんかね、クリストファー様?!


……。


そう思ってクリストファー様を睨みつけると、彼の目がまだ赤い事に気付き、私は文句を飲み込んだ。……ついでに、なんだか耳も赤い。


--もしかして……泣いたの、恥ずかしかったのかな?

クリストファー様って、ものすごーくプライド高そうだし……。


フフフ……。なんかちょっと可愛いかも?


「おい、なにニヤけてる。胸がないと言われて喜ぶとか、頭、おかしいんじゃないか?」


「よ、喜んでなんかいませんよ!……あ、あの……。そろそろ、お姉様の……話、しませんか。」


「ああ、そうだな……。」


クリストファー様はそう言うと、のそりと起き上がった。





「ポリーは、今回のレイチェルの騒動についてどこまで知っている?」


私たちはベッドボードに寄りかかって座り、話を始めた。


「え、えーっと。……実はあまり良く知らないんです。そもそも私、ほとんど社交の場に出てませんでしたから……。」


そう、私はクロノス伯爵家から社交界デビューはさせてもらったのだが、あまりそういった場に出る事は控えていた。


……だって、養子だし……。

結構、お金もかかるみたいだし……。


本当は騎士爵の娘なのに、伯爵令嬢を名乗るのは、なんだか図々しい気もしちゃって……。


それに、お姉様と違って私には婚約者が居なかったから、夜会なんかに出るとなると、誰かにエスコートをお願いする必要があって、それもなんか……微妙なんだよね。


もちろん、そういう手配はお義父様がやってくれるんだけれど、家格とか釣り合いとか……一応こんなでも年頃の娘なので、信用できるかとか……とにかく色々とあるらしくて、調整に苦労してるっぽいのを知っちゃって……。


そうしたら、必然的に足が向かなくなってしまったんだよね。


「……そうだったな。お前とはあまり社交の場では会わなかったものな……。……では、俺からザッと説明するな。」


「はい。」


「レイチェルが付き合っていたと言われていたのは、この国の第一王子だった、アルフレッド殿下だ。……ちなみに、この国には殿下の他に、第二王子のブライアン殿下、第三王子のセドリック殿下、3人の王子が居る。」


「アルフレッド殿下……。」


必死で漫画に出てきた王子様を思い出そうとするが、絵柄が頭に浮かぶだけで、悪役ヒロインであるお姉様に誑かされる王子様の名前は出てこない……。


あの漫画の中で、王子様は本当のヒーローでは無いので、存在感は薄めなんだよね。


……王子様は、悪役令嬢の努力や健闘むなしく、悪役であるヒロインに心を奪われてしまう。


だから、それを救う真のヒーローは別にいて、それが確か第二王子だったはず……。


確か、失意の悪役令嬢を真のヒーローが救って、二人でヒロインと浮気王子の横領を暴き、「ざまぁ」するんだよね……?


第二王子はブライアン殿下とかいったか……?

言われてみると、ヒーローはそんな名前だった気もする。


……。


「ちなみに、その第一王子の婚約者というのは、ヘンリエッタ・ダフニスという、ダフニス侯爵家の御令嬢だ。」


ヘンリエッタ……!

こっちはバッチリ聞き覚えがある!


そうだ、主人公……悪役令嬢の名前は、そんなだった!


……と、言うことは……。


「あの、今、ヘンリエッタ様はどうされているのですか?」


王子様は追放され、お姉様は「ざまぁ」され処刑された。……つまり今、ヘンリエッタ様は……第二王子のブライアン殿下と結ばれてハッピーエンドで過ごしているんだよね?


……。


漫画を読んだ時は、ヘンリエッタが幸せになったのが嬉しかったけど、今はすごく憎たらしい……。


「……苦労、してれば良いのに……!」


思わず、恨みの言葉が漏れてしまう。


「あれ?……ポリー、意外と耳が早いのか、お前は。」


「え?」


なんの事だろう???


私が首を捻ると、クリストファー様は言った。


「なんだ、やっぱり知らないんじゃないか。噂でも聞いたのかと思ったよ。……どうやら、ヘンリエッタ嬢は今は療養されているらしい。なんでも、精神的疲労が強く人前に立てる状態ではないそうだ。」


え……?

待って、漫画でそんな描写、あったかな?


悪役令嬢は悪役ヒロインであるお姉様を「ざまぁ」して、浮気者の王子様と別れ、スッキリ、サッパリ、本当のヒーローと結ばれてハッピーエンドになってるはずなんじゃ……???


「え?……何でそんな事に……?」


「何でって……。婚約者だった王子の浮気やら、友人だと思っていたレイチェルの裏切りに、果ては処刑だ。婚約者だった王子だって、療養と言う名の幽閉だし……。あまりの事に心を病んでしまったんじゃないか?……まあ、普通の神経ならそうなるよな……。」


……。


……言われてみれば、そうかも。


いくら真のヒーローが登場しだからって、浮気も裏切りもショックだよね?その上、長年の婚約者が幽閉されてしまったり、裏切られたとはいえ、友達だったお姉様が処刑されてしまったら……普通なら……笑って……「ざまぁ」なんて思えないかも……?


「……。た、確かに……。浮気されたら悔しいけれど、処刑されるのを望む程ではありませんよね。」


「まあそうだな。……浮気されたら、俺なら、もう二度と外には出してやらないし、お仕置きするが……処刑は違うよなぁ……。相手にもそこまでは望まないのが普通だと思う。まあ、俺なら完膚なきまでに叩きのめしてやるがな!……あ。そんな訳だから、ポリーは気をつけろよ?俺はかなり嫉妬深いし、執念深い。……妻の浮気は認めないぞ?」


???


「あ、あれ?……クリストファー様は、お姉様の浮気を認めていたのでは???」


「はぁ?当たり前だろ?……妹が誰と付き合おうが、幸せになるなら、目くじら立てるかよ。……だがなポリー、お前はダメだ。お前は俺の妹じゃないからな。……それはさておき……今回のレイチェルの処刑は、王子とレイチェルの浮気がどうこうって事より、横領での方が大きいらしい。……どうも、かなりの額が消えたらしいんだ……。」


……横領。


お姉様は……王子様を誑かし、そんな事を本当にしたのだろうか?





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