どうしてこうなったとしか言えない
馬車がガタゴトと揺れている。
私の向かいにはクリストファー様が足を組んで座り、何かの書類をずっと読んでいる。
どうやら私たちは結婚したらしいから、もしかしたらそれ関係の書類なのも知れない……。
--どうして、こんな事になっちゃったんだろう?
私は馬車の窓から夕陽に染まる風景を眺めて、溜息を吐いた。
いつの間にやら結婚していた私は、現在クリストファー様にお持ち帰りされている。
……まあ、お嫁さんになったんですものね、そうなりますよね……。
お母様もこの件はご存知だったらしく、ちょっと豪華なお食事を4人でして、クリストファー様が暇を告げる頃には、ご丁寧に私の荷物が纏められていた。
そして、お義父様とお母様に涙で「ポリー、幸せになるのよ!」「幸せにしてもらえよ!」などの言葉と共に見送られて……今に至る。
何なの、この急展開?
そう思わなかった訳でもないけど、二人はきっと少しでも早く私をクリストファー様に託したかったのだろう……。
お姉様の処刑を受けて、屋敷には嫌がらせの手紙や投石などが相次いでいた。
それだけではない。
あと少しでお義父様の代わりに、お義父様の弟さんがあの屋敷に入られる。
弟さんは……お姉様がこんな事をしでかしたのはコブ付きのお母様なんかと再婚したせいだと思っているフシがあり、私たちは、会うたびに暴言を吐かれていた。
だけど……私は弟さんの気持ちも分かる。
名家と言われいたクロノス伯爵家は、もはやガタガタだ。それを弟さんは、なんとか立て直していかなくてはならない。弟さんにもご家族がいる。
だから……何かに当たりたくなっても、仕方ないのかも知れない。
そんな訳で、この速やかすぎる結婚は、私を渦中から逃すためでもあるのだろう。
でも……私は……。
どんなに嫌な目に遭っても、お義父様とお母様と一緒にお姉様の死を悼んでいたかった。この痛みを共有できる人はとても少ないから……。
たとえどんなに周りの人たちからは「ざまぁ」な処刑でも、私たちにとってお姉様は愛する存在で……。あれは処刑ではなく、私たちにとっては……お姉様を殺されたも同然なのだ。
そもそも、私はお姉様が本当にそんな事をしたのかって事すら疑っていて……。
……。
ちなみに、終始静かな笑みをたたえていたクリストファー様だが、お義父様とお母様が馬車から見えなくなった辺りで笑みを消した。そして、無表情になると持っていた書類を確認し始めてしまった。
もしかしたら、内心は怒ってるのかも知れない。
まあ……そうだよね。
クリストファー様は何も悪くないのに、お姉様のせいで人生を狂わされてしまったんだもの。
その挙句、お姉様とは似ても似つかない(まあ、血が繋がってないんだから当たり前だけど。)、そんなに美人でもない私をお嫁さんにするしかなくなっちゃって……。
うん、ムスッとしちゃうのも仕方ないかも……。
かくいう私だってクリストファー様はなんか苦手だ。
だからまあ……おあいこってヤツかも知れない。
窓から視線を戻し、書類を見つめるクリストファー様を眺める。
こうして見ると、従兄弟だったと言うのもあって、クリストファー様はお姉様とお顔立ちが似ている気がする。お姉さまは美しいストロベリーブロンドだったけど、それを銀色の髪すると……。
うん、ソックリかも。アメジストのような美しい紫色の瞳はソックリ同じだし、お伽話のエルフのような、透明感のある整ったお顔立ちで……。
「……俺の顔に何かついているか?」
書類を見ていたはずのクリストファー様が不意に顔を上げた。
……あれ???……「俺」???
さっきまでは自分の事、「僕」って言ってませんでしたっけ???
口調もなんか……荒い???
「あ、あの……。なんか……お姉様と似てるな……って。お顔を見ていました……。」
私がそう答えると、クリストファー様は舌打ちした。
--えっ???
し、舌打ち???今、舌打ちしましたよね?
伯爵様が、舌打ち???
ポカンとクリストファー様を見つめると、彼は皮肉めいた笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「ああ、似てるんだ、俺たち。……レイチェルは母親に似ていた。俺はレイチェルの母親の兄である父にソックリなんだ。……父とレイチェルの母はそっくり兄妹。つまり俺とレイチェルもソックリって訳だ。……なのに婚約させるとか、狂気だよな。……自分と同じ顔した女とヤレるかよ。」
クリストファー様はそう言うと、読んでいた書類を乱雑に座席に置き、長い足を組み直す。
--あ、あれ???
なんか、めちゃくちゃ態度悪くない?クリストファー様……。
「え?……えっと???」
クリストファー様って……こんなキャラ……でしたっけ???あんまり私とは交流は無かったけど、たまに我が家に来ると優等生風の好青年で……?ご挨拶するといつも笑顔で返して下さって……?
も、もしかして……こっちが地なの???
なんだか態度が演技っぽかったのって、これを隠してたから???
「レイチェルも似たような事を言っていたんだ。『どう頑張っても、お互い兄妹みたいにしか思えないわよね?』って……。だから俺たちは、浮気というか、他の異性に興味を抱く事に関しては、お互いに許し合っていた。」
「は、はぁ……。」
そ、そうだったんだ。
だからお姉様は、クリストファー様と仲が悪くなかったのに、浮気していたのか……。
「だけど、俺は許せない!」
「……え。」
「俺にとって、レイチェルは実の妹みたいなものだった。俺は、自分の大切なものを害されたら絶対に許さない……!たとえ、相手がどんな奴でも、だ。……レイチェルは嵌められて殺されたんだと俺は思っている!」
「……クリストファー様……?」
「ポリー……。俺は処刑の日にお前が人目も憚らず泣いているのを見て、お前もレイチェルの死を悼む、数少ない人間だと知った。……なあ、レイチェルは、処刑されるような奴だったか?!」
クリストファー様はそう言うと正面から私を見据える。
「それは……。それに、お義父様やお母様も悲しんでおりましたよ?」
「ああ。……だが、クロノス伯爵はもう保身が入っている。弟に譲るクロノス家、お前の母親、それからお前……残された方を守る気持ちが強いんだよ。純粋にレイチェルの死だけを悼んではいない。……彼は愛情深くて利口だからな。……お前の母親もだ。レイチェルの事は悲しんでいるが、大切なのは実子のお前の未来と、クロノス伯爵とのこれからだ。二人とも嵐が去るのを待って、もはや事を荒立てる気なんかないのさ……。」
それは……。
言われてみると……そうなのかも知れない。
お義父様は悲しみに暮ながらも、この先もお母様となんとか暮らしていけるようにと動いていたし、私の嫁ぎ先を探してくれたり、弟さんに家を譲るための手続きなんかも進めていた。
お母様も悲しんではいたけれど、お義父様と領地に行く為に荷物を減らしたり、不要な物を売って換金したり……。
私がクリストファー様の元に行く為の荷物だって、作ってくれていた。
そうか……。
二人はもう、悲しみは胸にあっても、お姉様の死を終わりにして……先に進もうとしているんだ……。
ああ……そうなのかも知れない。
きっと生きて行くにはそれが正しい……。
だけど……。
不意に涙が溢れてきた。
……私はそんな簡単に割り切れないよ。
悲しくて、先なんて何にも考えられない……。本当にお姉様が悪かったの?本当にそんな事をしたの?ってそればかりで……。
レイモンド様はポケットからハンカチを取り出すと、私に投げてよこした。
なんか雑だ……。ありがたいけど。
「使え。いちいちメソメソするな。……大人ってのはそういうモンだ。割り切ってでも、生きてく事を優先して前に進む。」
「は……はい。」
「だけど、俺は……お前のバカみたいな、ガキくさい悲しみ方も悪くないと思う。」
--ガキくさい……ですか。
私、前世の記憶がなんとなくあるから、18歳の割には大人だと思うんだけど?
クリストファー様はお姉様と同じ歳だったから……21歳か……。
大人っていえば大人だけど……。
「自分だって、そんな大人じゃないじゃん……。」
……あ。
し、しまった!
お姉様の事を悲しむ気持ちを馬鹿にされ、思わず口から本音が漏れちゃった……!
クリストファー様は私をギロリと睨んだ後に、ニヤリと笑った。
な、なんか……ものすごーーーく、悪い顔、してる……。
「俺は大人だ!……だから、前に進まねばならない!」
そう言うと、私の頬をギリっと抓る。
「いたたたた……!痛いです、クリストファー様!ごめんなさい、訂正します。大人、大人です!!!」
「だが、俺はクロノス伯爵達みたいに、心にしまって終わりになんてしない。……俺はやられたらやり返す。そうしてケリをつけて、先に進んでやる。……だから俺に協力しろ、ポリー。……俺はな、信用できる手先が欲しかったんだ。」
「え……?」
離してくれたけど、抓られたほっぺがジンジンする。
顔を上げると、クリストファー様の綺麗なお顔が間近にあった。
「なあ、ポリー。お前は、レイチェルが横領したと本気で思っているか?……王子に貢がせたって何をだ?全て押収されたそうだが、元々、クロノス家は裕福だった。だからドレスや宝石だって、それなりに持っていただろ???……俺は婚約者だから、レイチェルをエスコートする機会は多かった。レイチェルは容姿が目立つから、確かに派手には見えた。だが、特別高価なドレスなんか着てはいなかったと思う。あいつは、いつも平均的な伯爵令嬢の着るような仕立てのドレスを着ていたはずだ。……アクセサリーだって、殆どがコスチュームジュエリーばかりだったはずだ。……押収された物を、お前たちは事前に確認したのか?調査を鵜呑みにしすぎてないか?」
私はクリストファー様を見つめる。
……そうだ。
美人だったお姉様が身につけると、何でもよく見えた。
安いドレスだって、高そうに見えたし、レプリカの宝石だって、本物にみたいに煌めいて見えて……。
私たちは、お姉様のものが押収されていく時……それらはみんな高価で本物なんだと思っていた。だから、本当にお姉様がやったんだと……。
だけどそれらは、あっという間に全て持ち去られてしまって……?
「あ……!」
「もちろん、恋人だったというなら、王子の奴が渡した物もあったかも知れない。残念ながら王子との関係は俺は良く知らないから何とも言えないが。……しかし、死罪になる程の額をレイチェルは貢がれていただろうか?俺はそうは思っていない……!」
ガタリと音を立てて馬車が止まる。
どうやらクリストファー様のお屋敷に到着したようだ。
ドアを開けてクリストファー様が馬車を降りる。
「ポリー、俺と一緒にレイチェルに何があったのか探らないか?……結果、本当にレイチェルが悪女だったというならだ、悲しいがそれでも諦めはつく。……だが、違ったのなら?……俺はレイチェルの汚名をそそぐ!!!」
そう言って伸ばされた手を、私は掴んだ。
世界に色が……少しだけ戻ってきた気がした。
「は、はい!」
「よし、なら決まりだ。」
クリストファー様はそう言うと、馬車から降りた私をいきなり私を抱き上げる。……お姫様抱っこという奴だ。
「え???」
「ん???……どうかしたか?」
「あの、突然なんで抱き上げられたのかと???」
「そんなの、新婚だからだろ?……新郎が新婦を抱いて玄関をくぐるのは、お決まりのイベントだよな?」
「えーっと……私たちは……協力者で……???」
「まあ、そうだが……その前に夫婦だ。俺たちは結婚したんだ。そしたらまあ……どう考えても、これから初夜だろ???」
いつの間にか、夕陽は沈みきっており……夜が訪れていた。