私たち、子づくり解禁なんですか?!
クリストファー様が部屋から出ていくと、お姉様はクスクスと笑いながらソファーに腰を落ち着けた。
「ポリー、色々とありがとう。」
「いいえ、お姉様。私は何も……。ほとんどはセドリック殿下がした事ですし、私はクリストファー様にも励まされてばっかりで……。」
「でも、私を信じていてくれたわ。……それが嬉しいの。」
「お姉様……。」
喜びで胸がいっぱいになっていると、お姉様は私に言った。
「さあ、そうしたら私はそろそろ休ませて貰うわね。今日は朝から色々あって、疲れてしまったの。だからもう私の事は大丈夫よ。……これからポリーはクリスと過ごす為の準備もあるでしょうし……頑張ってらして、ねっ?」
お姉様はそう言うと、少し意味ありげに笑った。
「え?……準備?頑張る???」
私がキョトンと聞き返すと、お姉様は首を傾げた。
「……あら?違うの?」
「???……私たち、お姉様の事を解決したら、夫婦としてのあり方を考えようって前に話していたので、この後、このまま夫婦で居るか否かの話しをするのだとは思いますけど……?」
準備とか頑張るとかって、なんかちょっと……違うような……?
「ええっ?……な、なんで???貴方たち、離婚しちゃうの???ま、まさか、本当はポリーはクリスが嫌いだった?仲良くやってるように見えていたけど……?!ねぇ、クリスじゃ、ダメ……?わかりにくいけど、クリスはとても優しいのよ?!ポリーの事は絶対に大切にするはずなのっ!!!」
「えっ?!……い、いえ!ダメって訳では……。その……お互いの未来への方向性を確認し合うとでも言いますか……。」
私だって離婚は……したくない。
クリストファー様とこのまま夫婦でいたいし、クリストファー様もそう望んでくれたらって思う。
……とはいえ、最初に約束したし、お互いに意思を確認する必要があるとは思うんだよね……?
「ああ、なるほど!!!……なら、同じことじゃない!もう!驚かせないでよ!未来への方向性とか、まわりくどいわねー!つまりは、今日から子づくりを解禁するかどうかって話しでしょう?……さあさあ、それならやっぱり旦那様のために準備してらっしゃいな!……嫌だわポリー、直接言わせないでよ!なんか、恥ずかしいわぁ。」
--え?……ええっ?!?!
お姉様は機嫌良くそう言うと、私の背中を押して……部屋から退出させられてしまった。
◇
お姉様の「子づくり解禁」というパワーワードにやられ、私は所在なく寝室をウロウロと歩いていている。
……。
だって……なくとなく……私はお姉様の話が腑に落ちていた。
……言われてみればだけど、クリストファー様は別荘を買おうかとか、これから一緒にバカンスしようとか、未来の話を前からしてくれていた。
つまりそれって、はなからクリストファー様は離婚は視野に入れてなかったんじゃ……???
そもそも、後継が欲しいって……一番最初に言ってましたしね。
つまり、夫婦のあり方を決めるってのは、結婚を継続するかどうかではなく……私に、子供をつくる決心をしてもらう……そういう事だったんじゃないかな?!
……。
もちろん、それが嫌だって訳じゃありません……。だって、私……お姉様の事が解決しても、クリストファー様と一緒に居たいですし……。
い、いえ。本当の事を言いましょう。
私は……クリストファー様が、好きなんです!!!
辛い時期にクリストファー様はずーっと一緒に居て、寄り添ってくれたんです。……そんなの、好きになるに決まってるじゃないですか?!
暗闇に落ちそうになる私を、何度も救ってくれたんです。……そんなの、惚れるに決まってるじゃないですか?!
つまり……今夜は……やぶさかではないのです!!!
ポリアンナは………………やる気満々なのです!!!
……。
なんだけど………………ねぇ……。
……。
でも、そうしたら……こういった場合、どのようにして旦那様を待つべきなのでしょうか?
……。
先程、念入りにお風呂には入りました。……準備は万端といえば万端です。
そして、いつもの様にパジャマに着替えてはみたのですが……私はそこで、ハタと気付いてしまったんです。
このパジャマ……本当にアリなの?って……。
……。
実は最初の頃、私の夜着はメイドさんが用意してくれた、ちょっぴりセクシーなネグリジェでした。
しかし、クリストファー様が「ネグリジェはポリーが腹を冷やすからやめろ。」って言って廃止してしまって……。
それ以来、私は男性ものの、あったかパジャマ(多分、サイズ的に少年用……。)を愛用中なのです。
……。
ど、どうなんでしょうか……これ。
それでなくとも、私は普段から、各方面から少年扱いされています……。
しかもですよ……このパジャマの正しい着用方法はトップスをボトムにインするんです。……もちろん今も、そのように着用しています。ウエストの部分が腹巻風になってまして、とてもあたたかいのですが……。
壊滅的にムードがありません!!!
……なんか……このパジャマじゃ……ダメな気がする。
「あ!!!……そうだ!あのネグリジェ、まだ残ってるかも?」
私は呟くと、クローゼットを漁ってみる事にした。
◇
……ない。
あの、ちょっぴりセクシーなネグリジェがどこにも見当たらない。
あったかパジャマの予備はあったから、必要ないとされて処分されてしまったのかも?
……うん、ありうる。
そしたら……どうすれば……?
「あ!下着……!」
そうだ!
下着だけでも、ちょっぴりセクシーなのを……!
そう思ってタンスを漁ったけど、下着もやっぱりお腹を冷やさないタイプのお腹スッポリパンツが新旧合わせてドッサリと入っているだけだった……。
ですよね……。いつもそんなのばっかりはいてますもんね……私……。
ちなみに、今はいているパンツも勿論だがそのタイプです。
おそろしい程の色気のなさに、目眩すらしてきました……。
ちなみに、こんな色気のない格好でラブラブ新婚カップルって(笑)とお思いになるかも知れませんが、実はコレ……周りからはラブラブだからこそ……だと思われています。
以前、メイドさんに「やっぱり妊活は、冷やさないのが一番ですよね!」と、あったかパジャマとお腹スッポリパンツを準備しながら、ほほえましげに言われた事がありまして……。
つまり、私とクリストファー様は、体に気を遣いながら早く赤ちゃんが来てくれるのを待ち望む、超ラブラブ新婚カップルだと思われているんですよ!!!
手詰まり感しかないよ……。
「あ!!!夜着も下着もダメなら、裸で部屋を真っ暗にして待ってたら良いのでは?!」
そう叫んで、ハッとする。
……いやいや、ダメでしょ。
全裸待機って、どんな変態ですか……。
裏カジノでコインを貸してくれようとした仮面の男性も、あまりノリノリだと興が削がれると言ってましたし、顔を引き攣らせたクリストファー様が思い浮んで頭を振った。
「はあ。どうしたら良いのよ……。」
クローゼットで座り込んでボヤく。
お洋服なら……沢山あるのにな……。
あっ……!!!
そうだ。
なにも夜着に拘る必要はないんじゃない?
どう考えても、完全防備のあったかパジャマより、可愛いワンピースとかの方がマシでは???
「!!!……それだ。」
私はクローゼットを漁ると、白っぽいワンピースに着替える。白ならネグリジェっぽさもあるし、ウエディングドレス……は言い過ぎかもだけど、とにかくそんなイメージもあるから。
「よし、なかなかかも。……あ、でも、こっちの大人な感じのワンピースもいいな?」
ふと、黒いワンピースに目が止った。
セクシーといえば黒だよね……?
なんか、クリストファー様にはガキくさいって思われてるフシもあるし、やっぱりここは大人っぽく……?
私はそのワンピースを持ち、どちらにするか大きな鏡の前で決めようと思ってクローゼットから出ててきた。
するとそこには……青ざめた顔のクリストファー様が、何故か三揃いのスーツをビシッと着こなし……呆然と立ち尽くしていたのだ……。
--えっ???
◇
私は無言のまま、ソファーに導かれて座る。
--あ、あれ???
なんで、こんなお通夜ムードなんでしょう。
クリストファー様は私の横に座ると、肺の底からの溜息を吐き出した。
「……出て行くなら、せめて話をしてからにして欲しかった。」
「え。」
も、もしかして……私、着替えちゃったから、出て行くとか思われてる?それを言ったらクリストファー様だって、パジャマじゃないよね?
……てか、何故に三揃い???
髪までセット済みだし???
「レイチェルの事も解決したし、ポリーとこれからどうしていくか話したかった。本当に俺と夫婦になってくれるのか?って……。嫌だと言われれば、不本意だが離婚にだって素直に応じるつもりだった。なのに、なにもこんな、コソコソと出ていかなくとも良いだろ?!……くそっ、セドリックか!やっぱり王子が良いのかよ!!!」
「え。あ、あの、ち、違っ……。」
「俺はずっと……ポリーが大好きだったのに!!!」
!!!
「ク……クリストファー様?!」
「だから、レイチェルの事が終わったら、ちゃんと求婚しようって思っていた!ビシッとかっこよく決めるつもりだったんだよ!!!だから……着替えて……。クソッ!!!それすらさせないのかよ!そんなに俺じゃ、嫌か?!セドリックのとこに行く前に……俺の気持ちくらい聞いてけよ!!!」
え。
え。
え。
も、もしかして……。
いや、もしかしなくても……その格好は……私にプロポーズするために、着てきたの???
う、うそ……。
どうしよう。……すごく、嬉しい!!!
「あ、あの。……私、出ていかないです!」
「え?」
「何度も言いますけど、私はセドリック殿下なんて、好きじゃないです。私も、クリストファー様に良く思われたくて、パジャマじゃなくて、着替えて待ってただけなんです。」
……さすがに、子づくりのムードを高める為に着替えましたとは言えないので、お茶を濁した。何というか……やっぱりお姉様に変な事を言われて、先走りすぎてたみたいですからね……。
ひとり勝手に下心満載だったみたいで、ちょっとやましい気分になってしまいます……。
……よし、それならば私もちゃんとクリストファー様に気持ちを伝えよう。
自分の気持ちを正直に!!!
「私は……クリストファー様を、心よりお慕いしています。……私も貴方が好きなんです!!!……だ、だから……どうか私と、本当の夫婦になってくれませんか?……お願いします……。」
私はひしっとクリストファー様の手を握ると、顔を見上げてそう訴えかけた。さっきのクリストファー様の告白が嬉しくて、顔がふにゃりと緩んでしまっているのはご愛嬌だ。
クリストファー様は驚いて目を見開いたが……少しして、特大の溜息を吐いた。
あ、あれ……???
「おい!!!何でお前は俺より先にプロポーズしちゃうんだよ!!!格好つかねーだろうが!!!……空気読めよっ!!!……しかも、いちいち……ポリーは……あざといが過ぎるんだっ!!!」
そう言いながら私の頬をギリギリと摘む。
「は、はひっ?!い、痛い?!?!」
「ま、まあ、ポリーがどーしても、俺のお嫁さんになりたいと言うのなら……嫁に貰ってやらない事はない!!!……俺に……ありがたく貰われるんだな!!!」
「ア、アリガトウゴザイマス。」
なんだろう。
やっぱり最後までクリストファー様は、クリストファー様なのだ。
「だからまあ……。愛する旦那に、お前の一生を捧げろよ……。」
……そう言ってニヤッと笑うと、クリストファー様は私に……………そっと口付けを落としたのだ……。
次回、最終回になります。
明日の朝の7時頃に投稿したいと思っています。
(出来たら予約投稿したいです!)