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ヒロインである姉が悪役令嬢に「ざまぁ」された日

私は足元から崩れ落ちた。


……何も出来なかった。


……何も変えられなかった。


こうなるかも知れないと、分かっていたのに……!


地面に涙がボタボタと落ちる。

野外で這いつくばって泣くなんて、伯爵家の令嬢にはあるまじき行為だけど……そんな事は、もう……どうでもいい。


だって……。


上手く行っているんじゃなかったの???

こんな未来は、回避できるハズじゃなかったの???

どうして、どうして、どうして……???


「あ……あああっ……。う……ううっ……。いや……いやぁーーー!!!」


私の悲痛な叫びは広場に響き渡り……その数秒後に……私の大好きなお姉様は……断頭台に消えたのだ。





私、ポリアンナ・クロノスには、小さな頃から不思議な前世の記憶があった。


それはとてもあやふやだったけど、お母様が再婚して迎えられたクロノス家で、お姉様であるレイチェルと出会った事で、私はこの世界が何なのかを思い出したのである。


……そう、この世界は前世で大好きだった「悪役令嬢もの」の世界だ。

タイトルなんかは思い出せない。ただ、漫画化されていて、大好きで読んでいた。


そしてお姉様はその漫画に出てきた悪役令嬢……ではなく、「ざまぁ」されるヒロインにそっくりな美少女だったのだ……。



……けど、お姉様は漫画のように性格がすごーく悪いって訳ではなかった。


ひとりっ子で早くに母親を亡くし、優しい義父に甘やかされて育ったお姉様は、確かに我儘な所はあったとは思う。後妻としてクロノス家に嫁いだお母様と私にも、最初は冷たかったし、漫画と同じように私たちは上手くいかなかった。


……でも。


前世の記憶をなんとなくだけど取り戻していた私には、お姉様の気持ちが分かる気がした。


だって、大好きで独り占めしてきたお父様が、いきなりコブ付きの奥さんを貰ったんだよ?……思春期に差し掛かりつつあったお姉様が拒否反応を示すのは当然だよね。


ついでに、お母様の方も……。


お母様はお義父様に、亡くなった親友の妻だったというだけで、娶ってもらったという負い目かあるみたいだった。


私の本当のお父様は、先の紛争で亡くなってしまった……。


一代限りの騎士爵だったお父様が亡くなった事で、お母様と私は平民となるはずだったが、お父様の親友だったクロノス伯爵がそれを不憫に思い、お母様と私を迎え入れてくれたのだ……。


まあ、そんな再婚だったから、前妻にそっくりな美少女に疎まれ続けたら……うん。頑張れなくなるよね……。お義父様とだって、ギクシャクしてきちゃうだろうし……。


そう、その漫画の中で、悪役ヒロインであるお姉様は、あまり家庭環境が良くなかった。


家に寄りつかなくなった実の父に、病んでしまった義理の母、そして美しい自分を妬んでばかりくる地味な義理の妹……。


ヒロインのレイチェルが、悪役令嬢の婚約者だった王子様に手を出したのは、家庭環境が悪かったからじゃないかな?!


そう思った私は、クロノス家に入ってから、私たち4人がちゃんと家族になれるようにと、とにかく頑張った。


少しでも……緩衝材になりたくて。


だって、お母様もお義父様も、お姉様だって悪い人じゃない。普通の、どこにでもいる人で……すれ違いとか、諸々があって拗れてるだけだ。


お姉様の未来だって、それで変わる……!

貴族とはいえ、伯爵家の養子でしかない私が王子様やら高位貴族の娘である悪役令嬢に近づくのは無理だ。お姉さまみたいに美人で声をかけてもらえる訳でもないだろう。


だから……。


……。


そして、私の努力は報われていたはずだった。


お姉様とお母様は険悪ではなくなったし、お義父様とお母様は仲の良い夫婦になった。

私も、お姉様とは本当の姉妹みたいになった。


仲良くなると、お姉様は「実はね、妹が欲しかったのよ!」とそう言ってくれて、三つ年下の私をとっても可愛がってくれた。


私たちは、一緒に笑って、時には泣いたり喧嘩したりして……ちゃんと家族になっていったはずだった。だから……お姉様は「ざまぁ」されるヒロインになんて、はならないはずだった。


それだけじゃない。

漫画では話にしか出てこない、本当の婚約者である方とも、お姉様は良い関係を築いているように見えてた。


なのに……。


……。


お姉様は漫画の悪役ヒロインと同じように、悪役令嬢から婚約者である王子様を奪ったそうだ。そして、王子様をたぶらかし、沢山の金品を貢がせていたのだという……。


……。


お姉様は、たった今、王子様を惑わし公費を横領させた罪で……処刑されてしまった。やはり漫画と同じように……。


お姉様のお相手であった王子様は、王族であるがゆえ、洗脳されていたとされ、保養という名目で辺鄙な場所にある、修道院へ送られたそうだ。


……ねえ、お姉様。


私の頑張りは、足らなかったの?


お姉様には、私たち家族の愛だけではダメだった???


……本当の婚約者と仲良くしていたのも嘘だったの?




……王子様に愛されて贅沢……したかったの???

お姉さまは本当にそんな方だったの???










「サンドラ、ポリー……。レイチェルが、こんな事になってしまってすまない。君達には本来、血の繋がりもないのに……。迷惑をかける……。」


帰りの馬車で、表情をとっくになくしているお義父様はポツリとそう言って、私とお母様に頭を下げた。


サンドラとはお母様の名で、ポリーとは私の愛称だ。

愛称で呼ばれるくらい、私はお義父様との関係も良かった。


「いえ……。こんなのは……。何かの間違いですわ……。レイチェルはそんな子では……!」


お母様はそう言ったきり、口元をハンカチで覆い、言葉が続かなかった。

実の娘じゃないからといって、お母様だって悲しくないわけない。私達はちゃんと家族だったのだから。


「私もそう思う……しかし……。」


お義父様もお姉さまの処刑には思う所があるのだろう。

私だってそうだ……!


「もう、終わってしまった事だ。どう動こうと、もうレイチェルは戻って来ない……。それに……私は伯爵の座を追われる事になるだろう。弟に家督を譲り、領地で管理人でもさせてもらおうと思っている。……だから、サンドラ、いっそ離縁して……。」


「レイモンド様っ!止めてください!……わ、私は……貴方に付いて行きます。神に誓いましたよね?病める時も健やかなる時も……と。……私は貴方の妻……ですから。」


「……サンドラ……すまない。……ありがとう。」


お母様とお義父様は、お互いの手を握り合った。


「お義父様、お母様、私も……私も付いて行きます。」


「……。ポリー……それは……。」


「お義父様……?」


「いいかいポリー、良く聞いて欲しい。私とサンドラは良い……。だが、ポリーにはまだ未来があるんだ。私たちと一緒に来たら、君はただの田舎娘になってしまうんだよ?それでは君の父……国の名誉の為に亡くなったポールに面目ない。……だから、ポリーの身の振り方は私に考えさせて欲しいんだ。」


お義父様にそう言われ、私は頷くしかなかった。


前世の記憶のある私には、別に貴族の令嬢でいる事に拘りなんかなかった。

お母様とお義父様と一緒に田舎暮らしでも構わなかった。


だけど……。

戦争で死んでしまったお父様の事を言われると、言い返す事は出来なかった。







お姉様の死から、数週間が過ぎた。


私たちは、未だに悲壮感のど真ん中にいる。いや……真ん中だったら後は折り返すだけだ。


この悲しみに終わりは見えそうもないのだから、まだまだここは入り口でしかないのかも知れない。


そんな中でも、お義父様が家督を譲る準備は粛々と進んでいるらしく、屋敷からは物が減って、ずいぶんと寂しくなってきている。


お姉様の物は私物に至るまで、早い段階で差し押さえられて持って行かれてしまったので、もとより無いけど、お義父様やお母様も領地へ行くために自分たちの私物を処分しているのだ。


使用人たちも入れ替えがあるらしく、少しずつだが人も減ってきている。


幸せだった私の家は、消えていこうとしている……。



そんなある日、お義父様が来客がある事を告げた。


「私が伯爵として招く最後のお客様だよ。」お義父様はそう言って、こんな時なのに気合いの入ったおもてなしするみたいだった。


もしかしたら最後に何かしたかったのかも知れない……。


だからその日、私はお母様に勧められるままに、めいいっぱいのお洒落した。


お姉様が生前、私の為に考え抜いて仕立ててくれた『ポリーを最も魅力的に見えるドレス』を着た。

このドレスは、お姉様が拘りぬいてデザインを考えてくれたんだっけ……。


そんな事を思い出しつつ、私はその華やかなドレスに袖を通した。……そして腕に、黒い喪章を付ける。


……そうだよね。


全て持って行かれてしまっても、私の中のお姉様まで連れて行かれた訳ではないんだ。思い出は誰にも奪えない。


そしてそれは……ほんの少しだけ、私の心を明るくした。

 






来客にご挨拶をと言われ、応接室に入ると、そこに居たのは、馴染みのある銀髪の美麗な青年で……彼は、いつもの如く、柔らかな笑みを浮かべて座っていた。


「え?……あれ……クリストファー……様?」


お姉様の母方の従兄弟に当たり、婚約者でもあった、クリストファー・カッシーニ様だ。


「こんにちは、ポリアンナ嬢。お久しぶりです。」


「お久しぶりです、クリストファー様。……お義父様?どうしてクリストファー様が……?」


「うん……クリス君にも迷惑をかけちゃったからね……。不名誉な噂のマトにもなってしまったし。」


お義父様はそう言うと俯いた。


--あ。そうか……。


クリストファー様の婚約者だった女は、処刑されるような悪女で……しかも、浮気されてたって、世間に知れ渡ってしまったのか……。


確か、クリストファー様は数年前にお父様を亡くし、もう伯爵様になっていたはず……。

ダメージは計り知れないのかも……。


「……。」


どう言って良いのか分からずに、黙って立ち尽くしていると、お義父様は申し訳なさそうに話を続けた。


「本来ならクリス君に、慰謝料でもって話になるのだろうけれど、生憎、私にはもうそれも満足に支払える能力がなくて……。本当に不甲斐ない。」


「いえ、クロノス伯爵。その件はお気になさらずに……。代わりとしてはこれで十分ですので。僕も伯爵家を継いでおりますし、さすがに、このような立場では、新たにともいきませんので、好都合とも言いますか……。」


私と無関係なところで話しが始まり、退席した方が良いのかなぁと半歩ほど下がったとこで、バチリとクリストファー様と目が合った。


彼は美しい顔を、悲しげに作る。


--昔から、なんとなくクリストファー様って苦手なんだよな。すごく綺麗なお顔立ちなんだけど、なんだか……こう……表情が不自然と言うか、演技っぽいというか……。


どうして良いのか分からず、曖昧な笑みを浮かべると、お義父様が私に言った。


「あのねポリー、勝手に決めてしまって申し訳ないんだけど……。さっきね、クリス君がキミの夫になったんだよ。」


「……え?は、はい?……お、お義父様?!」


「うん。ポリーはね、クリス君と結婚したんだ。……私もね、色々と考えたんだよ。どうしたらポリーを貴族のままで居させてやれるのだろうかって……。嫁に出すのが一番なんだけど、さすがに今の我が家からポリーを貰ってくれる家は無くてね……。そしたら、クリス君が……ポリーをお嫁さんにしたいと申し出てくれて、これは渡に船ってヤツかなって。……それで、さっき君たちの婚姻を結ばせてもらったんだ……。」


私は唖然とした顔で、お父様とクリストファー様を交互に見つめる事しか出来なかった。







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