旦那様に捧ぐファーストキス
「分かりました……。」
私はそう言うと覚悟を決めて目を閉じた。
すると、なぜかムギュと鼻をつままれる。
「え?」
「……なんでお前がキス待ちなんだよ?!何でもしますって言ったからには、お前からするモンだろ?!」
--は、はぁーーー?!
「わ、私からするんですか?」
「当たり前だろ?……ほら、早くしろよ。」
クリストファー様はそう言うと、ジッと私を見つめた。
「あ、あの……目を閉じて……欲しいのですが……?」
「目を閉じたらポリーが見えないだろ?」
「いや、私がちゃんと狙いを定めてお口にしますんで、クリストファー様には目を閉じて静かにお待ちいただけたらと思うのですが……。」
「……あのな、俺は、お前がキスする瞬間の間抜け面を目に焼き付けたいんだよ。」
--なんかね、もうね……ポリアンナのライフがゴリゴリと削られていく感じなんですが?!
でも、だめ。
ここで折れたら、ヘンリエッタ様の所へは行かせてくれない!
ええいっ!ままよ!!!
私はギュッと目を閉じると、クリストファー様の唇を目指して顔を寄せた。
すると、ガチンと唇にものすごい衝撃が来て……慌てて口を離す。後頭部に何故かクリストファー様の手があったが、頭でグイッと押しやった。
「痛ったーーーい!口……切れた!!!な、何で……クリストファー様……歯を剥いたんです?!」
「は、はあ?!」
「馬じゃあるまいし……。ううっ……痛い………血が出てる……。」
クリストファー様の嫌がらせは相当に高度なものだったようだ。私が目を閉じた隙に歯を剥いて、私が唇を切るように仕向てくるとは……!
唇を撫でると、手に血がついた。
……。
なんだか、ちょっと悲しくなってきてしまい、ポロッと涙がこぼれ落ちる。
--意地悪でも、クリストファー様とファーストキスするの……ちょっと嬉しかったのにな……。(恥ずかしい気持ちの方がデカかったけど!)
だ、だけど……。
クリストファー様は、最初から私をおちょくって痛くするつもりでいて……うっ……ダメだ、もう泣く!
「うう……っ。グスッ……。」
「!!!……ま、待て、違う!泣くな、ポリー!今のはわざとじゃない!事故だ!事故で歯が当たっただけなんだ!ポリーの唇を切ろうと思って、歯を剥いてた訳じゃない!」
「じゃあ、何で?!何で歯が当たるんですか?口を閉じていたら歯なんて、当たりませんよね?!」
「……そ、それは……。その……。……。……実は俺……前世が馬なんだ。」
「前世が……馬。」
え……。
まさかのクリストファー様も前世持ちで……しかも、馬?!?!
もしかしたらこの世界、割と前世持ちが多いのかも……?
あ!!!
言われてみると、クリストファー様って……芦毛の馬っぽさがある……!銀の君だし……!
「だからな、近くにメスがいると……フレーメン反応がおきて……歯を剥いてしまうんだ!」
メ……メス。
な、な、な……なにそれ……。酷くない?メスって???
だ……だけど、同じく前世持ちとしては……。
うん、理解してあげねば……。だって私も日本人だった癖で、ついついヘラッとしちゃうし……。しみついた癖って抜けないよね……。
ましてやクリストファー様ってば……馬だし……。
「……。前世が馬なんて、クリストファー様は色々とご苦労されてきたんですね。」
私はそう言って、クリストファー様の肩をポンポンと労う様に叩いて差し上げた。
「なんか、イラつく反応なんだが……。」
そういえば、クリストファー様……お食事で出される付け合わせのニンジンは一番最初に食べていた……!
つまり……大好物。……やっぱり馬だ!!!
今度から私の分のニンジンも差し上げよう……!
私はそう心に決めた。
◇
そんなこんなで何とかクリストファー様から許可をいただき、湖水高原へ出発する日がやってきた。
今回は殿下のメイドとして同行するので、荷物は少なく……。そう考えて、脱ぎ着が楽なワンピース数枚とお仕着せのメイド服、パジャマに下着や洗面道具などの最小限のものを小さなトランクひとつに詰めた。
「おはようございますー!」
トランクを抱えて殿下の私室に入って行くと……え?……引っ越しかな?!
大小さまざまな荷物が準備され、使用人たちが中身を確認し運び出している……。
「おはよ。ポリーちゃん。」
「殿下……この荷物は?」
「ん?……1週間も出かけるんだよ?色々と必要でしょ?……てか、僕的にはポリーちゃんのその小さすぎるトランクが気になるんだけど。まさかそれだけって事はないよね?」
「これだけですけど……?むしろ殿下の荷物の多さにビックリです。今回、お忍びで行くから同御者も少ないんですよね?」
確か行くのは殿下とメイドの私、それと護衛兼従者として近衛のモリス様に、同じく御者兼護衛役としてジーク様とトリス様の……たった5人で行くはずだよね?
「まあ、そうだけど。お土産とかもあるし。……道中、パーティーもあるから衣装もいるし。」
「パーティー???」
「???……道中、宿代わりに色々な領主のお屋敷に泊まるでしょ?そうすると、歓迎パーティが必ずある訳よ。僕って、曲がりなりにも王子様ですから。」
「え。宿に泊まるのかと……。」
「だからぁ……。僕は王子様なの!!!さすがにその辺の宿には泊まれませんよ!!!……で、ポリーちゃんはパーティーの時はどうするの?」
「……メイド服……ですかね?」
近衛の護衛3人は、騎士服のまんまでパーティも出るはず。いわばそれが正装だからだ。
……なら、メイドの私はメイド服が正装なのでは?
「えーと……。僕にエスコートはさせない?」
「メイドなんで、ないですねぇ……。」
「ええっ、困るよ!ヘンリエッタのお見舞い兼領主館めぐりは、いわば僕のお見合い旅行なんだ!ポリーちゃんを愛人役にして穏便に躱そうと思ってたのに!!!」
「あ、愛人?!……それのドコが穏便なんですか?!」
「いやいや、穏便でしょ。……平民のメイドに入れ込むアホ王子……領主のお嬢様方はプライドが高いから、どう考えてもお断り案件……。僕からお断りせずに済むというね?」
……最低だな、セドリック殿下。
「絶対に嫌ですよ!」
「ええっ?!ポリーちゃん一生のお願い!!!」
「ダメです!私、人妻なんで!フリでも嫌です!」
殿下と言い合いながら、馬車まで向かうと……馬車の前には近衛の制服を身に纏った見慣れた人影があった。
……え。
クリストファー様???
???
まさか、「いってらっしゃい」を言いに来て下さったとか?でもなんで近衛の制服……?
殿下も不思議そうな顔でクリストファー様を見ている。
「おはようございます、セドリック殿下、ポリー嬢。」
「……おはよう。クリストファー君。……まさか、奥さんの見送りに?」
殿下はクリストファー様に近づくと耳打ちするようにそう言った。……私が本当はポリアンナで、クリストファー様と結婚しているのを、ちゃんと秘密にしていて下さるのだ。
「あははは。まさか。……今回、体調不良のモリス殿に代わり、従者兼護衛を勤めさていただく事になったんですよ。……どうぞ、よろしくお願いいたします。」
クリストファー様はそう言うと、うやうやしく頭を下げた。
え?
えーーー???
な、何で受付のクリストファー様が近衛の代わりをする事になった訳???
……てか、クリストファー様も一緒に行くの???
◇
馬車に乗り込んだのは3人。
殿下、メイドの私、従者のクリストファー様。
ジーク様とトリス様は前の御者台に座っている。
「えーと……聞いていいかな?何で受付のクリストファー君が近衛の仕事をしてるの?」
「僕……近衛長と知り合いでして。ほら、王族に要人が会いにいらっしゃると、警備面やら面会、おもてなしする上でのスケジュール確認などで打ち合わせする事が多いんですよ。……しかも彼、すごく情の深い方で……僕が婚約者に浮気されてしまった事や、彼女が処刑されてしまった事にとても同情して下さって。最近では、色々と僕を連れ回して気分転換をさせて下さってたんです。……で、今回『湖水高原に行きたいなぁ。』って言ったら、こうして殿下のご旅行のお供にと指名して下さって……。まぁ僕、体術はダメですけど剣術なら得意ですから、護衛はお任せ下さいね?」
クリストファー様は好青年モードでそう言うと、ニッコリ笑って、近衛の剣を持ち上げた。
そういえば、前にクリストファー様が「親切な紳士」がいるんだと嫌そうに言ってたな……。ちゃっかり利用したんだ。
それにしても、受付の真っ白い詰襟も似合っていましたが、近衛の青と白の騎士服も……かなりお似合いだ。
「……へええ……。そーなんだ。すごーい。」
セドリック殿下が棒読みで答えた。
「あ!あと、セドリック殿下がお見合いから逃げないよう見張ってくれって、体調不良のモリスからもお願いされました!……彼、長年セドリック殿下の従者兼護衛をしてますから、メイドなんかにうつつを抜かしてるようにしか見えない殿下が心配なんでしょうね。」
「……え?ク、クリストファー君……?キミ、モリスとも知り合いなの?」
「あれっ?僕や妻の事をお調べになったからご存知かと思っておりました!……歳は違いますが、モリスは僕の同期なんですよ。彼はパブリックスクール卒業後に王宮で働きはじめましたが、学のない僕はスクールには行かず、13歳から受付で働いておりますので。……だいぶ長い付き合いになります。」
クリストファー様はそう言うと、ニッコリと美麗な笑みを浮かべた。
◇
馬車の旅は……暇だ。
クリストファー様が居るのもあって、私も殿下も余計な話はできず、馬車の中は沈黙が流れている。
そのうち、クリストファー様は行程表らしき書類を確認しはじめたし、セドリック殿下は持参した植物関連の本を読みはじめた。
--私も何か本でも持ってくれば良かったなぁ……。
そんな事を考えなが外を眺めているうちに、程よい揺れがいつしか強烈な眠気になってやって来た。
「ふわぁ……っ。」
欠伸を噛み殺そうとすると、正面に座っているセドリック殿下が本から顔を上げた。
「眠いなら寝ていいよ。」
「でも……。」
「暇だし、別にポリーちゃんに何かしてもらう事もないし……。長旅になるんだから、まったりしちゃいなよ。」
殿下はそう言うと少し笑って、また本に戻っていった。
--せっかくだし、お言葉に甘えちゃお。
そう思い切って目を閉じると、隣にピシッと座っていたクリストファー様が私を抱き寄せた。
「……え?」
「寝るならさ、僕に寄りかかりなよ……僕の可愛い奥さん。」
「あ、ありがとう。クリストファー様……。」
えっと……この人……誰???
ポカンとクリストファー様を見つめると、クスリと笑われた。
「ごめんね?昨日は遅くまで……激しかったからかな?」
は、はぁ?!
な、何が???
えっと……昨日は……。
そういえば、夜中まで隣のクリストファー様の部屋からゴトゴトと物音が煩かった。きっと、この旅の荷造りをしてたんだと思う。
バサっと大きな音を立てて、セドリック殿下が本を落とした。そして目を見開き……こっち見てる!いや、凝視してる!!!
絶対に……誤解してる!
妄想されてる!!!
「クリストファー様、あの……殿下もいますし。」
「殿下は僕たちが夫婦だとご存知だから、大丈夫だよ。……おやすみ、僕の愛しいポリー……。」
クリストファー様はそう言うと、蕩けるような目で見つめ……そのまま私の髪にそっとキスを落とした。
……。
セドリック殿下の刺さるような視線をものともせずに……。




