空想の世界だって
綺音と出会って2年が過ぎ、6歳の誕生日を迎えた年の冬。
父さんが亡くなった。
年長組となった俺は、この幼稚園で迎える最後の年を、日々楽しく過ごしていた。
俺が入園した翌年には凛も入園し、今では年中組になっている。
綺音は3年間変わらず俺と同じクラスで、毎日のように一緒に遊んでいた。
それ以外にも一緒に遊ぶ子どもは数多くおり、もはや幼稚園の子ども達全員が俺の支配下にあった。
年長組になってからは先生からも「〇〇くんの事、お願いね。」などと頼まれる事まであった。
習い事に関しても順調だ。
幼稚園児ながらやはりこの体はスペックが非常に高く、少し練習しただけで大抵の動きは再現できる。
空手の先生からは小学生になったら自分の道場に来ないかと勧誘を受けていた。
ゲームでは主人公は小学生からサッカーを習っていたが、俺はそこまでサッカーに惹かれない為、空手を続けるつもりだ。
体操も同様で、今ではバク転やバク宙もポンポン跳べるようになった。
こちらも小学生以降の勧誘を受けているが、体操は基礎的な身体操作を身につける為に習っているので、おそらく卒園と同時にやめる事になるだろう。
英語も日常会話程度ならできるようになった。
もはや幼稚園クラスにはいられなくなり、先生の計らいで小学生クラスに参加させてもらっている。
同じクラスにいられない事に危機感を抱いた綺音も、子どもながら必死になって英語を学び、同じく特待的な扱いで小学生クラスにいる。
また、凛も少しだけ通ったが、俺と同じクラスにいられないとなった瞬間、辞めていった。
どうやら我が妹は勉強は好きではないらしい。
ともあれ、そんな風に毎日を過ごしていたある日。
年末に向けて世間が何となく慌ただしくなる頃。
その日は雪が降っていた。
俺はいつものように幼稚園に行っており、外は寒いので室内でおままごとやお絵描きなどをして遊んでいた。
すると、子ども達の様子を見守っていた先生が他の先生に呼ばれてどこかへと行き、帰ってきたと思ったら慌てた様子で俺を呼んだ。
「ゆ、優斗くん!ちょっと来てくれるかな?」
何とか平静を保とうとしているようだが、顔色が真っ青で痛ましいものを見るような顔だった。
「…どうしましたか?」
嫌な予感がして唾を飲む。
おそるおそる、先生に付き従いながら問いかけた。
先生は廊下に出て隅の方へ行き、こちらに向き直ったしゃがんだ。
俺と目線を合わせ、震える声で非情な現実を告げる。
「いま、優斗くんのお母さんからお電話があってね………お父さんが……事故にあったって。」
ひどく言いにくそうに告げる先生。
俺は頭が真っ白になりそうになった。
それでもなんとか頭が働くのは、精神的に大人だからだろうか。
「父さんが……事故?」
「うん。事故って、わかるかな?」
問いかけに小さく頷く。
「父さんは…大丈夫なんですか?」
頼む。
「それは………」
頼む。
「その……」
「先生…?」
神様。
「落ち着いて……落ち着いて聞いてね、優斗くん。」
お願いします…どうか…どうか……
「お父さんはーーー」
あぁ、そうか。
空想の世界だって。
現実なんだ。
仕事帰りの父さんは、脇見運転の車に撥ねられた。
即死だったそうだ。
運転手は赤信号に気付いて急ブレーキを踏もうとしたが、凍った地面でスリップしてハンドルを取られ、歩道を歩いていた父さんに突撃した。
父さんの血に塗れた鞄の中には、3人の子ども達への、数日後に控えたクリスマスのプレゼントが入っていた。
後日、俺の元に届いたのは"Merry Christmas"という文字の刺繍が入ったハンカチであった。
父さんの遺体を見る事は叶わなかった。
震える母さんがしがみついている棺の中には父さんがいるはずなのに。
その手を握る事もできず、俺はただただ泣き叫ぶ姉妹を抱きしめていた。