中学2年生 秋
とある土曜の午後。
俺は美緒と共に映画を観に繁華街へ繰り出していた。
放映ダイヤの問題から午前中に集まって観賞した俺達は、現在少し遅めの昼飯を食べている。
昼飯といっても、学生らしく全国チェーンのファミリーレストランだ。
俺はドリア、美緒はペペロンチーノを食べた。
「うん、なかなか美味いな。」
「ペペロンチーノも美味しいですよ。……優斗先輩が作ったやつの方が美味しいですけど。」
ボソッと呟いてるけど普通に聞こえてるからね、対面だし。
しかし嬉しい事を言ってくれるじゃないか。
今度また作ってやろう。
「そういえば先輩、最近凛ちゃんと遊んであげてないそうですね。」
「え…そうかな?」
「凛ちゃんがブーたれてましたよ。お兄ちゃんが冷たいって。」
「そうなのか?」
中学生になってついに兄離れしたと思ってたんだけどなぁ。
「どちらかというと凛の方が俺から離れていってるような気がするんだが。」
「凛ちゃんが先輩から離れるわけないじゃないですか。あんまり甘えると先輩に迷惑かけちゃうからって我慢してるんですよ。」
なにそれ可愛い。
凛め、そんな事を考えていたのか。
「それでも凛の方から距離を置いている以上、俺がどうやって甘やかせば良いのやら。」
「毎朝一緒に登校してる兄妹のどこが距離置いてるんだって感じですけどね。」
え、普通じゃないの?
「とにかく、たまには先輩の方から遊びにでも誘ってあげてくれませんか?凛ちゃん、ああ見えて意外に天邪鬼なところありますし。」
うん、それはわかる。
基本的には素直なんだけど、気の遣い方が変というか、不器用なんだよな。
「よしわかった。今度思いっきり甘やかせてやろう。」
「お願いします。」
美緒がホッと安堵の息を吐いた。
凛は良い友達を持ったと思う。
「話は変わりますが…いや、微妙に変わりませんけど、先輩最近忙しいみたいですね。」
「あー…まぁね。」
確かに最近の俺は少し忙しくしている。
それが凛に構う時間が減っている原因の1つでもある為、微妙に話が変わらないと言ったのだろう。
「家でもずっとパソコン使ってるって凛ちゃんが言ってましたよ。プログラミング…でしたっけ?」
「そうそう。最近ようやく仕事をいただけるようになってね。といっても大した量じゃないし簡単なものだけなんだけど。……子どもだからって舐められないように、丁寧な仕事がしたいしね。」
今年の春、アルバイトをしたいと考えていた時に思い付いた事。
それが、クラウドソーシングで仕事を受注するというものだった。
クラウドソーシングサイトの登録は基本的に高校生以上だったり18歳以上だったりのものが多いが、中には親の同意や公的証明さえあれば中学生でも登録できるものがある。
中でも俺が目をつけたのは、プログラミングや開発系の依頼だ。
これなら依頼さえ受注できれば、きっちりとこなせる自信があった。
何故なら、俺は前世でエンジニアをしていたからだ。
専門ではないがプログラミングの経験もそれなりにある。
母さんには、小学生の頃から興味があって図書館等で勉強していたと話し、アルバイト代わりに登録する事の許可を嘆願した。
母さんは最初は反対的だったが、おそらくは今世初ともいえる俺の熱烈な嘆願が効いたのだろう、最終的には定期的に現状報告をする事を条件に、ひとまず許してもらえた。
登録して最初はプログラミング等に限らず、あらゆる依頼をこなしていった。
まずは信頼を重ねる必要があるからだ。
そして徐々に自分の得意分野の依頼受注を狙うようにした。
最初はどこの企業も委託してくれなかった。
大した実績もない中学生なのだから当然だよな。
だが、中には本当に簡単な作業を試しに任せてくれるところもあり、それらを着実に達成しつつたまに要望以上の事をやって"中坊だからって舐めんなよ"ってところを見せていった。
もちろん企業と連絡を取り合う際のマナーも気をつけている。
まぁ、前世で当たり前に使っていたものなので、これはさほど困らなかった。
だが連絡を取った相手は例外なく驚いていた。
それはそうだ、子どもなのに頑張ってるからちょっとくらいやらせてやるかって感じで依頼を持ちかけたら、大人顔負けのビジネスメッセージがくるのだから。
ともあれ、そんな感じで丁寧な対応と仕事を心掛けた結果、最近になってようやくまともな仕事を任せてもらえるようになり、対外的な信頼もしてもらえるようになったのだ。
まだまだ稼ぎは大したことないし不安定だが、今年中には高校生アルバイト以上には稼げるのではないかと期待している。
「凄いなぁ先輩……どんどん遠くにいっちゃいますね。」
美緒がアハハ…と笑う。
その笑みはいつものように爽やかではあるけれど、どこか寂しさのようなのが滲んでいる気がした。
俺がやってる仕事なんて、探せばそこらへんに転がっているようなものだ。
それらをこなしてるのは大人だけど、俺も中身は大人だから別におかしな事じゃない。
だけど、美緒から見たら子ども離れしてるように見えるのかな。
「遠くにって…ここにいるじゃん。」
「もう…そういう意味じゃないですよ。」
苦笑いする美緒。
凛と同い年なのに、何でこんな大人っぽいのだろうか。
…凛が子どもすぎるだけか。
「……人なんてあっという間に成長するよ。俺だけじゃない、美緒だってそうさ。」
「優斗先輩、何歳ですか……」
美緒が微妙そうな顔をしている。
確かに今のはジジくさかったかもしれない。
「俺達が出会ってもう6年経つ。学年も違うのに、俺達はこうして休みの日に会って出かけている。」
「でも、それは凛ちゃんがいるから……」
「少なくとも、今日みたいに一緒に映画を観に行くのに凛は関係ないよね。それに、凛の友達で俺が2人で会うような子は、美緒だけだよ。」
「そう、ですか…」
「きっとこれから先も俺達はこうして映画を観に行ったりするんじゃないかな。どちらかの趣味が変わらない限りは、だけど。ちなみに俺がアクションを観なくなる事はない。」
冗談混じりに胸を張る。
暫く俺のドヤ顔をポカーンと見つめていた美緒は、やがて小さく吹き出してコロコロと笑った。
「優斗先輩……そうですよね、先輩がどんなに変わっても、私達は変わりませんよね。」
「勿論さ。俺はこれからも、常にアクション映画をチェックしていくよ。」
何せ転生しても変わらなかった趣味だからな。
「先輩…微妙にズレてます。」
「え、何が。」
美緒が呆れた顔をしている。
ズレてるって何さ。
俺は地毛100%だぞ。
「何でもないです。…はぁ……わかってるんだかないんだか。」
しゃーねーな…みたいな溜息。
それ、綺音もよくやるよ。
………わかってるよ。
でもまだ美緒との関係を深くするのは、他のヒロインの事を考えると損が大きいのだ。
姉さんみたいに一足飛びに来られたら困るけど、あれ以来そういう事がないようにコントロールしているつもりだ。
とか何とか言って、実は去年母さんと色々あったんだよな……
いや、あれは仕方ない、不可抗力だ。
子どもとはいえ俺も男だからな。
まぁその話は置いとくとして。
高校生になれば本格的にNTR回避に勤しまなければならない。
せめてそれまでは美緒に隙を見せるわけにはいかないのだ。
美緒に限った話ではないが、深くしすぎてもいけないし、NTR回避の為には浅すぎてもいけない。
つまり俺は、ヒロイン達をキープ扱いしなければならないという事だ。
改めて考えると我ながらガチクズだな。
まぁこれも悲惨なエンディングからヒロインを救う為だ。
批判は甘んじて受けようじゃないか。
その夜、家で。
「凛、起きてるかー?」
「はーい、起きてるよー。」
風呂に入って夜飯を食べて、あとはもう寝るだけとなった時間。
凛の部屋の扉をコンコンと叩くと、中から凛の声が聞こえた。
扉を開けると、ベッドに寝転んで雑誌を読んでいた凛がこちらを向いていた。
「どったの、お兄ちゃん?」
しっとりと潤ったショートの黒髪を、いつものように縛らず流している。
どうやら風呂から上がったばかりのようだ。
「特に用があるわけじゃないんだけど…何してるかなって。」
「ほへ?…ただ雑誌読んでただけだけど。」
「うん、そうだよな。」
見ればわかる。
あれ、何で凛と話すのにちょっと緊張してるんだ、俺。
「……お兄ちゃん、どうかしたの?」
「え…何が?」
「何か様子変だよ。」
鋭い。
「い、いやいや、全然普通だぞ。それより、えっと……何かしてほしい事とかないか?」
「……急にどうしたの。何かあった?」
凛が怪訝そうな顔をしている。
そりゃそうだよな。
「最近、凛とあんまり遊んでないなーと思ってな。」
「それは…お兄ちゃん、忙しそうだし。」
何でもない風を装ってはいるが、言葉の端に拗ねたような空気が入っているのを俺は見逃さない。
「そうだな。最近なかなか凛と遊んだり話したりできてなくて…ごめんな。」
「何でお兄ちゃんが謝るの。別に凛は大丈夫だよ。」
「だとしても、俺が凛と遊びたいし、凛の為に何かしてあげたいんだよ。」
「……凛と遊びたいの?」
「おう。」
「ふーん。」
そっけない返事で顔をそらしているが、ニマニマしているのが見えてるぞ。
凛め、いつからそんなツンデレ技術を身につけたんだ。
さては綺音から盗んだな。
「仕方ないなぁ。それじゃゲームでもする?」
明日も休みだし、多少夜更かししても大丈夫だろう。
「よし、やろうか。」
「うん!」
凛ははじけるように笑った。
良かった、見慣れた妹の笑顔だ。
2時間後。
「ふぅ……久々にゲームしたな。そろそろ寝ようか。」
「そだね…ふわぁ……」
凛が可愛らしく欠伸をする。
その際に伸びをして体をそらすものだから、小柄なくせに妙に成長している胸部が強調されて、俺はさっと目を背けた。
「ふみゅ……お兄ちゃん…」
「ん、どうした?」
ゲームのハードを手早く片付けていると、眠たそうに目を擦りながら、凛が俺のTシャツの裾を引っ張った。
「一緒に……寝よ?」
「………」
雷に打たれたような衝撃が走った。
最後にこんな事を言われたのはいつだっただろうか。
少なくとも凛が中学生となってからは無いはずだ。
「……だめぇ?」
「いや、良いよ。」
この天使の誘いに否と言えるものがあろうか。
「やったぁ…」
凛に引っ張られるままにベッドに寝転がる。
自然に俺の腕を枕にし、ぎゅっと抱きつきながら、凛は穏やかな眠りについた。
何か…昔を思い出すな。
「…おやすみ、凛。」
「おやすみぃお兄ちゃん…」
胸の位置にある凛の頭を抱き、優しく撫でた。
久し振りに感じる妹の体は記憶にあるより大きくなっていて、女性らしい柔らかさがあって、良い香りがした。
でも、起きてる時以上に幼く見えるその寝顔は、やっぱり俺の知っている凛だ。
何故か安堵した俺を、急激な睡魔が襲った。
たまにはこういうのも良いな。
そんな事をぼんやりと思いながら、俺は眠りについていった。




