大人の力を利用しよう
「そうか…お前が綺音か……」
何とも言えない感情が胸に渦巻き、確認するように呟く。
「……?」
綺音はキョトンと首を傾げていた。
いかんいかん、折角知り合ったのにこれでは不審がられてしまう。
「あー……綺音ちゃん、で良いんだよね。」
「うん。」
「とりあえず表に戻ろうか。というか、どうしてこんな所に?」
「ちょうちょがとんでたの。」
「それを追いかけてきたのか?」
「うん。」
「綺音ちゃんの後をさっきの2人も追いかけてきたのかな?」
「たぶん……」
先程の一件を思い出したのか、綺音の瞳が潤み出す。
俺は慌てて頭を撫でた。
「さぁ、あいつらの事は忘れて、向こうに行こうよ。」
「でも……」
綺音は俯き、制服の裾をぎゅっと握る。
「あそぶひと、いないもん……」
震えながら泣きそうな声を絞り出す。
そういえばゲームでは、年長になって同じクラスになった綺音が孤立していたところに主人公が話しかけ、2人の関係が始まったと語られていた。
彼女の孤独は入園当初からだったのか。
「あの2人は、いつも綺音ちゃんを虐めるの?」
優しく聞くと、こくんと頷いた。
「せんせいがだめだよっていったのに、かくれていじわるしてくるの。」
ふむ、先生から注意をされたが、それからは先生の目を盗んで虐めるようになったと。
子どもながら陰湿というか狡猾というか。
「他にも虐めてくる人はいる?」
今度は頷きはしないが微妙な反応であった。
「わるくちいわれたりしないけど、あそんでくれないの。」
他の子は直接虐めてはこないが、距離を置かれているのか。
これはどうした事か。
年長まで彼女に我慢させるのも、状況を知ってしまった今となっては酷だと思ってしまう。
「そっか……とりあえずさ、今日は僕と遊ばない?」
「……いいの?」
上目遣いの彼女ににっこりスマイル攻撃をかます。
「うん。綺音ちゃんと遊びたいな。ちょうどいま、かくれんぼしてたんだ。」
「でも……あそんでくれないかも。」
俺以外の子がって事…だよな?
「大丈夫だよ!頼めば入れてくれるから!」
あいつら俺の言う事に逆らわないから。
「うぅ…」
「ね、行こう。きっと楽しいよ。」
ぷにぷにの手をぎゅっと握る。
「……うん。」
俯いていた綺音は、意を決したように頷いた。
俺は彼女の手を引いて、陽の下へと歩き出す。
あの後、俺が頼むと皆は快く綺音を加えてくれた。
一緒に遊んでいる時の綺音は本当に楽しそうで、俺は心底ホッとした。
そんな外遊びも終わりを迎え、綺音は顔をくしゃっとして泣きそうにしていたが、また必ず遊ぼうと約束すると、笑顔になって部屋へ戻って行った。
「先生、ちょっと良いですか?」
「えっ……な、なにかな優斗くん?」
外遊びが終わって暫し部屋で休憩する事となった時間、俺は皆に静かにゆっくり過ごすように根回しをした後、先生に話しかけた。
俺から話しかける事などほとんどなかったからか、先生は肩をびくっと震わせた。
「みかんクラスの、朱鷺田綺音ちゃんを知ってますか?」
「あやねちゃん?……あっ、朱鷺田綺音ちゃんか!お名前は知ってるけど…どうしたの?」
嫌な予感がする、という渋い顔をする先生。
「さっきのお外遊びで、綺音ちゃんが男の子に意地悪されてました。」
"先生"というイメージが強すぎて敬語は抜けないが、なるべく子どもっぽい言葉を使うよう意識しながら喋る。
「意地悪……そっかぁ…」
あちゃーって感じの顔。
驚いているというよりも、やはりかという感じだ。
「綺音ちゃんが虐められてるの、知ってたんですか?」
「うーん…前にそういう事があったって聞いてるけど……わかった、先生からみかんクラスの先生にお話ししてみるね。教えてくれてありがとう。」
自分で言うのもなんだが不気味な子どもである俺にも先生として笑顔を向けられる先生は、やはり良い人なのだろうと思う。
「お願いします。」
その日、みかんクラスの先生から綺音にヒアリングが入ったらしい。
更に関係者の虐めっ子2人も尋問され、クラスの子も何人か参考程度にヒアリングがあったとのこと。
その日の内に綺音の親や虐めっ子の親にも報告され、数日後に先生達と綺音の親とで、今後の話し合いが行われた。
ちなみに綺音は先生のヒアリングに対し、"俺に助けられたこと"と"一緒に遊んでくれて楽しかったこと"を強調して何度も話していたらしい。
それのせいだろうか、話し合いで決まった解決策はこういうものだった。
「……ということで、今日からりんごクラスで皆さんのお友達になる、綺音ちゃんです。仲良くしてあげてね。」
「ときたあやねです!よろしくおねがいします!」
先生に紹介された綺音は、希望に満ちた表情でペコリと頭を下げる。
そして頭を上げて俺と目が合い、気恥ずかしそうにはにかんだ。
………どうしてこうなった。