とある夏の日の終わり
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皆さんいつもありがとうございます。
「あぁ………もう夏も終わり、か。」
珍しく1人しかいない家。
母さんは仕事、姉さんは今日から学校、凛は美緒ちゃんと遊びに出ている。
俺は夏休み最後の日を、1人でのんびり寝転がって過ごしていた。
「この世界に来て、もう12年か。」
前世で生きた年数も含めれば、たった12年と言えなくもない程度。
しかし、俺にとってこの世界での12年は、前世での30余年以上に濃く楽しいものだった。
勿論、この世界での記憶の全てが楽しい思い出ばかりではない。
「父さん……守れなかったな。」
前世で俺がハマったゲーム、『NTRの奴隷〜ハーレムの崩壊に俯くだけの俺〜』では、主人公の父親はゲーム開始時点の高校生編で既に亡くなっていた。
回想シーン等でもほとんどその存在は出てこないが、本編で出た情報で俺の記憶が正しければ、主人公の父親が亡くなったのは主人公が小学生の時だったはずなのだ。
つまり、ゲームでの出来事とこの世界での現実との間に、数年のギャップが生じているのだ。
これが、俺の行動がこの世界に変化を齎した事の影響だとしたら、俺が父さんの死を早めたという事になる。
前世で観たバタフライ理論をテーマとした映画を思い出した。
この世界に転生した時、俺は父さんの死を回避する事で、母さんのNTRフラグを壊す事ができるのではないかと考えていた。
だがそれが起こるのは小学生になってからだと思っていたのである。
我ながら甘すぎる考えに反吐が出る。
父さんが亡くなった時、俺は自分の行動の結果に絶望しそうになった。
ヒロインを救うだのなんだの言っておいて、結局は自分の事しか見えていなかった愚か者だと、心の中で何度も自分を罵倒した。
そんな俺がこうして今も色んな事を頑張れているのは、残された家族のお陰だった。
嘆く母さんを、悲しむ姉さんを、寂しがる凛を支える事で、俺は自分を保とうとした。
あの日の夜、母さん達の悲しみを受け止めたのは、母さん達のためじゃない。
自分のためだ。
かつて愛したヒロイン達に必要とされる事で、俺は生きていて良いんだと、この世界にいて良いんだと、そう感じたかったのだ。
存在意義を欲して家族に縋った。
4年前、姉さんの運動会騒動があった時、俺は姉さんに"人は人の為に頑張る時に一番強くなれる"と言った。
あれは自分へ向けた言葉だったのだろうか。
自分の努力を認めて欲しいという甘えだったのだろうか。
答えは、未だにわかっていない。
「ゲームとのギャップといえば、美緒ちゃんと知り合ったのもそうだよな。」
本来であれば高校で出会うはずだった支倉美緒。
彼女との出会いは8年も早まってしまった。
しかもゲームでは凛と美緒は同じ学年ではあるが特に繋がりがあるわけではないのに対して、この世界では既に親友となっている。
今のところ、その変化による目に見える悪影響はない。
このまま何も起きない事を祈るばかりだ。
「姉さんが想いを伝えてきたのも、大きな変化だよな。」
これはおそらく、父さんが亡くなった時や運動会の時の事などから、姉さんが俺に"頼り甲斐"があると感じてくれたからだと思う。
世間的には許されざる想いを告白したとしても、俺なら拒絶はしないと思ってくれたのかもしれない。
だがそのお陰で、俺は姉さんの想いを受け入れ、関係を進ませる事ができた。
もちろん倫理的には間違っているというしかない。
しかし、ある意味では俺の望んでいる展開でもあった。
何故ならば、ゲームにおける守崎悠のNTRフラグは、弟である守崎優斗への想いを打ち明ける事のできないもどかしさから発生するものだったからだ。
主人公が高校2年生、悠が大学2年生の時に、悠は寝取られる事になる。
悠が優斗への恋心を自覚し、しかし拒絶される事への恐怖から打ち明ける事もできず、なんとか優斗への想いを振り切ろうとしていた時のこと。
大学で同じゼミに所属している知り合いに合コンに誘われた悠は、普段であれば絶対に行かないのだが、この日は誘いに乗る事にした。
彼氏でもできれば、優斗への想いを掻き消す事ができると考えた為だった。
しかしその合コンで、ハイテンションな周りの人間に半強制されて過度の飲酒をしてしまい、泥酔して合コンに参加していたチャラ男に介抱される事になってしまう。
そのチャラ男は酔った悠をホテルへ連れて行き、抵抗できない悠を犯した。
更にその様子を動画で撮影までしており、翌日ホテルで目覚めた悠へ動画を見せながら、恋人になるよう脅迫したのだ。
それから悠はそのチャラ男に何度も体を貪られ、誰にも助けを求める事ができず、堕ちていく。
最後には、妊娠が発覚した瞬間にチャラ男に捨てられ、大学は退学し、家族からも消息を絶つ。
数ヶ月後、憔悴しきった母体では出産に耐えきれず、流産してしまった。
遠い地の風俗店で、半ば壊れたように客の相手をする、変わり果てた悠の姿がラストシーン。
守崎咲苗のラストに負けないくらいのショッキングな結末であった。
姉さんがあんな姿になるというのは、到底許容できない。
そう思った俺は、姉さんに男として意識されないようにしようと思った時期もあった。
しかし、普通にしているだけで何故か姉さんは俺に惚れていき、もはやただの弟として接してもらえないほど、意識されるようになってしまった。
これは一種の、世界の強制力だと俺は考えている。
内面が凡庸な俺が、あの姉さんに好かれるわけがないと思った。
その強制力に抗えないならば、男として意識されないようにというのは無駄な努力だ。
姉さんが俺に惚れるのが運命なら、とことん惚れさせて告白させてしまえば良いと思った。
そしてあの日、姉さんは俺に想いを伝えた。
まだ姉さんは大学生にもなっていない為、油断はできない。
それでも、NTRフラグをひとまず潰す事はできたんじゃないかと思う。
一番重要な高校生になるまであと4年。
準備は着々と進んでいる。
ヒロイン達を守る為なら、倫理だろうと常識だろうとぶっ壊してやる。
夏の終わりに、俺は改めてそう決意した。
小学生編はここまでで終わりです。
次回から少しだけ中学生編をやって、その後ついに高校生編に入ります。
大変申し訳ございませんが、明日から3日間は更新をお休みさせていただきます。




