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とある夏の日 幼馴染編 前編

「ごめん!遅れちゃった!」


壁に寄りかかって夕空を仰いでいた俺は、カランカランという音と聞き慣れた澄んだ声に顔を向ける。


「そんな待ってないからだいじょ………おぉ。」


「な、何よ……」


振り向いた俺が思わず動きを止める。

ここ数年で可愛いから綺麗へと移っている綺音が、恥ずかしそうに口を尖らせて小さく俯いていた。


その格好はいつものような私服ではなく、白地に淡い青で多弁の花が描かれた着物を着ており、うっすらと化粧をしているようだ。

顔を赤らめて上目遣いの綺音……良いね。


「すっごい似合ってるじゃん。流石は綺音。」


「ど、どういう意味よそれ……まぁ、ありがと。」


毛先に緩くウェーブのかかった赤髪を、指先にクルクル絡めながらそっぽを向いた。

うん、今日も我が幼馴染は可愛い。



「さぁ、行こうか。」


「うん……ね、ねぇ。」


「ん?」


「下駄履き慣れてなくて、歩き辛いんだけど。」


「えっと……大変だね?」


「ばか。」


えぇ……何で罵倒されたの?

なんて思っていると、綺音が赤面しながら片手をチョンと差し出してきた。


「……て、手くらい握りなさいよ。」


「あ、あぁ……うん。」


ゆっくりと綺音の手を握る。

小さい頃はよく繋いでいた手。

しかし昔のプニプニした感触とは違う女性らしい柔らかさで、思わずドキッとしてしまった。


「……行きましょう。」


恥ずかしそうに顔をそらしながら歩き出す綺音に引っ張られるように、俺は一歩を踏み出した。

夏休みももうじき終わる。

今日は、夏祭りだ。






「へい、一本お待ちぃ!!」


「ありがとうございます!」


的屋のあんちゃんから商品を受け取った綺音がニコニコで戻ってくる。

その笑顔は昔通りのものだった。


「いきなりチョコバナナって……」


「べ、別に良いでしょ。美味しいんだから。」


拗ねたように言いながらチョコバナナを小さく啄んだ。

相変わらず甘いものが好きなようだ。


「俺は何食べようかな。」


「どうせイカ焼きでしょ。」


「どうせって何だよ。」


呆れた目しないで。


「だって毎年そうじゃない。最初はイカ焼き、そして最後に焼きとうもろこしからのかき氷。でしょ?」


「うん、まぁね。」


ごもっとも。

全問正解だよ。

ちなみに去年、綺音はリンゴ飴からのスタートだった。




恒例のイカ焼きを買って食べながら歩いている時、俺達は同時に立ち止まった。


「「ねぇ、あれ見て。」」


「「ん?」」


2人して同じ言葉に同じ挙動。

綺音が指差す先にあるのはお好み焼きの屋台。

対して俺の示す先には焼きそばの屋台があった。

相手の言わんとする事を察して、睨み合う。


「屋台と言ったら焼きそばでしょ。何でお好み焼きなんだよ。」


「屋台の焼きそばとかソースベタついてて味が濃すぎるのよ。お好み焼きの方が絶対美味しいから。」


「お好み焼きなんてお好み焼き屋で食べれば良いじゃん。」


「そんな事言ったら、それこそ焼きそばなんてお店で食べれば良いじゃない。焼きそばを食べられるお店なんていくらでもあるわよ。」


「お店の焼きそばと屋台の焼きそばは違うんだよ。」


「それはこっちのセリフなんですけど。屋台のお好み焼きだから良いんじゃない。」


「焼きそば!」


「お好み焼き!」


「「ぐぬぬぬぬ……」」


睨み合い、唸りながら互いにさっと利き手を構えた。

勝負は一瞬で決まる。




「「じゃんけんポン!!」」


俺が出したのは、男らしくグーである。

果たして、結果は………





「やったぁ!」


綺音が、力いっぱい開いた手を掲げて歓声を上げた。

俺は力なく崩れ落ちる。


「くっ……負けた。」


「ふふん。やっぱり、優斗はアタシには勝てないのよ。」


勝ち誇ったドヤ顔がむかつ……いや、やっぱ可愛いわ。

負けて悔しいが可愛い顔が見られたから良しとしよう。

あと、普通にお好み焼きも好きだしな。






その後、お好み焼きやわたあめ、焼きとうもろこし等を買い食いしたり、闇の深いくじ引きを引いてみたり射的をやってみたりした。

闇の深いくじ引きでは綺音が5等の『ためぃごっち』を当てていた。

ためぃごっちは時計機能付きの小さなゲームで、前世の俺が学生だった時代に流行っていたものだ。


今でも新シリーズとか出ているみたいだが、5等で貰ったのは旧型のためぃごっちであった。

闇が深い。

それでも綺音は喜んでいたので良かった。

ちなみに俺は10等の箱ティッシュすら当たらなかった。

当たったところで持ち帰るのが面倒なだけだがな。


「これ、前からやってみたかったんだよね。」


「でもそれ古いやつだぞ。」


「良いの。これ、結構人気あったシリーズなのよ。」


「へぇ、そうなんだ。」


全然わからん。

まぁ綺音が良いなら良いんじゃない。



「……あ、そろそろ花火の時間になっちゃう。」


スマホで時間を確認した綺音がそう言った。


「人が増えてきてると思ったら、もうそんな時間だったか。」


俺もスマホで時間を確認する。

まだ2人とも、腕時計を着けるような歳ではない。


「それじゃ、かき氷買って行こうか。」


「うん。ちょっと急がないとね。」


繋ぐ手に少しだけ力を入れる。

綺音も感触を確かめるように、少しだけ力を入れてきた。

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