とある夏の日 家族旅行編 3日目 帰宅
「それぞれ買う物選んで、持ってきてくれるかしらぁ?」
「了解。」
「…ん。」
「おっけー!美緒ちゃんに買っていこ!」
近江町市場を出た俺達は、土産物屋に来ていた。
ここでお土産を買ったら、後は空港に行ってレンタカーを返して帰るだけだ。
それぞれ買っていく相手は違うわけだし、時間の都合もあって皆で見て回るのではなく、各自物色する事にした。
さて、俺も早いとこ選ぼうか。
俺がお土産を買う相手はそれほど多くはない。
まずは綺音…ここは不可欠だ。
あとは空手道場と英語教室……師範と先生には別個必要だな。
それから……武には買っていくか。
友達皆に買おうとするととんでもない事になるから、武だけで良いだろ。
あいつならまだ夏休み中に1回は会うし。
美緒ちゃんへのお土産は凛が選ぶから良いだろう。
「道場と教室はばらまき用のお菓子で良いな。師範は意外に甘いもの好きだし、先生も和菓子が好きだって言ってたから………お、これ良いな。」
上品な包装がされたきんつばを手に取る。
6個入りをそれぞれに渡したらちょうど良いな。
「武は何が良いかな……食べ物だったら何でも喜びそうな気がするけど。」
あいつは暴食の大罪を背負っているから。
「うーん……あ、こんなん良いかもしれないな。」
見つけたのは一口サイズの煎餅。
うちわせんべいというらしい。
武は田舎の大将みたいでうちわが似合うから良いかもしれない。
あいつにも偶には雅なお菓子を食べてもらおう。
「あとは綺音だけど……」
既に綺音にはお土産を1つ購入している。
あめ屋であめの詰め合わせを買っておいたのだ。
しかしこれは俺から綺音へというよりも、守崎家から朱鷺田家へのお土産という感じだ。
綺音への個人的なお土産もやはり買っておきたいところである。
「……うさぎ饅頭か。綺音はうさぎが好きだけど、食べ物ばっかりっていうのもなぁ。」
辺りを見て回るが、なかなか良いものが見つからない。
「うーん……ん?これは……」
食べ物コーナーから雑貨コーナーへ移動し、見渡す中で良さげなものを見つけた。
カラフルで雅な色使いの球体がいっぱい並んでいる。
「ふむふむ、加賀てまり…か。」
なんでも江戸時代に徳川家から加賀藩主に嫁いだ珠姫が持ち込んだことから、加賀てまりの工芸が始まったのだという。
嫁ぐ娘に親が持たせる風習があるらしく、縁起ものとして扱われるようだ。
「綺麗だし可愛いし、これは良いな。」
種類が色々あるみたいだけどどうしようか。
キーホルダーにできる小さなものから、普通にてまりとして使える大きいものまであるようだ。
「……綺音にはずっと世話になってるしな。」
キーホルダーでも喜んでくれるだろうが、ちょっと物足りない。
かといって大きいものだと高すぎる。
工芸品ってのは高価なんだ。
「これくらいかな……ちょっとお高いけど。」
決めたのは掌サイズのてまり。
綺音の髪と同じ赤色で、芍薬のような花が描かれている綺麗なものだ。
キーホルダータイプと違って高く、これを母さんに買ってもらうのは申し訳ないし格好もつかない。
これは自分で持ってきたお小遣いで買おう。
「ちょいと痛い出費だけど、普段それほど金も使わないし……綺音へのお土産だから、少しくらい奮発しても良いよな。」
家族を除けば間違いなく1番仲が良く、もしかしたら家族以上に俺の事を知っているのではないかという相手だ。
普段の感謝の気持ちも込めて、これを送ろう。
「さぁ、それじゃこれで良いかしら。皆、買い忘れはない?」
「…ん。」
「だいじょーぶ!」
「俺も大丈夫だよ。」
各自選んだお土産を母さんが購入し、店を出た。
加賀てまりはちゃんと自分で買ったぞ。
コソコソとレジに向かう俺を姉さんがジト目で見てきたから冷や汗かいたけど。
土産物屋を出た後、レンタカーで空港まで行き、レンタカーを返却した。
帰りの便が離陸するまで1時間といったところか。
チェックインを済ませて中に入る。
どこかで時間を潰そうという事になった。
「あ、ここなんか良いんじゃない?」
構内の案内図を見てカフェを指差す。
「あら、良いわねぇ。行きましょうか。」
「賛成!」
「…ん。」
というわけでカフェへ向かった。
「ふぅ……何だかあっという間だったわねぇ。」
「そうだね……楽しかったなぁ。」
「…ん。」
「まだ帰りたくなーい…」
姉さんがホットココアを飲みながら名残惜しそうに頷き、凛が冷たいジンジャーエールを飲みながら不貞腐れたような顔をしている。
ちなみに母さんはホットコーヒー、俺はアイスコーヒーを飲んでいた。
「またいつかどこかに行けるさ。」
机に顎を乗せて口を尖らせている凛の頭を撫でる。
凛はブーブー言いながら頭を上げた。
「いつかっていつぅ?」
「いつかはいつかだよ。」
「むむむ…」
「……今度は、温泉。」
姉さんがポツリと言った。
そういや昨日の夜も家族風呂でそんな事言ってたな。
「そんな話もしたね。」
と思い出した瞬間に、風呂場での母さんとの記憶が浮かんできた。
思わず枕に頭を叩きつけた後にグリグリしたくなる衝動に駆られる。
「お兄ちゃん、どしたの?」
首を傾げる凛に、何でもないよと手を振った。
「そろそろ行きましょうかぁ。もうすぐ搭乗できると思うわ。」
「わかった。」
「…ん。」
「オッケー!」
楽しかった旅行も終わりだ。
家に帰ろう。
予定の二倍ほど長くなってしまった家族旅行編もようやく終わりました。




