とある夏の日 家族旅行編 3日目 大河
朝、目が覚めると、昨日と同じように母さんは既に起きているようだった。
昨夜は風呂から上がって部屋に戻ってからも、母さんと目が合うと気まずくて微妙な反応をしてしまった。
母さんも頬を染めて挙動不審になっていたし。
母さんは見た目だけじゃなくて精神も若いのか…?
などと考えながら暫し天井を眺めていると、隣でモゾモゾと動く気配。
そちらに目を向けると、姉さんが寝ぼけ眼を擦りながら体を起こしていた。
俺の視線に気付いたのか、姉さんがこちらを見る。
「……ん…ユウ…?」
「おはよう姉さん。」
俺も起きるか…と思ったところで、半分寝ぼけたままの姉さんがこちらにダイブしてきた。
「うおっ!?」
慌てて受け止める。
そのまま2人で布団に転がった。
「ね、姉さん?大丈夫?」
「……んぅ。」
スリスリと俺の胸に顔を擦り付けてくる。
可愛いけど、ちょっとくすぐったい。
「姉さん、起きてる?」
「…んぅ……ん。」
「ちょっ!んっ……」
トロンとした瞳で俺の顔を見上げたと思ったら、急に顔を近付けてキスをしてきた。
完全に油断していた俺は受け入れるしかなかった。
「…んっ……んぅ……」
「んん……」
数秒ほど口付けを交わす。
やがて姉さんの目がしっかりとしてきた。
「??………っ!?」
至近距離で俺と目が合った姉さんはキョトンとした後、現状を把握して素早く下がった。
頬を赤く染めてオロオロと狼狽えている。
「えーっと……あはは。おはよう、姉さん。」
とりあえず苦笑いしつつ再度挨拶をした。
すると姉さんも少し落ち着いたようで、頬を染めながらもコクンと頷いた。
「……ん、おはよう。……ごめん。」
「謝らないでよ。」
「でも……寝ぼけて、た。」
だろうね。
「俺としては嬉しかったけどね。可愛かったし。」
「う……」
恥ずかしそうな様子。
あまり揶揄っても可哀想だな。
「もう起きる?」
「……ん。」
小さく頷く。
そして何やら期待するような目でチラッと俺の顔を見た。
「……もう1回?」
「…ん。」
俺は苦笑しつつ、凛がまだグッスリ眠っている事を確認し、顔を寄せた。
旅館の食堂で朝食をとった後、俺達はチェックアウトをして外に出た。
今日の夕方には帰りの飛行機に乗る予定なので、観光できるのは精々昼過ぎまでといったところだな。
空港に行く前にお土産も買わないといけないし。
午前中は母さんの希望ルートで観光をする。
母さんがどんなところを選んだのか……いや、まぁ知ってるんだけどね。
互いの希望が被らないように調整するのを俺も手伝ったからね。
というわけでやってきました。
「さぁ、着いたわよ。」
「おぉ…良いね良いね。」
目の前には時代劇でよく見かけるような古風な通り。
俺達は、長町武家屋敷跡に来ていた。
「ふふっ、ゆうくんならそう言ってくれると思ってたわぁ。」
「うーん、渋いね。」
「…ん。」
凛はあまりテンションが上がっていないが、姉さんは微妙に喜んでいるようだ。
武家屋敷とかが好きっていうよりは、こういう錆びたような空気が好きなんだろうな。
「ねぇお母さん、何でここに来たかったの?お兄ちゃんみたいだよ。」
おい、我が妹よ。
それはどういう意味だ。
たぶんだけど褒められてないよね。
「…ん、確かに。」
姉さんまで…ひどい。
「ずっと前の大河ドラマで、ここが舞台になったのよぉ。それが大好きだったの。」
「へぇ……母さん、大河ドラマとか好きなの?」
あんまり見てるイメージないけどなぁ。
「好きって程じゃないわよ。でもその作品だけは特別記憶に残ってるの。」
「金沢…というか加賀が舞台になる大河ドラマというと……主人公は前田利家とか?」
「そうよ!ゆうくん、よく知ってるわねぇ!」
当たった。
母さんが目をキラキラさせている。
「前田利家と芳春院の愛を描いたドラマで、当時は女性達から凄い人気だったんだから。」
「ほへぇ…」
凛がわかってなさそうな声を上げた。
それにしても、前田利家と芳春院か。
ネットではロリコンだのなんだの言われてるよな。
説によっては10歳くらいの差があったらしいし、輿入れ当時まつは12歳だったんだもんな。
「年齢を超えた愛って…素晴らしいと思わない?しかも2人は従兄妹なのよぉ。」
……母さんって、禁断の愛的なのに燃える人間だったのか。
そういえば去年やってた妻を亡くした父と実の娘が愛し合うドラマも気に入ってたもんな。
あれ、世間では凄いバッシングされてたんだけど、母さんは録画して何度も見てた覚えがある。
「ーーーそれでね、それでね、なんと前田利家は……」
母さんの語りがヒートアップする前に止めよう。
既に凛がうんざりしたような顔をしそうになっている。
「母さん、時間がもったいないから観光しよう。ね?」
「え、あ……そ、そうね!ごめんなさい!」
母さんは無意識に興奮していたことに気づいて、恥ずかしそうに笑った。
その後、長町武家屋敷跡を歩いて回った。
前田家に仕える中級武士であった高田家の屋敷跡では、修復された長屋門や土塀を見る事ができた。
また、敷地内に庭園があり、これもなかなか見事だった。
その高田家跡も立派なものだったが、上級武士であった野村家の屋敷跡は更に荘厳なもので、これにはそれまであまり興味無さそうだった凛も興奮して見回していた。
母さんはかつてドラマで見た景色に感動しており、普段見れないような子どもみたいな表情を見せてくれた。
これまで俺達の行きたいところに付き合ってくれた母さんが楽しめたようで何よりだ。




