とある夏の日 家族旅行編 2日目 忍者寺
金沢駅とあめ屋ではさほど時間を使っていない為、2つ回ってもまだ昼まで余裕がある。
そして3つ目に凛が希望したのは、なんと寺院であった。
珍しく渋いものを見たがるのだなと思い調べたところ、凛が希望した理由を知り納得した。
この寺院の名は妙立寺。
別名、忍者寺とも呼ぶそうだ。
その名に違わず、妙立寺には面白そうな仕掛けが沢山あるらしい。
確かにこれは凛好みだなと思った。
「うわぁ!見て見てお兄ちゃん!落とし穴だって!」
凛が落とし穴としても使える床に埋め込まれた賽銭箱を見て嬉しそうに声を上げた。
ガイドさんがいなければ迷子になるんじゃないかというくらい、建物の中は通路やら階段やら仕掛けやらで入り組んでいる。
「賽銭箱を埋め込んで落とし穴にするって凄い発想だな…」
しかも深さは2mだ。
そこそこ深い。
「…ん、面白い。」
姉さんも感心したように頷いている。
無表情だけど。
物置を開いて床板をまくると、下に行ける階段が現れた。
「隠し階段!かっこいい!」
「なんだか時代劇みたいねぇ。」
「しかも戸を閉めれば外からは開かないロック式。凄いなぁ。」
昔の人も色々と考えたもんだ。
階段を下ったところの床板を外すと、更に下る階段が現れた。
「落とし穴階段…?」
凛がポカンと首を傾げる。
気持ちはわかる。
これ、普通の階段にしか見えん。
落とし穴といって良いのかこれ…?
「こちらの階段の下は下男部屋に通じておりまして、落ちたところを下男達が襲いかかるという罠でございます。」
ガイドさんが解説してくれる。
「あ、なるほど。」
「怖いわねぇ…」
「…ん。」
見た目以上に本格的な罠だった。
階段の蹴込のところに障子が貼ってあり、ちょっと特殊な見た目をした階段。
「明かりとり階段?お兄ちゃん、どういうこと?」
「そこに貼ってある障子で明かりを取ってるんだな。そんで、敵が階段を登ろうとしたら内側から槍とかで攻撃するんだってさ。」
ガイドさんの解説では凛は理解しきれなかったようなので、噛み砕いて説明する。
「ほへぇ……」
凛が頷いているが、本当に理解できたのかはわからない。
戸を閉めると内側から開けられなくなってしまう部屋。
「切腹の間か……なんだか不思議な雰囲気だな。」
「専用の部屋があるっていうのも、武士らしいわよねぇ。」
母さんが眉を下げてそう言った。
凛はよくわからないというように首を傾げている。
わからなくても良い、と思った。
建物の一角にある深い井戸。
「んぅ…あんまり見えない。」
柵に覆われ、網状の被せ物もしてある井戸を見て、凛がかっかりしたように言った。
「深さ25mだってさ。下の方に横穴があるらしいけど。」
「本当に金沢城に続いているのかしらねぇ…」
「うーん…流石にそれはないと思うけど。でも浪漫はあるよね。」
「…ん。」
姉さんはコクリと頷いた。
「いやぁ、結構面白かったね。」
「うん!楽しかった!」
「特に切腹の間が興味深かったなぁ。なかなか見れるもんじゃないし。」
「んー、凛はよくわかんなかった。」
素直な凛の頭を撫でる。
猫のように目を細めて笑った。
「凛は何が面白かった?」
「落とし穴!」
「あの賽銭箱なやつ?」
「そう!」
「確かにあれは面白かったね。落ちたら痛そうだけど。」
「…ん。」
「りんちゃんったら本当に入ろうとするんだもの……ガイドさんも苦笑いしてたわよぉ。」
「にへへ…ごめんなしゃい。」
母さんの苦言に、凛が誤魔化すように笑った。
「さて、ちょうど良い時間ですし、お昼ご飯にしましょうか。」
「ご飯!食べたい!」
凛がピョンピョンと跳ねる。
「何かリクエストある人ー?」
「はいはーい!凛、カレー食べたいです!」
カレーか。
凛は基本的に麺類が好きだけど、カレーも大好きなんだよな。
「……なんでも、いい。」
姉さんはリクエストなし。
昨日海鮮丼食べたから気を遣ってるのかもね。
「んー…俺も何でも良いかな。というか凛、ラーメンじゃなくて良いのか?」
「やっぱりカレーが良い!旅館の人もおすすめしてたし!」
「まぁ、凛がそう言うならカレーで良いんじゃない?」
「そうね、そうしましょうか。」
「やった!カレー♫カレー♫」
というわけで旅館の女中さんおすすめのカレー屋へゴー。
金沢カレーといったらここ!と女中さんが熱く推していたカレー屋に来ました。
店の看板にはターバンを巻いたオッサンが描かれており、扉を開いた瞬間良い香りが漂ってくる。
注文をして数分、カレーが届いた。
ピカピカに磨かれたステンレスの皿に芳ばしい香りの黒いカレーとキャベツの千切り、そしてソースのかかったロースカツ。
付いているのは普通のスプーンではなく先割れのもの。
「…カレー?」
凛がキョトンとする。
普段食べてるカレーとは見た目からして違うもんな。
「凛、これが金沢カレーだよ。さぁ、食べよう。」
「わかった!いただきます!」
「いただきます。」
「いただきまぁす。」
「…いただきます。」
まずはこの妙に黒いルーとご飯を一緒に口に含む。
ドロッとした濃厚なルーからは、複雑に合成されたスパイスの香りがした。
それほど辛くはなく甘みの強いルー……美味い。
「おぉ、美味いなこれ。」
「おいしい!」
凛は目を輝かせた。
どんどん食べ進めていく。
「さて、次はカツを……ん、これも美味い。」
カレーとカツの相性は言わずもがな、甘めのルーがソースともよく合っていた。
キャベツと一緒に食べる事でクドくならず、結構軽く食べれてしまう。
食べ慣れない味ではあったが、俺達はあっという間にカレーを平らげるのであった。




