とある夏の日 家族旅行編 1日目 美術館
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皆様、いつもありがとうございます。
茶屋巡りを終えた俺達は、レンタルしていた着物を返却し、私服に着替えて次なる目的地へと来ていた。
目の前には、白を基調としたどこか研究所めいた建物。
前方では凛が建物を見回して「ほぇー」と言っている。
隣に目を向けると、姉さんがワクワクするように口角を上げ、目もいつもより見開いていた。
「結構新しいのねぇ。」
「まだ開館して20年経ってないらしいからね。」
スマホで調べた情報を教えると、母さんがなるほどと頷いた。
この白い建物は、『金沢21世紀美術館』という施設だ。
フォトジェニックな作品が多数展示されてあるらしく、いわゆる"映え"を狙う観光客が多く訪れているとのこと。
姉さんはSNSにあまり興味がなく、"映え"を狙ってこの美術館観光を希望したわけではない。
姉さんは単純に美術館や博物館が好きで、ネットで調べているうちに行きたいと思ったらしい。
「姉さん、楽しみだね。」
「ん。」
隣にいる姉さんに笑いかけると、姉さんはいつものように頷いた。
美術館には、素人でも楽しめるような作品が数多く展示されていた。
例えば、水で満たされているように見える深いプール。
これは中に無人の状態で上から見たらただのプールなのだが、実は水は上部10cmにしか流れておらず、その下は水色に塗られた空間となっている。
「うわぁ!プールの中なのに普通に動いてる!!」
上から覗いた凛が驚きの声を上げる。
中からは小学生くらいの女の子が驚く凛を見て手を振っていた。
凛もそれに気付き、満面の笑みで振り返す。
姉さんはその横に無言で佇んでいた。
繁々と好奇心旺盛な瞳でプールを眺めている。
有料ゾーンであるプール内部にも入った。
上から見るのとは全く違う印象を受けた。
上からは視覚的な面白さがあったが、内部はそれに加えて感覚的な面白さがあった。
水の中にいるわけではないのに、何故か水中に潜っているような感覚があったのだ。
凛はこれにも大はしゃぎで内部を走り回る。
姉さんはキョロキョロと忙しなく全体を見回していた。
母さんは走る凛を窘めつつも、面白そうにニコニコ笑っていた。
他には、壁に楕円形の黒い穴が描かれた作品もあった。
穿った面を青い顔料で塗り潰してあるらしいが、平面のようでありながら凹凸があるようにも見え、見ているだけで心が強く揺さぶられるような、精神が不安定になるような、そんな不思議な作品であった。
「これ凄いわねぇ。どうなってるのかしら……。」
「ただ窪みを顔料で塗っただけらしいけど…なんか不思議だね。」
「ほへぇ……」
「ん……面白い。」
思わず4人でマジマジと見続けてしまい、最初に正気に戻った母さんに「他の人の邪魔になるから」と言われ、慌てて場所を移したのであった。
姉さんはこれが1番気に入ったようで、部屋を出るその瞬間まで穴から目を逸らさなかった為、俺が手を引いて連れて行かねばならなかった。
俺が個人的に好きだったのは、建物の屋上に置かれた男の像である。
棒のような板のようなものを両手で頭上に掲げ、天を見上げているこの像は、とある映画の主人公がモデルとなった作品らしい。
それを展示品の説明を読んで知ったのだが、なんとその映画というのが、俺が前世で観た事のあるものだった。
「あの映画は良かったなぁ……そうか、あの像は雲を測っているんだな。」
「随分前の映画みたいだけど…ゆうくん、どこで観たの?」
「え、あ……DVDだよ。去年くらい……だったかな。」
「……渋い。」
「た、確か学校の先生がチラッと話したのを聞いて、面白そうだと思ったんだ。」
「へぇ…知らなかった。」
慌てて話を作った。
確かに、小学生が観るには渋すぎる映画かもしれない。
ともあれ、あの映画をモデルにしたのかと感心し、飽きた凛に引っ張られるまで俺は呆然と像を見上げていた。
思いのほか面白いものが沢山展示されていたな。
美術館を出ると、既に夕日が下降線を辿っており、あと1時間も経てば空が暗くなるのだろうという感じであった。
これが冬であればとっくに夜になっていた事だろう。
やはり観光するなら明るい時間が長い夏が良いな。
「楽しかったわねぇ。それじゃ戻りましょうか。」
「…ん。」
満足げな表情で頷く姉さん。
その後ろでは凛がお腹を押さえてげっそりした顔をしていた。
「うぅ…お腹空いた……」
「夜ご飯は旅館で美味しい料理を出してくれるわよぉ。」
「ほんと!?」
凛は母さんの言葉に一気に回復した。
「でも、先に風呂な。」
俺が口を挟むと、凛は肩を落として落胆した。
「えぇー…ご飯食べたーい。」
「良いじゃないか、凛。温泉だぞ温泉。」
「温泉!?」
急に目をキラキラさせる。
表情がコロコロ変わるところも可愛らしい。
「お兄ちゃん、一緒に入ろ!!」
「あほ、男湯と女湯は分かれてるに決まってるだろ。」
「お兄ちゃんがこっち来れば良いじゃん!」
「駄目に決まってるだろ。12歳だぞ。」
「なら凛がそっちに「もっと駄目だ!!」うへぇ……」
凛だって11歳だろうに。
それ以前にそこらの男に我が天使の裸体を見せるなどあってはならない事だ。
ここは断固として拒否する。
「……家族風呂…ある。」
「なにそれ!」
姉さんがポツリと言った言葉に凛が反応する。
母さんも思い出したように頷いた。
「あら、そういえばあの旅館には家族風呂があったわねぇ。」
「……ん。」
「家族で入れるの?」
「えぇ、そうよぉ。」
「やったやった!それ入ろうよ!!」
マジで言ってるの?
不味くない?
「家族風呂は予約制だったわよね?」
「…ん。」
「えぇ…入れないのぉ?」
よし!
「なら仕方ないね。諦めよう。」
「…今日、予約すれば……明日、入れる。」
姉さん!?
「そうね。そうしましょうか。」
「わーい!!」
話がトントン拍子に!?
「いや、ちょっと待ってよ!流石に混浴なんて!」
身体的にまずい。
あと理性。
「混浴って……ただ家族で入るだけよぉ?」
それがまずいんだよぉぉぉ!
凛はともかく姉さんとか!それ以上に母さんはやばいって!!
「いやいや、それでも……」
拒否しようとした俺の袖がクイクイと引っ張られた。
振り向くと、姉さんが寂しげにこちらを見ている。
「ユウ…駄目…?」
「うっ……いや、今回ばかりは…」
「お兄ちゃん……」
凛まで!!
「"旅の恥はかき捨て"なんでしょぉ、ゆうくん?」
「か、母さん……ぐぬぅ…」
折角の家族旅行。
皆の希望を捨てるのか?
彼女達を守ると決めた俺が?
己の理性に問いかける。
お前は我慢ができるか、と。
答えは……NO。
耐えられない確率の方がずっと高い。
しかし、男には負けるとわかっていても挑まねばならない戦いがあるんだ。
あと、ぶっちゃけ一緒に入りたいスケベ心もあった。
それ以上抵抗する事もできず、俺は力なく頷くのであった。




