とある夏の日 家族旅行編 1日目 茶屋巡り
家族旅行初日、朝のうちに金沢の旅館に到着した俺達は昼まで部屋で休んだ後、観光に出た。
今日の午前は姉さんの希望ルートで観光する予定だが、まずは腹拵えだ。
凛なんかは今にも腹の虫が鳴りそうなくらいに腹を空かせているようだった。
「皆、何が食べたいかしら?近くにも色々美味しいお店があるそうだけど。」
部屋に案内してくれた女中さんに、旅館周辺で昼食を取るのに良い店はありませんかと聞いていたのだ。
女中さん曰く、地元民のおすすめする店が幾つかあるとの事で、愛想良く教えてくれた。
「凛、ラーメンがいい!」
凛が元気良く手を挙げる。
ラーメンか…確かに女中さんも人気の店が近くにあるとか言ってたな。
でも旅行来ていきなりラーメンはどうだろうか。
「……海鮮丼。」
姉さんが静かに言った。
あ、良いね海鮮丼。
俺も気になってたんだ。
金沢と言ったら海鮮のイメージが強いよね。
「んー……ゆうくんは何が良いかしらぁ?」
「俺は……海鮮丼、かな。」
「えー」
俺の回答に凛がガッカリしたような声を上げる。
心苦しいがここは譲れない。
俺自身が海鮮丼に惹かれているというのもあるが、今日の午後は姉さんターンなので、できるだけ姉さんの希望に沿うのが妥当だろうと考えた。
姉さんは嬉しそうに口角を上げている。
「ラーメンは明日食べような、凛。」
「うん、そうしましょう。」
「……ん。」
「うぅ…わかったぁ。」
というわけで女中さんに紹介してもらった店をスマホで検索し、場所を確認した上で、俺達は出発した。
海鮮丼の味はまさに期待通り、新鮮な魚介類がたっぷり乗っていて、魚介好きの姉さんはご満悦な様子であった。
なんだかんだで凛も美味しそうに頬を膨らませながらバクバク食べていた。
海鮮丼にも、赤身メインやら貝メインやらと幾つか種類があった為、それぞれ違うものを頼み、皆で分け合いながら食べたのだが、どれも文句なしの味であった。
俺達はたまたま早く入れたが、外ではちょっとした行列ができている。
食べ終わってゆっくりしたい気持ちもあるが、ここはすぐに出て観光するとしよう。
「おぉ…風情があって良いねぇ。」
どことなくノスタルジックな風を感じるここは、古風な茶屋が立ち並ぶ茶屋街だ。
姉さんの希望は2つあり、1つは茶屋巡りであった。
何でも去年放送されたアニメで金沢の茶屋街が舞台となったらしく、折角金沢に行くなら聖地を見ておきたいと考えたそうな。
俺はそのアニメの名前くらいしか知らないが、いつもより2割増しくらいに口角の上がっている楽しげな姉さんを見るのは眼福であった。
また、俺も母さんもこういう雰囲気は好きなので、普通に楽しんでいるし、凛も美味しいお菓子を食べて目を輝かせている。
そして眼福なものはもう1つあった。
「………どうした、の?」
俺の視線に気づきこちらを見て、首を傾げる姉さん。
その身に纏っているのは、旅館を出た時に着ていた服ではなく、茶屋街に来る前に寄ったレンタル着物屋で借りた着物であった。
「いや…やっぱり似合ってるなぁって思って。姉さんの綺麗さをよく引き立ててるよね。」
「ん……さっきも、聞いた。」
頬を染めて小さく俯く可憐さに、思わず俺は頬を緩めた。
姉さんは、青色の生地に鮮やかな朝顔が描かれた大人っぽい着物を赤い帯で締めている。
クールさの中に可愛さを併せ持つ姉さんによく似合っていた。
ちなみに、俺は渋めの緑の着物に白の帯を巻いている。
「むっ…お兄ちゃん、凛は?」
凛が不服そうな顔で袖を引っ張ってきた。
拗ねて頬を膨らませる表情もとても可愛いが、凛がいま着ている白地に大輪の向日葵が幾つも描かれてある着物には、やはり笑顔が似合うだろう。
「もちろん凛も似合ってるよ。向日葵みたいに素敵な笑顔の凛にはピッタリだ。」
「えへへ…そうかなぁ」
凛の着物姿を最初に見た時にも同じように褒めたはずだが、彼女は何度褒めても嬉しそうに笑う。
今日も我が妹は天使であった。
さて、チラチラとこちらを盗み見ては何でもない振りをしている母さんも、再度褒めるとしようか。
「母さんも凄く綺麗だよ。大人の女性って感じがして、いつにも増して美人さんだね。」
「え、あ…そ、そうかなぁ?お母さんは着なくても良かったんだけどぉ。」
一番気合い入れて選んでたくせによく言うよ。
「俺は母さんの着物姿を見られて良かったよ。とっても綺麗だから。」
「うっ……あ、ありがと、ゆうくん。」
顔を赤く染めてはにかむ母さん。
旅行先だからか、いつもほんわかしている母さんの珍しい表情が沢山見れて嬉しいです。
さぁ、茶屋巡りの開始だ。
俺は抹茶も大好きだから、楽しみだな。
その後、他の茶屋街にも行ったりして楽しんだ。
全部の茶屋を覗くわけではないが、この古風な街並みを歩くだけでも結構面白かった。
姉さんは人気アニメの聖地という事で様々な所で写真の撮影を強請っては、珍しく興奮した様子であちこちを見て回っていた。
凛は途中で買った、金箔を被せたソフトクリームを気に入ったようだった。
見た目は確かに面白かったけどね。
そんなこんなで茶屋巡りを終えた俺達は、次の目的地へと向かった。




