とある夏の日 家族旅行編 1日目 到着
「さっ、着いたわよぉ。」
「やっと着いたー!うぉー!」
駐車場で母さんが声を掛けた途端、凛が扉を開け放って外へ飛び出し、大きく伸びをする。
「お兄ちゃんも!早く早く!」
満面の笑みで振り返り、まだ車内にいる俺に手招きした。
「はいはい。」
おざなりに返事しつつ凛に続いて外へ出ると、気持ちの良い開放感に包まれた。
空港でレンタカーを借りて約1時間。
飛行機を降りてすぐにレンタカーに乗り込んだ為、計2時間以上は乗り物に乗っていたわけだ。
それほど大した時間でもないのだが、小学生にとってはなかなかに窮屈な思いをした事だろう。
「あぁ…空気が美味いな……」
「空気がおいしいの!?んぐっ!んぐっ!」
「いや、感覚的なものだから。そんな必死に飲み込んでもわからないと思うよ。」
大口をパクパクさせて空気を取り込もうとする凛に苦笑しつつ頭を撫でる。
凛は残念そうな顔で口を閉じていた。
その後ろでは母さんと姉さんも車を降りて伸びをしている。
2人とも胸が押し出されていて目のやり場に困るんだが。
「んぅー…清々しい。気持ち良いわねぇ、はるちゃん。」
「ん。」
温和な笑みの母さんに対して、姉さんが無表情で頷く。
さぁ、楽しい楽しい家族旅行の始まりだ。
小学生最後の夏休みも残り2週間を切り、俺達は2泊3日の家族旅行で金沢へ来ていた。
飛行機で小松空港へ飛び、そこからはレンタカーを母さんが運転し、予約していた旅館に辿り着いた。
なかなか大きくて快適そうな旅館である。
旅館ではあるが現代的で洒落た外観をしており、母さん曰くまだ開館して数年しか経っていないとのことだ。
俺としてはもっと渋くて年季の入った老舗の方が好みなのだが、母さんも姉さんも凛も、こういう清潔感のある旅館の方が良いんだろうな。
朝早い便で出立した為、まだ昼まで時間がある。
ひとまず昼までは部屋でゆっくりしようという事になり、早く観光に行きたいという凛を宥めつつ、俺達は旅館に入っていった。
ちなみに、旅行の計画は既に立ててある。
それぞれを各日の担当に割り振って、行きたい所をピックアップし、無理のない程度でなるべく多く回れるよう全員で調整したのだ。
今日の午後は姉さんの担当だ。
そして明日の午前は凛、午後は俺。
最終日の午前は母さんの担当となっており、午後はお土産を買ったりして夕方には帰る予定だ。
部屋は畳張りの和室で、4人で泊まるにしては広めの部屋である。
母さんが気合いを入れて良い部屋を取ってくれたのだろう。
何か恩返ししなくてはいけないな。
「ほわぁ!ひろーい!」
部屋に入るなりリュックを放り投げた凛が走り、窓から景色を眺めたり押入れの襖を開けたり、畳の上をゴロゴロと転がったりし始めた。
「りんちゃん、はしたないわよぉ。」
窘めるつもりがあるのかないのかよくわからないおっとりした声を掛けながら、母さんは部屋の隅に荷物を置いて四角机の周りに敷いてある座布団に座った。
姉さんもそれに続く。
「凛、リュックを投げない。ちゃんとこっちに置きなさい。」
「はぁい。」
俺が荷物を下ろしながら言うと、凛はゴロゴロをやめて起き上がった。
反省した顔でトボトボと歩いてリュックを拾い、こちらに持ってくる。
「うん、よくできました。偉い偉い。」
俺のリュックの横に置いた凛の頭を撫でながら褒めると、途端に表情を明るくして抱きついてきた。
「えへへ…褒められちった。」
すると、それを見ていた姉さんが俺をじーっと見て口を開いた。
「……私も、ちゃんと置いた。」
そう言ってほんのちょっと頭を前に傾げる。
姉さんにしてはわかりやすい"おねだり"だ。
ギャップ萌えとはこの事か。
鼻血出そうです。
「姉さんも偉い偉い。」
「………」
ほんのり頬を赤らめて口角を上げている。
嬉し恥ずかし、といった感じだろうか。
「本当に、みんな仲良しさんねぇ。お母さん嬉しいわ。」
母さんがぽやーんと微笑んでいる。
相変わらず三児の母には見えない人だ。
うちの女性達はハイスペック過ぎるんだよなぁ。
「お兄ちゃんもお姉ちゃんもだーい好きだもん!」
え、可愛すぎない?
ちょっとこの娘下さい。
はい、もううちの子でした。
「ん……」
姉さんが俺の掌に頭を軽く押し付けてきた。
あ、まだ撫でるのやめちゃ駄目でしたか。
再度撫で始め、ついでに凛も撫でる。
「んぅ……」
「えへへへ……」
2人して気持ち良さそうに目を細めた。
それを見ていた母さんは微笑ましそうに笑っているが、どこか寂しがっているようにも見えた。
「母さん、どうかした?」
「え、あ……いいえ、なんでもないのよぉ。」
俺が問いかけると、若干慌てた様子で首を振った。
すると、凛が何かを思い付いたように口を開いた。
「あっ!お母さんもやってほしいんでしょ!」
名推理!とでも言いたげなドヤ顔だが、それはないだろう。
母さんも流石に撫で撫でを欲してきた事はない。
いくら解放的な気分になれる旅行中とはいっても、そんな事あるはずがないじゃないか。
と思い母さんを見ると、顔を赤くしてアタフタしていた。
「な、何を言ってるのかしらりんちゃん!お、お母さんがそ、そんなの思うはずないでしょぉ!おほほほ!」
両手を顔の前でブンブン振って聞いたこともないような高笑いをする母さん。
あまりにもわかりやすい否定の仕方。
何というか……ぶっちゃけ、めちゃくちゃ可愛かった。
この人本当に歳いくつだよ。
いますぐ抱けるくらい可愛いんだけど。
「母さん……ほら、おいで。」
母さんに手招きをする。
「ゆ、ゆうくん…そんな、駄目よぉ。私達、親子なのよ…?」
目を潤ませて弱々しく首を振る母さん。
何でそんな俺の理性を試すようないかがわしい言い方するのだろうか。
ただ頭撫でるだけだよね?
「良いんだよ母さん。旅の恥はかき捨てって言うじゃないか。今日くらい、素直になってごらん。」
「あ、あぁ…そんな…私ぃ……」
上気した頬が艶かしい。
揺れる瞳がねだるように見上げている。
その妖艶さに俺は思わず生唾を飲み、手を伸ばした。
「母さん……」
「ゆうくん……」
何故か姉さんと凛まで顔を赤らめてじっと見守る中、俺の手が母さんの頭に届きーーー
このあと滅茶苦茶ナデナデした。




